2023年7月18日更新
東京大学医科学研究所が「発熱がウイルス性肺炎の重症化を抑制する」メカニズムを解明しました。
以下はマウスを用いたデータです。
体温が38℃以上となると、腸内細菌叢が活性化して、体内の二次胆汁酸レベルを上昇させ、ウイルスの増殖およびウイルス感染による炎症反応を抑えることが示されました。
ポイントとなるのは、熱が直接的にウイルスをやっつけるわけではなく、38℃の熱によりパワーアップした腸内細菌が、肝臓で作られた胆汁酸を二次胆汁酸へ作り変える量を増やしてインフルエンザウイルスの増殖を抑えるという点です。
実際にデータでは、二次胆汁酸を餌に加えたマウスにインフルエンザウイルスを経鼻感染させても生存率が有意に高いことが記されています。
さらに人においても、新型コロナ感染患者から採取した採血サンプルを解析した結果、軽症患者グループと比較して、中等/Ⅱ患者グループでは血中胆汁酸レベルが有意に低下していることが示され、血液中の胆汁酸の量が少ないと新型コロナ感染後の重症となるリスクが高いことが報告されました。
また非常に興味深いデータとして、通常の餌+水道水を与えたマウス、低食物繊維食+水道水を与えたマウス、抗生物質入りの通常の餌と水道水を与えたマウスにインフルエンザウイルスを感染させた試験があります。
低食物繊維食とは腸内細菌の餌となる食物繊維が少ない食事を意味しており、腸内細菌の増殖を抑制した食事と言えます。抗生剤入りの通常職とは、腸内細菌を殺してしまう抗生剤が入った食事ということです。
結果は、通常の餌+水道水を与えられたマウスと比較して、低食物繊維食や抗生剤入りの餌を食べたマウスでは、インフルエンザウイルスに対する抵抗力が失われているというデータが示されたというデータです。
我々の臨床現場でも、ウイルス感染の患者様に対して「念のため抗生物質も出しておきます」という処方は往々にして起こりえます。インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスは検査キット、アデノウイルス検査キッドやロタウイルス検査キットは耳にすることがありますが、その他のウイルスに関しては検査キットが存在しない場合もあります。
ウイルス感染の治療を行う上で、抗生剤(細菌をやっつける薬)は腸内細菌数を減少させることで、間接的にウイルス治療の妨げとなっている可能性が示唆されたわけです。
今回の報告を受けて、ウイルス感染による発熱を解熱剤で抑えるのであれば、解熱剤に加えて二次胆汁酸(ウルソデオキシロール酸)を同時に投与することがウイルス感染および炎症反応の抑制に有益なのかもしれません。また、ウイルス感染が同定されたのであれば、抗生物質は治療の妨げとなりうるという認識をもってもいいのかもしれません。
以下にデータを添付します。
以下に、2023年7月に記した発熱時に解熱剤を使用する(過去の記事)を記します。
風邪で小児科を受診された親御さんから以下の質問をうけました
「ウイルスに感染して、体が体温を上昇させてウイルスと戦っているのに、解熱剤を使用するとウイルス感染が長引くのではないですか?」
「インターネットで調べたのですが、ウイルスをやっつけるため発熱している時は、解熱剤は使わない方がいいですか?」
発熱は外的因子に対する生体の防御ですので、上記の親御さんの考えは一理ありますよね。
ウイルス感染時に小児が解熱剤を使うべきかどうかに関しては、様々な見解があるかと思います。私の個人的な見解を先に述べますと
「解熱剤を使うことが有益です」が私の回答です。
以下に順を追って私の考えを記します。
ウイルスが私たちの身体に侵入(感染)すると、ウイルス感染した細胞からは大量のウイルスが増殖します。感染した細胞がウイルスにより破壊されると、それを検知して私たちの身体の免疫系が活性化し、感染した細胞やウイルスに対する攻撃を開始します。
具体的には、ウイルスをマクロファージ系の細胞が認識すると炎症性のサイトカイン(インターロイキン1β、6など)が放出されて、体内に「ウイルス(異物)の侵入」を知らせます。すると、ウイルスに感染している細胞をやっつけるために、活性化されたキラーT細胞が末梢を駆け巡ります。またB細胞から産生された抗体と活性化された補体が感染細胞に穴をあけ、ウイルスをやっつけます。
ウイルスが侵入した際のお知らせ(サイトカイン)を内皮細胞がキャッチすると「プロスタグランジンE2」という物質を産生します。このプロスタグランジンE2が脳の視床下部に届くと体温の設定温度が上昇されて熱が上がります。(発熱)
一般的に私たちの身体は36~37℃で活発に細胞増殖を繰り返しわけですが、ウイルスに感染した私たちの身体の細胞も同様に37℃前後で活発に細胞増殖を繰り返します。すると自身の細胞を作ると同時に、知らず知らずのうちに大量のウイルスを産生することとなります。しかし39℃の環境下では細胞増殖のスピードが遅くなります。そのためウイルス産生量が下がります。
つまり、ウイルス感染時の発熱のメリットは、一時的に体温を上昇させて、ウイルスの増殖や活動を減少させ、その間に免疫細胞による一斉攻撃でウイルスをやっつけましょうというサインと捉えることができます。
上記が体温上昇の理由だとすると、「あれ?熱を下げない方が効率よくウイルスをやっつけることができるので、熱を下げなくていいのでは?」と考えてしまいそうです。実際に「38℃くらいでお子さんが元気であれば、解熱剤を使わなくてもいいですよ」と説明する小児科医もおります。
では、次に解熱剤を使用する利点を記します。
解熱剤を使用することで、熱性けいれん(発熱によるひきつけ)のリスクを引き下げるという報告があります。熱性けいれんに関しては、般的には38度を超える発熱により、脳の神経細胞が一過性にショートして生じると考えられています。
ひらかた市立病院救急の報告では、熱性けいれん発作を起こした6カ月~5歳の小児に、アセトアミノフェン坐剤を使用すると、その後の熱性けいれんの再発率を引き下げたという報告がなされていますので、発熱時の解熱剤の使用は一定の意義があると私は考えます。
(アセトアミノフェン坐薬使用群の再発率:9.1%、使用しない群の再発率:23.5%)
また、子供の機嫌・不穏感・食欲不振・イライラを軽減するために解熱剤を使用することも有益と考えます。不穏がつづいて眠れない状況に対して、解熱剤を使用することが改善につながるケースもあります。
更に、子供の不快感・イライラが軽減すると、看病している親御さんの不穏感も緩和するという報告があります。親子双方のメンタルの安静を保つという意味での解熱剤を使用する意義は一理あると思います。
最期に、高熱時に解熱剤を細胞レベルで使用する意義に関する研究報告がありましたので下記します。
インフルエンザウイルス感染時の解熱剤の意味(東北大学データ)
2019年5月21日、東北大学からの研究報告です。
呼吸器細胞を培養し、インフルエンザウイルス感染時の高熱に相当する39~40℃の高温環境下において、呼吸器細胞の生存率を調査し、感染時に解熱することの必要性を評価したデータです。
研究では、インフルエンザウイルスに感染させた呼吸器細胞と、感染させていない呼吸器細胞をそれぞれ39~40℃の高温下と平熱時に相当する37℃の環境下で培養し、細胞の障害性とインフルエンザウイルスの増殖率についてデータを解析しています。
結果
上記の結果より、ヒトの体は39~40℃の熱で5日間も放置されると、インフルエンザウイルスに感染していなくても10%程度の細胞が死んでしまうわけです。(感染していると15%程度もの細胞が死んでしまう)
それならば、解熱剤を使用した方が細胞の生存率を引き上げることができるために、解熱剤を使用することが有益ですという報告です。
インフルエンザ感染時の治療において解熱剤を使用して37℃台まで熱をさげることが細胞レベルでの生存率の向上につながることを示した細胞レベルの実験結果と言えます。
細胞レベルで(In vitro)のデータなのですが、私のはこの東北大学のデータを目にした時に、非常にわかりやすいデータだなぁと納得し記憶があり、それ以降「解熱剤の有益性」を認識するようになりました。
小児や高齢者で高熱が続いてぐったりするケースがあるわけですが、食事や水分が取れてるかなぁと考える前に、高熱が続いたことによる倦怠感・嘔気(細胞生存率の低下)をイメージして、解熱剤の有益性を主張する必要があると感じました。