2022年12月4日までは、ノルバスク錠は妊婦に対して禁忌でした。アダラートCR錠は妊娠20週未満の妊婦に対して禁忌でした。
しかし、2022年12月5日からは妊婦に対する禁忌項目が削除されましたので、使用することが可能となりました。
さて、薬局で妊婦さんへノルバスク錠をお渡しする際に
「ノルバスク錠は、昨日まで妊婦さんは使用できないとされていたのですが、12月5日、本日より使用できるようになりました。1日1回朝食後に使用してくださいね」と患者様へ説明できます?
「どうして昨日(2022/12/4)まで飲むことができない(禁忌)とされていた薬が、本日(2022/12/5)から飲めるようになったのだろう?」
と強めに疑念をいだかれると思うんですよ。
私は思うんですけどね、これまで禁忌だった薬が禁忌ではなくなる(妊婦にノルバスク、メジコンとエフピーの併用)とか、これまで劇薬だった薬が普通薬になる(ロキソニン錠)とか、これまで普通薬だった薬が向精神薬になる(デパス、アモバン)とか・・・・
時代とともに薬の取り扱いにも変化があってしかるべきだと考えるのですが、変化があった場合は、その理由もですね、製薬会社はしっかりと添えていただきたいと私は思うんですよね。でも、どういうわけか、変化に対する説明が毎回足りないんですよね。
ということで今回はノルバスク錠、アダラートCR錠(ニフェジピンL錠)が妊婦さんに対して使用してOKになった理由を調べてみました。
アダラートCR錠(ニフェジピン徐放製剤)について
アダラートCR錠については、段階的に使用してOKとなった経緯があります。
女性の出産年齢が高齢化するに伴い、高血圧合併妊婦や加重型妊娠高血圧腎症、腎疾患合併妊婦症例が増加していた背景を受けて、2011年にトランデート錠(αβ遮断薬)は妊婦へ投与可能、アダラートCR錠に関しては妊娠20週以降ならば投与可能となった経緯があります。
その後、11年が経過した2022年12月にアダラートCR錠の「妊娠20週以降」という文字が削除され、「妊婦に禁忌」という文言が添付文書から削除されました。
「妊婦に禁忌が削除」となった理由は「催奇形性リスクが確認されない」という報告が蓄積されたためです。
注)催奇形性とは妊娠中の女性がお薬を飲んだ時に、胎児に奇形が起こるリスクのことです。
米国では妊娠中高血圧の治療として、トランデート錠(αβ遮断薬)が第一選択薬となっており、改善されない場合はアダラート徐放錠(ニフェジピン徐放錠)が治療に使用されます(米国国立医療技術評価機能(NICE)のガイドラインより)
妊娠高血圧症候群を放置して高血圧の状態が続くと、母親の健康が損なわれるだけでなく、早産や低体重児での出産となるリスクが高まるというデータがあります。
とくに重症高血圧症(血圧で言うと、上が160mmHg/下が110mmHg)の場合、母体の罹患率と死亡率に関連性が示されています。軽度~中等度の妊娠高血圧症(血圧で言うと、上が140~159mmHg/下が90~109mmHg)の場合、降圧治療を行うことが、母体や胎児にとって良いのか悪いのかという点については、症状や血圧上昇の勢い、他の合併症、妊娠周期によっても様々ですが、米国では一般的に降圧治療を行うことが通例とされています。
その降圧治療の時に使用される薬剤が「アルドメット(メチルドパ)」「トランデート(ラベタロール」「アダラート徐放錠(ニフェジピン徐放錠」であり、長年の使用症例数のデータ上は妊娠中の安全性が示唆されているという現状です。
一般的に、医薬品の安全性を調査するための臨床試験の被験者数としては「〇千人~〇万人を対象としたデータ」という規模で行われのが通例なのですが、妊娠高血圧症を対象としてアダラート徐放錠を使用した被験者の報告数の場合は200人~500人規模の報告がほとんどです。(小規模データになってしまう)
つまり被験者数が少ないために、どうしても大規模でのデータ収集が難しいんですよね。そのため200人規模の臨床試験のデータ報告では「今回、200人の妊娠高血圧症妊婦にアダラートCR錠を使用したデータでは、正常血圧妊婦と比較して催奇形性のリスクは上昇しなかった。しかし小規模臨床試験のため今後もデータ収集が必要である」
と言った感じのまとめが多いわけです。
それで、さまざまな国・地域が小規模データを報告し続け、それらのデータを抽出して、大規模データとしてまとめてみたらどうなるだろう?という点にたどり着くわけですね。
例えばですが、2000年から2007年まで報告された小規模データをまとめ上げて大規模データとした報告を例にあげます。
253万人の妊婦について調査したデータに関して、妊娠最終月にアダラートCRのようなカルシウム拮抗薬を飲んでいた女性から生まれた乳児の新生児発作のリスクを調査したデータを見てみます。
252万9636人の妊婦の中で、妊娠最終月にカルシウム拮抗薬を飲んでいた人数は2万2908例(0.91%)です。
乳児の新生児発作リスクの割合を見てみます。
カルシウム拮抗薬を服用した母親から生まれた乳児の新生児発作リスク
2万2908例中、53人:割合で言うと0.23%です。
カルシウム拮抗薬を服用していない母親から生まれた乳児の新生児発作リスク
250万6728例中、4609人:割合でいうと0.18%です。
若干ですが、カルシウム拮抗薬を服用していた母親から生まれた乳児のリスクが高いように見えますが、このデータをもとに外的要因を取り除いてデータを調整して統計的に有意差があるかどうかを判断します。すると上記のデータはオッズ比0.95、95%信頼区間が0.7~1.3となり、信頼区間が1をまたいでいるため、帰無仮説で設定した「1」という数値をまたいでいおり、有意差がない。と解釈されます。
つまり、統計的には「カルシウム拮抗薬を服用しても、しなくても乳児の新生児発作リスクはかわらない」というデータ結果と解釈されます。
(オッズ比・信頼区間の詳細な説明は割愛します)
上記はあくまで一例ですが、このような感じでデータを積み上げていった結果、アダラートCR錠の妊婦に対する使用が日本国内で認めらた経緯です。
実際、米国や英国では高血圧の妊婦に対してアダラートCR錠が一般的に使用されており、明確なリスクは確認されていない、害を及ぼす可能性は低いと示唆されています。
補足ですが、アダラートCR錠の添付文書を見ると
〔動物実験において催奇形性及び胎児毒性が報告されている。〕
と言う文言はこれまで通り残っています。動物実験では、妊娠初期にカルシウム拮抗薬を使用すると、子孫の指骨欠損と関連することが示唆されており、子宮内のカルシウム拮抗薬暴露後の指骨欠損のヒトでの症例報告もあるにはあるわけですが、ヒトにおいては四肢欠損や多指症の割合の増加は確認されておりません。しかし関連がないことを確認するには症例数が十分ではないという状況です。
ということで、アダラートCR錠については、海外の妊娠高血圧症患者に使用されており、催奇形性リスクは確認されていないため、妊娠中における安全性は広く認められていると捉えられています。
ノルバスク(アムロジピン)について
ノルバスク錠(アムロジピン)の使用例に関しては、日本での報告例が多いように思います。
高血圧症妊婦に対するノルバスク錠(アムロジピン)の使用例
2008年~2016年に日本の国立成育医療研究センター、大阪府立女性こども病院、国立循環器病センターにて出産した慢性高血圧症の妊婦231名を対象としたデータによると、48名がノルバスク錠(アムロジピン)を妊娠第一期から服用、54名が他の降圧剤を使用、129名が薬剤服用なしという状況でした。
その結果、胎児の催奇形性リスクは3群ともに同程度でした。
ノルバスク服用群:4.2%
他の降圧剤服用群:5.6%
薬剤服用なし群:4.7%
筆者らは妊娠初期のノルバスク錠(アムロジピン)の服用は、他の降圧剤や薬剤服用なしの母体行血圧群と比較して、催奇形性リスクの増加とは関連がないことを示唆しています。(小規模データであることを筆者ら自認しています)
海外では妊娠高血圧症に対してアダラートCR錠(ニフェジピン徐放錠)が広く使用されており、データも十分あるわけですからアダラートCR錠でいいのでは?という考えが通例です。ノルバスク錠を使用する利点はなんでしょうか?
それはですね、ノルバスク錠(アムロジピン)が非常に多くの方が使用している医薬品であるためです。
非妊婦がノルバスク錠(アムロジピン)を使用しているとします。妊娠は計画妊娠の場合もあれば、計画されずに妊娠するケースもあります。
計画されない妊娠の場合、妊娠第一期後半までは診断されないと「妊娠している」ことに気づかないケースもあります。その場合、ノルバスク錠を定期服用しているい女性の場合、妊娠第一期にノルバスクを継続服用していることになります。
ノルバスク錠を定期服用している女性で妊娠が発覚したら「ノルバスク錠からアダラートCR錠へ変更しましょう」となります?
妊娠が発覚した段階で、すでにノルバスクを定期服用しているわけですから、血圧が安定しているのであれば、このままノルバスクを続けましょうとなるのが一般的ですよね。
ノルバスク錠もアダラートCR錠もどちらもジヒドロピリジン系のカルシウム拮抗薬で、血管内のL型カルシウムチャネルを介して、カルシウムの流入を防ぐことで血圧を下げる効果が確認された薬剤なのですから。
ということで、アダラートCR錠が妊婦にOKならば、同類薬のノルバスク錠(アムロジピン)もOKでしょ(世界的には症例数はすくないけど・・・)という感じで、ノルバスク錠の「妊婦に禁忌」も削除されたものと個人的には感じております。
ノルバスク錠(アムロジピン)を高血圧症妊婦に使用したデータを報告した日本の研究者(Mito達)はノルバスク錠(アムロジピン)に関して、妊婦に対する安全性について報告はしたものの、現時点では妊婦に対してアダラートCR錠(ニフェジピン徐放錠)よりも優先的に処方する理由はほとんどない。と記していますので、ノルバスク錠の「妊婦に禁忌」は削除されましたが、カルシウム拮抗薬を使用するのであればアダラートCR(ニフェジピン徐放錠)が一般的であるという解釈かなぁと感じます。
最期に、妊娠高血圧症症候群の診療指針(2021)に記されている降圧治療を記します。
メチルドパ(アルドメット錠)
脳幹部α2受容体に作用する中枢性交感神経抑制薬。欧米諸国のガイドラインでも推奨されています。
胎児への影響が少なく、心拍出量に影響しません。高血圧合併妊婦の初回・長期的投与によいが、効果発現が遅い
ラベタロール(トランデート錠)
αβ遮断薬。欧米諸国のガイドラインでは高血圧合併妊婦に対する第一選択薬の1つ。しかしわが国での添付文書上の1日投与量が欧米に比較して少ないこと、日本人はβ遮断薬に対する忍容性が一般的に低い事などに留意する必要がある。
ニフェジピン徐放錠(アダラートCR)
欧米諸国のガイドラインでは妊娠全期における使用が推奨されている。
ヒドララジン(アプレゾリン)
経口薬の降圧効果は乏しいことから長期投与としてはセカンドラインに位置付けられている。
歴史が長く、もっとも妊婦に使用されてきた降圧薬。内服・点滴静注の双方が使用可能。効果はやや不確実