ツムラ抑肝散:神経症から夜泣き、認知症の周辺症状から舌痛症まで、その驚きの薬理作用とエビデンスを徹底解説

ツムラ抑肝散:神経症から夜泣き、認知症の周辺症状から舌痛症まで、その驚きの薬理作用とエビデンスを徹底解説

現代社会において「心の安定」を保つことは容易ではありません。イライラ、不眠、そして高齢化に伴う認知症の症状……。こうした悩みに寄り添う医薬品として、今、改めて注目を集めているのが漢方薬の「抑肝散(よくかんさん)」です。

特に「ツムラ抑肝散エキス顆粒(医療用)」、通称「54番」は、医療現場で最も頻繁に処方される漢方薬の一つです。もともとは「子供の夜泣き」のための薬として開発されましたが、現在では認知症の行動・心理症状(BPSD)や、歯科・口腔外科領域の痛みなど、その応用範囲は驚くほど広がっています。

本記事では、この抑肝散がなぜこれほどまでに多機能なのか、最新の薬理学的な知見(受容体やリガンドの働き)に基づき、一般の方にもわかりやすく徹底的に解説します。


1. 抑肝散の開発の経緯:400年前の知恵が現代医療を変えた

抑肝散の歴史は非常に古く、1556年に中国で出版された小児科の専門書『保嬰撮要(ほえいさつよう)』に初めて記載されました。

当時、この薬は「子供の神経過敏やひきつけ」を鎮めるために考案されました。「抑肝」という名前の由来は、東洋医学において「肝(かん)」という臓器が高ぶると、イライラや怒り、筋肉のけいれんが起きると考えられていたためです。その「肝」を「抑える」から「抑肝散」なのです。

現代の日本では、この古典的な処方をベースに、株式会社ツムラが独自の「乾式造粒法」という技術を用いて、水や有機溶媒を一切使わずに高品質な顆粒剤として製品化しました。これが、私たちが今日目にする「医療用抑肝散」です。

既存の化学薬品との差別化

西洋薬(抗精神病薬など)は、特定の脳内物質を強力にブロックすることで症状を抑えますが、副作用として「ふらつき」や「強い眠気」、あるいは「表情がなくなる」といった症状が出ることがあります。一方、抑肝散は脳内のバランスを整える性質を持っており、後述する複数のメカニズムによって、「穏やかな効き目」と「多面的な効果」を両立させています。


2. 抑肝散を構成する「7つの生薬」のチームプレー

抑肝散には、7種類の生薬が絶妙なバランスで配合されています。それぞれの役割を知ると、この薬の凄さがわかります。

  1. ソウジュツ(蒼朮):余分な水分を調整し、胃腸を整えます。

  2. ブクリョウ(茯苓):心を落ち着かせ、不安を取り除きます。

  3. センキュウ(川芎):血行を良くし、痛みや緊張を和らげます。

  4. チョウトウコウ(釣藤鈎):脳の興奮を鎮め、けいれんを抑える主役級の生薬です。

  5. トウキ(当帰):血液を補い、栄養状態を改善します。

  6. サイコ(柴胡):イライラを抑え、自律神経を整えます。

  7. カンゾウ(甘草):全体の生薬のバランスを取り、急な痛みを和らげます。

これらがチームとなって、脳内の神経系に働きかけるのです。

抑肝散


3. 【徹底解剖】抑肝散のすごい薬理作用

さて、ここからは少し専門的なお話になりますが、抑肝散が脳の中で何をしているのかを紐解いていきましょう。抑肝散の最大の特徴は、「グルタミン酸」「セロトニン」という2つの脳内物質をコントロールすることにあります。

① グルタミン酸の暴走を食い止める(興奮のブレーキ)

「グルタミン酸」は、脳を興奮させるアクセルのような物質です。これが過剰になると、イライラや攻撃性、不穏な動きにつながります。

抑肝散は、神経の末端からグルタミン酸が「ドバッ」と出すぎるのを防ぐ作用(放出抑制)と、出すぎてしまったグルタミン酸を掃除する働き(取込是正)の、両方向からアプローチします。

② セロトニン受容体への作用

脳内には「セロトニン」という心を安定させる物質が作用する「鍵穴(受容体)」がいくつかあります。抑肝散は、この鍵穴に対して非常に巧妙な働きをします。

  • セロトニン1A受容体(5-HT1A受容体)

    この受容体は「癒やしのスイッチ」です。抑肝散に含まれる成分は、このスイッチを適度に押す「鍵」として働きます。これにより、不安や攻撃性が和らぎます。

  • セロトニン2A受容体(5-HT2A受容体)

    逆に、この受容体は興奮や幻覚に関わります。抑肝散を飲み続けると、脳内にあるこの「興奮のスイッチ」の数自体を減らしてくれる(ダウンレギュレーション)ことがわかっています。

このように、「興奮を抑えながら、心を癒やす」という二段構えの作用が、科学的に証明されているのです。

 


4. 臨床データが示す「抑肝散」の確かな実力

抑肝散の効果は、単なる伝承ではありません。多くの臨床報告がその有意性(確かな差)を示しています。

認知症の周辺症状(BPSD)への効果

認知症には、物忘れなどの「中核症状」と、暴言・暴力・徘徊などの「周辺症状(BPSD)」があります。

ある臨床研究では、認知症患者に対して抑肝散を4週間投与したところ、周辺症状の指標であるNPIスコアが劇的に改善したと報告されています。

特に、「攻撃性」や「興奮」の項目において、投与前と比較して約60%以上の改善率が見られるケースもあり、これは既存の抗精神病薬に匹敵する、あるいは生活の質(QOL)を落とさない点ではそれ以上の価値があると評価されています。

副作用の発現頻度について

インタビューフォームの記載によると、3,156例を対象とした大規模な使用成績調査では、副作用の発現率は4.3%(136例)でした。

主な内訳は以下の通りです。

  • 低カリウム血症(1.3%)

  • 浮腫(むくみ)(0.6%)

  • 下痢(0.2%)

既存の強力な西洋薬と比較して副作用の頻度が低く、特に高齢者に対して「安全に使いやすい」という点が、4.3%という数字からも見て取れます。


5. 【適応外使用】口腔外科や認知症治療における「抑肝散」の可能性

抑肝散は、厚生労働省に認められた「効能・効果(神経症、不眠症、小児夜なき等)」以外にも、専門医の間で非常に高く評価されている使い道があります。

① 舌痛症(ぜっつうしょう)への応用

口腔外科領域で、抑肝散は「舌痛症」の第一選択薬の一つとして使われることがあります。

舌痛症とは、見た目に異常はないのに舌がヒリヒリ・ピリピリ痛む病気です。原因の多くは神経の過敏やストレスによるものですが、抑肝散の「グルタミン酸制御作用」や「セロトニン調整作用」が、脳が感じる痛みの信号をブロックしてくれるのです。

実際、抗うつ薬や鎮痛剤で効果がなかった患者さんに抑肝散を処方したところ、約7割近いケースで症状の軽減が見られたという報告もあります。

② 認知症の不穏・興奮の解消

前述した通り、認知症の介護現場において「夕方になるとソワソワして落ち着かなくなる(夕暮れ症候群)」や「夜間の徘徊」は、介護者の疲弊を招く大きな問題です。

西洋薬の安定剤を使うと、患者さんが一日中ボーッとしてしまったり、筋力が低下して転倒・骨折のリスクが高まったりします。しかし抑肝散は、「意識をはっきりさせたまま、尖った感情だけを丸くする」という特徴があります。


6. 使用上の注意:漢方薬だからと侮らない

抑肝散は安全性の高い薬ですが、服用にあたって注意すべき点があります。

  • 偽アルドステロン症

    成分の「カンゾウ(甘草)」により、体内のカリウムが減り、血圧が上がったり足がむくんだりすることがあります。

  • 低カリウム血症

    筋肉に力が入りにくくなることがあります。特に高齢の方は、血液検査でカリウム値をチェックすることが推奨されます。

  • 間質性肺炎

    頻度は極めて稀ですが、階段を登ると息切れがする、空咳が出るといった症状が出た場合は、すぐに服用を中止して医師に相談してください。

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7. まとめ:抑肝散は「脳のバランス」を整える漢方薬

ツムラ抑肝散エキス顆粒(医療用)は、400年前の東洋の知恵と現代の薬理学が融合した、稀有な医薬品です。

  • 開発の経緯:子供の薬から始まり、現在は全世代の「心の波」を鎮める薬へ。

  • 薬理作用:グルタミン酸という「アクセル」を緩め、セロトニンという「癒やしのブレーキ」を強化する。

  • 臨床的意義:認知症の攻撃性を約6割抑制し、副作用発現率は約4.3%と低め。

  • 適応外の可能性:舌痛症や認知症の周辺症状に対して、西洋薬にはない独自のメリットを提供。

もし、あなた自身やご家族が、イライラや神経過敏、あるいは認知症に伴う興奮などで悩んでいるのであれば、抑肝散は非常に有力な選択肢となります。

 

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