エリスロシン供給不足への学会見解:マクロライド療法の適切な継続と代替薬の選択

エリスロシン供給不足への学会見解:マクロライド療法の適切な継続と代替薬の選択

エリスロシン(成分名:エリスロマイシン)が現在、世界的な供給不安定な状況に陥っています。これを受け、一般社団法人日本結核・非結核性抗酸菌症学会は、治療への支障を最小限にするための公式な見解を発表しました。

1. マクロライド療法の歩みと開発の経緯

マクロライド系抗菌薬を用いた「マクロライド少量長期療法」は、1970年代に日本で確立された画期的な治療法です。特に、びまん性汎細気管支炎(DPB)という予後不良の疾患に対し、エリスロマイシン(商品名:エリスロシン)を用いた「EM療法」が導入されたことで、患者さんの生存率は劇的に改善しました。

1969年から蓄積されたデータによると、かつては極めて予後が悪いとされたDPBにおいて、この療法の確立が生存率を大幅に引き上げたことが歴史的に証明されています。その後、この知見は慢性気管支炎(CB)や気管支拡張症(BE)を伴う副鼻腔気管支症候群(SBS)へと応用され、日本発の標準的治療として世界中に広まりました。

2. エリスロマイシンの多彩な薬理作用と既存薬との違い

通常、抗菌薬は「細菌を殺す」目的で使用されます。しかし、マクロライド少量長期療法におけるエリスロマイシン(エリスロシン)の役割は、単なる抗菌作用に留まりません。

主な薬理作用

  • 抗炎症・免疫調整作用: 炎症細胞(好中球など)の遊走や活性化を抑制し、過剰な炎症を鎮めます。

  • 活性酸素・バイオフィルムの抑制: 細菌が作るバリア(バイオフィルム)の形成を阻害し、クオーラムセンシング(細菌同士のコミュニケーション)を断ち切ります。

  • 気道分泌の抑制: 過剰な痰の分泌を抑え、呼吸状態を改善します。

既存の一般的な抗菌療法が「急性期の殺菌」を目的とするのに対し、本療法は「肺の環境そのものを整え、増悪を防ぐ」という点で明確に差別化されています。

効果の発現と持続時間

  • 効果発現時間: 投与開始から数日で炎症マーカーの改善が見られることもありますが、臨床的な症状改善(増悪頻度の低下など)を実感するまでには、通常2〜4週間以上の継続投与が必要です。

  • 効果持続時間: 半減期自体は約1.5〜2時間と短いですが、組織移行性が高く、組織内に留まって作用を発揮するため、少量投与でも安定した抗炎症効果が持続します。

エリスロシン

3. 臨床データが示す圧倒的な有効性

マクロライド療法の有効性は、複数の国際的な臨床試験で実証されています。

2012年から2013年にかけて発表された「EMBRACE試験」「BAT試験」「BLESS試験」といった大規模研究では、エリスロマイシンやアジスロマイシン(商品名:ジスロマック)の使用により、気管支拡張症の増悪リスクが大幅に減少することが示されました。

具体的には、リスク比が0.29〜0.57という結果が出ています。これは、偽薬(プラセボ)を服用した群と比較して、マクロライドを服用した群では増悪リスクが約43%〜71%も減少したことを意味しており、統計学的に極めて有意な差が認められています。

4. なぜ「エリスロシン」でなければならないのか?耐性リスクの懸念

供給不足なら他の薬に変えれば良い、という単純な話ではありません。ここに専門学会が警鐘を鳴らす理由があります。

肺MAC症(非結核性抗酸菌症の一つ)の可能性がある患者に対し、クラリスロマイシン(商品名:クラリス、クラリシッド)やアジスロマイシン(商品名:ジスロマック)を単剤で使用すると、マクロライド耐性を誘導してしまう強力なリスク(8.9%〜といった報告あり)があります。一度耐性ができると、MAC症の治療は極めて困難になり、予後を著しく悪化させます。

一方で、日本国内の報告では、エリスロマイシン(エリスロシン)はMAC症に対して耐性を誘導しにくい可能性が示唆されています。そのため、「MAC症を否定しきれないが、抗炎症治療が必要」な症例において、エリスロシンは代えがたい存在なのです。

5. 供給不足時における具体的な対応策

学会は、限られた資源を適切に活用するため、以下の優先順位と対応例を提示しています。

① 気管支拡張症の場合

増悪の既往があり、適切な理学療法や去痰薬を投与しても毎日の喀痰症状が持続する症例、あるいは増悪リスクが高いと判断する症例

➡NTM症の可能性があればEM療法を行うが、繰り返し(3回以上)培養陰性でNTMを示唆する画像所見がなければCAMが適応となる。

② びまん性汎細気管支炎(DPB)の場合

  • マクロライド療法のみが治療薬となる(EM の供給が不足している状況では CAM が選択とな
    る)。

③ 肺NTM症(MAC症など)の場合

① EM 投与前の患者
症状が軽微で増悪歴がなければ、マクロライドは投与しない。

② EM 療法中の患者
投与前から症状が軽微であれば中止を検討する。

③ EM 療法中の患者で、EM が有効で中止が難しい症例
喀痰検査で NTM(特に MAC やマクロライド感受性 M. abscessus)が繰り返し(3 回以上)培養陰性であれば CAM へスイッチする。NTM 症の既往がある場合には慎重に判断する(キャピリア MAC も参考となるが明確な基準はない)。

④ NTM 症でマクロライド療法(EM 療法)開始前の患者
軽症(症状が軽微、空洞のない軽症の NB 所見、塗抹陰性)であれば、EM を使わずに
watchful waiting を行う。

⑤ NTM 症患者で EM 投与中の患者
症状が軽微だが進展抑制目的に開始していた場合には、EM を中止する(適切なタイミングで
標準治療を導入する)。

⑥ NTM 症患者で EM 投与中だが症状がある症例
理学療法を行い、NTM 症が原因であれば治療適応の可能性が高い(治療開始を総合判断す
る)。

6. 治療薬を使用する際の副作用と注意点

マクロライド療法は比較的安全な治療法ですが、長期服用にあたっては以下の点に注意が必要です。

  • 胃腸障害: 腹痛、下痢、吐き気などが現れることがあります。

  • 肝機能異常: 定期的な血液検査で肝数値をチェックする必要があります。

  • QT延長・不整脈: 心電図への影響が出る場合があるため、特に高齢者や心疾患のある方は注意が必要です。

  • 聴覚障害: まれに耳鳴りや難聴が起こることがありますが、多くは減量や中止で回復します。

副作用が疑われる場合は、自己判断で中止せず、必ず主治医に相談してください。

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7. まとめ

エリスロマイシン(エリスロシン)の供給不足は、長年日本の呼吸器診療を支えてきた「マクロライド少量長期療法」にとって大きな試練です。

今回の学会の見解を要約すると、「限られた資源を、本当に必要とする患者さんに優先的に配分し、かつ将来の耐性菌発生を防ぐために慎重な判断を行う」ということに尽きます。

  • DPB患者: 治療の継続を最優先。

  • 気管支拡張症: NTM感染の有無を厳格に評価し、適切な薬剤を選択。

  • 軽症のNTM症: 供給不足の間は慎重な経過観察も選択肢。

患者の皆さんは不安に感じることもあるかと思いますが、クラリスロマイシン(クラリス)やアジスロマイシン(ジスロマック)といった代替薬を適切に組み合わせることで、治療の質を維持することは可能です。現在の供給状況を踏まえ、医療機関と連携しながら最適な治療を継続していきましょう。

エリスロマイシン供給不足に対する知見

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