国内初の脳再生医療!アクーゴが麻痺を改善する驚きの仕組みと効果
交通事故や高所からの転落、激しいスポーツなどによって脳に強い衝撃が加わると、脳の神経組織が傷つき、手足が動かなくなったり言葉がうまく話せなくなったりする後遺症が残ることがあります。これを「外傷性脳損傷」と呼びます。これまで、損傷して長期間が経ち、機能が固定してしまった脳の麻痺に対しては、リハビリテーションを継続して残った機能を維持・活用する以外に、根本的な治療法は存在しないと考えられてきました。「一度失われた脳の神経ネットワークは二度と元には戻らない」というのが、長年にわたる常識だったからです。
しかし、その常識を大きく覆す出来事が起こりました。北海道大学病院において、ヒトの幹細胞を加工して作られた革新的な再生医療等製品「アクーゴ脳内移植用注(一般名:バンデフィテムセル)」が、外傷性脳損傷の患者さんの脳内に外科手術によって直接投与され、国内初の治療が実施されたのです。
長年動かなかった手足に再び命を吹き込む可能性を秘めたこの治療法は、一体どのような製品を用い、どのような仕組みで傷ついた脳に働きかけるのでしょうか。この記事では、北海道大学病院での歴史的な国内初の投与事例をもとに、アクーゴの驚くべき薬理作用や治療の実際、対象となる患者さんの条件、そして安全性に至るまで、じっくりと掘り下げてお届けします。
北大病院で実施された国内初の治療とその衝撃
30年動かなかった体が動き出すという驚きの声
北海道大学病院の発表によると、2026年10月2日、交通事故によって頭部に強い衝撃を受け、長年にわたり身体に麻痺が残っていた50代の男性患者さんに対して、バンデフィテムセル(アクーゴ)を脳内に直接投与する手術が実施されました。
執刀を担当したのは、北海道大学病院の川堀真人医師らのチームです。手術では、頭部にわずかな穴を開け、精密な位置決めを行いながら脳の損傷部位の周辺にアクーゴを直接注入しました。驚くべきことに、術後、この男性患者さんは「30年ほど動かなかった体の部位が動く」と語ったといいます。
数十年間という極めて長い年月にわたって動かなかった部位が、手術直後から反応を示し始めたという事実は、患者さんご本人やご家族にとって計り知れない希望であると同時に、これまでの神経科学や脳神経外科の現場にとっても非常に衝撃的な出来事でした。
外傷性脳損傷という高い壁に風穴を開けた一歩
頭部外傷の急性期には、開頭手術によって血腫を取り除いたり、脳圧を下げる処置を行ったりすることで救命を図ります。しかし、急性期の危機を脱した後に残った手足の運動麻痺は「慢性期」と呼ばれる段階に入ると、固定化してしまいます。リハビリテーションを行ってもある一定の段階で改善が頭打ちとなり、車いす生活や寝たきり、介助を必要とする生活を余儀なくされる方が少なくありませんでした。
「傷ついて死んでしまった神経細胞は再生しない」と諦めざるを得なかった領域において、再生医療製品を使って機能を呼び覚ます治療が現実の医療現場でスタートしたことは、脳神経医療の歴史における極めて大きな転換点といえます。
アクーゴ(バンデフィテムセル)とはどのような製品なのか
健康なドナーの骨髄から生まれた細胞加工製品
アクーゴ(一般名:バンデフィテムセル、開発コード:SB623)は、サンバイオ株式会社が開発した「指定再生医療等製品」です。
この製品の原材料となるのは、米国の健康な成人の骨髄液から採取された「骨髄由来間葉系幹細胞(MSC: Mesenchymal Stem Cells)」です。間葉系幹細胞は、骨や軟骨、脂肪、血管などに分化する能力を持つだけでなく、組織の修復を促す様々な有用なタンパク質を分泌する性質を持っています。
アクーゴは、この間葉系幹細胞に対して、遺伝子改変技術を用いて「Notch-1(ノッチワン)」と呼ばれるタンパク質の細胞内ドメインをコードするプラスミドを一過性に導入し、培養・加工したものです。これによって、細胞が本来持っている組織再生を促す能力が大幅に引き上げられています。
製造された細胞は、1バイアルあたり1250万個の生細胞が含まれた状態で凍結保存されており、使用時に融解・洗浄・調製され、患者さんの脳内へ届ける専用の細胞懸濁液として完成します。
日本独自の「条件及び期限付承認制度」による早期実用化
アクーゴは、日本の薬機法(医薬品医療機器等法)に基づく「条件及び期限付承認」を受けた製品です。
再生医療等製品は、有効性を厳密に検証するために膨大な患者数を集めることが難しい場合があります。特に脳の手術を伴う治療法では、通常の医薬品のように何千人もの被験者を集めて大規模な治験を行うことには限界があります。そこで日本には、少数の臨床試験で有効性が「推定」され、安全性が確認された段階で、期間(アクーゴの場合は7年間)を限定して早期に承認を与える制度が整えられています。
この制度のおかげで、重い後遺症に苦しむ患者さんが何年も承認を待つことなく、いち早く治療を受けられる道が開かれました。ただし、早期に承認されたからこそ、承認後も治療を受ける全症例を対象とした調査を行い、有効性と安全性のデータを集め続ける厳格な市販後管理が義務付けられています。
【徹底解説】アクーゴは脳の中でどう働くのか?その薬理作用
ここからは、最も注目すべき「アクーゴがなぜ麻痺を改善できるのか」という薬理作用のメカニズムについて、詳しく紐解いていきましょう。
一般的に「幹細胞治療」や「再生医療」と聞くと、多くの方は「移植した細胞が患者さんの壊れた脳細胞の代わりになって定着し、新しい脳の一部になる」というイメージを抱かれるのではないでしょうか。例えば、レンガが崩れた壁に新しいレンガを埋め込んで元通りにするようなイメージです。
しかし、アクーゴの薬理メカニズムは、そうした直感的なイメージとは全く異なっています。ここが極めて興味深く、画期的なポイントです。
移植された細胞は脳の一部にはならない
動物実験において、アクーゴを脳内に移植したところ、ラットでは移植後28日目、サルでは移植後30日目の段階で、移植した細胞は脳内から一匹たりとも検出されなくなっていました(完全に消失していました)。また、脳以外の臓器(心臓、肝臓、腎臓、肺など)にも移行しておらず、体内から綺麗にいなくなっていたのです。
つまり、移植された細胞は、患者さんの脳内にずっと居座って新しい神経細胞に変化するわけではありません。脳の中で生き続けることすらなく、約1ヶ月という比較的短い期間のうちに、その役目を終えて静かに消え去っていきます。
では、細胞が消えてしまうのに、なぜ30年も動かなかった手足が動くようになるのでしょうか。
自らを犠牲にしながら助けを呼ぶ「最後のアラート」
アクーゴの真の薬理作用は、「細胞が死滅していく過程で放出される物質」にあります。
アクーゴを脳の損傷した組織の周辺に移植すると、移植された細胞は、周囲の厳しい環境(酸素や栄養が不足した状態、代謝ストレス、免疫反応など)にさらされます。その過酷な環境下で、細胞は徐々にダメージを受け、最終的には死滅していきます。
しかし、この細胞はただ無力に死んでいくのではありません。死にゆくまさにその過程において、自らを犠牲にしながら、周囲に対して強力なシグナル物質を大量に放出します。その代表的な物質が「FGF-2(線維芽細胞増殖因子-2: Fibroblast Growth Factor-2)」をはじめとする様々な栄養因子や保護因子です。
神経細胞の自己修復を呼び覚ます「FGF-2」の驚異的なパワー
FGF-2は、生体内で神経細胞の生存、増殖、そして神経線維(軸索)の伸長を強力に促す成長因子として知られています。
外傷性脳損傷によってダメージを受けた脳では、傷ついた中心部の神経細胞は死んでしまっていますが、その「周辺部」には、傷つきながらも生き残り、休眠状態(冬眠状態)に陥っている神経細胞や、自己修復の機会を失った神経幹細胞が取り残されています。脳の神経ネットワークが途切れ、孤立してしまったため、本来持っている修復のスイッチが入らないまま、何年も眠り続けているのです。
そこへアクーゴが注入されると、死にゆくアクーゴ細胞から高濃度のFGF-2などの因子が一斉に放出されます。このシグナルが、眠っていた患者さん自身の神経細胞に届くと、次のような一連の修復反応が巻き起こります。
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眠っていた神経細胞の覚醒と保護:休眠状態だった神経細胞が活性化し、更なる細胞死から保護されます。
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神経幹細胞の増殖促進:脳内にわずかに存在する神経幹細胞の分裂と増殖が促されます。
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神経回路の再構築(シナプス形成):切断されていた神経ネットワークの周りから新しい枝(神経線維)が伸び、失われた回路を迂回するような新しい接続(バイパス回路)が形成されます。
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血管新生の促進:修復に必要な酸素と栄養を届けるため、微小な新しい血管が作られます。
つまり、アクーゴは「壊れた部品の交換品」として働くのではなく、患者さん自身の脳が本来秘めている「自己修復能力」を限界まで引き出すための「超強力な起爆剤」として機能しているのです。
なぜ間葉系幹細胞に「Notch-1」を導入したのか
ここで一つの疑問が浮かびます。「それなら、通常の骨髄幹細胞をそのまま移植するだけでも良いのではないか?」という点です。
実際、手を加えていない通常の骨髄間葉系幹細胞でも、ある程度の修復因子を分泌することは知られています。しかし、それだけでは慢性期の頑固な麻痺を改善させるにはパワーが足りません。
開発チームは、幹細胞の発生や分化、生存において極めて重要な役割を果たす「Notch-1」というシグナル分子に着目しました。Notch-1の細胞内ドメインをコードする遺伝子を一過性に導入することで、幹細胞の性質が一時的に劇的に変化します。神経保護作用や組織修復を促す因子の産生能力が爆発的に高まり、過酷な脳内環境に移植された際に、周囲の神経再生を強力に促す特殊な細胞(SB623 / バンデフィテムセル)へと進化するのです。
この遺伝子導入は恒久的なものではなく、細胞の染色体に組み込まれるわけではないため、長期間にわたって細胞が異常増殖を続けるようなリスクが抑えられている点も、高度に計算された設計といえます。
たとえるなら「街の復興を支援して立ち去る専門レスキュー隊」
このユニークな仕組みを、被災した街の復興にたとえてみましょう。
大きな地震で一部の地域が壊滅的な被害を受け、道路が寸断され、建物の機能が停止してしまったとします。年月が経ち、がれきは片付いたものの、住民たちだけでは復旧作業を進める余力がなく、街の再建がストップしてしまっています。
そこへ、外部から特別な訓練を受けた「専門レスキュー隊(アクーゴ)」が応援に駆けつけます。
このレスキュー隊は、その街にずっと移住して住民になるわけではありません。現地に到着すると、持参した大量の資材や重機、復興のための特別なマニュアル(FGF-2などの成長因子)をその場に惜しみなく提供し、街の人々を励まして復興作業のスイッチを入れます。
そして、作業の足がかりが完成し、地元の人々が自分たちの力で道路をつなぎ直し、街を再建し始めたのを見届けると、レスキュー隊は1ヶ月ほどで静かに街を去っていきます(体内から消失する)。
後に残るのは、レスキュー隊そのものではなく、レスキュー隊の支援によって目覚め、新しく築き直された「街自身の手による新しい道路網と活気(患者さん自身の神経ネットワーク)」です。
「体内に残らない」からこそ得られる安全性
「移植した細胞がずっと体内に残らない」という性質は、有効性の面だけでなく、安全性の観点からも極めて大きな利点を持っています。
再生医療において最も懸念されるリスクの一つが、「移植した細胞が無秩序に増殖を続け、腫瘍(がん)化してしまうこと」です。特に何十年も生き続ける細胞を脳内に移植した場合、将来的に腫瘍化しないかという不安が常につきまといます。
しかしアクーゴの場合、約1ヶ月で完全に死滅して体外へ代謝・排除されることが動物実験で確認されています。役割を終えたら跡形もなく消え去るため、移植した細胞そのものが将来的に脳腫瘍を作ってしまうリスクが原理的に極めて低いのです。効果を出すために必要なシグナルだけを強烈に放ち、役目が終われば速やかに去るという、再生医療として非常に洗練されたアプローチとなっています。

臨床試験で証明された有効性データ
アクーゴの承認の根拠となったのは、日本を含む複数国で実施された「国際共同第Ⅱ相臨床試験(TBI-01試験)」です。この試験は、医薬品や医療機器の評価において最も信頼性が高い「偽手術対照無作為化二重盲検比較試験」という厳格な手法で行われました。
偽手術(プラセボ手術)との比較という高いハードル
外科手術を伴う治療法では、「手術を受けた」という心理的な安心感や期待感だけで症状が良くなる「プラセボ効果」が強く現れることがあります。
そのため、TBI-01試験では、本物の細胞を移植する「アクーゴ群(SB623群)」だけでなく、頭蓋骨の表面に小さな窪みを作るだけで脳内には針を刺さない「偽手術群(シャム手術群)」を設定しました。患者さんにも効果を判定する医師にも、どちらの手術が行われたのか分からない状態で、公平に効果が比較されたのです。
試験には、受傷後少なくとも1年以上が経過し、中等度から重度の運動麻痺が固定した18歳から75歳の患者さん61例が参加しました。
主要評価項目であるFMMSスコアの有意な改善
運動機能の評価には、世界的に用いられている脳卒中や脳損傷の運動機能評価スケール「FMMS(Fugl-Meyer Motor Scale)」が用いられました。
移植(または偽手術)から24週(約半年)が経過した時点での、運動機能スコアの改善度合いを比較した結果は以下の通りです。
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偽手術群:スコアの変化量は平均で「+2.3点」にとどまりました。
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アクーゴ全体群(46例):スコアの変化量は平均で「+8.3点」に達しました。
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アクーゴ中用量群(北大病院等で使用されている標準用量:5.0×10^6個群):スコアの変化量は平均で「+11.0点」という非常に高い改善を示しました。
統計学的解析において、偽手術群との差は明確であり(p値=0.0401)、アクーゴを投与した群で統計学的に有意な運動機能の改善が確認されたのです。
慢性期の脳損傷において、何年も変化がなかったスコアが半年間でこれほど大きく上昇することは、通常のリハビリテーション単独では極めて稀です。この臨床試験の結果によって、アクーゴが運動麻痺を改善させる確かな効果を持つことが科学的に証明されました。
治療の対象となる患者さんの条件
アクーゴは画期的な治療製品ですが、脳に障害を持つすべての方がすぐに受けられるわけではありません。添付文書では、適応となる患者さんの条件が厳密に定められています。
1. 外傷性脳損傷による慢性期の運動麻痺であること
原因が交通事故や転落などの「外傷」による脳損傷である必要があります。現時点での承認上の適応症は「外傷性脳損傷に伴う慢性期の運動麻痺の改善」であり、脳梗塞や脳出血といった脳卒中による麻痺は、現段階では保険適用の対象外となっています。
2. 受傷後6カ月以上が経過し、症状が固定していること
受傷直後の急性期や回復期には、自然回復や通常のリハビリによる機能改善が進む時期です。アクーゴの対象となるのは、受傷後6カ月以上が経過してもなお、運動麻痺が残って固定化してしまった慢性期の患者さんです(臨床試験では12カ月以上経過した患者さんが対象とされました)。
3. GOS-Eスコアが3〜6の中等度から重度の患者さん
GOS-E(Glasgow Outcome Scale-Extended)は、頭部外傷後の全般的な回復度合いを評価する世界的な指標です。スコア3〜6は、日常生活において自立が難しく介助が必要な重度障害から、一定の身の回りのことはできるものの社会生活に大きな制限がある中等度障害の範囲を指します。軽微な麻痺の方や、逆に意識障害が極めて重篤で寝たきりの状態(植物状態など)の方は対象外となります。
4. 運動麻痺の原因となる病変がMRI等で確認できること
脳のどこに損傷があり、その損傷が運動神経の通り道(錐体路など)とどのように関わっているのかをMRI画像などで明確に確認できることが必須条件です。損傷部位が特定できなければ、どこに細胞を移植すべきか判断できないためです。
5. 脳腫瘍のある患者さんには慎重な判断が必要
アクーゴから放出されるFGF-2などの成長因子は、細胞の増殖を促す作用を持っています。そのため、脳腫瘍を患っている方やその既往歴がある方の場合、腫瘍細胞の増殖を促してしまうリスクが否定できません。適応の可否は極めて慎重に検討されます。
手術と投与はどのように行われるのか
アクーゴの投与は、静脈注射や点滴のように腕から入れるのではなく、脳神経外科の高度な技術である「定位脳手術」を用いて行われます。
定位脳手術によるミリ単位の精密な注入
人間の脳は非常に複雑で、重要な血管や言語・記憶を司る領域が密集しています。目的の場所以外を傷つけることなく、ミリ単位の精度で細胞を届けるために、特殊な頭部固定具と3次元ナビゲーションシステムを組み合わせた定位脳手術が用いられます。
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頭部の固定とナビゲーション設定
患者さんの頭部を手術用の固定具にセットし、術前のMRIやCT画像をコンピューターに取り込んで、損傷部位周辺の安全な侵入ルートを綿密に計算します。運動神経の経路に最も近く、かつ脳の血管や脳室(髄液が溜まる空間)を避けるルートが選ばれます。 -
小さな穴(穿頭孔)の作成
頭皮を小さく切開し、頭蓋骨に直径数ミリ程度の小さな穴を1箇所だけ開けます。開頭手術のように頭蓋骨を大きく外す必要がないため、身体への負担(低侵襲性)は最小限に抑えられます。北大病院の手術でも、約1ミリという極めて小さな穴からアプローチされました。 -
3つの経路から15箇所へ立体的に分散配置
1箇所の小さな穴から、角度を変えて3本の刺入経路を設定します。それぞれの経路において、脳の最も深い場所から5〜6ミリ間隔で浅い場所へと針を少しずつ引き抜きながら、深さの異なる5箇所に細胞を注入します。
3経路 × 5箇所 = 合計15箇所に対して、1箇所あたり20マイクロリットル(合計300マイクロリットル、細胞数にして500万個)を、約10マイクロリットル/分という非常にゆっくりとした速度で丁寧に注入していきます。
このように損傷部位の周囲を立体的に包み込むように細胞を配置することで、放出される成長因子が周囲の神経ネットワーク全体に効率よく行き渡るよう工夫されています。
厳密な調製と時間との戦い
アクーゴは生きた細胞製品であるため、取り扱いには極めて厳密なルールが存在します。
マイナス150度以下の液体窒素気相下で凍結保存されている細胞バイアルは、手術室近くで37度の温水を用いて急速融解され、専用の調製液で丁寧に洗浄されます。生細胞の濃度が規定通りになるよう調製された後、専用のマイクロシリンジに充填されます。
調製された細胞懸濁液は、調製後およそ3時間以内に脳内へ移植しなければなりません。生きた細胞の活力を保ったまま脳内に届けるため、医師、薬剤師、看護師、臨床工学技士らによる緊密な連携のもとで手術が進められます。
安全性と知っておくべき副作用
アクーゴは、これまでにない革新的な治療法である一方、脳に針を刺して細胞を移植する外科的治療である以上、副作用や合併症のリスクが存在します。
臨床試験で報告された主な副作用
TBI-01試験において、アクーゴを移植された46例中43例(93.5%)に何らかの副作用が認められました。頻度が高かったものは以下の通りです。
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頭痛(37.0%)
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創合併症(傷口の治癒遅延や炎症など、26.1%)
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嘔吐(10.9%)
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切開部位痛(8.7%)
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処置による頭痛(8.7%)
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悪心(6.5%)
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無力症(6.5%)
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脳浮腫(4.3%)
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発熱(4.3%)
これらの多くは、頭部の手術を行ったこと自体に伴う一過性の反応であり、適切な鎮痛薬の投与や創部処置によって回復しています。
重大な副作用と安全管理
特に警戒すべき重大な副作用としては、以下が挙げられています。
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頭蓋内出血(4.3%):脳内に針を刺す手技に伴い、脳内に出血が生じるリスクがあります。術後には適宜CTやMRI検査を行い、微小な出血も見逃さない観察が行われます。
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痙攣発作(2.2%):脳組織への刺激によっててんかん発作が生じる可能性があります。
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譫妄(せんもう)(2.2%):術後に一時的な見当識障害や興奮状態が生じるリスクです。
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平衡障害(2.2%):ふらつきやバランス感覚の異常です。
生物由来製品としての感染症対策
アクーゴは、健康なドナーの骨髄液から採取された細胞を原料としています。原料採取時には、HIV、B型・C型肝炎、HTLV、梅毒、パルボウイルス、ウエストナイルウイルス、サイトメガロウイルス、EBウイルスなどの厳重な感染症検査や問診が行われており、製造工程でもウイルス検査や無菌試験、マイコプラズマ否定試験などが徹底されています。
しかしながら、ヒト由来の細胞や製造工程で用いられる生物由来原料(ウシ血清など)を使用している性質上、未知の感染症伝播リスクを理論上ゼロにすることはできません。そのため、治療を実施した医療機関には、使用した製品のロット番号や患者さんの記録を少なくとも20年間にわたって保存することが義務付けられています。
今後の展望と広がる可能性
脳梗塞や脳出血など他の脳血管障害への応用
北海道大学病院で執刀した川堀真人医師が「さらに研究が進めば脳卒中や脳梗塞、脳出血など他の治療にも活用できる可能性がある」と語ったように、この治療法が持つ可能性は外傷性脳損傷にとどまりません。
脳梗塞や脳出血といった脳卒中も、外傷性脳損傷と同じく、脳の局所的な神経細胞が死滅し、その周囲の神経ネットワークが分断されることで運動麻痺が引き起こされます。病気の原因は「血管の詰まりや破れ」と「外部からの衝撃」という違いがありますが、「生き残った周辺の神経細胞を再活性化させ、回路を再構築する」という薬理メカニズムは、脳卒中の後遺症に対しても全く同じように機能すると期待されています。
現在、脳梗塞の慢性期麻痺などを対象とした臨床開発も進められており、適応が拡大されれば、国内だけでも数十万人規模にのぼる脳卒中後遺症に悩む患者さんにとって、大きな光となるはずです。
治療を受けられる体制の広がり
今回、北海道大学病院が国内初の手術を実施しましたが、バンデフィテムセルはすでに保険適用となっており、北海道大学病院だけでなく、大阪大学医学部附属病院、岡山大学病院、慶應義塾大学病院など、定位脳手術と脳神経外科の高度な専門知識・設備を持つ主要な大学病院でも治療の実施に向けた準備が進んでいます。
ただし、誰でもすぐに最寄りの病院で受けられるわけではありません。安全性を確保するため、製造販売業者が実施する特別な講習会を修了し、緊急時にも万全の対応ができる指定された医療施設においてのみ、段階的に治療が提供されていくことになります。
まとめ
北海道大学病院で国内初となる投与が行われた「アクーゴ脳内移植用注(バンデフィテムセル)」は、外傷性脳損傷による慢性期運動麻痺という、これまで「治らない」と諦めざるを得なかった領域に登場した待望の再生医療製品です。
本品の最大の特徴は、移植された細胞が脳の一部になって居座るのではなく、「細胞自身が約1ヶ月で死滅していく過程でFGF-2などの成長因子を大量に放出し、患者さん自身の眠っていた神経再生能力を目覚めさせる」という、非常に洗練された薬理作用にあります。この仕組みにより、移植細胞の腫瘍化リスクを最小限に抑えつつ、切断された神経回路の再構築を強力に後押しすることが可能となりました。
臨床試験では、プラセボ手術と比較して明らかな運動機能の改善が示され、今回の北大病院の手術でも、30年間にわたって動かなかった部位に改善の兆しが見られるという力強い一歩が踏み出されました。
頭部への外科手術を伴うことによる頭蓋内出血や頭痛といったリスク、厳格な適応基準、市販後のデータ収集といったクリアすべき課題はあるものの、傷ついた脳のネットワークが自らの力で蘇ることを実証した意義は計り知れません。
今後、外傷性脳損傷にとどまらず、脳梗塞や脳出血といったより多くの脳疾患へとこの技術が応用され、麻痺に苦しむ多くの患者さんが再び自由に身体を動かせる日常を取り戻せる日が来ることが、心から期待されています。

