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「ゴクッ」と飲み込む、当たり前の動作ですが、実は複雑なプロセスなんです。この飲み込みの機能がうまくいかない状態を嚥下障害(えんげしょうがい)と呼びます。特に高齢者の方によく見られ、食べ物や飲み物が気管に入ってしまう誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)**のリスクを高めることが知られています。
今回は、嚥下障害と誤嚥性肺炎の関係、そして、意外なことに、特定の薬がこれらのリスクを高める可能性があるという研究結果をご紹介します。
嚥下障害は、口から食道への食べ物や飲み物の移動がスムーズにいかない状態です。原因は様々で、加齢、脳卒中、神経の病気、薬の副作用などが挙げられます。
誤嚥性肺炎は、食べ物や飲み物、唾液などが誤って気管に入り込み、そこで細菌が増殖して起こる肺炎です。高齢者の方の死亡原因の上位にランクインするほど、深刻な病気です。
今回の研究では、日本の医薬品添付文書に「嚥下障害」が副作用として記載されている薬をリストアップし、実際の保険データを使って、その薬が嚥下障害や誤嚥性肺炎の発症に影響を与えていないかを調べました。
その結果、特定の薬を服用している患者さんの方が、嚥下障害や誤嚥性肺炎を発症するリスクが高いことが明らかになりました。
具体的には、以下の種類の薬がリスクを高める可能性が示唆されています。
抗精神病薬: 精神疾患の治療に用いられる薬
抗てんかん薬: てんかんの治療に用いられる薬
抗コリン薬: 唾液の分泌を抑える作用のある薬
これらの薬は、脳の神経系に影響を与えたり、口の中の潤いを減らしたりすることで、嚥下機能を低下させる可能性があると考えられています。
特に、クロバザム、バクロフェン、ゾニサミド、チアプリド塩酸塩、トピラマートの5種類の嚥下障害誘発薬剤の候補は、嚥下障害と誤嚥性肺炎の発生率が特に高いことがわかりました。
また、複数の嚥下障害誘発薬剤の候補を服用している患者さんの方が、単一の薬を服用している患者さんよりも、嚥下障害や誤嚥性肺炎のリスクが有意に高いことが確認されました(p < 0.05)。
最後に、統計解析(ロジスティック回帰分析)の結果、誤嚥性肺炎のリスクを高める要因として、男性であること、後期高齢者であること、嚥下障害と診断されていること、便秘であることが示されました。
高齢者ほどリスクが高い: 年齢が上がるにつれて、嚥下障害や誤嚥性肺炎のリスクは高まります。
複数の薬を服用しているとさらにリスクが高まる: 複数の薬を服用している(多剤併用)と、副作用のリスクも高まります。
嚥下障害があると、誤嚥性肺炎のリスクが大幅に上昇: 嚥下障害の症状がある方は、特に注意が必要です。
男性の方がリスクが高い: 肺炎になりやすい傾向があると考えられます。
便秘もリスク要因: 便秘も誤嚥性肺炎のリスクを高める可能性があります。
今回の研究結果は、医師や薬剤師などの医療従事者にとって、重要な情報となります。
薬を処方する際には、患者さんの年齢や基礎疾患、服用している薬などを考慮し、嚥下障害のリスクを評価する必要があります。
嚥下障害の症状がある患者さんには、薬の選択や投与量を慎重に検討する必要があります。
患者さんに対して、薬の副作用について十分な説明を行い、症状が現れた場合はすぐに医療機関を受診するように指導する必要があります。
嚥下障害や誤嚥性肺炎は、高齢化が進む現代社会において、ますます重要な問題となっています。薬の副作用にも注意を払い、適切な予防策を講じることで、これらのリスクを軽減することができます。
もし、飲み込みにくさや、食事中にむせるなどの症状がある場合は、早めに医療機関を受診し、相談するようにしましょう。
参考文献:
本記事は、以下の研究論文を参考に作成しました。
https://bmcgeriatr.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12877-024-04314-x
高齢者が罹患する肺炎の大部分は誤嚥性肺炎であると報告されております。誤嚥性肺炎とは雑菌を含む唾液や食事・飲水・胃内容物などを気道内へ吸引したことで生じる肺炎のことです。
「誤嚥性肺炎」または「誤嚥」の予防に関する適応症を有する薬剤はありませんが、適応外として処方される薬剤はいくつかあります。今回は誤嚥性肺炎予防薬について、その作用をまとめてみました。
脳内における大脳基底核という部分が嚥下機能の調節を担っていると考えられています。加齢や脳梗塞などが原因となり大脳基底核内のドーパミン量が低下してくると、舌咽神経における「サブスタンスP」の合成量が低下します。
サブスタンスPとは舌咽神経や迷走神経の知覚枝を経由して嚥下反射や咳反射を調節する物質ですので、この量が低下すると誤嚥が生じると考えられています。
つまり、誤嚥性肺炎の予防薬とは脳内のドーパミン量およびサブスタンスPを増やす薬剤や、サブスタンスPの分解を妨げる薬剤などが、それに該当します。
・プレタール(シロスタゾール)
細胞内のシグナル伝達を活性化し、チロシン水酸化酵素の合成を誘導することでドーパミン/サブスタンスPの産生を促し、誤嚥効果を発揮します。
日本人1049例を対象としてプラセボ群525例とプレタール群524例で肺炎発生率を調査した結果
プラセボ群の肺炎発生率:2.886%(525例中15例)
プレタール群の肺炎発生率:0.57%(524例中3例)
プレタールの投与により肺炎発生率が1/5に低下したことを報告されています。
投与量に関しては50~100mg/日という低用量を山谷らは推奨しています。
プレタール錠の半減期は10時間ほどですので、1日1回投与でも定常状態に達するため24時間に渡ってサブスタンスP産生という効果が持続します。
さらにプレタールは脳虚血状態においてグリア細胞での神経新生を促す作用が報告されており、脳保護・認知機能改善などをとおしても誤嚥予防が期待されています。
・シンメトレル(アマンタジン)
シンメトレルは大脳基底核でのドーパミン遊離を促進することでサブスタンスPの産生を促すことで嚥下を改善します。特に脳血管障害を有する高齢者で有効です。
高齢者が誤嚥性肺炎予防としてシンメトレル錠を3年間服用したところ、非服用群に比べて肺炎発生率が1/5に低下したという報告があります。
投与量:シンメトレル50mg 3錠/3×
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・ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害剤
アンジオテンシン変換酵素はアンジオテンシンⅠだけでなく、類似構造のペプチドであるサブスタンスPも分解してしまいます。ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬はアンジオテンシン変換酵素の働きを防ぐことでサブスタンスPの量を維持します。
ACE阻害薬(タナトリル)を2年にわたり投与した結果、非投与群に比べて肺炎発生率が1/3に低下したという報告があります。
ACE阻害薬はサブスタンスPの分解を妨げる働きですので、直接的にサブスタンスPの合成を促進する作用はありません。そのため脳梗塞などが原因で大脳基底核内のドーパミン量が非常に低下しているために、絶対的にサブスタンスPの量が低下している場合は、効果が感じにくい可能性があります。その際はサブスタンスPの合成を促す薬剤の方が効果的かもしれません。
投与量:低用量・常用量の半量ほど
・半夏厚朴湯7.5g/3×
脳変性疾患患者様への投与で嚥下反射時間の短縮が報告されています。
・六君子湯7.5g/3×
胃内容物の逆流を改善する作用があります。
・ガスモチン(モサプリド)
消化管のはたらきを亢進して、胃の内容物の逆流による誤嚥を予防します。とくに胃ろうの患者様に使用すると肺炎頻度の減少が報告されています。
投与量:ガスモチン5mg 3錠/3×
上記の各薬理作用の違いを組み合わせて
シロスタゾール + タナトリル + ガスモチン
アマンタジン + タナトリル
などの組み合わせにより誤嚥性肺炎の発生率低下が有用と考えられます。
上記の薬剤以外で誤嚥性肺炎の予防に使用さえる食品としては
・葉酸
ドーパミンなどの神経伝達物質の合成に必要な成分
・カプサイシン
サブスタンスPの遊離を行います。
食品例:カプサイシンプラス24枚入り10袋
・黒コショウのにおい
黒コショウのにおい刺激は嚥下の皮質制御を活性化することで嚥下反射を改善する報告があります。
・メンソール
温度感受性受容体刺激による嚥下改善作用です。メンソールの用量依存的に嚥下反射が短縮することが報告されています。