頓服薬として処方される芍薬甘草湯を患者様へお渡しする際に
「芍薬甘草湯は足がつったとき(こむら返り)に1包飲んでください」
とお伝えすることがあります。
服用された患者様の中に「この薬は飲むとすぐ効くね」とおっしゃる方がおります。芍薬甘草湯の即効性について、どの程度まで患者様へ言及することができるか気になったので調べてみました。
芍薬甘草湯7.5gには
日局カンゾウ6g
日局シャクヤク6g
が上記の割合で混合された乾燥エキスが含まれています。
一般的な漢方薬の薬理作用というのは「複数の生薬が一定の割合で混合されることで目的の薬効が生まれる」と私は解釈しています。しかし、芍薬甘草湯の即効性に関しては、そうとも限らないようです。
カンゾウに含まれる主要成分「グリチルリチン」は、そのままの構造では小腸から吸収することができません。小腸から吸収するためには、腸内細菌によりグリチルリチンをグリチルレチン酸へ水解する必要があります。
この腸内細菌について調べてみると、グリチルリチンを水解することができる腸内細菌は偏性嫌気性菌属の中の珍しい菌種のようです。そのためかどうかは定かではありませんが、健常人がグリチルリチンを服用した後,小腸から吸収されたグリチルレチン酸の血中濃度には非常にバラツキがみられ、服用24時間後にピークが現れる被験者も確認されています。
芍薬の主成分ペオニフロリンとその代謝物ペオニメタボリンⅠの薬物動態
このことからカンゾウ(グリチルリチン)を服用した後、体内に取り込まれるグリチルレチン酸の吸収速度を決めている因子は腸内細菌であることがわかります。非常にバラツキが多いため何とも言えませんが、グリチルレチン酸の薬物動態の平均値を確認すると半減期は7.4時間となっています。やはり、一度水解をうけてから吸収しなければならないため、服用後の立ち上がりは決して早くはない印象を受けます。
シャクヤクに含まれる主要成分を調べてみると「ペオニフロリン」という成分でした。私には耳なじみがない成分でしたのでペオニフロリンについて調べてみました。ペオニフロリンの薬理作用は鎮痙・鎮痛・平滑筋弛緩作用が確認されているということです。
ペオニフロリンに関して驚くべきはその吸収速度の速さです。ペオニフロリンをラットへ投与した時のTmaxに関する報告例をいくつか調べてみたのですが、11分、13分、平均5分という記述が散見されました。つまり、シャクヤクを服用するとその主成分であるペオニフロリンは急速に吸収され、第一段階の鎮痙・鎮痛・平滑筋弛緩作用を示すことが示唆されました。吸収されたペオニフロリンは、その後消失してしまいます。
興味深いことに、シャクヤクを服用後に小腸へ移行したペオニフロリンのうち急速に吸収されるのはその一部であり、多くは腸内細菌によりペオニフロリンからペオニメタボリンⅠへ代謝をうけてから吸収されるという報告を確認しました。ペオニメタボリンⅠとはペオニフロリンの代謝物であり、より強い抗痙攣作用が報告されています。
小腸から吸収されるペオニメタボリンⅠの量はペオニフロリンよりも多く、代謝を受ける時間分、ペオニフロリンに比べて遅延的に吸収されます。これがシャクヤク服用後、第二段階の鎮痙・鎮痛作用として作用することが示唆されます。
(ペオニメタボリンⅠの半減期:6時間ほど)
カンゾウには鎮痛・抗炎症作用が報告されており、シャクヤクにも鎮痛・平滑筋弛緩作用が報告されていますので、どちらも「こむら返り(足がつった)」に対して効果的な成分です。さらに各生薬を1:1で混合している芍薬甘草湯は漢方としてそれ独自の薬理作用が期待されます。
芍薬甘草湯の即効性について調べてみた私個人的な感想としましては、体内への吸収経路、吸収速度を考えますと、まずはシャクヤクの主成分“ペオニフロリン”が第一段階として服用後数分で鎮痛・平滑筋弛緩作用を示し、その後第二段階として腸内細菌により代謝されたペオニメタボリンⅠとグリチルレチン酸が吸収されて鎮痛・抗炎症作用を示し、「こむら返り(足がつった)」を持続的に緩和するのではないかと推測されました。
芍薬・甘草の煎液をそれぞれ服用したときと、芍薬甘草湯という漢方を服用したときとではペオニフロリン・グリチルレチン酸の吸収速度に差が生じることが報告されています。具体的には腸管内に2種類の生薬が共存することで腸内細菌による代謝速度が変化し、吸収されてからも代謝・排泄に影響するものと示唆されています。
芍薬・甘草をそれぞれ服用したときと、芍薬甘草湯を服用したときの薬物動態の差
この吸収の違いが、いわゆる漢方としての相互的な薬理作用かと思いますが、とかく芍薬甘草湯に関する鋭い立ち上がり・薬効に関しては上述の解釈なのではと私は考えております。