授乳婦が使用する抗精神病薬について
母乳哺育児における抗精神病薬の安全性についてトルコにある大学のチームがJ Clin Psychopharmacol. 2016 Jun;36(3):244-52にて報告しています。
調査内容はPubMedで「授乳」「抗精神病薬」といったキーワードにより検出された文献をもとに、相対的乳児投与率(RID)、乳汁/血漿薬物濃度比(M/P比)、乳児の血漿薬物レベル、有害事象などのデータを抽出して検討をすすめています。
ジプレキサ(オランザピン)やセロクエル(クエチアピン)を飲むと太る理由
結果
ジプレキサ(オランザピン)の相対的乳児投与率(RID)が低いことが示されました。また、セロクエル(クエチアピン)のRIDも低め、リスパダール(リスペリドン)、インヴェガ(パリペリドン)およびエビリファイ(アリピプラゾール)のRIDが中程度、アミスルプリド(国内未承認薬)のRIDが高めでした。
頓服薬として処方されるエビリファイ・リスパダール・ジプレキサの効果について
短期間使用する分には比較的安全であり、オランザピン以外の抗精神科薬については影響を検討する必要があるとまとめています。
授乳婦に対する薬物療法に関して、そのデータ蓄積量、臨床報告集において優れているホームページはLactMedかなぁと私は認識しています。そこで、第二世代の抗精神科薬の母体および乳児への影響について調べてみることにしました。
~ジプレキサ(オランザピン)~
母親がジプレキサ20mgを毎日服用していても、母乳中には少量しか移行することはなく、乳幼児の血液からはジプレキサを測定することはできないレベルです。
ジプレキサ服用中の母親の母乳で育った乳児に関しては、長期的な育成過程において一般的に正常に発達することを示しています。授乳婦における第一選択薬として位置づけられています。
また、母乳1L中にふくまれるジプレキサの量は0.0076~0.0275mgと概算されております。乳児の授乳量を具体的に表現することは難しいのですが、生後5か月の乳児で1回200~220mlを1日5~6回程度、それ以降は離乳食が開始されますので、授乳量が増加することはないかと思います。
つまり、1日1000ml前後の母乳を毎日飲むことはジプレキサ0.0076~0.0275mg程度を毎日服用することを意味します。このジプレキサの量は非常にすくないため、これまでのデータでも示されているように、正常な発達が確認されているという実績とマッチしています。
~セロクエル(クエチアピン)~
母親がセロクエル400mgを毎日服用していても、母乳中には少量しか移行することはありません。セロクエル服用中の母親の母乳で育った乳児に関しては、長期的な育成過程において一般的に正常に発達することを示しています。授乳婦における第一または第二選択薬として位置づけられています。
LactMed“ホームページ
また、母親のセロクエル服用量により異なるのですが、母乳1L中に含まれるセロクエルの量は0.1mg~0.01mg程度と概算されております。
つまり、1日1000ml前後の母乳を毎日飲むことはセロクエル0.1~0.01mg程度を毎
日服用することを意味します。このセロクエルの量は非常にすくないため、これまでのデータでも示されているように、正常な発達が確認されているという実績とマッチしています。
~リスパダール~
情報が限られているものの、1日6mgのリスパダールを使用した母親の母乳へ少量のリスパダールが移行していることが確認されています。リスペリドンはミルクへの移行性がよいため、他の薬剤に切り替えた方が好ましい。第二選択薬の位置づけ。という記載があります。
~エビリファイ~
情報が限られているものの、1日15mgのエビリファイを使用した母親の母乳へ少量のエビリファイが移行していることが確認されています。(13~14μg/Lというデータあり)。より多くのデータが蓄積されるまでは代替薬を使用することが好ましいという記載があります。また、エビリファイはプロラクチン低下作用があるため、母乳量の低下作用が示唆されているため代替薬を検討することが有用という記載もあります。
授乳婦へ抗精神科薬をお渡しする際は、患者さん本人(母体)とのマッチングだけでなく、乳児への配慮も視野にいれなければなりませんので、安心してお薬を使用していただくためにも知識の幅を広げる必要があると感じました。
追記:2018年7月
母乳育児における抗精神病薬の使用報告としてセロクエル(クエチアピン)、エビリファイ(アリピプラゾール)、リスパダール(リスペリドン)、ジプレキサ(オランザピン)に関する具体的な臨床報告例をまとめてみました。
デパス・リーゼ・ソラナックス・ワイパックス・レキソタンの安定剤として効き目を薬物動態から考える
セロクエル(クエチアピン)
母親がセロクエルを服用した場合、1~2時間後に授乳中のセロクエル濃度が一番高くなり、その後7~8時間後に授乳中のセロクエル濃度は半減します。
セロクエルを服用後1~2時間後の授乳中のセロクエル濃度は以下の報告があります。
毎日75mg以下のセロクエルを服用した場合、授乳中からセロクエルを検出することができなかった(11.5μg/L以下)。
毎日100mgを服用した場合、授乳中から12.3μg/Lのセロクエルを検出。
毎日200mgを服用した場合、授乳中から62μg/Lのセロクエルを検出
毎日400mgを服用した場合、授乳中から101~170μg/Lのセロクエルを検出。
乳児が摂取するセロクエルの量は母親が1日に摂取する量の1000分の1~200分の1程度という報告を多く見かけました。
乳児への影響について
・妊娠中に毎日セロクエル25mgを服用し、授乳中に毎日50mgを服用した。8週齢時点で乳児の副作用報告はありません。
・母親が毎日200mgを服用した。乳児は4.5か月時点で良好に育っており、副作用は報告されておりません。
・母親が産後からセロクエルを25mgで6週間服用し、その後次の6週間は200mg、次の4週間は毎日300mgを服用した報告では、乳児の成長・運動・心理的発達に影響を及ぼすことはありませんでした。
授乳婦とセロクエルまとめ
母親が毎日400mgセロクエル(クエチアピン)を摂取したという報告がなされており、服用後1~2時間後に授乳中の濃度が高くなります。気になるようならこの時間帯が授乳タイムにならないような配慮をすることが有用かもしれません。乳児は母親が摂取した1000分の1程度のセロクエルを摂取する換算となりますが、乳児の成長・運動・心理的発達について影響を及ぼしたという報告はなされおりません。
エビリファイ(アリピプラゾール)
母親がエビリファイ錠を服用すると血中のプロラクチンというホルモンが低下することで、母乳量が低下することが報告されています。(母親が毎日エビリファイ15mgを服用して乳量低下の報告あり)他剤への変更が推奨されます。
毎日15mgを服用した場合、授乳中から13~14μg/Lのエビリファイを検出
毎日18mgを服用した場合、授乳中から38.7μg/Lのエビリファイを検出
毎日不明mgを服用した場合、授乳中から52.6μg/Lのエビリファイを検出
母親が毎日18mgを服用した場合、乳児の血中濃度から7.6㎍/Lのエビリファイが検出
5kgの乳児が授乳により毎日47㎍のエビリファイを摂取した報告があります。
乳児への影響
・母親がエビリファイを毎日15mg服用した。生後3か月時点で乳児への副作用はありません
授乳婦とエビリファイまとめ
授乳婦がエビリファイを服用すると血液中のプロラクチンというホルモンの値が低くなる傾向にあります。(高用量のエビリファイを服用すると81%の方が低プロラクチン血症を有する可能性があります)。プロラクチンの値が低下すると母乳量が低下することが報告されているので母乳育児が難しくなる可能性があります。
尚、エビリファイ以外の抗精神薬による低プロラクチン血症の副作用頻度はわずか2.9%程度ですので、エビリファイから他剤へ変更することは母乳育児の観点からは有用に感じます。
リスパダール(リスペリドン)
リスパダールおよびその活性代謝物は母乳中への移行率が高いという特徴があるため、授乳婦に対しては他剤を使用することが推奨されています。
母親が毎日6mgのリスパダールを服用した場合、母乳中にはリスパダール2.5μg/Lおよびその活性代謝物10μg/Lが検出されています。乳幼児が摂取するリスパダールおよびその活性代謝物の量は母体の体重換算で2.2〜4.7%という量を摂取した計算になります。
母親が毎日1mgのリスパダールを摂取すると、乳児の血中からリスパダールの活性代謝物が0.1μg/L検出されるという報告があります。
乳児への影響
授乳婦がリスパダールを毎日4mg服用した。生後9ヶ月までの時点で乳児の発達異常に関する報告はありません
授乳婦がリスパダールを毎日6mg服用した。生後12ヶ月までの時点で乳児の発達異常に関する報告はありません
授乳婦とリスパダールまとめ
リスパダールは母乳中の移行率が高く、母体中で活性代謝物(効き目が長い成分)に変化した状態を乳児が摂取することになります。そのため乳児の血中からも活性代謝物が検出された報告がなされています。リスパダールに関しては授乳婦が長期間服用したという報告例が少ないため、授乳婦が服用する抗精神薬としては第二選択肢以降の候補になるケースが多いです。
デパス・リーゼ・ソラナックス・ワイパックス・レキソタンの安定剤として効き目を薬物動態から考える
ジプレキサ(オランザピン)
ジプレキサは授乳中への移行率が非常に低い製剤であるため、海外の報告では母親が1日最高20mgまで服用しても大丈夫と記してあるものもあります。母親がジプレキサを飲んでいる状態で母乳育児が行われた症例もたくさんあり、長期間の授乳保育でも乳児は正常に発達していることが報告されています。そのため、抗精神病役として母乳育児を行う母親に対して使用される抗精神病薬の中で、ジプレキサ錠は第一選択薬と位置づけている報告を多く見かけました。
毎日2.5mgを服用した場合、授乳中から1〜8μg/Lのエビリファイを検出
毎日10mgを服用した場合、授乳中から16〜21μg/Lのエビリファイを検出
小児が摂取するジプレキサの量は母体の体重換算で0.5〜2%程度です。
乳児への影響
授乳婦がジプレキサを毎日5mg服用した。生後6ヶ月までの時点で乳児の発達異常に関する報告はありません。
授乳婦がジプレキサを毎日10〜15mg服用した。生後5ヶ月までの時点で乳児の発達異常に関する報告なし。運動機能や黄疸といった副作用もなく幼児は通常どおりの体重増加をしめしております。
授乳婦とジプレキサのまとめ
母乳育児とジプレキサで調べてみると、非常に症例報告が多い印象をうけました。
ジプレキサの症例報告数>リスパダール + セロクエル + エビリファイの症例報告数
といっても過言ではないほど授乳婦に対するジプレキサの臨床報告は多数あがっています。ジプレキサ錠の用量によっては乳児の眠気・倦怠感・震え・不眠といった副作用(15%程度)も報告例があがっています。副作用報告が多いうのも、使用例が多い証拠だと私は思います。
授乳婦がジプレキサ錠を使用する際には乳児に眠気やだるさといった症状がでるかもしれないといった事前の注意喚起を行うことも有用かと思います。