柳沢正史教授がラスカー賞受賞!オレキシンが変える眠りの未来
2026年9月9日、喜ばしいニュースが飛び込んできました。筑波大学の柳沢正史教授が、米国で最も権威ある医学賞のひとつである「ラスカー賞(基礎医学研究部門)」を受賞されたのです。
柳沢教授が解き明かしたのは、私たちが毎日繰り返している「睡眠と覚醒」の深遠なメカニズムです。1998年に教授が発見した脳内物質「オレキシン」は、生物がどのように目覚めを維持し、どのように眠りへと移行するのかという謎を根本から解き明かしました。
さらに特筆すべきは、オレキシンの発見が基礎研究室の中だけに留まらず、私たちの生活や難病に苦しむ人々の治療を劇的に変える新薬へと見事に結実した点です。オレキシンの働きを抑える薬(受容体拮抗薬)は「自然な眠りをもたらす睡眠薬」となり、逆にオレキシンの働きを補う薬(作動薬)は「過眠症ナルコレプシーの根本治療薬」として世界中で承認されました。
この記事では、柳沢教授の偉大な功績とラスカー賞の意義をはじめ、オレキシンが司る生体の神秘、睡眠薬の目覚ましい進化、そして2026年に実用化された世界初のナルコレプシー治療薬に至るまでを体系的に解説します。
1. 世界的栄誉「ラスカー賞」の意義と柳沢正史教授の歩み
「ノーベル賞への登竜門」と称されるラスカー賞とは
ラスカー賞は、米国の慈善家アルバート・ラスカー夫妻によって1945年に創設された、医学・生命科学分野における最高峰の賞のひとつです。「基礎医学研究部門」「臨床医学研究部門」「特別功労賞」などの部門から構成され、とりわけ基礎医学研究部門は、生命現象の根源的な真理を暴き、人類の健康や病気克服の道を拓いた研究に対して贈られます。
ラスカー賞が世界中で格別の注目を集める大きな理由のひとつに、ノーベル生理学・医学賞との極めて強い連動性が挙げられます。過去の統計では、ラスカー賞を受賞した研究者の「3.6人に1人」が、その後にノーベル賞を受賞しています。日本人の過去の受賞者を見ても、利根川進博士や山中伸弥教授をはじめ、世界的なブレークスルーを成し遂げた錚々たる科学者が名を連ねています。日本人研究者としての受賞は2014年の森和俊教授(京都大学)以来の快挙であり、通算で11人目となりました。
今回、柳沢教授は、同じく睡眠科学のパイオニアである米スタンフォード大学のエマニュエル・ミニョー教授と共同で基礎医学研究部門を受賞しました。睡眠という、全人類が人生の3分の1を費やしながらも長らくブラックボックスであった領域に光を当てた両氏の功績は、まさに医学史に刻まれるべき金字塔です。
オレキシン発見までの軌跡
柳沢教授の研究者としての歩みは、常に世界の最前線にありました。大学院時代に血管を収縮させる強力な物質「エンドセリン」を発見して一躍国際的な注目を浴びた後、教授は米国テキサス大学に拠点を移し、さらなる未知の生体制御因子の探索を進めました。
1998年、柳沢教授らの研究グループは、脳の視床下部という部位から、これまで誰も知らなかった2つの神経ペプチド(アミノ酸がつながった微小なタンパク質)を同定しました。発見当初、この物質を脳室内に投与するとラットの摂食行動が促されたことから、ギリシャ語で「食欲」を意味する「orexis」にちなんで「オレキシン(Orexin)」と命名されました。
しかし、柳沢教授の真骨頂はここからでした。オレキシンの遺伝子を欠損させたマウス(ノックアウトマウス)を作製して行動を観察したところ、研究室を驚愕させる現象が確認されたのです。夜行性のマウスが夜間に活発に活動している最中、突然パタッと倒れて動かなくなる発作を頻発させたのです。脳波を測定した結果、それは単に倒れたのではなく、起きて活動していた状態から一瞬にしてレム睡眠へと移行していることが判明しました。
この症状は、人間の睡眠障害である「ナルコレプシー」そのものでした。こうしてオレキシンは、当初想定された食欲の調節因子という枠を遥かに超えて、「脳の覚醒状態を維持し、睡眠と覚醒の切り替えをコントロールする生体の中核スイッチ」であることが証明されたのです。
2. 「オレキシン」とは何か?睡眠と覚醒をコントロールする脳内スイッチ
睡眠と覚醒を司るシーソーの仕組み
私たちの脳の中で、睡眠と覚醒はどのように切り替わっているのでしょうか。現代の睡眠医学では、覚醒を促す神経群(覚醒中枢)と、眠りを促す神経群(睡眠中枢)が、互いに抑制し合う「フリップ・フロップ回路(シーソーのような関係)」を形成していると考えられています。
覚醒中枢が優位なときは睡眠中枢が強く抑え込まれ、逆に睡眠中枢が優位になると覚醒中枢がシャットダウンされます。しかし、シーソーのように互いを打ち消し合う回路だけでは、少しの外的な刺激や疲労によってバランスが崩れ、起きている途中に突然眠気に襲われたり、睡眠中に何度も目を覚ましてしまったりと、状態が不安定になってしまいます。
ここで決定的な安定化の役割を果たすのが「オレキシン」です。オレキシンを作り出す神経細胞(オレキシン作動性ニューロン)は、脳の視床下部外側野というごく限られた領域に数万個存在するにすぎません。しかし、そこから伸びる神経線維は脳全体、とりわけモノアミン系(ヒスタミン、ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンなど)と呼ばれる覚醒中枢全域に広く投射しています。
「覚醒を誘導する」だけでなく「安定して保つ」
柳沢教授は、オレキシンの最も本質的な機能を「覚醒を単に引き起こすだけでなく、覚醒している状態をグラつくことなく安定して支え続けること」であると強調されています。
オレキシンが覚醒中枢の受容体(オレキシン1受容体およびオレキシン2受容体)に結合すると、覚醒中枢の活動が高まり、睡眠中枢をしっかりと抑え込みます。これによって、私たちは日中に仕事や勉強、運動などをしている間、突然の睡眠に邪魔されることなく、クリアな意識を保ち続けることができます。
夕方から夜にかけて覚醒の必要性が低下すると、体内時計や睡眠圧力(起きて活動した時間に応じて脳内に蓄積する疲労物質アデノシンなど)の働きによってオレキシンの分泌が自然に低下します。すると覚醒中枢への刺激が弱まり、シーソーは睡眠中枢側へとスムーズに傾き、質の良い眠りへと入っていくことができるのです。
3. 睡眠障害の難病「ナルコレプシー」を正しく知る
柳沢教授の研究を語る上で欠かせないのが、過眠症の代表的な疾患である「ナルコレプシー」です。オレキシンの発見によって、この病気の謎は一挙に解明へと向かいました。
ナルコレプシーの病態と分類
ナルコレプシーは、日中に耐え難い猛烈な眠気が繰り返し起こり、意図せず眠り込んでしまう神経疾患です。世界的には2000人から3000人に1人程度の割合で発症すると言われていますが、日本人は世界の中でも有病率が比較的高く、およそ600人に1人程度にみられると推計されています。多くは10代の思春期前後に発症し、生涯にわたって症状が持続します。
国際的な診断基準では、ナルコレプシーは大きく2つに分類されます。
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ナルコレプシータイプ1(NT1)
オレキシンを作り出す神経細胞が後天的に脱落・消失し、脳脊髄液中のオレキシン濃度が極度に低下または枯渇してしまうことによって発症します。原因として、自身の免疫システムが誤ってオレキシン産生細胞を攻撃してしまう自己免疫反応が深く関与していると考えられています。タイプ1には、次に解説する「カタプレキシー(情動脱力発作)」が特徴的に現れます。 -
ナルコレプシータイプ2(NT2)
タイプ1と同様に日中の強い眠気を示しますが、オレキシン濃度の低下が顕著ではなく、カタプレキシーを伴わないタイプです。その発症メカニズムにはまだ未解明な部分が多く残されています。
ナルコレプシーの代表的な4大症状
ナルコレプシータイプ1の患者さんには、主に次のような症状が現れます。
① 日中の耐え難い過度の眠気(過眠症状)
前夜に十分な時間の睡眠をとっていたとしても、日中に突然、抗うことのできない強烈な睡魔に襲われます。授業中や仕事中はもちろん、会話中、食事中、さらには歩行中や運転中であっても、意識を失うかのように眠り込んでしまいます(睡眠発作)。短時間の居眠りをすると一時的にすっきりしますが、数時間経つと再び強い眠気が押し寄せてきます。
② カタプレキシー(情動脱力発作)
ナルコレプシータイプ1に極めて特異的な症状です。大笑いしたとき、冗談を言って盛り上がったとき、予期せぬ驚きや怒りを感じたときなど、強い感情の揺れが引き金となって、骨格筋の緊張が突然失われます。症状の程度は様々で、膝の力が抜けてその場に崩れ落ちてしまう重度なものから、顎がガクンと下がる、ろれつが回らなくなる、手に持っている物を落としてしまうといった部分的なものまであります。意識は完全に保たれているため、倒れている間も周囲の声や状況はすべて把握できています。
③ 入眠時幻覚と睡眠麻痺
夜間、眠りに入ろうとする瞬間に、非常に生々しく鮮明で恐ろしい幻覚を見たり、気味の悪い音を聞いたりします(入眠時幻覚)。それと同時に、身体が完全に麻痺して声も出せず指一本動かせなくなる「金縛り」の状態に陥ります(睡眠麻痺)。これは、本来ならば深いノンレム睡眠を経た後に訪れるはずの「レム睡眠(身体の筋肉が弛緩し夢を見る睡眠)」が、入眠直後にいきなり脳内で立ち上がってしまう異常睡眠構造によって引き起こされます。
④ 夜間睡眠の分断
昼間に過度の眠気がある一方で、夜の睡眠は非常に不安定になります。夜間に何度も目が覚めてしまい(中途覚醒)、熟睡感が得られません。覚醒と睡眠を分ける境界線が壊れてしまっているため、昼に起きていることも、夜に眠り続けることも困難になってしまうのです。
社会的な孤立と「怠け」という誤解
ナルコレプシーを抱える人々が直面する最大の苦しみは、病気そのものの症状に加え、周囲からの無理解や偏見にあります。
大切な会議や授業で居眠りをしてしまう姿は、周囲からは「昨晩夜更かしをしたのではないか」「やる気や緊張感が欠如している」「怠けているだけだ」と受け取られがちです。本人も自身の意志の力で眠気を抑え込もうと懸命に努力しますが、オレキシンという覚醒の維持装置が物理的に失われている脳にとっては、呼吸を止めることを我慢するのと同等に不可能なことです。
その結果、学業の破綻、就職活動の困難、職場での孤立や解雇、交通事故の危険など、人生のあらゆる側面で甚大な不利益を被ってきました。この過酷な状況を根本から打開するために、オレキシンの機能を回復させる治療法の開発が世界中で切望され続けてきたのです。
4. オレキシンのスイッチを「切る」:次世代睡眠薬の進化
柳沢教授によるオレキシンの発見は、まず「不眠症治療薬」という形で花開きました。脳内のオレキシンの作用を理解した薬理学者たちは、「オレキシンの受容体をブロックしてしまえば、安全で自然な眠気を作り出せるのではないか」という着想を得たのです。
従来の睡眠薬との根本的な違い
長年にわたり不眠症治療の主役を務めてきたのは、「ベンゾジアゼピン系」や「非ベンゾジアゼピン系(Z-drugs)」と呼ばれる薬剤でした。これらは脳全体の興奮を抑えるGABA受容体に作用し、いわば脳の神経活動を広範に鎮静・麻痺させることで眠りを強制する薬です。
強力な催眠作用を持つ一方で、これらの薬剤には次のような深刻な課題がありました。
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飲み続けるうちに効果が薄れて薬の量が増えてしまう「耐性」
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薬をやめられなくなる「身体的・精神的依存」
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筋肉を弛緩させる作用による、夜間や早朝の「ふらつき・転倒・骨折」のリスク
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翌朝まで頭がボーッとしたり記憶が曖昧になったりする「持ち越し効果」
これに対し、オレキシンの働きをブロックする「オレキシン受容体拮抗薬(DORA:Dual Orexin Receptor Antagonistなど)」は、全く異なるメカニズムを持ちます。過剰に高ぶっている覚醒のアクセルを緩めることで、生体が本来持っている自然な眠りのプロセスを呼び覚まします。脳を力尽くで眠らせるのではなく、「覚醒のスイッチをそっとオフにする」ため、依存性や耐性が極めて生じにくく、中途覚醒しても速やかに意識が回復しやすいという、睡眠医療における歴史的な転換点をもたらしました。
臨床で活躍する主なオレキシン受容体拮抗薬
現在、日本および世界で広く用いられているオレキシン受容体拮抗薬には、以下のような薬剤があります。それぞれ作用時間や特徴が異なり、患者さんの不眠のタイプに合わせたきめ細やかな治療を可能にしています。
ベルソムラ(一般名:スボレキサント)
2014年に世界に先駆けて日本などで発売された、人類初のオレキシン受容体拮抗薬です。オレキシン1受容体と2受容体の双方をバランスよく阻害します。効き目が穏やかでマイルドであり、発売から10年以上の豊富な使用実績と長期的な安全性のデータが蓄積されています。従来の睡眠薬からの切り替えにも広く用いられ、現代の不眠症治療の基礎を築きました。
デエビゴ(一般名:レンボレキサント)
2020年に登場した薬剤で、オレキシン2受容体に対してより強く結合する特性を持ちます。寝つきの悪さ(入眠障害)と夜中に何度も起きてしまう症状(中途覚醒・睡眠維持障害)の両方に対して力強い改善効果を発揮します。用量の調節(2.5mg、5mg、10mg)もしやすく、臨床現場において極めて高い頻度で処方される主力薬となっています。
クービビック(一般名:ダリドレキサント)
2024年に発売された比較的新しい選択肢です。オレキシン受容体を素早くブロックして睡眠全体をしっかりカバーしながらも、体内での分解・消失がスムーズに設計されています。最大の強みは「翌朝への眠気の持ち越しが非常に少ない」点であり、日中の眠気や倦怠感を抑え、翌日の活動性や集中力を損なわない睡眠薬として支持を広げています。
ボルズィ(一般名:ボルノレキサント)
2025年に登場した最新のオレキシン受容体拮抗薬です。最大の特徴は、体内の血中濃度が低下する時間(半減期)が非常に短い「超短時間作用型」のプロファイルを有している点です。速やかに受容体に結合して入眠を導いた後、速やかに体内から代謝されるため、翌朝起床したときの爽快感に優れ、朝のふらつきや眠気残りを徹底的に避けたい生活パターンの患者さんに適した薬剤として注目されています。
このように、オレキシンの機能を抑えるアプローチは、安全で質の高い眠りを求める現代社会に計り知れない恩恵をもたらしています。
5. オレキシンのスイッチを「入れる」:世界初のナルコレプシー治療薬誕生
オレキシン受容体を阻害することが「眠り」をもたらすのであれば、逆にオレキシンの受容体を刺激して活性化させれば何が起きるでしょうか。それこそが、オレキシンが欠乏して日中の覚醒を維持できないナルコレプシー患者さんに対する「究極の根本治療」です。
柳沢教授の発見から約30年、科学者たちが追い求め続けた夢の治療薬が、ついに現実のものとなりました。
従来の対症療法が抱えていた限界
これまで、ナルコレプシーに対する薬物療法は「対症療法」に限られていました。
日中の眠気を抑えるために、中枢神経刺激薬(モダフィニルやメチルフェニデートなど)を服用して脳を無理やり覚醒させ、カタプレキシーに対しては抗うつ薬を用いて情動発作を抑えるという手法です。
しかし、これらの治療はあくまで一時的な覚醒刺激にすぎず、以下のような重い課題を抱えていました。
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精神刺激薬特有の副作用(動悸、血圧上昇、頭痛、不安感、食欲不振など)
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休薬日を作らなければ耐性がついて効果が減弱してしまう問題
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覚醒薬原料に近い構造を持つ薬剤の厳格な流通管理や依存への懸念
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根本原因であるオレキシン欠乏が是正されないため、カタプレキシーや夜間の睡眠分断までは十分に解決できないこと
病気の根源に直接作用し、失われたオレキシンの働きそのものを肩代わりする薬剤の登場が、何十年もの間、切実に叫ばれていました。

画期的治療薬「オーゼイフル(オベポレクストン)」の衝撃
2026年7月から8月にかけて、武田薬品工業が開発した世界初の経口オレキシン2受容体(OX2R)選択的作動薬「オーゼイフル錠(一般名:オベポレクストン)」が、中国、米国(FDA)、そして日本において相次いで承認を取得しました。
この薬剤は、ナルコレプシー治療の歴史を根底から塗り替える革新的な特長を備えています。
① 病因そのものを標的とするアプローチ
オーゼイフルは、脳内で失われてしまったオレキシン分子の代わりに、覚醒維持を直接司る「オレキシン2受容体」にピンポイントで結合し、受容体を活性化(アゴニスト作用)させます。欠乏している鍵(オレキシン)の代わりに、同じ鍵穴を開けることができる精密なマスターキーを体外から補給する仕組みです。
② 主要症状の包括的な消失と改善
臨床試験において、オーゼイフルは従来の対症療法を遥かに凌駕する治療成績を叩き出しました。
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日中の眠気の劇的消失:覚醒状態が自然かつ力強く維持され、健康な人と変わらない覚醒度が日中に持続します。
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カタプレキシー(情動脱力発作)の完全な抑制:感情が高ぶっても脱力発作が誘発されなくなり、患者さんは心から笑う自由を取り戻しました。
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夜間睡眠の正常化:昼間に確固たる覚醒が維持される結果として、夜間の睡眠構造が劇的に安定し、中途覚醒や入眠時幻覚が消失します。
③ 用法・用量と服用法
成人には、通常オベポレクストンとして1回1mgを1日2回、経口投与します。服用タイミングは「起床時」および「その3〜5時間後」と設定されており、日中の覚醒が必要な時間帯に受容体を的確に刺激することで、夜間の自然な睡眠を妨げることなく、1日のサーカディアンリズムに調和した治療を可能にしています。
オーゼイフルの登場は、ナルコレプシーを「一生付き合わなければならない難治性の過眠症」から、「適切な分子標的薬によって完全にコントロール可能な疾患」へと変貌させました。患者さんが長年奪われていた学業、キャリア、日常生活の安心感を根本から取り戻す扉が開かれたのです。
6. 一つの生体分子が切り拓いた創薬の奇跡
オレキシンを巡る一連の科学史を俯瞰したとき、そこには薬理学と生命科学が織りなす息をのむような機能美が存在します。
| 作用のアプローチ | 薬理学的メカニズム | 薬剤のカテゴリー | 代表的な薬剤 | もたらされる治療効果 |
| スイッチを「切る」 | オレキシン受容体を阻害(拮抗)する | オレキシン受容体拮抗薬(DORA) | ベルソムラ、デエビゴ、クービビック、ボルズィ | 覚醒の緊張を解き、依存性のない自然で上質な睡眠をもたらす(不眠症治療) |
| スイッチを「入れる」 | オレキシン2受容体を刺激(作動)する | オレキシン2受容体選択的作動薬 | オーゼイフル(オベポレクストン) | 枯渇したオレキシンを肩代わりし、安定した覚醒と脱力発作消失をもたらす(ナルコレプシー治療) |
同じひとつの分子経路に対して、
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ブレーキをかければ「良質な睡眠」が生まれ、
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アクセルを踏めば「確かな覚醒」が蘇る。
基礎科学における純粋な好奇心から発見されたひとつの神経ペプチドが、約30年の歳月を経て、不眠症に悩む何千万人もの人々の夜を救い、同時にナルコレプシーという難病に苦しむ人々の昼を取り戻しました。
基礎医学の発見が、病態の解明という橋を渡り、両方向の創薬へと結実したこの軌跡こそ、柳沢教授と共同研究者たちが今回ラスカー賞という至高の栄誉に浴した最大の理由です。
7. 眠りを軽視する社会へ:柳沢教授が鳴らす警鐘
受賞に際して柳沢教授が語られた言葉の中で、創薬の成果と同じくらい重く受け止めなければならないのが、「睡眠を軽んじる現代社会への問いかけ」です。
蔓延する「睡眠負債」と日本社会の危機
日本は世界で最も睡眠時間が短い国のひとつとして知られています。成人の多くが慢性的な睡眠不足に陥っているだけでなく、深刻なのは子どもたちの睡眠時間が世界的に見ても極めて短いことです。受験勉強、長時間のスマートフォンの使用、夜遅くまでの塾や習い事などによって、発育過程にある子どもたちの睡眠が日常的に削り取られています。
かつての日本では「四士五落(4時間睡眠なら合格し、5時間寝れば落ちる)」という言葉に象徴されるように、睡眠時間を削って努力することが勤勉さや美徳として称賛される風潮が根強くありました。しかし、柳沢教授は科学的根拠を基に、この価値観に強く警鐘を鳴らし続けています。
睡眠不足が借金のように蓄積していく「睡眠負債」は、単なる日中の眠気や能率の低下にとどまりません。近年の睡眠医学の研究により、慢性的な睡眠負債は以下のような重大なリスクを飛躍的に高めることが立証されています。
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高血圧、糖尿病、心筋梗塞、脳卒中などの生活習慣病
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免疫力の低下による感染症リスクやがんの発生率上昇
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うつ病や不安障害といった精神疾患の発症
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脳内の老廃物(アミロイドβなど)の蓄積に伴う将来的な認知症リスクの上昇
科学が教える「睡眠ファースト」の生き方
オレキシンの働きを解き明かした柳沢教授は、睡眠とは「脳や身体が活動を休止している受動的な時間」ではなく、「脳が自らをメンテナンスし、記憶を整理・定着させ、生体防御システムを再構築するための極めて能動的で必要不可欠な生命活動」であると説いています。
どれほど優れた睡眠薬や覚醒薬が開発されたとしても、それらは病気や重い障害を取り除くための医療技術であり、健康な人間が日常的に睡眠時間を削るための免罪符ではありません。科学が睡眠の精密な仕組みを解明した今だからこそ、私たちは「睡眠は削るものではなく、日々のスケジュールの最優先に確保すべき生存の基盤である」という認識を、社会全体で共有しなければなりません。
柳沢教授のラスカー賞受賞は、画期的な新薬を生み出した偉業を称えると同時に、私たち一人ひとりに対して「あなたは今夜、自分の命のために十分な眠りをとっていますか?」と問い直す、世界からのメッセージでもあるのです。
8. まとめ
筑波大学・柳沢正史教授の2026年ラスカー賞基礎医学研究部門の受賞は、日本の基礎科学研究の底力と誇りを世界に改めて示した歴史的快挙です。
今回の受賞とオレキシン研究が切り拓いた地平を振り返ると、次の重要なポイントに集約されます。
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オレキシンの特定と覚醒維持機構の解明:1998年の発見以来、覚醒を安定化させる中枢スイッチとしての役割を科学的に立証したこと。
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睡眠薬のパラダイムシフト:オレキシン受容体拮抗薬(ベルソムラ、デエビゴ、クービビック、ボルズィ)の実用化により、依存やふらつきの少ない、自然な眠りをもたらす不眠症治療が確立されたこと。
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世界初ナルコレプシー根本治療薬の実現:オレキシン2受容体作動薬「オーゼイフル(オベポレクストン)」の承認により、オレキシン欠乏という病気の根源にアプローチし、日中の強い眠気や脱力発作を劇的に改善する未来が開かれたこと。
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睡眠軽視への科学的警鐘:睡眠は人生の浪費ではなく、脳と身体の健康を守る最も重要なメンテナンスであり、社会全体で睡眠を尊重する意識改革が求められていること。
オレキシンという微小な脳内物質を巡る探求の旅は、発見から約30年を経て、医学と社会の両方に計り知れない希望の光をもたらしました。覚醒を安定させ、夜には安らかな眠りへと導く脳の叡智に敬意を払いながら、柳沢教授のノーベル賞受賞への期待とともに、私たち自身の睡眠と健康のあり方を今一度見つめ直していきましょう。

