肥満症やMASH治療を変える新薬!GLP-1とグルカゴンの相乗効果

  1. 肥満症やMASH治療を変える新薬!GLP-1とグルカゴンの相乗効果
  2. いま医療界で起きている大きな地殻変動
  3. 肥満症とMASHとはどのような病気なのか
    1. 単なる肥満と「肥満症」の決定的な違い
    2. 脂肪肝の深刻な段階「MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)」
  4. GLP-1とは?その役割と受容体作動薬のはたらき
    1. 腸から分泌される「満腹のサイン」
    2. 食欲を抑え、胃の動きをゆっくりにする
  5. グルカゴンとは?「血糖値を上げるホルモン」の意外な真実
    1. これまで悪者扱いされてきたグルカゴン
    2. 失敗から見つかった「代謝促進」と「脂肪燃焼」の力
  6. 「GLP-1」と「グルカゴン」がタッグを組む理由
    1. 弱点を消し合い、長所を引き出す奇跡のコンビネーション
  7. 肥満症に対する具体的な作用とメリット
    1. 「摂取カロリーの抑制」×「消費カロリーの増大」の両面攻撃
    2. 内臓脂肪への強烈なアプローチ
  8. MASHに対する圧倒的なアプローチ:なぜ肝臓病の切り札なのか
    1. 肝臓に直接作用して「脂肪毒性」を取り除く
    2. 肝臓の線維化(硬化)を食い止め、改善させる可能性
  9. 開発の最前線:スルボデュチドを中心に広がる新薬たち
    1. 臨床第3相試験で快走を続ける「スルボデュチド」
    2. ライバルたちとの関係とすみ分け
  10. 期待とともに知っておくべき注意点と課題
    1. 消化器系の副作用
    2. 筋肉量の減少(サルコペニアの懸念)
    3. 不適切な適応外使用(ダイエット目的)の防止
  11. まとめ:代謝疾患の治療は「治せる時代」へと前進する

肥満症やMASH治療を変える新薬!GLP-1とグルカゴンの相乗効果

いま医療界で起きている大きな地殻変動

現在、世界中で体重管理や生活習慣病の治療に関する大きな革命が起きています。特に2型糖尿病や肥満症の治療薬として登場した「GLP-1受容体作動薬」は、これまでの治療概念を根底から覆すほどの高い効果を示し、世界的な注目を集めました。さらに近年では、GLP-1だけでなく、別のホルモンの働きも同時に取り入れた「デュアル(2つの)作用」を持つ薬剤が次々と登場し、治療の可能性をさらに押し広げています。

その代表格が、アメリカのイーライリリー社が開発したチルゼパチド(製品名:マンジャロ、ゼップバウンド)です。チルゼパチドは、GLP-1ともうひとつのホルモンである「GIP(ジーアイピー)」の受容体を同時に刺激する薬剤で、全世界での年間売上高が合計で5兆円を超えるなど、まさに市場を席巻しています。

しかし、製薬企業の研究者たちはそこで歩みを止めたわけではありません。チルゼパチドに続く次世代の切り札として、いま急速に開発が進められているのが、GLP-1に加えて「グルカゴン」というホルモンの働きを同時に活性化させる「GLP-1/グルカゴン受容体作動薬」です。

この新しいタイプの薬剤は、従来の薬以上に「肝臓」に対して強力な効果を発揮することが期待されています。特に、近年患者数が急増しながらも有効な治療薬が極めて少なかった「MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)」という深刻な肝臓の病気に対して、救世主となる可能性を秘めています。

本稿では、今後日本でも承認される可能性が高まっているこのGLP-1/グルカゴン受容体作動薬について、それぞれのホルモンが体の中でどのように働き、なぜこの2つを組み合わせると肥満症やMASHに対して画期的な効果が生まれるのか、そのメカニズムを順序立てて紐解いていきます。


肥満症とMASHとはどのような病気なのか

新薬の仕組みを理解するために、まずは治療の対象となる「肥満症」と「MASH」がどのような状態であるのかを確認しておきましょう。

単なる肥満と「肥満症」の決定的な違い

日常会話で使われる「肥満」と、医療機関で治療が必要とされる「肥満症」は、明確に区別されています。

肥満とは、単に体脂肪が過剰に蓄積した状態(体格指数であるBMIが25以上)を指す体型の指標にすぎません。一方で「肥満症」とは、肥満が原因で健康障害(高血圧、脂質異常症、2型糖尿病、変形性関節症、睡眠時無呼吸症候群など)がすでに引き起こされているか、あるいは内臓脂肪が過剰に蓄積していて将来的にそうした健康被害を起こすリスクが極めて高い状態を指す「正式な病名」です。

肥満症は、個人の意志の強さや生活態度の問題だけで片付けられるものではなく、体内の代謝機能や食欲をコントロールするホルモンのバランスが崩れてしまった状態です。そのため、食事療法や運動療法に加えて、適切な医学的介入(薬物療法など)が必要とされています。

脂肪肝の深刻な段階「MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)」

もうひとつの重要な対象疾患が「MASH(マッシュ)」です。以前は「NASH(非アルコール性脂肪肝炎)」と呼ばれていましたが、病気の性質をより正確に表すために国際的な病名が見直され、現在は「代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)」と呼ばれています。

お酒をあまり飲まないにもかかわらず、食べ過ぎや運動不足、肥満、インスリン抵抗性(インスリンが効きにくくなる状態)などが原因で肝臓に中性脂肪がたまる状態を「MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)」と総称します。健康診断などで「脂肪肝」と指摘される方の多くがこれに該当します。

単なる脂肪肝の段階であれば、生命に直接関わる危険性はそれほど高くありません。しかし、その状態を放置すると、肝臓の中で活性酸素が発生したり炎症物質が分泌されたりして、肝臓の細胞が破壊され始めます。この「脂肪肝に激しい炎症と細胞の変性が加わった状態」こそがMASHです。

MASHが進行すると、傷ついた肝臓の組織を修復しようとして結合組織(コラーゲンなど)が過剰に増殖し、肝臓が硬くなる「線維化」が起こります。線維化が進むと、最終的には「肝硬変」へと移行し、肝不全や肝臓がんを引き起こすことになります。全世界で2億5000万人以上、日本国内だけでも200万から300万人の患者がいると推定されていますが、これまで肝臓の脂肪や炎症、線維化を直接かつ劇的に改善する特効薬は存在しませんでした。


GLP-1とは?その役割と受容体作動薬のはたらき

今回の新薬の主役のひとりである「GLP-1(Glucagon-Like Peptide-1:グルカゴン様ペプチド-1)」について見ていきましょう。

腸から分泌される「満腹のサイン」

GLP-1は、私たちが食事をしたときに小腸の下部(L細胞)から血液中に分泌される消化管ホルモンの一種で、専門的には「インクレチン」と呼ばれます。

食べ物が小腸を通過すると、GLP-1がサッと分泌され、主に膵臓(すいぞう)に働きかけてインスリンの分泌を促します。インスリンは血液中のブドウ糖を細胞に取り込ませて血糖値を下げる働きを持つホルモンです。GLP-1の非常に優れた点は、「血糖値が高いときにだけインスリンを出させ、血糖値が正常なときにはインスリンを出させない」という賢い仕組みを持っていることです。そのため、従来の糖尿病の薬のように、血糖値が下がりすぎて意識を失うような危険な「低血糖」を起こしにくいという特長があります。

食欲を抑え、胃の動きをゆっくりにする

GLP-1の働きは、血糖値のコントロールだけにとどまりません。脳(視床下部)にある食欲中枢に直接作用して、「もう十分にお腹がいっぱいだ」という信号を送り、強力に食欲を抑えます。さらに、胃の運動を意図的にゆっくりにし、食べたものを十二指腸へ送るスピードを遅らせる作用もあります。これにより、食後の急激な血糖値の上昇が抑えられるとともに、満腹感が長時間持続し、間食や過食を防ぐことができるのです。

体内で作られる天然のGLP-1は、分泌されてからわずか数分で分解酵素(DPP-4)によって壊されてしまいます。そこで、人工的に構造を改変し、体内で何日間も壊れずに長く留まるように開発された薬が「GLP-1受容体作動薬」(セマグルチドなど)です。この薬を使うことで、患者は自然と食べる量が減り、大幅な体重減少を達成できるようになりました。


グルカゴンとは?「血糖値を上げるホルモン」の意外な真実

続いて、もうひとつの主役である「グルカゴン」について解説します。実は、このグルカゴンに対する医学的な見方の変化こそが、今回の新薬開発の最大のドラマといえます。

これまで悪者扱いされてきたグルカゴン

一般的な生物の教科書などでは、グルカゴンは「インスリンと正反対の働きをするホルモン」として紹介されます。膵臓のα(アルファ)細胞から分泌され、血糖値が下がったときに肝臓に蓄えられているグリコーゲンを分解してブドウ糖に変え、血液中に放出して血糖値を引き上げる役目を担っています。

そのため、長年にわたり糖尿病治療の現場では、グルカゴンは「血糖値を無駄に上げてしまう悪者」と考えられてきました。2型糖尿病の患者は、インスリンの効きが悪いだけでなく、グルカゴンが過剰に分泌されて血糖値が余計に上がってしまうことが分かっていたためです。

そこで世界中の製薬企業は、「グルカゴンの働きをブロックする薬(グルカゴン受容体拮抗薬)」を作れば、血糖値が下がって糖尿病が劇的に治るのではないかと考え、こぞって開発に乗り出しました。

失敗から見つかった「代謝促進」と「脂肪燃焼」の力

ところが、このグルカゴンを抑える薬の開発は、思わぬ壁にぶち当たります。グルカゴンの働きを薬で徹底的に抑え込んだところ、確かに一時的に血糖値は下がったものの、被験者の肝臓に急激に中性脂肪がたまり始め、重篤な脂肪肝になってしまったのです。さらに、体重も増加してしまうという予想外の副作用が次々と報告され、製薬各社はこの薬の開発を軒並み中止せざるを得なくなりました。

しかし、科学者たちはこの手痛い失敗から、極めて重大な「逆の真実」に気づきました。

「グルカゴンの働きを抑えると脂肪肝になり、体重が増えるということは……逆にグルカゴンを適度に刺激して活性化させてやれば、肝臓の脂肪が消え去り、体重も減るのではないか?」

詳しく研究を進めると、グルカゴンには単に血糖値を上げるだけでなく、以下のような驚くべき代謝促進作用があることが判明したのです。

  1. 肝臓での脂肪燃焼(β酸化の促進):

    グルカゴンは肝臓の細胞に直接命令を出し、細胞内にたまっている余分な中性脂肪をどんどん分解して、エネルギーとして燃やしてしまう強力なスイッチを入れます。

  2. 脂肪の新規合成の停止:

    肝臓の中で糖分から新しい脂肪を作り出すプロセスをシャットダウンします。

  3. 全身のエネルギー消費量の増大:

    基礎代謝を高め、体温を維持したりエネルギーを消費したりする活動を活発にします。

つまりグルカゴンは、肝臓にたまった余分なゴミ(中性脂肪)を強力に燃焼処分してくれる、生体本来の「高性能クリーナー」だったのです。


「GLP-1」と「グルカゴン」がタッグを組む理由

グルカゴンが脂肪を燃やす素晴らしい力を持っているとしても、ひとつの大きな問題が残ります。それは、「グルカゴンを単独で投与すると、やはり本来の作用である血糖値の上昇が起きてしまう」という点です。肥満症やMASHの患者の多くは、糖尿病の予備軍であったり、すでに糖尿病を患っていたりするため、薬で血糖値を上げてしまうことは絶対に避けなければなりません。

ここで生まれた画期的なアイデアが、「GLP-1とグルカゴンを同時に刺激する」というアプローチです。

弱点を消し合い、長所を引き出す奇跡のコンビネーション

GLP-1とグルカゴンという2つのホルモンを同時に活性化させると、両者の短所が見事に相殺され、長所だけが増幅されるという夢のような相互補完関係が成り立ちます。

まず、最大の懸念事項である「グルカゴンによる血糖値の上昇」ですが、これはパートナーであるGLP-1が完璧にカバーします。GLP-1には、前述のとおり血糖値に応じてインスリンを適切に分泌させ、血糖値を正常値へと強力に引き下げる働きがあります。そのため、グルカゴンが血糖値を上げようとしても、GLP-1の働きによって即座にブレーキがかけられ、血液中の糖分が危険なレベルまで上がるのを防ぐことができるのです。

一方で、GLP-1の最大の弱点は「食べる量を減らすことは得意だが、代謝そのものを上げて消費カロリーを増やす力はそれほど強くない」という点にありました。ここにグルカゴンが加わることで、肝臓での脂肪燃焼が直接的に促され、全身のエネルギー消費量もグンと跳ね上がります。

この絶妙なタッグにより、「血糖値を乱すことなく、食欲を抑えながら、体内の脂肪を強力に燃やし尽くす」という理想的な治療メカニズムが完成したのです。


肥満症に対する具体的な作用とメリット

この「GLP-1/グルカゴン受容体作動薬」が、実際の肥満症治療においてどのような変化をもたらすのか、具体的に掘り下げてみましょう。

「摂取カロリーの抑制」×「消費カロリーの増大」の両面攻撃

従来のGLP-1単独の薬による肥満治療は、主に「食事の量を減らすこと(摂取カロリーの引き下げ)」に依存していました。もちろんこれだけでも十分に体重は減りますが、人間は摂取カロリーが減ると、生命を維持しようとする防御反応が働き、基礎代謝を落として省エネモードに入ってしまいます。これが、ダイエット中になかなか体重が減らなくなる「停滞期」の原因です。

しかし、GLP-1とグルカゴンを同時に刺激する新薬では、GLP-1によって「入ってくるカロリー」を強力に減らすと同時に、グルカゴンによって「出ていくカロリー(消費エネルギー)」を高い水準に維持・増大させます。この「ブレーキ(摂取減)」と「アクセル(消費増)」の同時作動により、従来の薬で起こりがちだった代謝の落ち込みを防ぎ、効率的かつ持続的な体重減少を実現できると考えられています。

内臓脂肪への強烈なアプローチ

太り方には、皮下脂肪が多くつくタイプと、お腹の中の腸の周りなどに脂肪がつく「内臓脂肪型」があります。生活習慣病の引き金となり、動脈硬化を急速に進めてしまうのは圧倒的に内臓脂肪です。

グルカゴン受容体作動薬の成分は、肝臓や内臓脂肪といった代謝の要所に対してダイレクトに作用します。臨床試験のデータでも、単に全身の体重計の目盛りが軽くなるだけでなく、お腹周りの内臓脂肪が大幅に減少し、中性脂肪や悪玉コレステロール、血圧などの代謝異常の数値が目に見えて改善することが確認されています。

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MASHに対する圧倒的なアプローチ:なぜ肝臓病の切り札なのか

今回の新薬が、肥満症以上に医療関係者の間で熱狂的な期待を集めている領域が「MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)」です。現在市場を独占しているチルゼパチド(GLP-1/GIP製剤)を凌駕するのではないかと目されているのが、この肝臓に対する作用です。

肝臓に直接作用して「脂肪毒性」を取り除く

MASHの根本的な始まりは、肝臓の中に処理しきれないほどの中性脂肪が居座り続けることです。たまりすぎた脂肪は細胞にとって毒となり(これを「リポトキシティ=脂肪毒性」と呼びます)、肝細胞にストレスを与えて死滅させ、周囲に激しい炎症を巻き起こします。

既存のGLP-1受容体作動薬も、患者の体重を減らすことによる「二次的なおまけ」として、肝臓の脂肪を減らす効果は持っていました。体重が10キロ減れば、そのぶん肝臓の脂肪もいくらか減るという間接的な理屈です。

しかし、GLP-1/グルカゴン受容体作動薬は次元が異なります。GLP-1による体重減少効果に加えて、グルカゴン受容体が肝臓の細胞そのものに豊富に存在しているため、薬が肝臓に到達した瞬間、直接細胞内で脂肪を分解・燃焼させるシグナルが点火されます。

この直接作用により、短期間のうちに肝臓内の脂肪含有率を劇的に引き下げることが可能になります。臨床試験では、治療を受けた患者の多くで、肝臓にたまっていた脂肪が正常なレベル近くまで消え去るという驚異的なデータが報告されています。

肝臓の線維化(硬化)を食い止め、改善させる可能性

MASHの治療においてもっとも重要であり、もっとも難関とされてきたのが「肝臓の線維化(硬くなること)を元に戻せるか」という点です。一度硬くなってしまった肝臓は不可逆(元に戻らない)と長い間考えられてきました。

しかし、GLP-1/グルカゴン受容体作動薬によって肝臓内の脂肪毒性が一掃され、炎症の火の手が鎮火すると、傷ついた肝臓組織が本来持っている自己修復力が働き始めます。その結果、過剰に沈着していた線維組織が徐々に吸収され、硬くなりかけていた肝臓が再び柔らかさを取り戻す(線維化の改善)という極めて良好な臨床結果が示されつつあります。

現在進められている治験では、すでに肝臓の線維化が中等度から高度に進んでしまった患者だけでなく、さらに病状が進んだ「肝硬変」に近い段階の患者を対象とした研究も進められています。もし肝硬変の段階にあるMASH患者の病態を改善できることが証明されれば、肝臓移植や死の危機に瀕している多くの患者にとって、歴史的な治療のブレイクスルーとなります。

マンジャロ


開発の最前線:スルボデュチドを中心に広がる新薬たち

この新しいメカニズムを持つ薬剤の中で、現在もっとも開発の先頭を走っているのが、ドイツのベーリンガーインゲルハイム社が開発している「スルボデュチド」です。

臨床第3相試験で快走を続ける「スルボデュチド」

スルボデュチドは、肥満症およびMASHを対象とした大規模な国際共同臨床試験(第3相試験)を精力的に進めています。

2型糖尿病を合併していない肥満症患者を対象とした試験では、主要な目標であった大幅な体重減少をしっかりと達成しただけでなく、MRI画像による検査で内臓脂肪や肝臓の脂肪が顕著に減っていることが確認されました。また、脂肪肝を合併している肥満症患者を対象とした別の試験でも、肝脂肪の劇的な減少と体重減少の両方をクリアしています。

日本のベーリンガーインゲルハイム社も、この薬の将来性を極めて高く評価しており、将来の国内承認と発売を見据えて、すでに社内に専門の事業部(肥満・肝・代謝疾患領域事業部)を立ち上げて準備を進めています。早ければ今後数年のうちに、日本でも承認申請が行われる見通しです。

ライバルたちとの関係とすみ分け

現在、世界の市場ではイーライリリー社の「チルゼパチド(GLP-1/GIP)」が爆発的な普及を見せています。また、ノボ ノルディスク社のGLP-1受容体作動薬「ウゴービ(セマグルチド)」も、すでに肥満症や一部のMASH治療薬として先行して承認を得ています。さらに未来を見据えれば、GLP-1、GIP、グルカゴンの3つすべてを刺激する「トリプルG製剤」である「レタトルチド」の開発も控えています。

こうした強力なライバルがひしめく中で、スルボデュチドなどの「GLP-1/グルカゴン製剤」はどのように評価されていくのでしょうか。

専門家の間では、以下のような「得意分野による使い分け」が進むのではないかと推測されています。

  • 体重を落とすパワーの比較:

    純粋な体重の減り幅だけで見れば、現在すでに圧倒的な実績を持つチルゼパチドや、今後登場するトリプルG製剤のほうが、スルボデュチドよりもやや強力である可能性があります。

  • 肝臓の脂肪を減らすパワーの比較:

    一方で、肝臓の脂肪を直接燃やし、脂肪肝やMASHを改善させる力に関しては、肝臓に直結したグルカゴンの活性化作用を持つスルボデュチドのほうが、チルゼパチドよりも優れている可能性が指摘されています。

したがって、将来的には「全身の肥満を主眼に治療する場合はチルゼパチドなどの既存薬を選び、脂肪肝の程度が強い肥満患者や、MASHと診断された肝臓病の患者にはスルボデュチドを選ぶ」といった、個々の患者の病態に合わせた高度な使い分けが行われると予想されています。

なお、世界的な開発競争にはスルボデュチドだけでなく、米アルティミューン社の「ペムビデュチド」や、米メルク社の「エフィノペグデュチド」など複数の有力候補が名を連ねており、この分野の開発競争はまさに百花繚乱の様相を呈しています。


期待とともに知っておくべき注意点と課題

非常に夢のある新薬ですが、薬である以上、副作用や乗り越えるべき医療上の課題も存在します。実用化に向けて留意すべきポイントを整理しておきましょう。

消化器系の副作用

GLP-1を刺激する薬剤に共通する代表的な副作用として、吐き気、嘔吐、下痢、便秘、胃のむかつきといった「消化器症状」があります。これは薬が胃の動きをゆっくりにしたり、脳の神経に作用したりするために起こる自然な反応です。

多くの場合、薬の投与量を最初は少ない量から始め、何週間もかけて少しずつ体を慣らしながら増やしていくことで症状を和らげることができますが、人によっては不快感が強く現れることがあります。スルボデュチドの治験でも、主な副作用としてこうした消化器系の症状が報告されており、治療を安全に継続するための適切なコントロールが求められます。

筋肉量の減少(サルコペニアの懸念)

急激に体重が減る薬を使う際に、医学界で常に懸念されるのが「脂肪だけでなく、筋肉まで一緒に落ちてしまうのではないか」という点です。

筋肉量が著しく減ってしまうと、基礎代謝が落ちて将来的にリバウンドしやすくなるだけでなく、高齢者などでは足腰が弱くなって転倒や寝たきりのリスク(サルコペニア)が高まります。この新薬を使用する際にも、薬に頼り切るのではなく、十分なタンパク質を摂取する食事管理や、筋肉を維持するための適度な筋力トレーニングを併用することが極めて大切になります。

不適切な適応外使用(ダイエット目的)の防止

近年、GLP-1受容体作動薬が「手軽に痩せられるダイエット注射」などとして、一部の自由診療クリニック等を通じて本来適応のない普通体型の方や美容目的の方に乱用され、大きな社会問題となりました。その結果、本当にその薬を命がけで必要としている糖尿病や高度肥満症の患者さんに薬が行き渡らなくなるという深刻な供給不足も起きました。

スルボデュチドのような極めて強力な新薬が日本で登場する際にも、国が定める「最適使用推進ガイドライン」などによって、使用できる患者の基準(BMIの数値や合併症の有無、特定の専門医による処方に限るなど)が非常に厳格に定められることが確実視されています。薬の本来の価値を守り、真に治療を必要とする重症患者の手へ確実に届けるための社会的な仕組みづくりが不可欠です。


まとめ:代謝疾患の治療は「治せる時代」へと前進する

これまで見てきたように、GLP-1/グルカゴン受容体作動薬は、ホルモン研究の歴史的な大逆転劇から生まれた極めて画期的な治療薬です。

本稿で解説した重要なポイントを振り返ります。

  1. 2つのホルモンの完璧な連携:

    食欲を抑えて食べる量を減らす「GLP-1」と、肝臓に直接作用して脂肪を強力に燃焼させる「グルカゴン」を同時に活性化させることで、血糖値を上げることなく劇的な脂肪減少を実現します。

  2. 肥満症へのダブルアプローチ:

    「摂取カロリーの低下」と「消費エネルギーの増大」を同時に引き起こすため、代謝の低下を防ぎながら、特に健康リスクの高い内臓脂肪を効率よく燃やします。

  3. MASHに対する決定打:

    肝臓の細胞内にたまった脂肪を直接分解して炎症を鎮め、これまで困難とされていた肝臓の線維化(硬化)をも元に戻す可能性を秘めており、治療法の乏しかった脂肪肝炎の領域に希望をもたらしています。

  4. 個別化医療の進展:

    先行するチルゼパチドなどと競合しながらも、「特に肝臓の脂肪や炎症が深刻な患者に対するベストな選択肢」として、独自の存在感を発揮することが期待されています。

単に痩せるためだけの薬ではなく、乱れてしまった体全体の代謝システムを根底から修復し、将来起こり得る心筋梗塞、脳卒中、肝不全、肝臓がんといった命に関わる重大な病気を未然に防ぐための強力な武器。それがGLP-1/グルカゴン受容体作動薬の本質です。

現在進められている臨床試験が順調に進み、安全性と有効性がしっかりと確認されて日本の医療現場に届く日が来れば、肥満症やMASHに苦しむ多くの患者さんにとって、人生を大きく変える確かな光となるはずです。今後の治験結果と承認に向けた動向から、ますます目が離せません。

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