フェロミア錠やフェルムカプセルは、消化管内のpH変動に対して安定であり、カチオン含有製剤(酸化マグネシウム・炭酸カルシウムなど)との併用においても失活することが少ない構造(錯体構造)を有しております。そのため他剤との併用をチェックする際に、それほど神経質になることもない印象があります。
一方、フェロ・グラデュメット錠やインクレミンシロップなど、それ以外の鉄剤については、まずい条件はあるのかなぁと感じておりました。そこで今回は、鉄剤の違いによる消化管内での吸収過程の差と、他剤との併用についてまとめてみました。
鉄は消化管内において2価の鉄イオン(Fe2+)として吸収されます。3価(Fe3+)は吸収されません。
フェロミア錠はクエン酸と2価鉄の水溶性の低分子キレート剤、フェルムカプセルはフマル酸と2価鉄の水溶性低分子キレート剤ですので、いずれも消化管内で吸収されやすい2価の鉄イオンを含有している製剤です。
フェロミア錠はpH変動に安定な水溶性キレート構造をしているため胃酸過多の状況下(pH1~2)であっても、PPI服用により空腹時のpHが5~6程度まで高くなっている状況下でもキレート構造および力価は維持されたまま溶解することができます。フェルムカプセルに関してはpH6程度で溶解性が低下する可能性があるのでPPIを併用している場合は空腹時ではなく、食後(胃酸が出てpH2~4まで下がる)服用が推奨されます。
マグネシウム・アルミニウムといったカチオン含有制酸剤とフェロミア錠、フェルムカプセルを併用する場合は、両剤ともに水溶性の低分子キレート構造が維持されますので併用問題ありません。昔から言われる濃いめのお茶(タンニン)と併用しても問題ありません。
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以上のことから、フェロミア錠とフェルムカプセルに関しては、食後服用であれば他剤との併用に関して鉄剤の力価が低下することを心配する必要はありません。
(ミノマイシンなどを併用する際は、併用薬側の力価低下に関しては要注意です)
フェロ・グラデュメット錠は2価の鉄イオンと硫酸イオンの化合物です。pH5以上の条件下で服用すると溶解性が低くなり、イオンとして解離されにくくなります。そのためPPIを服用している患者様の場合は空腹(pH5~6)で服用は避けたほうが無難です。食後に服用する分には胃酸が出て、フェロ・グラデュメット錠が溶解することができますので、効果は維持されます(PPI服用における食後のpH2~4)。
PPIを服用している/していないを問わず、食後(pH2~4)にフェロ・グラデュメット錠と制酸剤(酸化マグネシウム・アルミゲル・炭酸カルシウムなど)を併用した場合、90%以上のフェロ・グラデュメット錠は溶解を維持することができるため、ある程度の胃酸がある状況下では併用による鉄剤の力価が低下することを心配する必要はないと私は考えています。
尚、添付文書には空腹服用(pH1~1.5)の方が、イオン解離率が高いため推奨用法のように記されています。一方で、PPI服用下の空腹時(pH5~6)において、制酸剤とフェロ・グラデュメット錠を同時に服用するとフェロ・グラデュメット錠の吸収量が非常に低下する可能性があるので避けたほうがいいかと私は考えます。(制酸剤と不溶性の高分子重合体を形成するため)。空腹時服用を伝える際は併用薬に注意したほうがいいと思います。
また、コップ半分程度の冷たいお茶(タンニン70mg配合)でフェロ・グラデュメット錠を服用しても効果に影響はありませんが、濃いめのお茶500ml(タンニン500mg配合)でフェロ・グラデュメット錠を服用した場合は、鉄吸収率が1/2に低下したという報告があります。
鉄剤はもともと吸収されにくい性質があるため、服用した鉄剤の6割程度が溶解していれば(4割以上不溶性の高分子重合体を形成していなければ)、貧血改善効果は維持されるという報告があります。そのため、少量のタンニンを含むお茶とフェロ・グラデュメット錠を服用しても貧血改善効果に差異はでないと報告されています。
以上のことから、フェロ・グラデュメット錠に関しては、食後服用であれば他剤との併用に関して鉄剤の力価が低下することを心配する必要はありません。濃いめのお茶500mlでの服用は避けたほうがいいです。
(ミノマイシンなどを併用する際は、併用薬側の力価低下に関しては要注意です)
不溶性のピロリン酸第二鉄にクエン酸を加えて可溶化しています。インクレミンシロップは3価の鉄イオン製剤であるため生体内で3価の鉄イオンから2価の鉄イオンへ還元される必要があります。
服用後、インクレミンシロップは胃酸(pH4以下)の中でFe3+を遊離します。その後、十二指腸の細胞膜上に存在する鉄還元酵素DcytbによってFe2+へ還元されて吸収されます。
PPIを服用している患者様の場合は空腹(pH5~6)での服用は3価の鉄イオンとして遊離する量が低下するため避けたほうが無難です(logK=-5.67より)。PPI服用患者様の場合、食後服用ならば(pH2~4)Fe3+を遊離するため力価は維持されます。
pH変動下におけるインクレミンシロップと制酸剤との併用に関する具体的なデータを確認することができませんでした。そのため、インクレミンシロップと制酸剤との併用に関しては言及できませんが、pH変動によるイオンの解離性から考えますと、制酸剤と鉄剤が難溶性の高分子鉄重合体を形成すにはpHが6以上という条件が必要になります。そのため各種制酸剤のインタビューフォームや臨床報告にある“投与後の胃内pH変動”を参考に併用の可否を判断する感じでしょうか。
併用する制酸剤の量にもよるのですが、酸化マグネシウム・炭酸水素ナトリウム・マクメット懸濁配合剤などは、服用直後の胃内平均pHが5程度まで上昇させることがあります(効果は持続しません)。3価の鉄イオンの解離定数がpKa=5.67と考えると、pH5ならば溶けた状態を維持しているわけですが、どうなんでしょうか。
以上のことから、インクレミンシロップに関しては、H2ブロッカーやPPIを併用する際は食後に服用するとよいと思います。(ある程度の胃酸がある状況下で服用すること)。制酸剤との併用に関する具体的な報告はありませんが、制酸剤によって長時間pH6以上になることはなさそうなので、併用してもよさそうな気もしますが断定はできません。
(ミノマイシンなどを併用する際は、併用薬側の力価低下に関しては要注意です)
フェロミア錠・フェルムカプセル・フェロ・グラデュメット錠に共通していることは、食後に服用するとPPIやH2ブロッカー、制酸剤と併用しても、期待される貧血改善効果(60%程度は2価の鉄として遊離して吸収される)が得られると報告されている。
インクレミンシロップに関しては、PPIやH2ブロッカー、制酸剤を服用していて胃内pHを気にするのであれば食後服用が良い。制酸剤との併用に関しては報告例が確認できませんでした。
「今日の治療薬」の鉄剤の欄にも記されているのですが、鉄の吸収・排泄・貧血治療などヒトにとっての鉄分に関する記述としては
鉄剤の適正使用による貧血治療指針改定「第二版」に非常にわかりやすく記されておりました。
追記
鉄剤の1日の服用回数および吸収率に関しての報告がありましたので追記いたします。
被験者:フェリチン:25μg/L以下、18~40歳の女性
投与方法
A群:1日1回硫酸鉄60mgを14日間連日服用(21名)
B群:1日おきに硫酸鉄60mgを服用(28日間、14回服用)(19名)
結果
A群(連日服用群)
鉄吸収率16.3%
累積鉄吸収量:131mg
B群(隔日服用群)
鉄吸収率:21.8%
累積鉄吸収率:21.8%
隔日服用群の方が吸収量が高いという結果となっています。血清へプシジン濃度が連日服用群で高いことから鉄吸収が妨げられたと考察しています。
また、1日の服用回数ですが、1日1回服用しても1日に2回服用しても吸収率に関しては有意差はありません。しかし1日2回に分けて鉄剤を服用すると血清ヘプシジン濃度がより高まるという結果となっていますので、1日1回服用の方がいいのかもしれません。