最低薬価とはなにか?最低薬価よりも安い薬がある理由(エクセルダウンロードあり)
私たちの生活に欠かせない「お薬」。病院でもらう処方箋を持って薬局へ行くと、お会計の際に支払う金額が決まっています。このお薬の値段を「薬価(やっか)」と呼びますが、実はこの値段、国によって厳密に決められていることをご存知でしょうか。
今回の記事では、2026年の改定でなぜ最低薬価が3.5%引き上げられるのか、そして「最低薬価10.8円」という基準があるのに、なぜそれより安い薬が存在するのか、その仕組みを分かりやすく解説します。
1. そもそも「薬価」と「最低薬価」とは何か?
まず、基礎知識として「薬価」の仕組みをおさらいしましょう。
日本の医療制度では、医療機関や薬局で使用される医療用医薬品の値段は、国(厚生労働省)が定める「薬価基準」によって公定されています。スーパーやコンビニの商品と違い、どこの薬局へ行っても同じ薬なら同じ値段(薬価)なのはこのためです。
そして、今回のテーマである「最低薬価」とは、「これ以上安くしてしまうと、製薬会社が赤字になって薬を作れなくなってしまう」というギリギリのラインとして設定された底値のことです。
例えば、長年使われている古い薬や、特許が切れたジェネリック医薬品などは、価格競争によってどんどん値段が下がっていきます。しかし、あまりにも安くなりすぎると、メーカーが製造を断念し、必要な患者さんに薬が届かなくなる恐れがあります。それを防ぐための「最後の防波堤」が最低薬価なのです。
2. なぜ「10.8円」より安い薬が存在するのか?
ニュースや資料を見ると、「最低薬価は10.8円(日本薬局方収載の錠剤など)」といった記述があります。しかし、実際に処方された薬の明細を見ると、1錠あたり「6.3円」や、それ以下の単価を目にすることがあります。「最低のはずなのに、なぜもっと安い薬があるの?」と不思議に思いますよね。
これには、大きく分けて3つの理由があります。
① 「区分」によって最低ラインが異なるから
「最低薬価」は、すべての薬に対して一律ではありません。薬の種類や「日本薬局方(にほんやっこうほう)」という国の規格に載っているかどうかで、いくつかのランクに分かれています。
2026年の改定案を例に見てみましょう。
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日本薬局方に載っている錠剤・カプセル:10.8円
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その他の医薬品(日本薬局方に載っていないもの):6.3円
つまり、最低薬価が適用される場面でも、「日本薬局方の薬」は10.8円が底値ですが、それ以外の一般的な薬は6.3円が底値となるのです。これが、10.8円よりも安い薬が存在する最大の理由です。
日本薬局方に収載されるための「4つの主な条件」
日本薬局方に新しくお薬が追加されるためには、主に以下の4つの条件(基本方針)を満たす必要があります。これらは厚生労働省の検討会などで厳格に審査されます。
① 医療上の重要性が高いこと(ニーズがある)
「日本人の治療にどうしても必要だ」と認められることが第一条件です。
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多くの患者さんに使われている。
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その病気の治療において標準的な薬(ガイドラインに載るような主要な薬)である。
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代わりのきかない重要な役割を持っている。
このように、日本の医療現場において「無くてはならない存在」であることが求められます。
② 日本国内で広く普及していること(実績がある)
発売されたばかりの「ピカピカの新薬」がいきなり載ることは稀です。
通常、数年〜十数年と使われ続け、「多くの医療機関で使われ、効果や安全性のデータが十分に蓄積されている」ことが重視されます。いわば「定番の薬」としての実績が必要です。
③ 品質の基準を厳格に決められること(科学的な裏付け)
ここが最も難しい技術的なポイントです。
日本薬局方に載るためには「誰がどこで検査しても、同じ結果が出る試験法」が確立されていなければなりません。
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不純物がどれくらい含まれているか測る方法。
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飲み込んだ後、どれくらいの時間で溶け出すか測る方法。
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有効成分がピタリと規定量入っているか確かめる方法。
これらの細かいルールを「公定書」として文章化できるほど、その薬の分析技術が確立されている必要があります。
④ 国際的な整合性がとれていること
現在は薬の流通もグローバル化しています。アメリカやヨーロッパの薬局方(USPやEP)と大きく基準がズレていないか、国際的な基準に照らし合わせても恥ずかしくない品質であるか、という点も考慮されます。
② そもそも「最低薬価」の対象になっていない薬があるから
すべての薬が、この「底値(最低薬価)」で守られているわけではありません。最低薬価が適用されるのは、主に「不採算品再算定」などのルールに基づき、安定供給が必要だと認められた一部の古い薬や基礎的な薬が中心です。
比較的新しいジェネリック医薬品や、まだ価格競争の途中にあり、製造コストに対して十分に利益が出ている薬は、最低薬価のルールが適用される前の段階にいます。そのため、4円や5円といった価格で販売されているケースもあるのです。
③ 市場での実際の取引価格(市場実勢価格)の影響
薬価は国が決めますが、実は薬局や病院が製薬会社から薬を仕入れる際は、自由な価格交渉が行われています。国が定める「薬価」と、実際に取引される「市場価格」にはズレが生じます。
国はこのズレ(乖離率)を見て、次回の改定で薬価を下げます。今回の改定でも、「平均的なズレよりも大幅に安く売られている薬(乖離率12.1%超)」については、たとえ安すぎて経営が厳しくても、最低薬価引き上げの対象からは外されています。
3. なぜ2026年に最低薬価を「3.5%」引き上げるのか?
今回の改定で、なぜ一律3.5%という引き上げが行われることになったのでしょうか。そこには、現在の日本が抱える深刻な問題が背景にあります。
理由①:物価高騰とエネルギーコストの上昇
今、私たちの生活を直撃している物価高は、製薬業界も例外ではありません。
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原材料費の騰貴: 薬の成分を作るための原料費が世界的に値上がりしています。
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物流費・光熱費: 薬を運ぶトラックの燃料代、工場を動かす電気代が大幅に上がっています。
従来の最低薬価のままでは、これらのコスト上昇分を吸収できず、製薬会社が「作れば作るほど赤字」という状態に陥ってしまいます。
理由②:深刻な「医薬品の供給不足」を防ぐため
近年、咳止めや去痰薬、抗生剤などが病院や薬局で手に入りにくい状況が続いています。この大きな原因の一つが、メーカーの「採算悪化」です。
利益が出ないために古い薬の製造から撤退するメーカーが増えたり、設備投資ができずに工場のトラブルが発生したりすることで、薬が足りなくなっています。3.5%の引き上げは、メーカーに最低限の利益を確保させ、「薬を安定して作り続けてもらうため」の緊急措置なのです。
理由③:経営の予見性を高める
製薬業界からは、頻繁に行われる薬価改定によって「将来どれくらい利益が出るか予測がつかず、投資ができない」という悲鳴が上がっていました。今回、最低薬価の引き上げやルールの明確化が行われたことで、企業は「これくらいの価格は維持される」という見通しが立ちやすくなります。これが、業界代表の委員が述べた「経営の予見性向上」という意味です。

4. 最低薬価制度の「本来あるべき姿」と現在の姿
ここで、最低薬価(および不採算品に対するルール)が、本来どのように使用されるべきだったのか、その理想と現実について触れておきましょう。
本来の目的:良質な薬を安定的・持続的に提供する
本来、この制度は「国民の生命を守るために不可欠な古い薬」を、市場の価格競争から守るための「聖域」であるべきでした。
新薬のような高い値段はつかないけれど、治療に絶対に欠かせない。そんな「地味だけれど大切な薬」を、メーカーが誇りを持って作り続けられるようにサポートするのが本来の姿です。
現状の課題:制度が「延命措置」になっている側面も
しかし現実には、多くのジェネリック医薬品メーカーが乱立し、過度な価格競争が起きた結果、多くの品目が最低薬価付近に沈み込んでしまいました。
本来であれば、効率的な経営を行い、適切な利益を出しながら次世代の投資へ回すべきですが、現在は「物価高騰に対応するためのギリギリの底上げ」という、いわば救急処置のような形で最低薬価の引き上げが使われています。
つまり、「安く提供する」という患者さんのメリットと、「安定して供給する」というメーカーの存続のバランスが、今まさに崩れかかっているのです。今回の3.5%引き上げは、そのバランスをなんとか保とうとする苦肉の策とも言えます。
5. 私たちの生活への影響は?
最低薬価が上がると聞くと、「自分たちが払う薬代も高くなるの?」と心配になるかもしれません。
確かに、個別の薬の値段が数円上がることはありますが、多くの場合は数パーセントの範囲内です。また、日本の医療費には「高額療養費制度」などの負担軽減策もあります。
それ以上に、私たちにとって大きなメリットは「必要な時に、必要な薬が薬局にある」という当たり前の状態を取り戻せる可能性が高まることです。
せっかく病院へ行って処方箋をもらっても、薬局で「在庫がありません」と言われる今の状況は異常です。最低薬価の引き上げによって、製薬会社が安心して製造を続けられる環境が整うことは、長期的には患者である私たちの利益につながるのです。
最低薬価10.8円とそれ以下の薬価についてエクセルファイルを作成しました。必要な方は以下よりdownloadしてください。ブラウザはgoogle chromeを推奨します。
まとめ
今回の2026年薬価改定における「最低薬価の引き上げ」のポイントをまとめます。
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最低薬価は一律ではない: 日本薬局方に載っている錠剤は10.8円、その他の薬は6.3円など、区分によって異なるため、10.8円より安い薬も存在する。
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3.5%引き上げの理由は「供給維持」: 記録的な物価高やエネルギー価格の上昇から製薬メーカーを守り、薬の供給不足を解消することが最大の目的である。
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不採算な薬は対象外: 市場で極端に安く売られている薬(乖離率が高いもの)は、引き上げの恩恵を受けられない。
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本来の役割への期待: 単なる価格調整ではなく、治療に不可欠な薬を将来にわたって安定して届けるための「基盤」としての役割が期待されている。
薬の値段が決まる裏側には、私たちの健康を守るための複雑なルールと、刻一刻と変わる経済情勢との戦いがあります。2026年の改定が、薬不足という社会問題の解決に向けた大きな一歩になることを期待しましょう。
