SSRI(パキシル・レクサプロ・ジェイゾロフト)の用量の上限が海外とくらべて少ない理由(セロトニントランスポーターの発現量について)

SSRI(パキシル・レクサプロ・ジェイゾロフト)の用量の上限が海外とくらべて少ない理由(セロトニントランスポーターの発現量について)

 

 

抗うつ薬の1日服用量について日本の承認用量と米国の承認用量を比較してみました。抗うつ薬の服用量上限(適宜増減含む)を確認してみると

 

パキシル・ジェイゾロフト・レクサプロなどのSSRIの服用上限が米国に比べて低いことがわかりました。そこで今回は、日本人に対するSSRIの投与量について調べてみました。

(注意:イフェクサーのような例外もあります)

 

SSRIのはたらき

シナプス前ニューロンから放出されたセロトニンはシナプス後ニューロン表面にあるセロトニン受容体に作用します。作用せずにシナプス間隙に余っているセロトニンはシナプス前ニューロンに再取り込みされます。この再取り込みを行う部位をセロトニントランスポーターと呼びます。

セロトニントランスポーターと抗うつ薬

SSRI(Selective Serotonin Reuptake Inhibitors)はセロトニントランスポーターのはたらきを阻害することでシナプス間隙に存在するセロトニンが、シナプス前ニューロンへ再取り込みされることを防ぎます。するとシナプス間隙に存在するセロトニン量が増えるため、シナプス後ニューロンへ作用するセロトニン量がUPして、セロトニン減少により生じていた病状を改善することができます。

 

SSRIの作用部位である“セロトニントランスポーター”には遺伝子多型があることが、ここ数年で報告されています。正確には、セロトニントランスポーターというタンパク質を発現するための遺伝子部分があるのですが、その遺伝子の上流にある“プロモーター“部分に遺伝子多型がみつかっています。

 

プロモーターとはDNAからRNAを合成するスイッチのような部分で、このスイッチがONになると“RNA合成”→“目的のタンパク質を合成”という流れとなります。

 

セロトニントランスポーター遺伝子の上流にあるプロモーター多型には、その長さが長いlong type(L型)と短いShort type(S型)に大別されており、L型の方がS型よりもプロモーター活性が約3倍高いことが報告されています。プロモーター活性が3倍高いL型の方が、必要時にセロトニントランスポーターを量産できる遺伝子であることが示唆されます。

セロトニントランスポーターとSSRIの効果に関するメタ解析

上記のL型、S型は遺伝子の一部です。遺伝子は父親と母親から1つずつ継承されますので、この部分の遺伝子としてはLL型、LS型、SS型という3種類に分類することができます。LL型とLS型はプロモーター活性が高く、SS型はプロモーター活性が低いためセロトニントランスポータータンパク質の発現量が低い傾向にあります。

 

この遺伝子多型の割合は国や民族によりことなります。報告によりバラツキはありますが、日本人はLL型が3%程度しかおらず、SS型が68%と報告しているものもあります。一般的にアフリカ系>欧米>アジアという順でLL型が減っていくといわれており、日本人はS型保有傾向が非常に高い国民であることがわかります。

 

次に、セロトニントランスポーター遺伝子LL型、LS型、SS型の保有者と、その性格に関する報告を確認してみます。S型保有者はセロトニントランスポーターの発現量抑制および機能抑制が報告されており、セロトニンの材料となるアミノ酸“トリプトファン”の欠乏試験を行うと、S型保有者では抑うつ症状の出現リスクが増加する傾向にあります。また恐怖刺激に対しても反応性が高いことが示されています。

 

また別の報告としては、ニュージーランドに住む847人(21~26歳)を対象として“LL型、LS型、SS型”と“うつ病発症率”に関する報告によると、ストレスがない状況下においては、うつ病発症率は遺伝子型による差はみられないものの、ストレス状況下においては、4つ以上のストレスがある場合にはLL型がうつ病になる率が17%だったのに対して、LS型、SS型では33%とうつ病発症率が増えることが報告されています。

遺伝子多型の設定を簡便にするために、ここまではL型とS型に大別して報告例をしめしましたが、実際の多型は、より複雑となっておりまして

S型:プロモーター部分の塩基配列が14回繰り返し配列(short type)

L型:プロモーター部分の塩基配列が16回繰り返し配列(long type)

以外にも15回、19回、20回、22回繰り返すタイプや、遺伝子の一部が変異した型も発見されており、その多型は2013年までに14種類が報告されており、S型、L型という2分法に疑問を抱いている研究者もおります。

 

海外の報告例からL型、S型に関する情報をまとめてみたのですが、日本人の2/3がSS型であり、ほとんどの日本人がS型を保有している事実がありますので、ストレス状況下における“気持ちの揺らぎ“は国民性と理解すべきなのかなぁと私は感じました。

 

ここまでSSRIの作用部位であるセロトニントランスポーターについて調べたわけですが、ここからは文頭に記載しました遺伝子多型によるSSRIの効果および用法上限についての報告を記します。

 

セロトニントランスポーター遺伝子多型とSSRI反応性に関する報告によるとLL型はSSIRへの反応性が高く、服用4週間後の抗うつ作用が得られやすいのに対して、SS型は寛解率が低く副作用が生じやすい傾向にあるとしています。

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国内での報告はそれほどないのですが、セロトニン遺伝子多型を考慮したパキシル・デプロメールの効果を確認してみると、LL型はSSRI服用3・4週時点での改善率が有意に高いが、5・6週時点においてはLL型、SS型ともに改善率に有意差はみられないとまとめています。

 

日本人の97%がS型を保有しており、68%がSS型であることを考慮すると、セロトニントランスポーターの発現量抑制、機能抑制が示唆されますので、アフリカ系・欧米系と比較して日本人はSSRIが作用するタンパク質の発現量が少ない国民性であることがわかります(個人差はあります)。そのため?かどうかはわかりませんが、厚生労働省がSSRIを認可する際に、その用法上限を諸外国に比べて低く設定したことには明確な意図が感じられる気がします。

現場で働く私たちが注意すべき点は、SSRIが処方された際、または増量された際は、他剤と比べて寛解率が低下する可能性があること、副作率が高まる可能性があること(特に4週間以内)を考慮しながら経過を確認する必要があるという感じでしょうか。また、SSRIは低用量でも十分維持量となる可能性があることも考慮すべき点かと思われます。

日本人を対象としたセロトニントランスポーター遺伝子多型を考慮したSSRI無作為群 間比較試験

セロトニントランスポーター遺伝子多型に関する詳細報告

ojiyaku

2002年:富山医科薬科大学薬学部卒業