脊髄損傷の再生医療製品ステミラック注が国内初となる本承認を達成!
再生医療の歴史に刻まれる大きな転換点
2026年10月15日、日本の医療の歴史において極めて重要となる大きな決定が下されました。厚生労働省の専門部会(薬事審議会再生医療等製品・生物由来技術部会)において、脊髄損傷の治療に用いられる再生医療等製品「ステミラック注(一般名:ヒト(自己)骨髄由来間葉系幹細胞)」の製造販売に関する「本承認」が了承されました。
「本承認」という言葉に、少し意外な印象を持たれた方もいらっしゃるかもしれません。「ステミラック注はすでに病院で使われているのではないか」と思われるのも当然です。実は、ステミラック注は2018年12月に、日本独自の「条件及び期限付き承認制度」という仕組みを利用していち早く実用化されていました。これは、有効性が推定され安全性が確認された段階で、7年という期限付きで治療への使用を認め、その間に集めた実際の患者データをもとに改めて効果を検証するという制度です。
制度が導入された2014年以降、条件付き承認から本承認へと到達した製品はこれまで1つも存在していませんでした。ステミラック注は、約7年間にわたる徹底的な追跡調査と厳格な審査を乗り越え、制度史上初となる「本承認」を勝ち取ったのです。
交通事故や高所からの転落、スポーツ事故などで突然引き起こされる脊髄損傷は、一度傷つくと二度と回復しないと長く信じられてきた絶望的な怪我でした。ステミラック注が本承認へと歩みを進めたことは、現代医学が「神経の再生と回復」という新たな時代に確実に足を踏み入れた確たる証拠といえます。本記事では、この画期的な製品の全体像や、身体の中で起こる驚くべき修復の仕組み、そして今回の承認を決定づけた最新の臨床データまでを詳細にお伝えします。
脊髄損傷という過酷な障害と現代医療の壁
ステミラック注の持つ価値を深く理解するためには、まず「脊髄損傷」という病態がどれほど過酷で、従来の医療において克服が難しかったかを知る必要があります。
私たちの背骨(脊柱)の中には、脳から全身へと繋がる太い神経の束が通っています。これが「脊髄」です。脳からの「手足を動かせ」という命令を筋肉に伝える下り方向の電波塔であり、同時に、皮膚や関節が感じた「熱い」「痛い」「触れている」といった感覚を脳へと届ける上り方向の連絡通路でもあります。
交通事故や転落事故などの強い外力によってこの脊髄が押しつぶされたり断裂したりすると、脳と身体の通信が途絶えてしまいます。これが外傷性脊髄損傷です。損傷した部位から下の身体機能が麻痺し、自力で立ち上がることや歩くことはもちろん、重度の場合は手足を動かすことや排泄のコントロールすら失われてしまいます。
さらに厄介なのは、中枢神経系(脳や脊髄)の細胞は、皮膚や骨、内臓などの末梢組織と異なり、一度激しく壊れてしまうと自然には再生しにくいという生物学的な特徴を持っている点です。これまでの標準的な医療では、受傷直後の急性期に過度な炎症を抑えるステロイド薬を投与したり、折れた背骨を固定する手術を行ったりした後は、残された機能を最大限に生かすためのリハビリテーションを行うしか術がありませんでした。根本から神経ネットワークを修復し、失われた機能を取り戻す治療法は存在しなかったのです。
この長年の医療の壁を打ち破る挑戦として誕生したのが、ステミラック注をはじめとする再生医療です。
開発の背景:患者自身の細胞を用いる「自家移植」の強み
ステミラック注は、札幌医科大学の本望修教授らの研究チームと、医療機器・医薬品大手であるニプロ株式会社が長年にわたり共同開発を進めてきた製品です。
本品の最大の特徴は、患者自身の骨髄から採取した「自己骨髄間葉系幹細胞(じここつずいかんようけいかんさいぼう)」を主成分としている点にあります。他人の細胞を移植する「他家移植」の場合、投与後に患者の免疫システムが「異物が入ってきた」と認識して攻撃を仕掛ける拒絶反応が問題になります。拒絶反応を抑えるためには強力な免疫抑制剤を使用し続ける必要があり、それによって感染症のリスクなどが跳ね上がってしまいます。
一方、ステミラック注は患者本人の細胞を原料として製造される「自家移植」であるため、拒絶反応を起こす心配が極めて少なく、免疫抑制剤を併用する必要がありません。自分自身の細胞が持つ自己修復能力を体外で極限まで高め、再び自分の体に戻して傷を治すという、非常に合理的かつ身体への負担が少ないアプローチなのです。
薬理作用の徹底解説:間葉系幹細胞はいかにして脊髄を修復するのか
ステミラック注の心臓部ともいえるのが、投与された細胞が体内で発揮する「薬理作用(どのようなメカニズムで傷ついた神経を治すのか)」です。
脊髄を損傷した患者の静脈から点滴された約1億個もの間葉系幹細胞は、単に血液の中を漂うだけではありません。自律的に状況を判断し、損傷現場へと駆けつけ、多角的な救助活動を展開します。この一連のドラマのような修復プロセスは、主に以下の複合的なメカニズムによって引き起こされていると考えられています。
1. 損傷部位を見つけ出して自ら集まる「遊走能(ホーミング効果)」
点滴によって腕などの静脈から入れられた細胞は、まず血流に乗って全身を巡ります。驚くべきことに、これらの細胞は迷子になることなく、首や背中の「傷ついた脊髄の現場」を正確に察知して集積します。これを細胞の「遊走能(ゆうそうのう)」または「ホーミング効果」と呼びます。
脊髄が損傷を受けると、現場の細胞からは「助けてくれ」「激しい異常事態が起きている」というSOSのシグナル(サイトカインやケモカインと呼ばれる化学物質)が大量に放出されます。ステミラック注の間葉系幹細胞の表面には、このSOS信号をキャッチする高感度なアンテナ(受容体)が備わっています。濃度勾配を頼りにSOSの発生源へと吸い寄せられるように移動し、損傷部位の血管壁をすり抜けて、破壊された神経組織のど真ん中へと集結していくのです。
2. 炎症の二次被害を食い止める「免疫調節作用(火消し役)」
脊髄損傷の恐ろしさは、最初の物理的な衝撃(一次損傷)だけで終わりません。事故の直後から、現場には過剰な免疫反応が巻き起こり、白血球の一種であるマクロファージや好中球などが大挙して押し寄せます。これらは本来、死んだ組織を掃除するための生体防御反応ですが、過剰に暴走することで健康に残っていた周囲の神経細胞まで巻き添えにして破壊してしまいます。これが「二次損傷」と呼ばれる現象です。
火事に例えるなら、最初の衝突事故が小さなボヤだったとしても、その後に発生した大火災が周囲の住宅街(残存神経)を焼き尽くしてしまうような状態です。
ステミラック注の間葉系幹細胞は、現場に到着すると強力な抗炎症物質を放出し、暴走している免疫細胞たちを鎮火させます。「攻撃型」になっていたマクロファージを、組織の修復を促す「修復型」へと方向転換させ、二次損傷による神経破壊の連鎖を食い止めるのです。
3. 神経細胞を死から救い、育てる「神経栄養因子の分泌(レスキュー資材の配給)」
損傷現場に急行した細胞たちは、自ら「動く薬品工場」となって、神経の生存と成長に不可欠な栄養カクテルを大量に分泌します。これを「パラクライン効果」と呼びます。
具体的には、以下のような多彩な成長因子や神経保護物質を休むことなく放出し続けます。
-
BDNF(脳由来神経栄養因子): 弱り切った神経細胞の息を吹き返させ、細胞死(アポトーシス)のプログラムが作動するのを防ぎます。
-
GDNF(グリア細胞株由来神経栄養因子): 神経線維を保護し、残された運動神経の維持を助けます。
-
NGF(神経成長因子): 傷ついてちぎれかけた神経の軸索(電気信号を通すコードのような突起)から新たな枝を生やし、再び繋ぎ直す伸長を促します。
切断されかかった通信ケーブルの周囲に特殊な栄養液を浸透させ、ケーブルの断端から新しいコードをぐんぐん伸ばして再接続を試みるような作業が、組織の内部で次々と行われます。
4. 酸素と栄養を届けるルートを再建する「血管新生作用」
神経組織が生きて活動するためには、常に新鮮な血液から酸素とブドウ糖を受け取る必要があります。しかし、激しい損傷を受けた部位では毛細血管がずたずたに破壊されており、虚血(血流が途絶えた状態)に陥っています。
ステミラック注は、血管内皮増殖因子(VEGF)などを分泌し、現場に新たな毛細血管を急速に張り巡らせます(血管新生)。破壊されたインフラである道路網を突貫工事で復旧させ、修復に必要な酸素とエネルギーを行き渡らせることで、組織の再生を強力に後押しします。
5. 神経や支持細胞への変身「分化能」
間葉系幹細胞は、状況に応じて骨や軟骨だけでなく、神経系の細胞やそれらを支えるグリア細胞へと姿を変える能力(分化能)を秘めています。すべてが置き換わるわけではありませんが、一部の細胞は損傷現場の欠損部を埋めるように定着し、物理的・構造的な足場となって組織の再構築に直接寄与します。また、神経の電気信号の漏れを防ぐ絶縁テープの役割を果たす「髄鞘(ずいしょう)」の再形成を促すことも示唆されています。
単一の化合物には不可能な「チーム医療」のような薬理作用
従来の低分子医薬品は、鍵と鍵穴のように特定の標的分子1つに作用するものが主流でした。しかし、脊髄損傷のように「構造破壊」「血流遮断」「過剰炎症」「細胞死」が複雑に絡み合う破滅的な病態に対しては、単一の作用を持つ薬では歯が立ちませんでした。
ステミラック注の間葉系幹細胞は、生きた細胞であるがゆえに、現場の状況をリアルタイムで感知し、
-
炎症がひどければ火を消し、
-
壊れかけた細胞があれば栄養を与えて励まし、
-
道が途絶えていれば血管を作り、
-
神経のコードを伸ばしてネットワークをつなぎ直す
という複合的かつ臨機応変な修復活動を同時にこなします。これこそが、本品が劇的な機能回復をもたらす薬理作用の根幹なのです。
治療の具体的なプロセス:骨髄採取から投与まで
ステミラック注を用いた実際の治療は、患者一人ひとりの体調とスケジュールに精密に合わせて進められます。
1. 原料採取のタイムリミット(受傷後31日以内)
この治療は、脊髄損傷を受傷した患者全員にいつでも使えるわけではありません。効能・効果として定められているのは「外傷性脊髄損傷で、ASIA機能障害尺度がA、B又はCの患者」です。そして、原料となる細胞を採取する時期には「受傷後31日以内を目安に実施する」という明確な基準が設けられています。
受傷直後の急性期から亜急性期にかけては、組織の修復シグナルが活発に出ており、投与された細胞が最も働きやすいゴールデンタイムが存在するためです。
2. 骨髄液と末梢血の採取
治療が決まると、医療機関において患者の骨盤の骨(腸骨)から注射針を用いて骨髄液を採取します。骨髄液には間葉系幹細胞が豊富に含まれています。同時に、患者本人の静脈から末梢血(血液)も採取します。
採取には、専用の構成キット(骨髄採取キット、採血キット)が使用されます。骨髄希釈液(DMEM)と混合された骨髄液は「ニプロセルトリー 骨髄用」という特殊な密閉容器に、末梢血は「ニプロセルトリー 血清用」に入れられ、厳密な温度管理のもとでニプロの細胞培養加工施設へと安全に運搬されます。
3. 培養と製品化(約1万倍への増殖)
製造施設に到着した骨髄液から間葉系幹細胞を分離します。このとき、細胞を増殖させるための栄養源(培養液)として、同時に採取された患者本人の血液から抽出した自己血清を使用します。他人の血清や動物由来の成分を極力排除することで、未知の感染症や異物反応のリスクを徹底的に低減しています。
約2〜3週間の時間をかけて細胞を培養し、当初はわずか数万個程度だった幹細胞を、治療に必要な約1億個(およそ1万倍)にまで増殖させます。培養が完了した細胞懸濁液は専用のバッグに充填され、超低温で凍結保存された状態で、厳重な品質検査を経て病院へと送り返されます。
4. 点滴投与の実施
製品が病院に届き次第、解凍され、可能な限り速やかに患者へと投与されます。
投与方法は大掛かりな外科手術ではなく、一般的な点滴静注です。
-
投与細胞数: 1回あたり0.5×10⁸個〜2.0×10⁸個(体重1kgあたり最大3.34×10⁶個)
-
投与速度: 生理食塩液で3倍以上に希釈しながら、流量0.7〜1.0mL/分を目安にゆっくりと時間をかけて点滴します。
急激な投与による血栓の形成や血圧の急変を防ぐため、点滴中は医師の厳重な監視のもと、バイタルサインや生化学検査などのモニタリングが絶え間なく行われます。
本承認を決定づけた「使用成績比較調査」の臨床データ
2018年の条件付き承認から今回の本承認に至るまでの7年間、開発元であるニプロは、本承認の必須条件として課されていた「使用成績比較調査」を実直に進めてきました。これは、ステミラック注を実際に投与された患者群と、投与されずに従来のリハビリや標準治療を受けた患者群(対照群)を直接比較し、客観的な有効性と安全性を白日の下に晒す検証作業でした。
専門部会に提出された約140例のデータは、医療関係者にとっても驚くべき有効性を示すものでした。
ASIA機能障害尺度(AIS)による評価
評価基準として用いられたのは、世界的に脊髄損傷の重症度判定に使われている「ASIA機能障害尺度(AIS:エイシス)」です。
-
AIS A(完全麻痺): 損傷部より下の運動機能および感覚機能(肛門周囲を含む)が完全に失われている最重度の状態。自然回復の見込みは極めて乏しい。
-
AIS B(感覚不全損傷): 運動機能は完全に失われているが、かろうじて感覚の一部のみが残っている状態。
-
AIS C(運動不全損傷): 損傷部より下にある程度筋肉の動きが残っているが、重力に逆らって手足を動かせるほどの筋力がない状態。
-
AIS D: 半数以上の主要な筋肉で、重力に逆らってしっかりと手足を動かせる状態(歩行訓練が可能なレベル)。
-
AIS E: 運動・感覚機能が正常に回復した状態。
調査では、受傷後6〜8週の段階(ベースライン)で障害の重症度を確定診断し、投与から十分な時間が経過した受傷後6カ月目の時点で機能がどれだけ回復したかを比較しました。
驚異的な回復率の差
調査の結果、完全に麻痺していた最重度患者、および不完全麻痺の患者の双方において、ステミラック注の明らかな治療効果が証明されました。
コホート1:最重度の完全麻痺(AIS A)の患者群
主要評価項目は「AISが2段階以上改善した症例の割合」です。つまり、完全麻痺(A)から、ある程度筋肉を自分の意思で動かせる実用的なレベル(CまたはD)まで奇跡的なジャンプアップを果たした患者の割合を調べました。
-
対照群(ステミラック非投与): わずか 3.8% (1/26例)
-
ステミラック群(投与): なんと 42.1% (8/19例)
統計学的な有意差を示すp値は「0.002」でした(一般にp値が0.05未満であれば偶然ではなく意味のある差とされるため、極めて明確な差です)。これまで「一生動かない」と宣告されていた完全麻痺の患者の4割以上が、劇的な機能改善を遂げたことになります。
コホート2:不完全麻痺(AIS BおよびC)の患者群
主要評価項目は「AISが1段階以上改善した症例の割合」です(例:BからCやDへ、CからDやEへ)。
-
対照群(ステミラック非投与): 25.0% (10/40例)
-
ステミラック群(投与): 59.3% (32/54例)
こちらのp値も「0.001未満」となり、圧倒的な統計的有意差が確認されました。約6割の患者が明確なステップアップを遂げ、日常生活における自立度を大きく押し上げる結果となったのです。さらに、長期間にわたる追跡調査においても重篤な安全性の懸念は見られず、安全性の面でも高い評価が下されました。

浮き彫りになった課題:リハビリテーションとの相乗効果
今回の臨床データは極めて有望な結果を示した一方で、専門部会の審議の中では重要な議論と今後の課題も浮かび上がってきました。その最大の論点が「リハビリテーションの実施量」です。
受傷から6カ月目までに実施された総リハビリ単位数を集計したところ、以下のような大きな開きがあったことが判明しました。
-
コホート1(AIS A):
-
ステミラック群:平均 992.8単位
-
対照群:平均 481.2単位(ステミラック群の約半分)
-
-
コホート2(AIS B/C):
-
ステミラック群:平均 1044.4単位
-
対照群:平均 579.3単位(ステミラック群の約半分強)
-
ステミラック注を投与された患者は、投与されなかった患者に比べて約2倍という非常に多くのリハビリテーションを受けていたのです。
この偏りが生じた背景には、最先端の再生医療を受けたという患者側の強いモチベーションや、治療にあたった医療機関側の手厚いリハビリプログラムの存在が影響していると考えられます。そのため、審議会では「機能が改善したのは、幹細胞の薬効によるものなのか、それとも猛烈なリハビリをこなしたおかげなのか」という慎重な意見が出されました。
厚生労働省の判断と「車の両輪」という考え方
厚生労働省の担当者は審議後のブリーフィングにおいて、「リハビリの量の違いを踏まえたとしても、統計的な解析を含めて有効性は十分に確認できている」と説明し、本承認を認める結論に至りました。
再生医療の現場では現在、「幹細胞の投与とリハビリテーションは車の両輪である」という認識が定着しつつあります。ステミラック注が傷ついた神経の土壌を耕し、新しい神経の芽を伸ばしたとしても、それだけでは手足は思い通りに動きません。「手足を動かそう」と脳から繰り返し信号を送り、筋肉を動かす訓練を重ねて初めて、新しくできた神経回路が強固に接続され、実用的な動作として定着していくためです。つまり、幹細胞がリハビリの効果を劇的に受け止めやすい土台を作り出し、手厚いリハビリが幹細胞の再生力を最大限に引き出したという「相乗効果」の現れであると解釈できます。
本承認に付された厳格な宿題
専門部会は手放しで承認を与えたわけではありません。今後の安全かつ適切な医療の普及のために、以下のような厳しい承認条件の継続を求める方針を固めました。
-
300例を対象とする全例調査の継続: 本承認後も、使用されるすべての患者を対象とした一般使用成績調査を実施すること。
-
リハビリ内容の詳細な追跡: リハビリの期間や単位数、具体的な訓練内容のデータを綿密に集め、リハビリと治療効果の相関をさらに深く評価すること。
-
作用機序のさらなる解明: なぜ細胞がここまで劇的な効果を発揮するのか、分子レベルでの詳細なメカニズム(生物学的特性)の解明を継続し、品質管理基準の向上に努めること。
再審査期間は「7年」と設定され、医療界全体でこの新しい治療法を見守り、育てていく体制が敷かれることになりました。
医療全体への波及効果:条件・期限付き承認制度の真価
ステミラック注が成し遂げた本承認の快挙は、脊髄損傷の患者やその家族だけでなく、日本の医療イノベーション全体にとっても歴史的な転換点を意味しています。
2014年の薬機法改正で創設された「条件及び期限付き承認制度」は、世界に先駆けて日本の再生医療の実用化スピードを加速させるための大胆な挑戦でした。重篤な疾患で他に有効な治療法がない場合、数千人規模の長期間にわたる最終段階の治験(第III相試験)を待っていては、多くの患者が治療の機会を逃して命を落としたり、重度の障害が固定化してしまったりします。そこで、小規模なデータで有効性を「推定」できた段階で市場への投入を認め、市販後にデータを集めて検証するという道筋を作ったのです。
しかし、この制度には当初から「効果が曖昧な高額医療が野放しになるのではないか」「期限内に十分なデータを集めて本承認までたどり着けるのか」といった国内外からの厳しい懸念や批判の声が付きまとっていました。実際、iPS細胞を用いた心筋シートなど他の製品も承認を得て奮闘を続けているものの、期限内に十分な対照群データを集めて本承認を勝ち取ることは極めて高いハードルでした。
ステミラック注が7年間の期限内に実臨床の比較調査を完了させ、統計学的に有意な差をもって本承認を獲得したことは、「条件付き承認制度が正しく機能し、革新的な医療を患者に早く届けつつ、最終的に科学的なエビデンスを確立できる」という成功事例を世界で初めて実証したことになります。これにより、今後開発が進む様々な難病に対する再生医療や遺伝子治療の製品群にとって、本承認への道筋を照らす極めて明るい灯台となりました。
まとめ
今回決定されたステミラック注の本承認は、日本の再生医療、そして脊髄損傷治療の領域における記念碑的なマイルストーンです。内容の要点は以下の通りです。
-
国内初の歴史的快挙: 2014年に導入された再生医療等製品の「条件及び期限付き承認制度」において、7年間の期限内に有効性と安全性を科学的に証明し、制度史上初めて本承認を達成した。
-
多面的な薬理メカニズム: 患者本人の骨髄から採った幹細胞を培養して点滴することで、細胞が自ら損傷現場へと集まり(遊走能)、過剰な炎症を鎮め(免疫調節)、豊富な神経栄養因子を放出して残存神経を守り(神経保護)、血管と神経回路の再建を促すという、生きた細胞ならではの複合的なチームプレーで損傷を治癒に導く。
-
明確な臨床データ: 使用成績比較調査において、最重度の完全麻痺(AIS A)の患者で2段階以上回復した割合が対照群の3.8%に対してステミラック群は42.1%、不完全麻痺(AIS B/C)でも1段階以上改善した割合が対照群25.0%に対して59.3%と、圧倒的な統計的有意差をもって有効性が実証された。
-
リハビリとの強力な相乗効果: 幹細胞が神経を繋ぎ直す土台を整え、積極的なリハビリテーションがその神経回路を強化するという「車の両輪」の関係が浮き彫りとなった。今後は全例調査を通じて、リハビリの内容や作用機序のさらなる解明が進められる。
「一度傷ついた中枢神経は二度と元には戻らない」というかつての医学の常識は、研究者、臨床医、開発企業、そして何より治療に挑んだ患者の情熱によって覆されつつあります。もちろん、すべての患者が完全に怪我の前の状態に戻れるわけではなく、適応となる受傷時期や条件には依然として制限が存在します。しかし、自力で身体を動かす喜びや日常生活の自立を取り戻すチャンスが、科学的根拠を伴った正式な治療法として医療現場に定着した意義は計り知れません。
ステミラック注の確固たる一歩を先駆けとして、今後さらに多くの再生医療製品が本承認へと続き、これまで治す術のなかった多くの難病や外傷に苦しむ人々に確かな希望の光が届くことが期待されます。

