高齢者が罹患する肺炎の大部分は誤嚥性肺炎であると報告されております。誤嚥性肺炎とは雑菌を含む唾液や食事・飲水・胃内容物などを気道内へ吸引したことで生じる肺炎のことです。
「誤嚥性肺炎」または「誤嚥」の予防に関する適応症を有する薬剤はありませんが、適応外として処方される薬剤はいくつかあります。今回は誤嚥性肺炎予防薬について、その作用をまとめてみました。
脳内における大脳基底核という部分が嚥下機能の調節を担っていると考えられています。加齢や脳梗塞などが原因となり大脳基底核内のドーパミン量が低下してくると、舌咽神経における「サブスタンスP」の合成量が低下します。
サブスタンスPとは舌咽神経や迷走神経の知覚枝を経由して嚥下反射や咳反射を調節する物質ですので、この量が低下すると誤嚥が生じると考えられています。
つまり、誤嚥性肺炎の予防薬とは脳内のドーパミン量およびサブスタンスPを増やす薬剤や、サブスタンスPの分解を妨げる薬剤などが、それに該当します。
・プレタール(シロスタゾール)
細胞内のシグナル伝達を活性化し、チロシン水酸化酵素の合成を誘導することでドーパミン/サブスタンスPの産生を促し、誤嚥効果を発揮します。
日本人1049例を対象としてプラセボ群525例とプレタール群524例で肺炎発生率を調査した結果
プラセボ群の肺炎発生率:2.886%(525例中15例)
プレタール群の肺炎発生率:0.57%(524例中3例)
プレタールの投与により肺炎発生率が1/5に低下したことを報告されています。
投与量に関しては50~100mg/日という低用量を山谷らは推奨しています。
プレタール錠の半減期は10時間ほどですので、1日1回投与でも定常状態に達するため24時間に渡ってサブスタンスP産生という効果が持続します。
さらにプレタールは脳虚血状態においてグリア細胞での神経新生を促す作用が報告されており、脳保護・認知機能改善などをとおしても誤嚥予防が期待されています。
・シンメトレル(アマンタジン)
シンメトレルは大脳基底核でのドーパミン遊離を促進することでサブスタンスPの産生を促すことで嚥下を改善します。特に脳血管障害を有する高齢者で有効です。
高齢者が誤嚥性肺炎予防としてシンメトレル錠を3年間服用したところ、非服用群に比べて肺炎発生率が1/5に低下したという報告があります。
投与量:シンメトレル50mg 3錠/3×
・ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害剤
アンジオテンシン変換酵素はアンジオテンシンⅠだけでなく、類似構造のペプチドであるサブスタンスPも分解してしまいます。ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬はアンジオテンシン変換酵素の働きを防ぐことでサブスタンスPの量を維持します。
ACE阻害薬(タナトリル)を2年にわたり投与した結果、非投与群に比べて肺炎発生率が1/3に低下したという報告があります。
ACE阻害薬はサブスタンスPの分解を妨げる働きですので、直接的にサブスタンスPの合成を促進する作用はありません。そのため脳梗塞などが原因で大脳基底核内のドーパミン量が非常に低下しているために、絶対的にサブスタンスPの量が低下している場合は、効果が感じにくい可能性があります。その際はサブスタンスPの合成を促す薬剤の方が効果的かもしれません。
投与量:低用量・常用量の半量ほど
・半夏厚朴湯7.5g/3×
脳変性疾患患者様への投与で嚥下反射時間の短縮が報告されています。
・六君子湯7.5g/3×
胃内容物の逆流を改善する作用があります。
・ガスモチン(モサプリド)
消化管のはたらきを亢進して、胃の内容物の逆流による誤嚥を予防します。とくに胃ろうの患者様に使用すると肺炎頻度の減少が報告されています。
投与量:ガスモチン5mg 3錠/3×
上記の各薬理作用の違いを組み合わせて
シロスタゾール + タナトリル + ガスモチン
アマンタジン + タナトリル
などの組み合わせにより誤嚥性肺炎の発生率低下が有用と考えられます。
上記の薬剤以外で誤嚥性肺炎の予防に使用さえる食品としては
・葉酸
ドーパミンなどの神経伝達物質の合成に必要な成分
・カプサイシン
サブスタンスPの遊離を行います。
食品例:カプサイシンプラス24枚入り10袋
・黒コショウのにおい
黒コショウのにおい刺激は嚥下の皮質制御を活性化することで嚥下反射を改善する報告があります。
・メンソール
温度感受性受容体刺激による嚥下改善作用です。メンソールの用量依存的に嚥下反射が短縮することが報告されています。