ドライアイ治療の新たな選択肢:世界初のTRPV1拮抗薬アバレプト懸濁性点眼液0.3%とは

ドライアイ治療の新たな選択肢:世界初のTRPV1拮抗薬アバレプト懸濁性点眼液0.3%とは

ドライアイ治療の領域において、これまでにない全く新しい作用機序を持った点眼薬が登場しました。それが「アバレプト懸濁性点眼液0.3%(一般名:モツギバトレプ)」です。本剤は、世界で初めて「一過性受容体電位バニロイド1受容体(TRPV1)」を標的とした拮抗薬であり、従来の涙液補充や抗炎症治療とは異なるアプローチでドライアイの自覚症状や他覚所見を改善します。

この記事では、アバレプトの薬理作用、そして臨床データに基づいた有効性と安全性について詳細にお伝えいたします。


1. ドライアイの病態と新しい治療概念:神経の過敏性と炎症の悪循環

従来のドライアイ治療は、涙の層を「油層」「水層」「ムチン層」に分け、不足している成分を補う「眼表面の層別治療(TFOT)」が主流でした。しかし、臨床現場では「角膜の傷は治っているのに、ゴロゴロ感や痛みが取れない」という自覚症状と他覚所見の乖離がしばしば問題となっていました。

この乖離の原因の一つとして注目されたのが、角膜の知覚神経の異常です。ドライアイの状態では、涙の浸透圧上昇や、涙液中の炎症性物質の増加により、角膜の神経末端に存在する受容体が過剰に刺激されます。これにより、神経が過敏になり、微小な刺激でも強い痛みや不快感を感じるようになります。アバレプトは、この神経の過敏性と、それに伴う炎症の悪循環を断ち切ることを目的として開発されました。

2. 薬理作用の詳細:一過性受容体電位バニロイド1受容体(TRPV1)とは

アバレプトの有効成分であるモツギバトレプが標的とするのは、「一過性受容体電位バニロイド1受容体(以下、バニロイド1受容体)」です。この受容体は、主に一次知覚神経(三叉神経節細胞)の末端や、角膜上皮細胞、さらには免疫細胞であるT細胞などに発現しているイオンチャネル型受容体です。

受容体とリガンドの関係

バニロイド1受容体は、いわゆる「痛み」や「熱」を感じ取るセンサーとしての役割を担っています。この受容体を活性化させる物質(リガンド)には、以下のものがあります。

  • 外因性リガンド: カプサイシン(唐辛子の主成分)

  • 物理的刺激: 43度以上の熱刺激、酸(水素イオン)

  • 内因性リガンド: ドライアイに伴う涙液の浸透圧上昇、炎症メディエーター(インターロイキン-6、腫瘍壊死因子アルファ、プロスタグランジンE2など)

これらのリガンドが結合すると、受容体が開口してカルシウムイオンなどの陽イオンが細胞内に流入します。その結果、神経が脱分極して「痛み」や「不快感」が脳へ伝わると同時に、神経末端からサブスタンスPなどの炎症性神経ペプチドが放出され、さらなる炎症と組織損傷を引き起こします。

アバレプトによる拮抗作用

アバレプトは、これらのリガンドがバニロイド1受容体に結合するのを競合的に阻害する、あるいは受容体の活性化を直接抑える「拮抗薬」として作用します。これにより、神経の異常な興奮を鎮め、不快感を軽減するとともに、炎症性物質の放出を抑えて眼表面の環境を正常化させるのです。

試験管内の試験において、アバレプトはヒトおよびラットのバニロイド1受容体に対して非常に強い親和性を示し、その「50パーセント阻害濃度」はそれぞれ極めて低い数値であることが確認されています。また、他の類似した受容体には作用せず、バニロイド1受容体に対して選択性が高いことも特徴です。

アバレプト点眼

3. 非臨床試験における効果:動物モデルでの検証

ラットを用いたドライアイモデル試験において、アバレプト0.3%濃度を1日4回点眼した結果、興味深いデータが得られています。

  • 自覚症状の改善(瞬目回数の減少): 乾燥負荷によるまばたきの回数(不快感の指標)の増加が、点眼後4時間まで有意に抑制されました。

  • 他覚所見の改善: 角膜フルオレセイン染色スコア(角膜の傷の指標)が有意に低下しました。これは、単に痛みを取るだけでなく、バニロイド1受容体を介した炎症サイクルを遮断することで、角膜上皮の修復を促進していることを示唆しています。

4. 臨床試験データ:ドライアイ患者に対する有効性の検証

アバレプトの有効性は、国内で実施された複数の第3相臨床試験によって証明されています。

有効性検証試験(国内第3相比較試験)の結果

ドライアイ患者を対象とした多施設共同無作為化二重遮蔽プラセボ対照並行群間比較試験において、アバレプト群とプラセボ(薬物を含まない基剤)群が比較されました。

主要評価項目である「投与4週間後におけるドライアイ品質生活質問票(DEQS)合計スコアのベースラインからの変化量」において、以下の結果が得られました。

  • アバレプト群: マイナス16.76

  • プラセボ群: マイナス14.36

  • 群間差: マイナス2.40(統計的有意差あり、p値=0.0433)

この数値は、アバレプトがプラセボに対して統計学的に有意にドライアイに伴う日常生活の不便さや不快感を改善することを示しています。

自覚症状の改善:視覚的評価スケール(VAS)による解析

視覚的評価スケールを用いた各自覚症状の解析では、特に「眼の乾燥感」において顕著な改善が見られました。投与1週後、2週後、4週後、8週後のすべての評価時点において、アバレプト群はプラセボ群を上回る減少を示しました。投与4週後における眼の乾燥感の変化量は、アバレプト群でマイナス34.5、プラセボ群でマイナス29.8であり、患者が主観的に感じる不快感が速やかに改善されることが分かります。

他覚所見の改善:角膜フルオレセイン染色スコア

角膜の傷の状態を示すスコアにおいても、投与2週後以降、アバレプト群はプラセボ群を上回る改善傾向を示しました。また、涙液層破壊時間の延長についても、一部の試験で統計学的な有意差が確認されており、眼表面の安定性を高める効果も期待できます。

5. 安全性と使用上の注意:薬剤師が留意すべきポイント

アバレプトは局所投与であるため、全身的な副作用は限定的ですが、メカニズムに由来する特有の注意点があります。

主な副作用

第3相試験において、治験薬との因果関係を否定できない有害事象(副作用)の発現頻度は、アバレプト群で5.6パーセントから11.5パーセント程度でした。

  • 眼の異常: 眼部冷感、霧視(目のかすみ)、アレルギー性結膜炎、角膜びらん、眼そう痒症、眼の異物感、流涙増加などが報告されています(いずれも発現頻度は低く、1パーセント未満から5パーセント未満です)。

  • 全身症状: 口の錯感覚、アレルギー性鼻炎、体温上昇、熱感、異常感覚などが稀に見られる場合があります。

重要な基本的注意:温度覚への影響

バニロイド1受容体は熱刺激の受容体でもあるため、本剤を点眼することで、一時的に「温度の感じ方」が変化する可能性があります。

  1. 体温上昇の可能性: 非常に稀ですが、血漿中の薬物濃度が上昇した場合、体温調節機能に影響し、発熱を引き起こす可能性が理論的に指摘されています。特に小児など低体重の患者に使用する場合は、十分な経過観察が必要です。

  2. 熱傷への注意: 熱いと感じる閾値が上昇(熱さに鈍感になる)する可能性があるため、熱源に気づかずに低温熱傷などの怪我をしないよう、指導が必要です。

目薬ってどうやって効くの?〜吸収のしくみと使い方のコツ〜
目薬ってどうやって効くの?〜吸収のしくみと使い方のコツ〜目がかゆいとき、乾いたとき、疲れたとき…。そんなときに使う「目薬...

薬剤交付時の指導事項

  • 懸濁液であること: 本剤は水性懸濁性点眼液であるため、使用前にはキャップを閉めたままよく振ってから点眼するよう伝えてください。

  • 保管方法: 保管の仕方によっては、容器の底に粒子が沈降して固着する恐れがあります。開栓前までは「上向き」に保管することが推奨されています。

  • 他の点眼薬との併用: 他の点眼薬を併用する場合は、少なくとも5分以上の間隔を空けるよう指導してください。

6. まとめ

アバレプト懸濁性点眼液0.3%は、従来の涙液補充療法では十分に改善できなかった「ドライアイの不快な自覚症状」に対して、神経受容体への直接的なアプローチという新しい解決策を提示しました。

バニロイド1受容体という「痛みのセンサー」を標的とすることで、神経の過敏性を鎮め、炎症の悪循環を抑制するその作用機序は、多くのドライアイ患者にとって救いとなる可能性があります。薬剤師としては、本剤が「よく振って使う懸濁液であること」や「稀に温度感覚に影響を与える可能性があること」を適切に伝え、患者さんが安心して治療を継続できるようサポートすることが重要です。

 

タイトルとURLをコピーしました