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まず、「貧血」の定義から確認しましょう。貧血とは、専門的には「循環血液中の赤血球総量の減少」と定義されます。
わかりやすく言うと、体中に酸素を届けるトラックである「赤血球」や、そのトラックに積まれている酸素の入った荷物である「ヘモグロビン」が減ってしまった状態です。
貧血は「なんとなく体がだるい」「立ちくらみがする」といった症状で片付けられがちですが、実は体の酸素を運ぶ重要なシステムに不具合が起きているサインです。
健康診断の結果を見て、「数値が少し低いけれど、まあ大丈夫だろう」と放置していませんか?
貧血には様々な種類があり、その原因によって治療法も食事のポイントも大きく異なります。自己判断でサプリメントを飲む前に、まずは正しい知識を持つことが大切です。
健康診断の血液検査でよく見る以下の項目が、貧血の診断に使われます。
赤血球数:血液中にどれくらいの赤血球があるか。
ヘモグロビン:赤血球の中にあるタンパク質で、酸素と結びつく役割。
ヘマトクリット:血液全体の中で、赤血球が占める容積の割合。
これらが基準値より低いと「貧血」と診断されます。特にヘマトクリットが低いということは、血液の中身がスカスカになっている状態をイメージしてください。
貧血といっても、実は原因によってタイプが異なります。これを見分けるために重要なのが「赤血球指数」と呼ばれる計算値です。
特に重要なのが以下の2つです。
平均赤血球容積(へいきんせっけっきゅうようせき)
これは赤血球1個の「大きさ」を表します。
小さい場合:小球性貧血(鉄不足などが原因)
普通の場合:正球性貧血(出血や腎臓の病気などが原因)
大きい場合:大球性貧血(ビタミン不足などが原因)
平均赤血球ヘモグロビン濃度
赤血球の中にどれくらいの濃さでヘモグロビンが詰まっているかを表します。
医師はこの「大きさ」と「濃さ」の組み合わせを見て、貧血の原因を推測し、診断の糸口にします。
最も多い「鉄欠乏性貧血」を調べるためには、より詳しい検査が必要です。ここで登場するのが「フェリチン」などの専門的な項目です。
血清フェリチン:体の中に貯蔵されている「貯金としての鉄」の量を反映します。これが低いと、鉄が枯渇している証拠です。
総鉄結合能:鉄を運ぶトラック(トランスフェリン)が、あとどれくらい鉄を積めるかという能力の総量です。
トランスフェリン飽和率:ここが非常に重要なポイントです。
【わかりやすい例え:トラックと荷物】
トランスフェリン飽和率という難しい言葉は、「トラック」と「荷物」で考えるとすぐに理解できます。
トランスフェリン = 鉄を運ぶトラック
鉄 = トラックに積む荷物
トランスフェリン飽和率 = 全トラックのうち、実際に荷物(鉄)を積んでいるトラックの割合
もし、このトランスフェリン飽和率が20%未満であれば、荷物を積んだトラックが少なすぎる、つまり「鉄欠乏性貧血」の可能性が高いと判断されます。
ただし、注意点があります。
「血清フェリチン」は鉄不足の鋭敏なマーカーですが、肝炎や膵炎、癌などの病気がある場合、鉄不足であっても数値が偽って高く出ることがあります(正常範囲に見えてしまう)。そのため、医師はフェリチンだけでなく、トランスフェリン飽和率も合わせて確認し、慎重に診断を行います。
鉄不足以外にも貧血の原因はあります。
巨赤芽球性貧血(きょせきがきゅうせいひんけつ):ビタミンB12や葉酸が不足して起こります。赤血球を作る材料が足りず、未熟で巨大な赤血球ができてしまいます。
溶血性貧血(ようけつせいひんけつ):赤血球が通常よりも早く壊れてしまう病気です。壊れた赤血球から中身が漏れ出すため、検査では「間接ビリルビン」や「乳酸脱水素酵素」といった数値が上昇するのが特徴です。
原因がわからない場合は、骨髄検査(骨の中にある血液の工場を調べる検査)を行い、工場自体に異常がないかを確認することもあります。
貧血の治療は「鉄剤を飲めば終わり」ではありません。なぜ貧血になったのか、その「犯人」を見つけることが最優先です。
赤血球のサイズ(平均赤血球容積)が小さい場合、まずは鉄不足を疑います。
血清フェリチンが低ければ「鉄欠乏性貧血」です。しかし、もしフェリチンが低くないのに鉄が少ない場合は、体の中で起きている「炎症」が原因の貧血かもしれません。
この場合、まずは「出血」がないかを確認します。怪我だけでなく、胃潰瘍などでお腹の中で出血していないかも重要です。
出血がない場合、赤血球が壊れる「溶血」や、腎臓が悪くて赤血球を作る指令(エリスロポエチン)が出せていない「腎性貧血」などを疑います。
ビタミンB12や葉酸の値を確認します。これらが低下していれば、不足による貧血です。これらが正常であれば、骨髄そのものの病気(骨髄異形成症候群など)の可能性を考え、専門的な検査へと進みます。
貧血治療の大原則は「原因の除去」です。
例えば、鉄欠乏性貧血の原因が「胃がんによる出血」や「婦人科系の病気による過多月経」だった場合、いくら鉄分を補給しても、蛇口を閉めなければバケツの水は溜まりません。
消化管の内視鏡検査などで出血源を突き止め、その病気を治療することが根本解決になります。
鉄不足を補うために「鉄剤」を使用します。
まずは飲み薬から始めます。しかし、鉄剤は胃腸への負担がかかることがあり、吐き気、嘔吐、便秘、下痢、腹痛などの副作用が出ることがあります。
副作用が強い場合は、空腹時ではなく食後に飲むことで症状が和らぐことがあります。
飲み薬で副作用が強く出る場合や、胃を切除していて鉄が吸収できない場合、あるいは潰瘍性大腸炎などで急激に鉄が失われている場合は、注射で鉄を入れます。
最近では、週に1回の通院で済むような、1回にたくさんの鉄を投与できる新しい注射薬も登場しています。
ただし、注射は便利ですがリスクもあります。体の中に鉄が過剰に入りすぎると「鉄過剰症」を引き起こす可能性があるのです。鉄が多すぎると、活性酸素という毒性の強い物質が生まれ、心臓や肝臓などの臓器を傷つける恐れがあります。そのため、医師は必要な鉄の総量を計算し、慎重に投与します。
鉄剤を飲み始めると、体の中では劇的な変化が起こります。
7日〜10日後:新しい赤血球の赤ちゃん(網赤血球)が増え始めます。
2〜3ヶ月後:ヘモグロビンの値が正常値まで回復します。
3〜6ヶ月後:貯蔵鉄(フェリチン)が正常値まで回復します。
【重要】自己判断で薬を止めないでください!
「貧血の症状がなくなった」「ヘモグロビンの値が正常になった」からといって、すぐに薬を止めてはいけません。
この時点では、まだ体の「貯金(貯蔵鉄)」は空っぽのままです。貯金が十分に溜まるまで、つまりフェリチンが正常化するまで3〜6ヶ月程度は薬を飲み続ける必要があります。途中で止めると、すぐに貧血が再発してしまいます。
便の色:鉄剤を飲むと、吸収されなかった鉄が便に出てくるため、便が黒くなることがあります。これは薬の効果によるものなので心配ありません。ただし、腹痛を伴う場合や、タールのようにドロっとした黒い便の場合は、胃腸からの出血の可能性もあるため、医師や薬剤師に相談してください。
お茶・コーヒー:以前は「鉄剤はお茶で飲んではいけない」と言われていました。お茶に含まれるタンニンが鉄の吸収を邪魔するからです。しかし現在では、鉄剤に含まれる鉄の量が十分多いため、多少吸収が落ちても治療効果に大きな影響はないとされています。
基本的には水かぬるま湯で飲むのが原則ですが、神経質になりすぎてお茶を完全に断つ必要はありません。
ビタミンB12や葉酸が不足している場合の治療についても触れておきましょう。
特に胃を切除した方や、萎縮性胃炎の方は、ビタミンB12の吸収が悪くなりやすいため注意が必要です。
葉酸不足:飲み薬で補充します。
ビタミンB12不足:胃からの吸収が悪いことが多いため、基本的には筋肉注射や静脈注射で補充します。
治療を開始すると、4〜5日目から造血機能が回復し始め、2ヶ月後にはヘモグロビン値が正常化します。
劇的に血が作られ始めると、材料である「鉄」が今度は足りなくなることがあるため、途中で鉄剤を追加することもあります。
薬による治療も大切ですが、再発を防ぎ、健康な血液を維持するためには毎日の食事が欠かせません。
鉄欠乏性貧血の食事療法の基本は「1日3食、栄養バランスよく食べる」ことです。血液は鉄だけでできているわけではありません。タンパク質やビタミンも必要な材料です。
食品に含まれる鉄分には、吸収されやすいタイプとされにくいタイプがあります。
ヘム鉄(吸収率が高い)
特徴:吸収率が非ヘム鉄に比べて約5倍も高いです。
多く含む食品:肉類(特にレバー)、赤身の魚(カツオ、マグロ、イワシ)など。
非ヘム鉄(吸収率が低い)
特徴:日本人が食事から摂る鉄の多くはこちらですが、吸収されにくいのが難点です。
多く含む食品:卵、大豆製品(豆腐・納豆)、あさり、ひじき、ほうれん草、小松菜など。
吸収率の低い「非ヘム鉄」も、工夫次第で効率よく体に取り込むことができます。
ビタミンCと一緒に:ビタミンCは鉄の吸収を助けます。野菜、果物、イモ類を一緒に食べましょう。
酸味や香辛料を活用:お酢や柑橘類の酸味、香辛料は胃酸の分泌を促します。鉄は胃酸によって溶かされ、吸収されやすくなるため、よく噛んで胃酸を出すことも大切です。
タンパク質と一緒に:魚、肉、卵などのタンパク質は、赤血球やヘモグロビンの材料そのものです。
私たちは毎日、汗や尿、皮膚の代謝などで鉄を失っています。
成人男性:約1mg喪失
女性:約0.8mg + 月経で約0.5mg = 合計約1.3mg喪失
食事から摂った鉄が吸収される割合(吸収率)は、およそ15%程度と言われています。これを計算に入れると、1日の食事での推奨摂取量は以下のようになります。
成人男性:7.5mg
月経のある女性:10.5mg
月経のない女性:6.5mg
特に妊娠中は多くの鉄が必要になります。
妊娠初期:9.0mg
妊娠中期〜後期:16.0mg
妊娠中期以降は、通常時の約1.5倍もの鉄分が必要になることがわかります。胎児の成長と母体の健康のために、意識して摂取する必要があります。
鉄以外にも、造血を助ける栄養素を積極的に摂りましょう。
ビタミンB12:レバー、魚介類、貝類など。
葉酸:レバー、ほうれん草、ブロッコリー、アスパラガスなど。
ビタミンB6:カツオ・マグロなどの赤身魚、バナナ、サツマイモなど。
カルシウム:乳製品、小魚、大豆製品。
せっかく鉄分を摂っても、吸収を邪魔してしまう食品があります。
濃いお茶、コーヒー(タンニン)
薬の章でも触れましたが、食事中や食直後に「濃い」緑茶やコーヒーを大量に飲むと、食品中の鉄とタンニンが結びつき、吸収を阻害します。
貧血気味の方は、食事中は麦茶やほうじ茶などタンニンの少ないものを選び、コーヒーなどは食後少し時間を空けて楽しむのがおすすめです。
玄米、おから(不溶性食物繊維)
食物繊維は体に良いですが、摂りすぎると鉄分を吸着して便として出してしまいます。貧血がひどい時は、玄米ばかり食べるのは控えたほうが良いかもしれません。
加工食品(リン酸塩)
ハム、ソーセージ、スナック菓子などに含まれる食品添加物の「リン酸塩」は、鉄の吸収を阻害します。加工食品に頼りすぎない食生活が大切です。
貧血は単なる「体質」ではなく、体からのSOSです。
検査では、ヘモグロビンだけでなく、MCV(大きさ)やフェリチン(貯蔵量)を見て原因を探ることが重要です。
特に「トランスフェリン飽和率20%未満」は鉄欠乏の重要なサインです。
薬による治療は、数値が良くなっても「貯金(貯蔵鉄)」が貯まるまで3〜6ヶ月は続けましょう。
食事では「ヘム鉄」を意識し、ビタミンCや酸味を組み合わせて吸収率を高める工夫を取り入れましょう。
正しい知識を持って治療と食事療法を行えば、貧血は改善できます。だるさや息切れのない、活動的な毎日を取り戻すために、まずはかかりつけ医に相談し、しっかりとした検査を受けることから始めてみてはいかがでしょうか。