京大病院の脳腫瘍手術事故:正常組織を誤摘出し重篤な状態に。防げなかった「思い込み」
2026年8月7日、日本を代表する高度医療機関である京都大学医学部附属病院(以下、京大病院)から、極めて衝撃的な医療事故の報告がなされました。良性の脳腫瘍を摘出するはずの手術において、執刀医が誤って「正常な脳組織」を摘出してしまい、患者様が自発呼吸のできない重篤な状態に陥ったというものです。
この痛ましい事故は、なぜ防げなかったのでしょうか。報道された内容を基に、事の経緯と問題点を詳しく解説します。
事故の概要:平穏な日常から一転した悲劇
事故の対象となったのは、50歳代の女性患者様です。この女性は、手術前は眩暈(めまい)やふらつきといった症状はあったものの、ご自身で通常の生活を営まれていました。
京大病院に入院し、7月末に「脳腫瘍(髄膜種)」の摘出手術を受けましたが、術後に麻酔から覚めることができず、精密検査の結果、腫瘍が残ったままである一方、生命維持に不可欠な「脳幹」や「小脳」の一部が大きく損傷していることが判明しました。
現在は人工呼吸器による管理が続いており、自発呼吸ができず、手足も動かないという極めて深刻な状態にあります。
手術の目的と部位:脳の深部「小脳橋角部」とは
今回の手術の目的は、脳の深部にある「小脳橋角部(しょうのうきょうかくぶ)」という場所にできた、約3センチの「髄膜種(ずいまくしゅ)」を摘出することでした。
髄膜種とは
脳を包んでいる「髄膜」から発生する腫瘍で、その多くは良性です。しかし、大きくなると周囲の脳組織や神経を圧迫し、さまざまな症状を引き起こします。今回の患者様の場合も、この腫瘍が周囲を圧迫していたため、手術による摘出が計画されました。
小脳橋角部の複雑さ
手術部位となった「小脳橋角部」は、小脳と脳幹(のうかん)の間に位置する非常に狭く、かつ重要な部位です。ここには、顔を動かす神経や音を聞く神経など、多くの重要な神経が密集しています。脳の深部であるため、手術には高度な技術と慎重な操作が求められます。
なぜ誤認が起きたのか:無視された「二度の警告」
今回の事故で最も解明されるべき点は、執刀医がなぜ「腫瘍ではない組織」を「腫瘍である」と誤認し、摘出を続けてしまったのかという点です。
通常、脳腫瘍の手術中には「術中迅速病理診断」という検査が行われます。これは、摘出した組織の一部をその場で顕微鏡で確認し、それが本当に腫瘍なのか、どのような性質のものなのかをリアルタイムで判断する仕組みです。
報道によれば、この検査結果は「腫瘍ではない」という回答が二度も出ていたのです。
しかし、40代の執刀医は以下のように「勘違い」をしてしまいました。
「摘出したのは腫瘍の端の部分だったから、たまたま腫瘍が含まれていなかっただけだ」
このように自分の判断を正当化し、検査結果という客観的な警告を無視して、正常な組織の摘出を継続してしまったのです。これは、医療現場において最も警戒すべき「思い込み(認知バイアス)」によるミスと言えます。

失われた組織の重要性:脳幹と小脳扁桃
誤って摘出・損傷された部位は、人間が生きていく上で最も根源的な機能を司る場所でした。
脳幹(のうかん)の損傷
脳幹は「生命維持の司令塔」と呼ばれます。ここには呼吸、心拍、血圧をコントロールする中枢が集まっています。特に今回の手術で損傷したとされる脳幹の側面から背側には、呼吸の命令を出す神経細胞が密集しています。ここを失うことは、自分の意志や体の自動機能で息をすることができなくなることを意味します。
小脳扁桃(しょうのうへんとう)の摘出
小脳の一部である小脳扁桃も誤って摘出されました。小脳は体のバランスや細かい動きを制御する場所ですが、脳幹に隣接しているため、ここへの過度な侵襲は脳幹全体の機能不全を招く恐れがあります。
この結果、患者様は「自発呼吸不能」「四肢麻痺」という、日常生活を送っていた術前からは想像もつかないほど過酷な状況に置かれることとなってしまいました。
京大病院の対応と今後の調査
事態を重く見た京大病院は、髙折晃史院長が記者会見を行い、深謝するとともに、以下の対応を発表しています。
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患者様への最善の治療: 現在、重篤な状態にある患者様の治療に全力を尽くす。
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事故調査委員会の設置: 外部の有識者を含む第三者委員会を立ち上げ、公正・中立な立場から原因を究明する。
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警察・行政への報告: 京都府警や国、京都府市に報告済みであり、法的・行政的な調査にも協力する。
病院側は「極めて重大な事態」と認識しており、なぜベテラン層であるはずの40代医師がこのような基本的な誤認を犯したのか、手術室内のチェック体制はどうなっていたのかが、今後の焦点となります。
高度医療の落とし穴:システムと人間のエラー
本来、現代の脳外科手術では「ナビゲーションシステム」と呼ばれる、カーナビのように手術器具の位置をリアルタイムで画像上に表示する装置が使われるのが一般的です。これを使用していれば、自分が今、腫瘍を触っているのか、それとも正常な脳を触っているのかが視覚的に分かるはずです。
それにもかかわらず今回の事故が起きた背景には、以下のような問題が推測されます。
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ナビゲーションの誤差: 手術中に脳の形がわずかに変わる「脳シフト」によるズレ。
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過信と固執: 自分の経験や見え方を過信し、検査データやシステムの提示する情報を軽視してしまった心理状態。
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チームの制止機能の欠如: 執刀医が誤った方向に進んでいる際、周囲のスタッフ(助手や看護師、麻酔科医)が異を唱え、手術を止めることができなかった可能性。
医療事故は、個人のスキル不足だけでなく、こうした「システム」と「人間の心理」が複雑に絡み合って発生します。
まとめ
今回の京大病院における医療事故は、本来、病気を治すために行われた手術が、逆に患者様の生命の根源を脅かす結果となってしまった極めて悲痛な事例です。
通常の生活を送っていた方が、一度の手術ミスによって自発呼吸すら奪われてしまうという現実は、医療の持つリスクの大きさを改めて世に知らしめました。特に、術中の病理検査で「腫瘍ではない」との結果が二度も出ていたにもかかわらず摘出を強行したという事実は、医療安全の観点から見て極めて深刻な問題です。
京都大学病院には、大学病院という最高学府・最高医療機関としての責任を果たし、隠すことなく全ての事実を明らかにすることが求められます。そして、二度と同様の悲劇を繰り返さないための、実効性のある再発防止策を社会に示す義務があります。
