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日本人の約20%、つまり5人に1人が罹患しているといわれる白癬(水虫)。非常に身近な病気ですが、「ただ痒いだけ」「命には別条ない」と軽く見られがちです。
しかし、白癬は自然治癒することはなく、放置すれば家族や同居人にうつしてしまう可能性が高い感染症です。また、糖尿病などの基礎疾患がある方にとっては、そこから細菌感染を起こし重症化するリスクもあります。
治療の最終目標は、単に「痒みを止める」ことではなく、「白癬菌を完全に除去し、臨床症状をなくすこと」です。
多くの方が陥りやすいのが、薬を塗って症状が少し良くなった時点で「治った」と勘違いし、治療を止めてしまうことです。しかし、それは一時的に菌の活動が弱まっただけで、皮膚の奥にはまだ菌が潜んでいます。
この勘違いこそが、毎年のように水虫を繰り返す「再発」の最大の原因です。正しい治療を行えば、白癬は必ず治せる病気です。まずはそのメカニズムと正しい対処法を学んでいきましょう。
白癬治療の基本は、抗真菌薬(こうしんきんやく)を用いた薬物療法です。
飲み薬(内服薬)もありますが、一般的には塗り薬(外用薬)が治療の中心となります。特に爪に感染した「爪白癬」の場合は、塗り薬だけでなく、厚くなった爪を削るなどの処置が補助的に行われることもあります。
治療において最も大切な心構えは以下の2点です。
薬を正しく、根気強く使い続けること
患部を清潔かつ乾燥した状態に保つこと
特に足の白癬(足水虫)の場合、靴や靴下で蒸れやすいため、湿気を避けて乾燥させる生活習慣が治療の助けとなります。
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ここでは少し詳しく、病院で処方される薬がどのように白癬菌を退治しているのか、その仕組みについて解説します。
白癬菌は「真菌(カビ)」の一種です。
真菌の細胞は、外側を「細胞膜」と「細胞壁」で守られています。この細胞膜の成分に、ヒトと真菌では決定的な違いがあります。
ヒトの細胞膜:主に「コレステロール」で作られている。
真菌の細胞膜:主に「エルゴステロール」で作られている。
抗真菌薬は、この違いを巧みに利用しています。
白癬の治療によく使われる「アゾール系」「アミン系」「モルホリン系」といった薬は、真菌の細胞膜の材料である「エルゴステロール」が作られるのを邪魔する働きを持っています。
真菌が成長しようとする時、体内でさまざまな酵素を使ってエルゴステロールを合成しようとします。薬はこの合成工場のラインをストップさせるのです。その結果、新しい細胞膜が作れなくなった真菌は、細胞膜が壊れ、発育できずに死滅します。
一方で、ヒトの細胞膜はコレステロールでできているため、この薬の影響をほとんど受けません。だからこそ、ヒトの皮膚にはダメージを与えず、真菌だけを選択的に攻撃することができるのです。
市販薬も多く販売されていますが、自己判断で合わない薬を使うとかぶれてしまったり、実は水虫ではなかった(湿疹など)ために症状が悪化したりすることがあります。
また、不適切な治療を繰り返すと慢性化し、治りにくくなることもあります。まずは皮膚科で顕微鏡検査を受け、確定診断のもとで適切な薬を選ぶことが、完治への最短ルートです。
「薬を塗っているのに治らない」という方の多くは、実は塗り方に問題があるケースが少なくありません。白癬菌を全滅させるための正しい塗り方をマスターしましょう。
少なすぎると効果が出ず、多すぎてもベタつきの原因になります。適切な量は以下の通りです。
軟膏・クリーム剤の場合
大人の人差し指の先から第一関節までの長さに出した量(約0.5g)。これを「フィンガー・ティップ・ユニット(FTU)」と呼び、片足分を塗るのに適した量とされています。
ローション剤の場合
1円玉大の大きさが目安です。
ここが非常に重要なポイントです。
「症状が出ている部分だけ」に塗っていませんか?
白癬菌は、赤くなったり皮がむけたりしている患部よりも、もっと広い範囲に潜んでいます。症状がある部分だけに塗っても、その周囲に逃げた菌が生き残り、そこからまた感染が拡大してしまいます。
感染の拡大を防ぎ、隠れた菌まで退治するためには、患部よりも広範囲に塗ることが原則です。
足白癬の場合:症状が一部だけであっても、足の裏全体、指の間、足の側面までまんべんなく塗り広げるのが理想的です。
手を洗う:塗る前には手を洗い清潔にします。
円を描くように:患部の外側から内側へ、あるいは全体に円を描くように優しく塗り込みます。
使用後の手洗い:塗り終わった後の手には白癬菌が付着している可能性があります。必ず石鹸で手を洗いましょう。
爪の水虫(爪白癬)の場合、爪全体に塗ることはもちろん、爪と皮膚の隙間までしっかりと薬液を浸透させることが重要です。
ただし、爪用の薬は皮膚用よりも濃度が高かったり、アルコールが含まれていたりすることがあり、周りの皮膚につくと「接触皮膚炎(かぶれ)」を起こすことがあります。もし皮膚についてしまった場合は、ティッシュや綿棒ですぐに拭き取るようにしましょう。
白癬治療で最も多い失敗は「自己判断による中断」です。
外用薬を使い始めると、通常2〜4週間ほどで痒みや水疱などの症状が治まります。見た目もきれいになり、「もう治った!」と思ってしまうのがこの時期です。
しかし、この段階では、皮膚の表面(角質層)の菌が減っただけで、角質の奥深くに入り込んだ菌はまだ生きています。
ここで治療を止めてしまうと、残っていた菌が再び増殖し、数ヶ月後や翌年の夏に「再発」してしまいます。
医師が「もう塗らなくて良い」と診断するまでは、毎日欠かさず塗り続ける必要があります。
一般的には、見た目が治ってからさらに最低1〜2ヶ月は塗り続けることが推奨されています。この「症状がない期間の治療」こそが、再発を防ぐための鍵となります。
薬を塗るのに最適なのは入浴直後です。理由は以下の通りです。
古い薬や汚れが洗い流され、清潔であること。
皮膚の角質が水分を含んで柔らかくなっており、薬の浸透が良くなること。
なお、クリームや軟膏は吸収が早いため、塗った直後に靴下を履いたり服を着たりしても問題ありません。ベタつきが気になる場合でも、しっかりと必要量を塗りましょう。
【注意点】洗いすぎないこと
お風呂で患部を洗う際、痒いからといってナイロンタオルや軽石でゴシゴシこするのは厳禁です。皮膚に微細な傷がつくと、そこから白癬菌が入り込みやすくなり、かえって逆効果になります。石鹸をよく泡立て、手で優しく洗うだけで十分です。
治療と同じくらい大切なのが、生活環境の見直しです。
「菌を広めない」「菌をもらわない」「菌を増やさない」ための対策を知っておきましょう。
足白癬の患者さんが家の中を裸足で歩くと、剥がれ落ちた垢(あか)や皮膚片とともに白癬菌が床に散らばります。
掃除機がけ:フローリングやカーペットは、掃除機をこまめにかけることで菌を減らせます。
拭き掃除:畳は掃除機の効果が薄いため、固く絞った濡れタオルでの拭き掃除が有効です。
重点箇所:部屋の隅、家具の下、階段などは埃や髪の毛が溜まりやすく、菌の温床になりがちです。念入りに掃除しましょう。
洗濯と乾燥:バスマットやタオルは毎日交換し、洗濯後は日光で完全に乾燥させます。菌は湿気を好むため、生乾きは厳禁です。
【白癬菌の生存期間】
剥がれ落ちた皮膚の中にいる白癬菌は、室温で1〜6ヶ月も生き続けます。湿度が高い環境では1年以上生きることもあります。しかし、菌自体は感染力が強いものではなく、皮膚に付着してから感染が成立するまでには通常24時間以上かかると言われています(傷がある場合はもっと早くなります)。つまり、毎日お風呂に入って洗い流せば感染は防げるということです。
家庭内に患者さんがいる場合の対策です。
スリッパや爪切りの共用を避ける:これらは個人専用にしましょう。
バスマットの管理:最も感染源になりやすい場所です。頻繁に洗濯・乾燥させるか、珪藻土マットのように速乾性のあるものを使い、こまめに消毒(アルコールや次亜塩素酸ナトリウム)すると良いでしょう。
入浴の順番:患者さんは最後に入浴するか、入浴後にお湯を張り替える、あるいは掃除をしてから出るなどの配慮が必要です。
熱湯消毒:白癬菌は熱に弱いです。70〜80℃のお湯に10〜25分浸ける、あるいは熱湯をかけることで殺菌効果が期待できます。
プール、ジム、温泉などの公共施設は、多くの人が裸足で利用するため、床には白癬菌が存在していると考えたほうが良いでしょう。
裸足になる場所での注意:共有のスリッパやサンダルは避け、自分の履物を使える場所ではそれを使用します。
靴下だけでは防げない:一般的な靴下やストッキングの繊維の隙間は、白癬菌よりも大きいため、菌は通過してしまいます。予防効果を期待するなら、目の詰まった厚手の羊毛靴下などが推奨されていますが、基本的には「付着した後にどうするか(洗うこと)」が重要です。
【1日1回のリセット】
家に帰ったら、あるいは1日の終わりには必ず足を洗いましょう。
石鹸をよく泡立て、指の間まで丁寧に洗います。爪ブラシ(柔らかいもの)を使って爪の隙間を洗うのも効果的です。入浴できない場合でも、清拭(タオルで拭く)や足湯を行うだけで随分違います。
【乾燥を徹底する】
お風呂上がりはタオルで水分をしっかり拭き取ります。特に足の指の間は水分が残りやすいので、ドライヤーの冷風を当てて完全に乾かすのも一つの手です。
【靴の管理】
靴の中は高温多湿で、白癬菌にとって天国のような環境です。
同じ靴を毎日履かず、2〜3足をローテーションして履く。
履かない靴は風通しの良い場所で乾燥させる。
通気性の良い靴下を選び、毎日履き替える。
職場などでは可能ならサンダルに履き替える。
白癬(水虫)は、決して恥ずかしい病気でも、治らない病気でもありません。
しかし、「痒くなくなったから」といって自己判断で治療を止めてしまうと、しぶとい菌は何度でも復活します。
【治療成功の3つの鍵】
広範囲に塗る:患部だけでなく、足裏全体など広く塗る。
長期間塗る:見た目が治っても、さらに1〜2ヶ月は続ける。
清潔と乾燥:毎日洗い、部屋を掃除し、靴を乾燥させる。
これらのポイントを守り、医師の指示に従って根気強く治療を続ければ、きれいな皮膚を取り戻すことができます。また、日頃からのケアは、新たな感染を防ぐ最強の予防策にもなります。
「もしかして水虫かな?」と思ったら、市販薬で様子を見る前に、まずは皮膚科を受診して検査を受けましょう。正しい診断と治療こそが、完治への第一歩です。