重症心不全の救世主?iPS細胞由来「リハート」が切り拓く虚血性心筋症治療の未来と最新データ
近年、日本の再生医療は目覚ましい発展を遂げています。その中でも、心臓病治療の歴史を塗り替える可能性を秘めた新薬(再生医療等製品)が登場しました。それが、ヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シート、商品名「リハート」です。
本記事では、既存の治療では効果が不十分だった「虚血性心筋症による重症心不全」に悩む患者さんやそのご家族に向けて、この革新的な治療薬の仕組み、効果、そして治療の流れについて、臨床データを交えながら分かりやすく解説します。
1. 虚血性心筋症とは?初期症状から重症化までのメカニズム
まず、リハートが対象とする「虚血性心筋症」という病気について正しく理解しましょう。
虚血性心筋症の初期症状と自覚症状
心臓は全身に血液を送るポンプの役割をしていますが、その心臓自体に酸素や栄養を運ぶ血管を「冠動脈」と呼びます。動脈硬化などが原因でこの冠動脈が狭くなったり(狭心症)、詰まったり(心筋梗塞)すると、心臓の筋肉(心筋)に十分な血液が行き渡らなくなります。これが「虚血」の状態です。
初期段階では、以下のような自覚症状が現れることがあります。
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階段や坂道を上る時の息切れ
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胸の圧迫感や痛み(特に運動時)
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以前よりも疲れやすくなったという感覚
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足のむくみ
症状の進行と「重症心不全」への移行
虚血状態が長く続いたり、心筋梗塞によって一部の心筋が死んで(壊死して)しまったりすると、その部分は硬い「線維(かさぶたのようなもの)」に置き換わってしまいます。一度死んでしまった心筋は、人間の自然な再生能力では元に戻りません。
生き残った心筋は、欠損した部分を補おうとして無理に働きますが、やがて限界を迎えます。心臓は大きく膨らみ(心拡大)、壁が薄くなり、ポンプとしての機能が著しく低下します。これが「虚血性心筋症による重症心不全」です。この段階になると、安静にしていても息苦しさを感じたり、入退院を繰り返したりするようになり、生命の危険が高まります。

2. 既存治療の限界と「リハート」開発の経緯
これまで、重症心不全に対しては以下のような治療が行われてきました。
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薬物治療(標準治療): ベータ遮断薬やACE阻害薬、利尿薬などを用いて、心臓の負担を減らし症状をコントロールします。
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侵襲的治療: カテーテル治療(PCI)やバイパス手術(CABG)によって血流を再建します。
しかし、これらの治療を尽くしてもなお、心機能が回復せず悪化し続ける患者さんが存在します。最終的な手段としては「補助人工心臓(VAD)」の装着や「心臓移植」がありますが、ドナー不足や身体への大きな負担、合併症のリスクなど、高いハードルがあります。
このような背景から、「自分の力で回復できなくなった心臓を、外部から補った心筋細胞によって再生させる」という全く新しいアプローチとして開発されたのが、ヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シート「リハート」です。
3. リハート(商品名)の概要と革新的な薬理作用
リハートは、大阪大学の研究成果を基にクオリプス株式会社が開発した、世界初のiPS細胞由来の心筋細胞シートです。
製品の構成
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成分名: ヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シート
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商品名: リハート
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特徴: 健康な他人のiPS細胞から作り出した「心筋細胞」を、特殊な技術で厚さ約0.1mmの薄いシート状にしたものです。1回の治療で3枚のシートを使用します。シートはゼラチンなどのゲルに包まれた状態で提供されます。
薬理作用:なぜ「貼る」だけで心臓が若返るのか?
従来の薬(低分子化合物)は、特定の「受容体」に鍵と鍵穴のように結合して作用しますが、リハートのような細胞製剤はより複雑でダイナミックな作用を持っています。
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パラクライン効果(分泌作用): 移植された心筋細胞シートから、血管を新しく作る因子や、細胞の死を防ぐ因子、炎症を抑える因子などが放出されます。これが弱った心筋に働きかけ、自己回復力を引き出します。
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心筋保護とリモデリング抑制: 心臓が膨らんで変形していく「悪循環(リモデリング)」を、物理的・生物学的に食い止める役割を果たします。
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心筋細胞の補充: 移植された細胞が、患者さんの心臓の一部として定着し、心臓の収縮をサポートする可能性が期待されています。
4. 投与方法、投与回数、および投与経路の詳細
リハートの治療は、飲み薬や注射とは全く異なる「外科手術」を伴うプロセスです。
対象となる患者さん
厚生労働省の規定では、単に「薬が効かない」だけではなく、「薬物治療と侵襲的治療(手術など)の両方を行っても効果が不十分な、虚血性心筋症による重症心不全患者」に限定されています。
投与経路と回数
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投与経路: 外科的な開胸手術により、心臓の表面(心外膜)に直接貼り付けます。
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投与回数: 原則として、生涯に1回のみの施行となります。
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移植手順:
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術前にエコーやMRI、PET検査などで、心筋が死んでしまっている「虚血部位」を正確に特定します。
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手術によって心臓を露出し、特定した部位を覆うように3枚の心筋細胞シートを順次、丁寧に貼り付けます。
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併用薬剤(免疫抑制剤)の服用スケジュール
リハートは他人の細胞から作られているため、拒絶反応を防ぐために「免疫抑制剤」の服用が必須となります。
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使用薬剤: 以下の3種類のセット(3剤併用)となります。
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プレドニゾロン(ステロイド)
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タクロリスム水和物(プログラフなど)
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ミコフェノール酸モフェチル(セルセプトなど)
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服用期間: 移植の翌日から開始し、計90日間服用します。
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服用方法: 決められた用法・用量に従い、段階的に薬の量を減らしていく「漸減(ぜんげん)投与」を行います。90日を過ぎれば、拒絶反応のリスクが低下するため、これらの服用は終了となります。
5. 臨床データが示す「リハート」の有効性と有意性
条件付き承認の根拠となった国内試験(CVSC0005試験)の結果を見てみましょう。対象は8例という少人数ですが、既存治療で打つ手がなかった患者さんにおける変化は非常に重要な意味を持ちます。
心機能の指標:LVEF(左室駆出率)
LVEFとは、心臓(左心室)が1回の拍動でどれだけの血液を送り出せるかを示す数値です。
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結果: 移植後26週時点で、8例中*2例(25%)で明確な改善が認められました。
一見すると「25%だけ?」と感じるかもしれませんが、標準治療をやり尽くした重症患者において、一度失われたポンプ機能が数値として回復することは極めて稀な現象です。
運動耐容能の指標:PeakVO2(最高酸素摂取量)
実は、心不全患者さんの「生活の質(QOL)」や「寿命(生命予後)」とより強く相関するのが、このPeakVO2です。これは運動中に体が取り込める酸素の最大量を示します。
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結果: 移植後52週(1年)時点で、臨床的に意義があるとされる「10%以上の増加」が、8例中4例(50%)に認められました。
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有意性: 注目すべきは、「明らかに悪化した症例が1例もなかった」という点です。進行性の病気である重症心不全において、1年間にわたり運動能力が維持、あるいは劇的に改善するという結果は、既存の薬物療法では到達しにくい成果です。
これにより、階段の昇り降りが楽になる、散歩に行けるようになるといった、日常生活における具体的なメリットが期待できることが示されました。
6. 効果発動時間と持続時間について
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効果発動時間: シートを貼り付けてすぐに心筋が再生するわけではありません。移植された細胞が周囲と馴染み、成長因子などを放出し始めるまで数週間から数ヶ月を要します。臨床試験では、移植後26週から52週にかけて、緩やかに、かつ確実に効果が現れる傾向が確認されています。
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効果持続時間: 1年後(52週)の時点でもPeakVO2の改善が維持されていることから、単発の薬物投与とは異なり、長期的な効果の持続が期待されています。今回の承認は「7年間」の期限付きであり、この期間を通じて長期的な有効性と安全性がさらに詳しく検証されます。
7. リハートの副作用と注意点
どのような優れた治療法にも、副作用のリスクは存在します。リハートを使用する際に注意すべき点は主に2つに大別されます。
1. 手術および細胞シートに関連するリスク
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不整脈: 新しい心筋細胞が患者さんの心臓と電気的に繋がろうとする際、一時的にリズムが乱れる(不整脈)可能性があります。
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心膜炎: シートを貼付した部位の周囲で炎症が起きることがあります。
2. 免疫抑制剤に関連するリスク
90日間の免疫抑制剤の服用により、以下の副作用が起こる可能性があります。
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感染症: 免疫力が低下するため、風邪や肺炎、ウイルス感染にかかりやすくなります。
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腎機能低下: 特にタクロリスムなどの薬剤は、腎臓に負担をかけることがあります。
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糖尿病・血圧上昇: ステロイド剤の影響で血糖値や血圧が上がることがあります。
これらのリスクを管理するため、治療後は定期的な通院と血液検査、心機能検査が欠かせません。
8. まとめ:これからの心不全治療におけるリハートの意義
リハート(ヒト(同種)iPS細胞由来心筋細胞シート)は、これまでの「病気の進行を遅らせる」治療から、「失われた機能を回復させる」という、再生医療の理想を形にした製品です。
この記事の重要ポイント:
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適応: 薬物治療や手術をしても改善しない「虚血性心筋症による重症心不全」。
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仕組み: iPS細胞から作った心筋シートを3枚、心臓の表面に直接貼付する(1回完結)。
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服用: 拒絶反応を防ぐため、3種類の免疫抑制剤を術後90日間服用。
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実績: 1年後のデータで、約半数の患者さんで運動能力(PeakVO2)が10%以上改善。
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今後の展望: 7年間の期限付き承認であり、今後75例の追加データを用いて、より詳細な有効性が検証される。
既存の治療法で限界を感じている患者さんにとって、リハートは「もう一度、自分の足で力強く歩く」ための大きな希望となるでしょう。再生医療は今、未来の夢物語ではなく、実際の医療現場で選べる選択肢の一つになろうとしています。
ご自身の病状がこの治療の対象になるかどうかについては、主治医や専門の医療機関にご相談されることをお勧めいたします。重症心不全という困難な病気に対して、新しい科学の力が光を照らしてくれることを願ってやみません。

