腸溶錠は簡易懸濁できる?ネキシウムやバイアスピリンなどの腸溶錠の注意点
簡易懸濁法と腸溶錠の難しい関係
病気や加齢によって飲み込み(嚥下)が困難になった患者さんや、胃瘻(いろう)などの経管投薬を行っている方にとって、「薬を溶かして飲ませる」という行為は日常的なケアの一部です。その際によく用いられるのが、薬を砕かずに55度前後の微温湯に入れて溶かす「簡易懸濁法(かんいけんだくほう)」です。
しかし、世の中には「絶対に砕いてはいけない」「溶けにくい」という特殊な工夫が施された薬が存在します。その代表格が「腸溶錠(ちょうようじょう)」です。今回は、エソメプラゾール(商品名:ネキシウム)やアスピリン(商品名:バイアスピリン)といった具体的な薬品名を挙げながら、腸溶錠の仕組みや簡易懸濁法における注意点を詳しく解説します。
1. 腸溶錠とは何か?その特殊な仕組みを理解する
腸溶錠とは、文字通り「胃では溶けず、腸に到達してから溶ける」ように設計された錠剤のことです。なぜこのような工夫が必要なのでしょうか。それには主に2つの理由があります。
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成分が胃酸に弱いため: 薬の成分自体が酸に弱く、胃液に触れると分解・失活(効果がなくなる)してしまう場合、腸まで守り届ける必要があります。(PPIなど)
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胃粘膜を保護するため: 薬の成分が胃で溶け出すと、胃の壁を荒らしてしまい、胃潰瘍などの副作用を引き起こす可能性がある場合、あえて腸で溶けるようにします。(バイアスピリンなど)
特殊ポリマーによるコーティング
腸溶錠の表面は、「pH依存性ポリマー」という特殊な膜で覆われています。このポリマーは、pHが低い(酸性が強い)胃内では溶けず、pHが上昇して中性に近づく十二指腸から小腸にかけて溶け出す性質を持っています。
一般的な簡易懸濁法では、約55度の微温湯を使用します。この温度環境下であっても、水のpHは中性付近であるため、酸性で溶けないように設計された腸溶性ポリマーは、55度やという熱に晒されても簡単には溶け出しません。これが、「腸溶錠は水に入れてもなかなか崩壊しない」理由です。
2. 簡易懸濁法における「崩壊」と「粉砕」の罠
経管投与の現場では、錠剤が溶けないからといって、安易に乳鉢などで「粉砕」してしまうことがあります。しかし、腸溶錠において粉砕は「厳禁」です。
粉砕するとどうなるのか
腸溶錠を粉砕すると、成分を守っていた特殊ポリマーのバリアが物理的に破壊されます。その状態で胃瘻から投与されたり服用されたりすると、中の成分が胃酸に直接晒されます。
例えば、胃酸分泌を抑えるプロトンポンプ阻害薬(PPI)などは、非常に酸に弱いため、バリアを失った状態で胃酸に触れると、その瞬間に成分が失活し、本来の薬効を全く発揮できなくなります。 「薬を飲んでいるのに全く効果が出ない」という事態を招くのです。
3. エソメプラゾール(ネキシウム)の特殊性とペレットの役割
ここで、胃食道逆流症や消化性潰瘍の治療薬:エソメプラゾール(商品名:ネキシウム)について詳しく見ていきましょう。
エソメプラゾール(ネキシウム)の薬理作用と特徴
エソメプラゾールは、胃酸を分泌する「プロトンポンプ」を不可逆的に阻害するPPIです。従来のオメプラゾール(商品名:オメプラール等)の光学異性体(S体)だけを取り出したもので、肝臓での代謝を受けにくく、血中濃度が安定しやすいというメリットがあります。
ネキシウムの「ペレット」構造と簡易懸濁
ネキシウムはカプセル剤ですが、中身は粉末ではなく、小さな粒状の「腸溶性ペレット」が詰まっています。
簡易懸濁を行う際は、脱カプセル(カプセルを外す)して微温湯に入れます。すると、中のペレットが水中に分散します。ここで重要なのは、「ペレットそのものは溶けていない」という点です。ペレット一つひとつが微小な腸溶錠のような構造をしているため、水の中でも成分は守られています。
このペレットは非常に小さいため、14Fr(フレンチ)や18Frといった直径の大きな胃瘻チューブであれば、詰まることなくそのまま通過させることが可能です。つまり、ネキシウムは簡易懸濁法(正確にはペレットの懸濁)が可能な数少ない腸溶性製剤の一つと言えます。ただし、細いチューブ(8Fr〜10Frなど)ではペレットが詰まってしまうリスクがあるため、注意が必要です。
55度の微温湯はNG!ランソプラゾール(タケプロン)特有の「粘着問題」
簡易懸濁法の標準的な手順では、55度の微温湯を使用します。しかし、ランソプラゾール(タケプロン)を55度のお湯に入れると、トラブルが発生します。
特殊ポリマーの「軟化」現象
腸溶性のコーティングに使用されているポリマー(メタアクリル酸コポリマー等)の中には、温度が高くなると性質が変化するものがあります。
ランソプラゾールのペレットを覆っているコーティング剤は、約50度〜55度以上の熱に晒されると、表面が柔らかくなり、粘着性(ベタつき)を帯びるという特性を持っています。
55度で懸濁した場合の不利益
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ペレットの凝集(ダマになる): 55度の微温湯に入れると、ペレット同士がくっつき合い、大きな塊になってしまいます。
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チューブの閉塞: 粘着質になったペレットの塊は、胃瘻チューブ(特に14Fr以下の細いもの)の内部にこびりつき、完全に詰まらせてしまう原因になります。
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シリンジへの付着: 容器やシリンジの壁面に薬が残ってしまい、本来投与されるべき全量を患者さんに届けることができなくなります。
解決策は「水(常温)」での懸濁
ランソプラゾール(タケプロンOD錠など)を簡易懸濁する場合、「25度前後の水(またはぬるま湯)」を使用するのが正解です。
水であればコーティングがベタつくことはなく、ペレットは一粒ずつバラバラの状態で水中に分散します。これならば、14Frや18Frの胃瘻チューブをスムーズに通過させることが可能です。
4. バイアスピリンやパリエットが簡易懸濁できない理由
一方で、同じ腸溶剤でも、簡易懸濁法が推奨されない、あるいは不可能な薬剤があります。
アスピリン(商品名:バイアスピリン)
バイアスピリンは、血小板の凝集を抑えて血栓を予防する薬です(抗血小板療法)。
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開発の経緯: アスピリンそのものは胃粘膜への直接刺激が強く、副作用として胃出血を起こしやすい欠点がありました。これを克服するために開発されたのが、腸で溶ける「バイアスピリン」です。
バイアスピリンは、錠剤全体が1つの大きな腸溶性コーティングで覆われています(単一ユニット型)。ネキシウムのようなペレット構造ではないため、55度の水に入れても錠剤はそのままの形で残り、崩壊しません。これを無理に砕いて投与すれば、アスピリン成分が胃粘膜を直接攻撃し、胃潰瘍のリスクを劇的に高めてしまいます。
ラベプラゾール(商品名:パリエット)
パリエットも強力なPPIですが、これも1錠の錠剤を腸溶性ポリマーでコーティングしたタイプです。
パリエットも水に溶けず、粉砕もできないため、簡易懸濁法には適しません。無理に溶かそうとしてもポリマーが壁となりますし、粉砕してもポリマーがチューブを詰まらせる原因になります。また粉砕した場合、パリエットの薬成分が胃酸にさらされることで急激に失活しますので、PPIの本来の効果は期待できません。

5. ATP腸溶錠(商品名:アデホスコーワ腸溶錠)について
代謝を助けるアデノシン三リン酸(ATP)製剤も、腸溶錠として有名です。ATPは胃液(強酸)に触れると速やかに分解されてしまうため、腸溶性にすることで初めて吸収が可能になります。
これもまた、単一ユニット型(Conventional Coated Tablet)の腸溶錠ですので砕いたりすると腸溶性のコーティングが破壊され、胃で成分が失活してしまいますので簡易懸濁をすることはできません。
6. 腸溶錠を経管投与する際の注意点
腸溶錠は優れた製剤ですが、特有の副作用や注意点も存在します。
懸濁時のトラブル:
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前述の通り、チューブの閉塞が最大の懸念です。ペレット状の薬剤を投与した後は、必ず十分な量の水でフラッシュ(追い炊き)を行い、チューブ内に残存させないようにしてください。
- 腸溶錠が単一ユニット型か、ペレット型かを確認し、ユニット型であれば他剤への意向を検討し、ユニット型であれば錠剤ごとに経管のフレンチを通過できるかどうかを確認してください。ペレット型は水に溶けないため良く懸濁してから投与してください。
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7. まとめ:適切な投与方法が薬の価値を決める
腸溶錠は、現代製剤技術の結晶です。「胃酸から成分を守る」「胃粘膜を成分から守る」という二つの相反する使命を、特殊ポリマーという高度な技術で実現しています。
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腸溶錠は55度の水でも溶けない。 それはポリマーが正常に機能している証拠です。
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粉砕は絶対に避ける。 薬の効果が消失するだけでなく、体に害を及ぼす可能性があります。
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エソメプラゾール(ネキシウム)はカプセル内のペレットを懸濁できるが、チューブの太さに注意が必要。
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バイアスピリンやパリエットは、簡易懸濁には向かないため、代替薬(類似薬など)への変更を医師へ相談するべき。
薬を「飲む」という行為が難しい状況において、私たちはその薬が「どこで」「どのように」効くべきものなのかを正しく理解しなければなりません。簡易懸濁法を行う際は、お手元の薬が腸溶錠でないか、もし腸溶錠であればペレットタイプなのかどうかを必ず確認してください。正しい知識こそが、薬の効果を最大限に引き出し、患者さんの安全を守る鍵となります。
