HER2陽性乳がんの新たな選択肢、ツカイザ錠(ツカチニブ)の効果と副作用、既存薬との違いを徹底解説】
乳がん治療の進化とHER2陽性乳がん
乳がんは、日本人女性にとって最も罹患率の高いがんの一つです。医療技術の進歩により、早期発見・早期治療が可能となってきましたが、依然として「再発」や「手術不能な進行がん」への対応は、医学界における大きな課題です。
乳がんにはいくつかのタイプがありますが、その中でも「HER2(ハーツー)陽性乳がん」は、かつて進行が速く予後が不良なタイプとされていました。しかし、分子標的薬の登場により、その治療成績は劇的に向上しています。
本記事では、ツカチニブ(ツカイザ錠)がどのようなメカニズムでがんと戦うのか、既存の治療薬であるトラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)やペルツズマブ(商品名:パージェタ)と何が違うのか、そして具体的な効能や副作用について、詳しく解説します。
1. HER2陽性乳がんとは?初期症状と病状の進行
ツカチニブ(ツカイザ錠)の解説に入る前に、まず対象となる「HER2陽性乳がん」について理解を深めましょう。
初期症状と自覚症状
乳がんの初期症状として最も多いのは「乳房のしこり」です。多くの場合、痛みはありません。
-
乳房のしこり: 指の腹で触れたときに、硬い塊を感じる。
-
皮膚の変化: 乳房の皮膚がくぼむ(えくぼ現象)、赤く腫れる、あるいはオレンジの皮のようにザラザラする。
-
乳頭の異常: 乳頭から分泌物が出る、乳頭が引き込まれる。
病状の進行(手術不能・再発)
がんが進行すると、乳房内だけでなく、近くのリンパ節や遠くの臓器(骨、肺、肝臓、脳など)に転移することがあります。
-
手術不能: がんが周囲の組織に深く浸潤している、あるいは広範囲に転移しているため、手術での完全除去が難しい状態です。
-
再発: 手術後に一度はがんが消失したように見えても、残っていたわずかながん細胞が再び増殖を始めた状態です。
HER2陽性乳がんとは、がん細胞の表面に「HER2受容体」というタンパク質が過剰に存在しているタイプを指します。このHER2受容体が「増殖せよ」という信号を細胞内に送り続けるため、がんの進行が速いのが特徴です。
2. ツカチニブ(ツカイザ錠)の開発経緯と治療の意義
これまで、HER2陽性乳がんの治療には、トラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)やペルツズマブ(商品名:パージェタ)、そしてT-DM1(商品名:カドサイラ)といった優れた薬が使われてきました。
しかし、これらの既存薬を使用しても、時間が経過するとがんが耐性を獲得し、再び増殖を始めてしまうケースがあります。特に、従来の抗体薬(分子が大きな薬)は脳に届きにくいため、脳転移への対応が課題となっていました。
このような背景から、「既存の治療薬が効かなくなった後の選択肢」として、また「より細胞の内部から増殖信号をブロックする」ことを目的として開発されたのが、ツカチニブ(商品名:ツカイザ錠)です。
3. 薬理作用と既存薬(ハーセプチン・パージェタ)との違い
ツカチニブ(ツカイザ錠)は、カテゴリーとしては「チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)」に分類されます。
既存の抗体薬との違い
-
トラスツズマブ(ハーセプチン)やペルツズマブ(パージェタ): これらは「抗体薬」と呼ばれ、細胞の外側にあるHER2受容体に結合して、増殖信号を遮断したり、免疫細胞に攻撃を促したりします。いわば「細胞の鍵穴を外側から塞ぐ」イメージです。
-
ツカチニブ(ツカイザ錠): 小さな分子でできた化合物であり、細胞の内側に入り込みます。HER2受容体の内側にある「チロシンキナーゼ」というスイッチを直接オフにします。いわば「室内の増殖スイッチを直接切る」イメージです。
ツカチニブの大きな特徴:高い選択性
類似の薬にラパチニブ(商品名:タイケルブ)がありますが、ラパチニブはHER2だけでなくEGFRという別の受容体も強く阻害してしまいます。EGFRを阻害すると、激しい下痢やひどい皮膚症状が出やすくなります。
一方、ツカチニブ(ツカイザ錠)はHER2受容体に対して非常に高い選択性を持っており、EGFRへの影響を抑えつつ、HER2の信号を強力にブロックします。これにより、副作用のバランスを保ちながら、強力な抗腫瘍効果を発揮することが可能となりました。

4. 投与方法、投与回数、投与経路
ツカチニブ(ツカイザ錠)は、単独ではなく、通常、他の2種類の薬(トラスツズマブおよびカペシタビン)と組み合わせて使用します。
投与経路
-
ツカチニブ(ツカイザ錠): 経口投与(飲み薬)
-
トラスツズマブ(ハーセプチン): 点滴静注または皮下注射
-
カペシタビン(ゼローダ): 経口投与(飲み薬)
1日の服用回数とタイミング
適応疾患である「化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能又は再発乳癌」において、以下のスケジュールで服用します。
-
ツカチニブ(ツカイザ錠):
-
通常、成人には1回300mgを1日2回、毎日継続して経口服用します。
-
食事の有無にかかわらず服用可能です。
-
-
併用薬(カペシタビン)の服用例:
-
体表面積に合わせて計算された量を1日2回、朝食後および夕食後30分以内に14日間連続服用し、その後7日間休薬します。これを1サイクル(21日間)として繰り返します。
-
このように、飲み薬を中心とした治療体系であるため、患者さんの生活の質(QOL)を維持しやすいというメリットがあります。
5. 臨床データが示す圧倒的な効能・効果
ツカチニブ(ツカイザ錠)の効果は、国際的な臨床試験(HER2CLIMB試験)で明確に証明されています。
無増悪生存期間(PFS)の延長
既存の治療(トラスツズマブ+カペシタビン)にツカチニブを加えたグループと、加えなかったグループを比較した結果、以下の数値が得られました。
-
ツカチニブ併用群: がんが進行せずに安定していた期間の中央値は7.8ヵ月。
-
比較群(プラセボ群): 中央値は5.6ヵ月。
統計学的な解析では、ツカチニブを併用することで進行のリスクを46%減少(ハザード比0.54)させたという驚異的な結果が出ています。
日本人におけるデータ
日本国内で行われた試験(HER2CLIMB-03試験)では、さらに高い数値が報告されています。
-
奏効率(がんが一定以上小さくなった割合): 日本人集団において35.4%(90%信頼区間:24.0〜48.3%)を記録しました。
これらの具体的な数値は、既存の治療法で限界が見えていた患者さんにとって、非常に大きな希望となります。
6. 効果発動時間と効果持続時間
薬を服用してから、体内でどのように作用し、どれくらい持続するかを知ることは重要です。
-
効果発動時間(血中濃度のピーク):
ツカチニブを服用後、約1.5〜2.0時間で血中濃度が最高値に達します。速やかに吸収され、体内で作用を開始する特徴があります。 -
定常状態:
毎日2回服用を続けることで、約5日以内には体内の薬の濃度が一定(定常状態)に保たれるようになります。 -
効果持続時間(半減期):
体内の薬の濃度が半分になるまでの時間(半減期)は、ツカチニブ単体で約3.7時間、その代謝物で約5.4時間です。このため、1日2回の服用によって、24時間絶え間なくHER2への阻害作用を維持できるよう設計されています。
7. 使用上の注意と副作用について
ツカチニブ(ツカイザ錠)は強力な薬であるため、いくつかの注意すべき副作用があります。これらは、併用するカペシタビンの影響も含めて理解しておく必要があります。
重大な副作用
-
重度の下痢(10.6%):
HER2阻害剤に共通する副作用ですが、ツカチニブでも見られます。脱水症状を防ぐため、早めの止瀉薬(下痢止め)の使用や、医師による休薬・減量の判断が必要です。 -
肝機能障害:
ALT増加(20.0%)、AST増加(20.0%)、ビリルビン増加(21.9%)などが報告されています。投与開始前および投与中は、定期的な血液検査で肝臓の状態を確認します。 -
間質性肺疾患:
頻度は不明ですが、息切れ、咳、発熱などの初期症状が現れた場合は、速やかに医療機関を受診する必要があります。
その他の主な副作用
-
手足症候群(64.9%): 手のひらや足の裏が赤くなる、腫れる、ヒリヒリするといった症状です。これは主に併用薬のカペシタビンの影響が強いと考えられていますが、ツカチニブとの併用で注意が必要です。
-
悪心・嘔吐(50%以上): 吐き気を感じることがあります。必要に応じて制吐剤が使用されます。
-
疲労(36.0%): 全身の倦怠感を感じることがあります。
これらの副作用は、多くの場合、休薬や適切な支持療法(症状を和らげる治療)によってコントロール可能です。自己判断で服用を中止せず、症状が出た場合はすぐに医療チームに相談することが大切です。
8. まとめ
ツカチニブ(商品名:ツカイザ錠)は、HER2陽性乳がん治療における「次世代の切り札」とも呼べる薬剤です。
-
メカニズム: 細胞の内側からHER2の増殖スイッチを切る「チロシンキナーゼ阻害剤」。
-
強み: 他の受容体(EGFR)への影響が少なく、HER2を狙い撃ちするため効率的。
-
実績: 臨床試験で進行リスクを46%減少させ、日本人でも高い奏効率を証明。
-
利便性: 1日2回の飲み薬(カペシタビン等と併用)。
乳がんが進行・再発したとしても、治療の選択肢は着実に増えています。既存の治療薬(ハーセプチンやパージェタ等)を使用した後でも、ツカチニブ(ツカイザ錠)のような新しい薬を組み合わせることで、病気と長く付き合い、自分らしい生活を維持できる可能性が高まっています。
治療について不安や疑問がある場合は、ぜひ主治医や薬剤師に相談してみてください。最新の知見に基づいた最適な治療計画を一緒に立てていくことが、がん克服への第一歩となります。
