処方箋なしで病院の薬が買える「零売」は禁止?薬剤師が国を訴えた裁判の背景を解説

処方箋なしで病院の薬が買える「零売」は禁止?薬剤師が国を訴えた裁判の背景を解説

私たちは普段、風邪を引いたり体に不調を感じたりしたとき、病院を受診して処方箋をもらい、薬局で薬を受け取ります。しかし、実は「処方箋がなくても病院と同じ薬が買える」仕組みがある(あった)ことをご存知でしょうか。

この仕組みを「零売(れいばい)」と呼びます。現在、この零売をめぐって、薬剤師たちが国を相手に裁判を起こしており、2026年6月に結審、同年9月18日に判決が言い渡されることになりました。

なぜ薬剤師たちは国を訴えたのでしょうか? 私たちの生活にどのような影響があるのでしょうか? この問題の全貌を徹底解説します。


1. そもそも「零売(れいばい)」とは何か?

「零売」という言葉は、一般の方にはあまり馴染みがないかもしれません。もともとは「小分け販売」という意味を持つ言葉ですが、現在では主に「処方箋なしで医療用医薬品を販売すること」を指します。

通常、病院で出される薬(医療用医薬品)を手に入れるには、医師の診察を受けて処方箋を発行してもらう必要があります。しかし、医療用医薬品の中には、ルールを守れば処方箋なしで販売できるグループが存在するのです。

この仕組みを理解するために、まずは「薬の種類」について整理してみましょう。

薬は大きく3つのグループに分かれている

私たちが手にする薬は、大きく分けて以下の3つのカテゴリーに分類されています。

  1. 一般用医薬品(OTC医薬品)

    ドラッグストアで棚に並んでいる、いわゆる「市販薬」です。私たちは自分の判断で購入することができます。

  2. 処方箋医薬品(医療用医薬品グループA)

    「処方箋がなければ販売してはいけない」と法律で厳格に定められている薬です。抗生物質や抗がん剤、血圧の薬、新しい成分の薬などがこれに当たります。

  3. 処方箋医薬品以外の医療用医薬品(医療用医薬品グループB)

    ここが今回の議論の焦点です。病院で使われる薬(医療用医薬品)でありながら、法律上は「処方箋が必須ではない」とされるグループです。例えば、一部のビタミン剤、湿布薬、保湿剤(ヒルドイドなど)、漢方薬などが含まれます。

「零売」とは、この3番目の「処方箋医薬品以外の医療用医薬品」を、薬剤師の適切な判断のもとで、処方箋なしに販売することを指します。

なぜ零売が存在するのか?

零売は、これまで「やむを得ない事情がある場合」に認められてきました。

例えば、「忙しくて病院に行く時間がないが、いつも使っている薬が切れてしまった」「連休中で病院が閉まっているが、どうしても症状を抑えたい」といったケースです。

薬剤師が患者の症状を聞き取り、お薬手帳を確認し、適切な量だけを販売することで、国民の利便性を高め、セルフメディケーション(自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること)を推進する役割を果たしてきました。


2. 零売が「禁止」に向かっている背景

これまで認められてきた零売ですが、近年、国(厚生労働省)はこれを厳しく規制し、事実上の「禁止」へと舵を切りました。

厚生労働省による「通知」での制限

これまで、零売は法律で明確に禁止されていたわけではありませんでした。しかし、厚生労働省は「通知(行政からの指導)」という形で、販売を強く制限してきました。

「安易に販売してはならない」「処方箋を受け取る努力をしなければならない」といったルールを厳格化し、零売を行う薬局に対して厳しい姿勢を示してきたのです。

なぜ国は禁止したいのか?

国が零売を制限したい背景には、主に以下の3つの理由があります。

  1. 安全性の懸念

    医師の診察なしに薬を服用することで、重大な病気を見逃したり、副作用のチェックが不十分になったりするリスクがあるという考え方です。

  2. 適切な医療の形

    「薬は医師の診断に基づいて処方されるべきだ」という、これまでの日本の医療システムの原則を守るためです。

  3. 美容目的などの不適切利用

    一部の保湿剤などが「美容に良い」とSNSで話題になり、本来の治療目的以外で零売を利用する人が増えたことが問題視されました。

零売

法律の改正:2027年5月までの完全義務化

この流れを決定づけたのが、「医薬品医療機器等法(薬機法)」の改正です。

この改正により、これまでは通知レベルでの制限だった零売が、「原則として禁止(処方箋に基づく販売を義務化)」と法律に明記されることになりました。一部の例外を除き、2027年5月までにこの規定が施行される見通しとなっています。

つまり、これまで「便利だな」と感じて利用していた零売が、法律によって完全に封じられようとしているのです。

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3. 薬剤師3人が立ち上がった「零売訴訟」とは

この「零売禁止」の流れに対し、「それは薬剤師の職能を否定し、国民の利益を損なうものだ」として立ち上がったのが、今回の訴訟の原告である3人の薬剤師です。

2025年1月に提訴されたこの裁判は、2026年6月2日に結審(裁判の審理が終了すること)しました。

裁判で争われているポイント

原告側の薬剤師たちは、主に以下の点を主張しています。

① 「職業選択の自由」の侵害

憲法22条では、自分の職業を自由に選び、その仕事を行う権利が認められています。薬剤師は薬の専門家であり、その知識に基づいて薬を販売することは本来の業務です。法律で一律に零売を禁止することは、薬剤師の専門性を否定し、正当な仕事をする権利を侵害しているという主張です。

② 「表現の自由」の侵害

零売を制限するということは、「このような薬を販売できます」という情報を発信することさえ制限されることを意味します。これが憲法上の表現の自由に抵触するという考えです。

③ 法的根拠の欠如

これまで国が「通知」だけで零売を制限してきたことに対し、「通知には法律のような強制力はないはずだ」と指摘しています。また、これから施行される改正法についても、十分な議論がないまま進められていると批判しています。

④ 国民の医薬品アクセス権

「忙しくて病院に行けない人」や「経済的な事情で診察料を抑えたい人」にとって、零売は重要な選択肢です。これを禁止することは、国民が薬を手に入れる権利を阻害し、かえって国民の健康を損なう可能性があると主張しています。

原告・扇柳氏の想い

今回の訴訟に参加しているオオギ薬局の扇柳創輔氏は、記者会見でこう述べています。

「処方箋なしで販売してよいかは、薬局業界が長年抱えてきたテーマ。その答えがようやく示される」

彼らにとってこれは、単に「薬を売りたい」という話ではなく、「薬剤師という国家資格を持った専門家が、社会の中でどのような役割を果たすべきか」という、職業プライドをかけた戦いなのです。


4. なぜ「2026年9月の判決」が重要なのか

今回のニュースで注目すべきは、判決が出る時期です。

先述の通り、零売を原則禁止とする新しい法律は「2027年5月まで」に施行されることになっています。

もし、裁判の判決が2027年5月以降になってしまうと、「すでに新しい法律が動いているのだから、昔のことは関係ない」と片付けられてしまう可能性がありました。

しかし、今回の判決は2026年9月18日に出されます。

これは、新しい法律が実際に本格始動する前のタイミングです。

判決が与える影響

薬剤師側の主張が一部でも認められ、「薬剤師が処方箋なしに販売できる地位にある」という判断が下されれば、大きな衝撃が走ります。

  • 法律の内容が変わる可能性: 2027年5月から施行される予定の改正法の細かな運用ルール(施行令や施行規則など)が見直されるかもしれません。

  • 薬剤師の役割の再定義: 薬剤師が単に処方箋通りに薬を揃えるだけの存在ではなく、自身の判断で責任を持って薬を提供する「主体的な専門家」として認められるきっかけになります。

  • 国民の選択肢の維持: 私たちが「忙しい時に薬局で薬を買う」という選択肢が守られる可能性が出てきます。

一方で、国側の主張が全面的に認められれば、零売は予定通り2027年までに姿を消し、病院で診察を受けなければ医療用医薬品を手にすることができなくなります。


5. 私たちの生活にどう関わってくるのか

零売が完全禁止になった場合

  • 時間の負担が増える: 湿布1枚、ビタミン剤1つを買い求めるのにも、病院の受付、診察待ち、会計待ちという長い時間を費やす必要があります。

  • 金銭的負担の変化: 病院の診察料や処方箋料がかかるため、セルフケアで済ませたい人にとってはコストが増える場合があります。

  • 医療機関の混雑: 軽度の不調で病院に駆け込む人が増えることで、本当に重篤な患者の診察が遅れる「医療崩壊」の一助になってしまう懸念も指摘されています。

零売がルールのもとで認められ続けた場合

  • 利便性の維持: 薬剤師のカウンセリングを受けながら、夜間や週末でも必要な薬を購入できます。

  • 健康意識の向上: 身近な薬局を相談窓口にすることで、自分の健康を自分で管理する意識が高まります。

  • 薬剤師の活用: 高度な知識を持つ薬剤師が、より社会に貢献できる仕組みが整います。

もちろん、何でもかんでも自由に買えるようにすべきだというわけではありません。原告側も「安全性を無視して売らせろ」と言っているのではなく、「専門家としての判断を尊重してほしい」と言っているのです。


6. まとめ

2026年9月18日に言い渡される「零売訴訟」の判決。

原告側の弁護士である西浦氏が語るように、法律が施行される前に判決を得られることは、今後の医療制度のあり方を議論する上で極めて大きな意味を持ちます。

今回のポイントの振り返り:

  • 零売とは、処方箋なしで一部の医療用医薬品を販売すること。

  • は安全性の観点から、2027年5月までに零売を原則禁止しようとしている。

  • 薬剤師は「職業の自由」や「国民のアクセス権」を理由に、その禁止に異を唱えて提訴した。

  • 2026年9月の判決は、新しい法律の運用に大きな影響を与える可能性がある。

私たちはこの裁判の結果を注視し、自分たちがどのように薬と向き合っていきたいのかを考える必要があります。薬局は単に薬を受け取るだけの場所なのか、それとも健康を支えるパートナーなのか。その「答え」の一つが、2026年秋に示されることになります。

 

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