手の爪白癬(爪水虫)が他人に感染する速度について
私は以前、皮膚科門前の調剤薬局で勤務していたことがあります。足の水虫が手の爪に感染し、手の爪が真っ白またはボコボコに波打っている爪をした患者さんを目にする機会が多くありました。
調剤薬局に限った話でありませんが、患者さん(お客さん)と品物やお金のやり取りをする場合、多少なりとも手の菌や白癬菌も一緒にやり取りされます。しかし非感染者が感染するには至りません。そこで今回は手の爪白癬(爪水虫)が他人に感染するまでの速度を調べてみたいと思います。
(皮膚に傷がない状態についてのデータ)
一般的に菌が活発に活動する温度は27~35℃が適温ですが15℃という低温でも湿度が100%ならば4日で菌の侵入が観察されています。湿度80%では菌の侵入は確認されませんでした。このことから角質内への菌の侵入には温度よりも湿度が重要であることが示唆されます。
湿度:100%、95%、90%、85%、80%、70%
温度:人間の体温に近い35℃設定
上記条件で行われた実験では、湿度100%の条件では1日で感染が確認されています。湿度95%では2日目に感染が確認され、90%では3日目、85%では7日間経過しても感染は確認されませんでした。このことから湿度を85%以下に保つことができれば菌が角質内に侵入することができないことが分かりました。
~湿度100%、35℃という条件で1日の菌の侵入時間について電子顕微鏡で調べたデータ~
白癬菌は胞子の状態から菌糸を伸ばして皮膚表面のケラチンを食べながら拡大し、また胞子をつくって菌糸を伸ばすという活動を続けて増殖を繰り返します。非感染者の皮膚に白癬菌が触れた後、6時間後には胞子の発芽が開始され12~24時間後に角質細胞内へ菌糸の侵入が確認されたというデータがあることから、湿度100%という条件が白癬菌の育成には重要であることがわかりました。
皮膚は湿度100%の状態が続くと角質層に水分が含まれます。すると角質バリアが崩れて真皮への侵入が容易になります。湿度100%というのは白癬菌が元気になるだけでなく、人の角質層バリア機能が低下する条件でもあるので白癬菌に侵入されてしまうものと思われます。
上記データから考えて、1日に何度か手を洗う職業において手に傷がないという条件の人に関しては、手から手、爪から爪への白癬菌の感染はほぼあり得ないことがわかりました。
一般的に白癬菌が足の指や趾間から感染されることが多いのは、湿度が原因と推測されます。では次に趾間の湿度について調べてみることにしました。
室温25℃、湿度72%という条件下で靴下を脱いだ直後の趾間の湿度を測定したデータでは、平均97.9%(88%~99.9%)という高い湿度が確認されています。靴下を脱いでから1時間後に趾間の湿度を測定すると10%ほど値が下がることがわかりました。仕事中は靴下を脱ぐ機会は少ないと思いますので、帰宅後は速やかに靴下を脱ぎ、よく洗うことが大切です。
~白癬菌に感染する場所~
白癬菌はストッキングや綿の靴下などの網目の粗い布から菌がぽろぽろ散布されます。そのため水虫感染者が通った室内には菌がいると考えられます。地下足袋(じかたび)を履くとほとんど散布されません。靴を履いていれば床に散布されることはありません。
このことから靴を脱ぐ場所には頻度程度は違いますが、白癬菌がいると考えられます。
上記データをもとにして、足に傷がない人が白癬菌に感染する(水虫になる)までの最速経路について考えてみます。
1:プール、温泉、病院の体重計、スリッパ、居酒屋、住宅展示場などで足に白癬菌を付着させる
2:靴下および靴を履き趾間湿度を97.9%にする(歩行して発汗すると靴内の湿度が上がりやすい)
3:およそ6時間は靴下および靴を脱がない状態を保つ(胞子が発芽し菌糸を伸ばす時間です)
4:仕事から帰宅後も靴下を脱がない。足を洗わないでそのまま布団に入って寝る
上記要件を満たせば趾間湿度を高く保つことができるので白癬菌感染の最速経路に近づけると推測されます。
☆すべてのデータは皮膚に傷がないことを想定して記載されています。本来皮膚の角質層バリアは菌の侵入をなかなか許しません。(免疫不全患者も健常人も皮膚経由での水虫感染比率は同じです)。参考までですが、角質に外傷がある場合は半日で角質内へ白癬菌が侵入し2日目には角質中層以下まで菌が進行することが分かっています。このため手に傷がある場合は、十分に感染経路となることを御考慮ください