イグ・ノーベル賞受賞!海野徳二氏が提唱した「科学的に正しい鼻のかみ方」の全貌

イグ・ノーベル賞受賞!海野徳二氏が提唱した「科学的に正しい鼻のかみ方」の全貌

2026年、世界の科学界に明るいニュースが飛び込んできました。独創的で、かつ「人々を笑わせ、そして考えさせる研究」に贈られる「イグ・ノーベル賞」の医学賞に、日本の海野徳二元教授(旭川医科大学名誉教授)らの研究が選ばれたのです。

日本人が20年連続で受賞するという快挙の裏には、約50年前に発表された、ある驚くべき論文がありました。そのテーマは、私たちが日常的に行っている「鼻をかむ」という行為です。海野氏は、この身近な動作を空気力学(エアロダイナミクス)の視点から徹底的に分析し、どのような方法が最も効率的で、かつ安全なのかを解明しました。

本記事では、1977年に発表された論文『鼻のかみ方 ―鼻の気体動力学的研究―』に基づき、その研究内容と、そこから導き出された「正しい鼻のかみ方」について、詳細に解説していきます。

受賞のきっかけとなった論文は一般公開されていますのでURLを以下に貼ります。日本語で記されておりますので、ご興味のある方は以下よりご覧ください。

鼻のかみ方 ―鼻の気体動力学的研究

なぜ「鼻をかむこと」が科学の研究対象になったのか

私たちは幼い頃から当たり前のように鼻をかんでいますが、その方法を誰かに体系的に教わった記憶がある人は少ないかもしれません。欧米と日本では習慣も異なりますし、大人になれば「なんとなく」できてしまうものです。しかし、海野氏はここに疑問を投げかけました。

「私たちは本当に正しく鼻をかめているのだろうか?」

鼻をかむという動作は、単に不快感を取り除くためだけのものではありません。医学的には「鼻の衛生」を保つための重要な防衛機構の一つです。鼻腔内に溜まった分泌物(鼻汁)や異物を体外に排出することで、感染症の予防や治療に役立ちます。

海野氏は、くしゃみや咳が下気道の異物を出すための「防御反応」であるのと同様に、鼻をかむこともまた、気道全体を守るための重要なシステムであると考えました。そこで、鼻をかむ際の空気の流れ(流速)や圧力の変化を精密な機械で測定し、理論的な裏付けを与えることを試みたのです。

鼻をかむメカニズムを解明する精密な実験

この研究では、14歳から48歳までの男性15名を対象に、非常に緻密な実験が行われました。

まず、鼻をかむ時の「空気のスピード(呼気流速)」を測るために、鼻の入り口にぴったり合う特殊な管を装着し、流速計に接続しました。また、鼻をかむ際の「呼気の量(呼出量)」や「かんでいる時間」も測定されました。

特筆すべきは、耳への影響を調べるために、外耳道(耳の穴)の圧力変化も同時に記録した点です。バルーンカテーテルを耳に挿入し、鼻をかんだ時に耳の奥にどの程度の圧力がかかるのかをグラフ化しました。

実験では、「片側ずつかむ」「両側同時にかむ」「力を入れてかむ」など、さまざまな条件下でのデータが収集されました。被験者は日常の習慣として、全員が「片側ずつかむ」派でしたが、実験ではあえてさまざまな方法を試し、その効率の差を数値化したのです。

実験データから判明した「鼻をかむ」という行為の数値

実験の結果、鼻をかむ動作について以下のような具体的な数値が明らかになりました。

  1. 最大速度(流速): 片鼻でかんだ時の平均最高速度は1.81 LPS(1秒間に約1.81リットルの空気が流れる速さ)でした。

  2. 空気の量(呼出量): 一回の鼻かみで使われる空気の量は平均1.34リットル。

  3. 時間: 鼻をかんでいる時間は平均1.23秒。

これらの数値を咳やくしゃみと比較すると、鼻をかむ動作は「よりゆっくり、より少なく、より長い」という特徴があることが分かりました。しかし、鼻をかむ際に片方の鼻を指で押さえることで、通りの悪い方の鼻の流速は、通常の鼻呼吸時の約500%(5倍)にまで高まることが示されたのです。

つまり、片鼻を閉じるという何気ない動作は、空気の流れを一点に集中させ、物理的な「押し出す力」を劇的に高める非常に理にかなった行動であることが科学的に証明されたわけです。

鼻のかみかた

気になる「耳への影響」と圧力の真実

多くの人が「強く鼻をかむと耳が悪くなる」「中耳炎になるのではないか」という不安を抱いています。海野氏の研究では、この点についても明快な回答を出しています。

実験によると、鼻をかむ際に耳(外耳道)の圧力が変化する割合は非常に高いことが分かりました。片鼻をかんだ際の試行のうち、約半数で明らかな陽圧(外側に押される圧力)が観察されました。

しかし、海野氏は論文の中でこう述べています。

「耳管に空気が入る程度の圧力は、鼻をかむという本来の機能を発揮するためには避けられないものであり、通常の強さであれば中耳炎などの感染症を直接引き起こす原因にはなりにくい」

むしろ、耳への影響を恐れて弱々しくかむことは、分泌物を排出するという本来の目的を果たせないため、無意味であると断じています。分泌物が耳の方へ逆流する「上行性感染」は、圧力そのものよりも、粘膜の繊毛運動の低下や管内の状態に左右される側面が強いため、正しい方法でしっかりかむことの方が重要であるという見解です。

空気力学で見る「片鼻かみ」の優位性

なぜ「両鼻」ではなく「片鼻」でなければならないのでしょうか。論文では「気体動力学」の観点からその理由を詳しく解説しています。

人間の鼻腔には左右で通気性の差(鼻周期などによるもの)が多かれ少なかれ存在します。もし両鼻を同時にかもうとすると、空気は「通りやすい方」ばかりを流れてしまい、本当にスッキリさせたい「詰まっている方」には十分な気流が伝わりません。

片方の鼻をしっかりと指で押さえることで、肺から送り出された空気の全エネルギーが、もう一方の狭い通路に集中します。この時、空気のスピードが速ければ速いほど、鼻腔内に溜まった分泌物を押し出す力(せん断力)は強くなります。

また、論文では「ベルヌーイ効果」についても言及されています。流速が速まることで、副鼻腔の中に溜まった分泌物を吸い出す効果が期待できる可能性も示唆されており、スピードを出すことのメリットが強調されています。

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海野教授が導き出した「正しい鼻のかみ方」4つの鉄則

長年の研究とデータの分析を経て、海野氏は最終的に以下の4つのポイントを「正しい鼻のかみ方」として推奨しています。

1. 必ず「片側ずつ」かむこと

左右の鼻には通りやすさに差があるため、両側同時にかむと効率が分散してしまいます。通りが良い方を指で完全に塞ぎ、通りが悪い方に呼気を集中させることで、最大の洗浄効果が得られます。

2. 力を入れて、力強くかむこと

「耳が痛くなるから」と加減しすぎるのは逆効果です。鼻本来の清掃機能を果たすためには、ある程度のスピード(流速)が必要です。論文では、耳への気流の進入を過度に恐れる必要はなく、むしろ「かなり強くかんだ方が良い」と結論づけています。

3. かむ前に「少しだけ」息を吸う

鼻をかむ直前に空気を吸い込むことは必要ですが、吸いすぎには注意が必要です。肺がいっぱいの状態だと、胸郭の構造上、最初はスピードが出にくい傾向があります。また、吐き出しきるまでに時間がかかりすぎると効率が落ちます。中程度の肺気量から一気に、かつ長く吐き出すのが理想的です。

4. 長めの時間をかけてかみ切る

一瞬だけ「フンッ」と強くかむよりも、1秒〜2秒程度のしっかりとした持続的な呼気で行うことが推奨されます。これにより、鼻腔だけでなく、下気道(肺に近い方)からの分泌物排出を促す効果も期待できるためです。

鼻かみは「肺の健康」にもつながっている

この研究の最も興味深い点の一つは、鼻をかむという行為が「上気道(鼻など)」だけでなく「下気道(肺や気管支)」の健康にも寄与していると指摘している点です。

論文の結論部分では、鼻をかむ動作が、咳やくしゃみと同じように、気道全体から分泌物を除去する役割を担っていると述べられています。特に「副鼻腔気管支炎」のように、上気道と下気道が連動して悪くなる疾患において、正しい鼻のかみ方を実践することは、病状の悪化を防ぐための最も基本的で効果的な「自己治療」になり得るのです。

子供たちに鼻のかみ方を教える際にも、単に「鼻をきれいにしなさい」と言うだけでなく、「片方ずつ、しっかり長く出しなさい」と具体的に指導することの重要性が説かれています。これは50年経った現在の医療現場でも変わることのない、極めて本質的なアドバイスです。

まとめ

海野徳二氏の研究がイグ・ノーベル賞を受賞した理由は、単にテーマがユニークだったからだけではありません。誰もが毎日行う平凡な動作の中に、人体の精密な防衛メカニズムを見出し、それを空気力学という厳密な科学のメスで解剖したその姿勢にあります。

「耳を恐れず、片方ずつ、力強く、そして長く」。

このシンプルながらも科学的根拠に裏打ちされたアドバイスは、私たちが健康に過ごすための知恵として、時代を超えて受け継がれるべきものです。鼻が詰まった時、私たちはこの50年前の論文が示した「科学の正解」を思い出し、自信を持って力強く鼻をかんで良いのです。

今回の受賞をきっかけに、多くの人が自分の健康を守る「正しい鼻のかみ方」を再確認し、日々の生活に役立てていくことを願っています。


補足:研究の背景と継承

この研究が行われた1970年代、海野氏は和歌山県立医科大学に在籍していました。その後、旭川医科大学へと移り、日本の耳鼻咽喉科診療の発展に多大な貢献をされました。4年前に惜しまれつつ亡くなられましたが、その研究成果は今、世界中が注目する「イグ・ノーベル賞」という形で再び光を浴びることとなりました。科学的な探究心は、時を越えて私たちの生活を支えてくれています。

次回の鼻かみの際、その「空気の流れ」に少しだけ意識を向けてみてはいかがでしょうか。そこには、人体の不思議と、それを解明しようとした科学者の情熱が詰まっています。

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