岐阜市民病院でB型肝炎の母子感染防止に失敗。がん発症までの経緯と対策
2026年8月25日、岐阜県岐阜市の岐阜市民病院から、痛ましい医療事故の報告がなされました。B型肝炎ウイルス(HBV)を保有する母親から生まれた子どもに対し、本来行われるべき「母子感染防止策」が適切に講じられなかった結果、子どもがウイルスに感染し、その後、小児では極めてまれな「肝細胞がん」を発症したという内容です。
この事故を受け、病院側は過失を認め、被害者側に対して3,600万円の賠償金を支払う方針を固めました。本記事では、この事故がなぜ起きてしまったのか、B型肝炎の母子感染とはどのようなものか、そして私たちはどのようにして防ぐべきなのかについて分かりやすく解説します。
1. 岐阜市民病院で起きた医療事故の全容
今回の事故の核心は、病院内の「情報のバトンパス(引き継ぎ)」の失敗にあります。
事の始まりは、B型肝炎ウイルスに感染している(キャリアである)女性が、同病院の産婦人科で出産したことでした。医学的なガイドラインでは、このような場合、生まれた子どもがウイルスに感染しないよう、出生直後から計画的なワクチン接種などの措置を行うことが義務付けられています。
しかし、同病院では以下のような重大なミスが重なりました。
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診療科間の情報共有不足:産婦人科が把握していた「母親がB型肝炎である」という極めて重要な情報が、子どもの診療を担当する小児科に伝わっていませんでした。
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必要なワクチンの未投与:B型肝炎の母子感染を防ぐためには、生後1カ月および6カ月のタイミングで追加のワクチン接種を行う必要がありますが、情報が共有されていなかったために、生後1カ月以降の接種が行われませんでした。
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感染の判明:生後4カ月になった際、別の医療機関で受けた血液検査によって、子どもがB型肝炎に感染していることが発覚しました。この時点で初めて、必要な処置が漏れていたことが露呈しました。
その後、経過観察が続けられたと思われますが、2022年2月、このお子さんは肝細胞がんを発症しました。B型肝炎ウイルスは、長期間にわたって肝臓に炎症を起こし、最終的にがんを引き起こすリスクがあることで知られていますが、乳幼児期に感染した場合、大人になってからの感染よりもはるかに高い確率でウイルスが体内に定着(持続感染)してしまいます。
病院側は、記者会見において「患者、家族の皆様に多大な心痛をかけ、改めておわびを申し上げる」と陳謝し、組織的な体制不備が原因であったことを認めました。

2. B型肝炎とは?なぜ母子感染が起きるのか
ここで、B型肝炎とその感染経路について整理しておきましょう。
B型肝炎(HBV)とは
B型肝炎は、B型肝炎ウイルス(HBV)が血液や体液を介して肝臓に感染し、炎症を引き起こす病気です。感染には、一時的な感染で終わる「一過性感染」と、ウイルスが半年以上にわたって体内に居座り続ける「持続感染(キャリア化)」の2パターンがあります。
なぜ「母子感染」が問題なのか
母子感染(垂直感染)は、出産時に母親の血液が子どもに触れることなどで起こります。
特に問題なのは、「感染する時期が早ければ早いほど、持続感染(キャリア)になりやすい」という点です。
大人が感染した場合は、免疫機能がしっかりしているため、ウイルスを体外へ追い出すことができます。しかし、生まれたばかりの赤ちゃんは免疫機能が未発達です。ウイルスが体内に入ってきても、それを「敵」と見なして攻撃することができず、ウイルスが肝臓の細胞の中に住み着いてしまうのです。
乳幼児期に持続感染した場合、その約10〜15%が将来的に慢性肝炎、肝硬変、そして今回の事例のような「肝細胞がん」へと進行するリスクを抱えることになります。
3. 母子感染を防ぐための「鉄壁のスケジュール」
現在、日本ではB型肝炎の母子感染を防ぐための公的なプログラムが確立されています。これを適切に行えば、母子感染はほぼ100%防ぐことが可能です。
本来、岐阜市民病院で行われるべきだった処置は以下の通りです。
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出生直後(24時間以内):
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抗HBsヒト免疫グロブリン(HBIG)の注射:ウイルスを抑える抗体を直接体に入れます。
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B型肝炎ワクチンの1回目接種。
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生後1カ月:
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B型肝炎ワクチンの2回目接種。
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生後6カ月:
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B型肝炎ワクチンの3回目接種。
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今回の事故では、この「生後1カ月以降」のステップが抜け落ちてしまいました。出生直後の処置だけではウイルスの増殖を完全に抑え込むことは難しく、追加のワクチン接種によって子どもの免疫をしっかりと立ち上げることが不可欠だったのです。
4. なぜ「肝細胞がん」まで進行してしまったのか
通常、B型肝炎から肝細胞がんに至るまでには、数十年という長い年月がかかるのが一般的です。しかし、乳幼児期に感染した「キャリア」の場合、非常に稀ではありますが、学童期やそれ以前に発症することがあります。
B型肝炎ウイルスが肝細胞のDNAに入り込むことで、細胞ががん化しやすくなる性質を持っているためです。今回のケースでは、2022年に発症したとのことで、お子さんが何歳であったかは公表されていませんが、防げたはずの感染が原因で、幼い身で過酷ながん治療を余儀なくされたことは、想像を絶する苦しみであったはずです。
病院が支払う3,600万円という賠償額は、今後の治療費や慰謝料、そして将来の健康リスクに対する補償が含まれていると考えられますが、失われた健康と家族の平穏を考えれば、決して十分な額とは言えません。
5. 病院側が提示した再発防止策
岐阜市民病院は、今回の悲劇を繰り返さないために、具体的な再発防止策を掲げています。これは他の医療機関にとっても大きな教訓となる内容です。
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診療科をまたいだ情報共有の徹底:
産婦人科と小児科の間で、感染症を持つ妊産婦の情報を自動的に共有する仕組みを構築します。個人の記憶や口頭の伝達に頼るのではなく、システムとして「漏れ」を防ぐ取り組みです。 -
母子健康手帳への記載と確認:
母子健康手帳に感染防止対策のスケジュールを明記し、医師だけでなく「保護者」にもスケジュールを把握してもらうようにします。これにより、医療者側の失念を親が気づけるという、ダブルチェックの機能を期待しています。 -
マニュアルの再整備と教育:
全職員に対して、母子感染防止プログラムの重要性を再認識させるための教育を実施します。
6. 私たちが身を守るためにできること
このニュースは、医療機関のミスを責めるだけでなく、私たち自身が健康を守るための知識を持つ重要性も示唆しています。
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妊婦健診の結果を確認する:
現在の妊婦健診では、すべての妊婦さんに対してB型肝炎検査が行われます。自分の結果(HBs抗原が陽性か陰性か)を把握しておくことが第一歩です。 -
母子健康手帳の活用:
もし母親がキャリアである場合は、前述した「0・1・6カ月」の接種スケジュールが手帳に正しく記載されているか、そして実際に接種が行われたかを、保護者自身の目でも確認しましょう。 -
定期的な検査の継続:
もし不幸にも感染が判明した場合は、自覚症状がなくても定期的に専門医(肝臓内科や小児科)を受診し、血液検査やエコー検査を受けることが、がんの早期発見・早期治療につながります。
まとめ
岐阜市民病院で起きた今回の医療事故は、情報の引き継ぎミスという「ヒューマンエラー」が、一人の子どもの人生を大きく変えてしまうという恐ろしい現実を突きつけました。
B型肝炎の母子感染防止策は、現代医学においてほぼ確立された技術です。それが行われなかったことは、極めて重大な過失と言わざるを得ません。3,600万円という賠償金は、病院側がその責任の重さを認めた結果ですが、何よりも大切なのは、同様のミスを全国のどの病院でも二度と起こさないようにすることです。
医療の安全は、医師や看護師の努力だけでなく、組織的なシステム、そして患者・家族とのコミュニケーションの上に成り立っています。この事故を教訓に、医療現場の連携がより強固なものになること、そして被害に遭われたお子さんの体調が少しでも回復に向かうことを切に願います。
私たちは、提供される医療をただ受け取るだけでなく、母子健康手帳などを通じて自らの健康管理に積極的に関わっていく意識を持つことが大切です。それが、医療事故という「防げる悲劇」から家族を守るための、一つの大きな力になるのです。

