血液検査でアミロイドβタンパク質の蓄積状況が90%の精度で確認できる
認知症患者さんの脳内に蓄積しているアミロイドβタンパク質を正確に検査する方法としては、脳脊髄液検査やPET検査があります。脳脊髄液検査は背骨の間に針を刺し、 採取した脳脊髄液を用いて、その中に含まれる蛋白質や糖の量、細胞の数や形態を検査する方法であるため体への侵襲性が高い検査となりなります。PET検査はコストが高いというデメリットがあります。
今回、血液検査でアミロイドβタンパク質の蓄積状況を90%の精度で確認できるという国内報告がありましたので、下記します。
認知症の症状があらわれる20~30年前からアミロイドβタンパク質の蓄積が生じると考えられており、早期発見・予防治療を行う上で、アミロイドβタンパク質を正確にとらえることが治療のポイントとなっております。
国立長寿研究センターバイオマーカー開発研究部の報告によると、血漿中の微量なアミロイドβ関連ペプチド(Aβ1-42、Aβ1-40、APP669-711)をIP-MS法で測定して、それらの比を数学的に組み合わせた値をバイオマーカーとすることで、90%の正診率でAβ病理の有無を推定できることが示されました。
この血液Aβバイオマーカーの利点としては、脳局所にある軽微なAβの蓄積状況についてはも検出することが可能である点で、無症候性の高齢者において初期段階のAβを検知することが可能であることが示唆されております。
筆者らは「PET検査前に血液Aβバイオマーカーで事前検査を行ううことで、治療効率が飛躍的に高まる。PET検査前にAβ陽性者の9割を同定できる」としています。
年金暮らしの高齢者がPET検査を行う場合、自己負担割合が2割の患者様の場合、2万円程度の費用がかかります。高齢化社会が進む現状を踏まえると、医療費を抑えつつ予防医療・診断が進む検査方法は非常に有益に感じます。
認知症のタウタンパク質検出薬剤18F-PM-PBB3の開発に成功(2020/11/22)
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構はアルツハイマー病や前頭側頭型葉変性症など原因物質と考えられているタウタンパク質を高精度にが増加することができる検出薬剤18F-PM-PBB3の開発に成功したことを公開しました。
18F-PM-PBB3は死後の脳や認知症モデルのマウスにおいて、脳内に蓄積しているタウタンパク質に対して良好な親和性を示し、高感度に可視化できることが確認されました。アルツハイマー病のみならず、既存のTET薬剤では診断が困難とされていた進行性核上性麻痺においても高い感度・特異度で(90%以上)患者と健常者を診断できることも明らかとしています。
アルツハイマー病のタウタンパク質検出薬剤18F-PM-PBB3について
認知症患者では糞便中アンモニア濃度が高く、乳酸濃度は低い(2020/5/30)
日本国内における認知症患者さんに関する報告によると、認知症患者さんの糞便中に含まれる成分を調べたところ、アンモニア濃度が高いほど認知症リスクが高く、乳酸濃度が高いほど認知症リスクが低いという調査結果が報告されています。
腸内細菌叢と認知症の関係については、アルツハイマー病の危険因子であるアミロイド沈着と腸内細菌叢に寄与していることが示唆されています。(中国では腸内環境における代謝異常を改善する薬をアルツハイマー病治療薬として2019年11月に承認しています(オリゴマンナン酸)。しかし、現状では腸内細菌叢および微生物関連の代謝物が認知症に対してどのように影響するかは知られておりません。
そこで日本人の認知症患者さんを対象として、腸内細菌叢の代謝物に含まれる濃度を評価して、認知症との関連について調査が行われました。
被験者
平均年齢:74.4歳
認知症群:25例
非認知症群:82例
結果
認知症患者さんの糞便中成分が対照群と比較して有意に高かったのは以下の成分です。
糞便中アンモニア濃度:1.6倍
糞便中P-クレゾール濃度:1.59倍
糞便中3-メチルブタン酸(イソ吉草酸)濃度:1.52倍
一方で、認知症患者さんの糞便中成分が対照群と比較して有意に低かったのは以下の成分です。
糞便中乳酸濃度:0.28倍
筆者らの考察
糞便中のアンモニア濃度の高さは血中アンモニア濃度の高さと関連している可能性があり、血中アンモニア濃度の上昇が核酸合成を変化させ、腸管細胞の寿命を縮めることが報告されています。腸内細菌叢の生合成異常が神経伝達物質の生合成に影響を与え、脳機能に影響を与えているのではと示唆しています。
認知症群で高値を示したアンモニア・P-クレゾール・3-メチルブタン酸などの成分は便臭・おならの臭いの主成分です。これらの成分が増加する要因としては腸内細菌叢のバランスが崩れて善玉菌が減少し、悪玉菌が増えるとアンモニアなどのおならの元となるガス成分の発生量が増えることが報告されています。
認知症におけるタウタンパク質の蓄積を抑制するワクチンを京都大学が開発(2020/3/27)
認知症では脳内にタウタンパク質という物質が異常凝集して脳に蓄積していくことが報告されています。今回、京都大学はマウスによる実験において、鼻から投与するタイプの「ワクチン」を投与したマウスでは脳内の抗タウ抗体価の上昇・タウタンパク蓄積の減少、グリア炎症の改善、脳萎縮改善、認知機能の改善が確認されたと報告しています。
認知症に対する点鼻ワクチンの開発
研究では、細胞内にあるタウタンパク質を細胞外へ分泌させる働きをもつ遺伝子を組み込んだウイルスを構築し、ワクチンを作成しています(センダイウイルスベクター)。ウイルスを感染させたマウスでは、「タウタンパク質を細胞外へ分泌する」遺伝子が導入され、タンパク質を取り除く抗体が脳内で上昇し、タウタンパク質の蓄積が抑制されました。
今後の展開としては、点鼻による粘膜免疫の作用機序についてのさらなる研究、ヒトで用いるための安全性の確保、病態に対するワクチンの治療・予防についての検討などが必要としています。
アルツハイマー病におけるアミロイドβ仮説を修正
アルツハイマー型認知症の現認として、脳内にアミロイドβと呼ばれるたんぱく質が凝集することが観察されており、アルツハイマー病の原因ではないか?としてアミロイドβの合成を抑制する物質が医薬品となりうるのでは?という仮説をもとに研究開発が行われては、とん挫した経緯があります。(アミロイドβに対する抗体に関しては、現在も治験段階にあります)
2020年1月24日、東京医科大の研究チームは、従来のアミロイドβ仮説を修正する仮説をnature communicationsに公開しました。
修正アミロイドβ仮説
1:細胞外にアミロイドβが蓄積する前段階として、細胞内にアミロイドβが蓄積する
2:通常細胞では核周辺に観察されてるタンパク質YAP(yes-aasociated-protein)を、細胞内に蓄積したアミロイドβが巻き込むように凝集し、YAPを核から引き離す
3:YAPはアポトーシス(プログラムされた細胞死)を誘導する際の補助因子として働く効果があるのですが、YAPを失った核は小胞が不安定化・肥大化し細胞壊死を引き起こす
4:壊死した細胞内に蓄積されていたアミロイドβタンパク質が細胞外へ放出さ、神経細胞を障害する
上記のような流れでアミロイドβタンパク質がアルツハイマー病を引き起こすのではという仮説を提唱しています。
さらに、YAPを補充したマウスでは細胞死の抑制・細胞外アミロイドβの蓄積抑制などの効果が確認されています。
この仮説が正しいとするならば、今後は「細胞内アミロイドβ凝集阻害薬」へのアプローチや、「YAP補充療法」といった治験薬の開発へつながるかもしれません。
細胞内アミロイドβタンパク質がYAPの働きを抑制して壊死を引き起こす?
アルツハイマー病におけるタウタンパク質の蓄積が、その後の進行を予測
早期アルツハイマー病患者32人を対象として、脳内のタウタンパク質の神経原線維変化を評価したデータが報告されました。
(PET検査により、タウタンパク質のの神経原線維変化に結合すると放射線を発する薬剤を用いて、脳内の異常たんぱく質量を視認できるシステム)
結果、脳内のタウタンパク質の蓄積量が、その後1~2年以内に脳内でどのような神経変性が生じるかを予測するのに有用なデータとなることが示唆されました。
(神経原線維変化の多い部分を確認することで、その後に記憶障害や言語障害などの症状がでてくることが予測できる)
タウタンパク質の集合部位を特定することで、将来に起こりうる症状(脳の変性部位)を40%の率で予測できるのに対して、アミロイドβの蓄積では3%程度しか予測できないことも示されました。
アルツハイマー病におけるタウタンパク質の蓄積と将来予想
アルツハイマー病と代謝障害について
アルギニン欠乏とアルツハイマー病の関係について(仮説)
アルツハイマー病の病態はタウタンパク質およびアミロイドβが脳内にたまるという特徴があります。しかし、タウタンパク質およびアミロイドβは原因ではなく、発症後の“特徴“と考えると、アルツハイマー病の発症には他の要因があるのでは?という仮説を提唱している報告がありましたので概要を以下に記します。
アルギニン(アミノ酸の一つ)は生理活性物質NO(一酸化窒素)の材料です。アルギニンから作られたNOには抗酸化作用があるため、攻撃因子から細胞を保護することができます。またNOは血管拡張作用がありますので、神経細胞への血液供給を改善し、酸化ストレスを低下させることができます。またNOは神経細胞への過剰なCa2+の流入を抑えることで、過剰興奮(毒性)を抑える効果も報告されています。
アルツハイマー病の患者さんの脳では、一酸化窒素合成酵素(NOをつくる酵素)の減少によるNO産生低下が報告されていることから、NO減少により脳細胞の酸化ストレス・血管収縮がアルツハイマー病の発症に寄与するのではという仮説があります。
分岐鎖アミノ酸とアルツハイマー病の関係について
分岐鎖アミノ酸(バリン・ロイシン・イソロイシン)は骨格筋・脂肪組織・脳で代謝をうけてグルタミン酸+分岐鎖αケト酸に代謝されます。グルタミン酸は脳内の主要な興奮神経伝達物質であり、その濃度は血漿中よりも脳内で高く維持されています。グルタミン酸は、そのままの形では血液脳関門(血液と脳の組織液との間の物質を交換する場所)を通りにくいのに対して、その前駆体(前段階)である分岐鎖アミノ酸は通過することができます。
脳内のグルタミン酸の少なくとも1/3を分岐鎖アミノ酸が供給しているという報告もあり、分岐鎖アミノ酸は中枢神経系の興奮と抑制のバランス保持において非常に有益なエネルギー供給源となります。
数百人規模が参加した試験によると、血漿中のバリン(分岐鎖アミノ酸の一つ)の低下と認知機能の低下が相関すると報告したデータがありました。マウスレベルの研究で分岐鎖アミノ酸とアルツハイマー病との関連が研究されております。
アルツハイマー型認知症におけるタウタンパク質の影響について
アルツハイマー型認知症の原因物質として脳内のアミロイドβの蓄積が確認されて、神経細胞が壊死し認知症が進行するという“アミロイドβ仮説”をもとにして、アミロイドβの合成を阻害する薬の開発が相次いで“とん挫”している現状があります。
そこで今回は、アミロイドβタンパク質以外のアルツハイマー型認知症の原因物質と考えらえている“タウタンパク質”について調べてみました。
タウタンパク質
アルツハイマー型認知症の患者さんの脳内に蓄積する異常たんぱく質の順番としては、まずはじめてにアミロイドβの濃度が徐々に高くなっていきます。それに続いてタウタンパク質の濃度も上昇することが確認されています。この濃度の上昇順番から考えて、アミロイドβタンパク質がアルツハイマー病の引き金となっているのでは?と示唆されアミロイドβタンパク質の阻害剤に関する研究開発が先行されましたが、研究がとん挫している現状です。
一方、タウタンパク質とアルツハイマー病との関連については、アミロイドβタンパク質が脳内に広がった後、側頭葉から新皮質へ神経原線維変化として確認されます。脳内の神経伝達不全・喪失・神経変性はタウ凝集体の病理的な広がりとともに現れることが海馬や皮質の画像解析で示されたおります。
興味深いことに、認知症機能障害の発症及び進行はタウタンパク質の蓄積および海馬の体積喪失とは相関しているのに対して、アミロイドβの沈着とは相関しておりません。
タウタンパク質を標的とした治療の開発
タウタンパク質の異常凝集をターゲットとして2016年にLMTMと呼ばれる化合物について第三相試験が行われました。LMTMを投与した結果、タウタンパク質の凝集・蓄積を防止できたものの、プラセボと比較して認知症やADLの低下率について差は見られませんでした。また既存で脳に沈着しているタウタンパク質を減少させたかについて試験は行われませんでした。
2015年にタウタンパク質のリン酸化を阻害する治療薬“GSK-3阻害剤”を使用した臨床研究では、軽度から中等度のアルツハイマー病に対して投与されましたが、プラセボと比較して認知機能の低下の割合はかわりなかったと報告されています。
上記の方法では新規で作られるタウタンパク質の線維化・凝集を制御することを目的としているものの、既存で脳に広がっているタウタンパク質をどうこうする働きは期待できないため、現在ではタウタンパク質をターゲットとしたモノクロナール抗体の開発が進んでいます。
2019年現在ではBIIB092というタウタンパク質に対するモノクロナール抗体を軽度認知症患者528名へ毎月注射して被験者の体内にタウを標的とした免疫ができるかどうかが米国で治験が進んでいます(トライアルは2020年まで)
タウタンパク質に対するモノクロナール抗体“BIIB092”について