居座り続けるヘルペスウイルスと追い出せるインフルエンザウイルス。その違いと治療法を解説
感染したウイルスには「一生付き合うもの」と「いなくなるもの」がある
私たちの身の回りには、目に見えない無数のウイルスが存在しています。風邪やインフルエンザのように、数日寝込めば治ってしまうものもあれば、ヘルペスやB型肝炎のように、一度感染すると一生体の中に居座り続けるものもあります。
なぜ、あるウイルスは体から完全に追い出すことができるのに、別のウイルスは一生消えないのでしょうか? その鍵は、ウイルスが持っている遺伝情報の形、つまり「DNA」か「RNA」かという違いにあります。
この記事では、よく耳にするウイルスの正体と、感染後の経過についてと、それぞれの治療薬の飲み方、そして例外的な存在であるHIV(エイズウイルス)について詳しく解説していきます。
1. ウイルスの基本構造と「設計図」の違い
ウイルスは自分一人では増えることができません。人間の細胞に侵入し、その細胞の機能を借りて自分のコピーを作ります。この時、ウイルスが持っている「設計図」が「DNA」なのか「RNA」なのかによって、その後の運命が大きく変わります。
DNAウイルスとは
DNA(デオキシリボ核酸)は、二重らせん構造を持つ非常に安定した物質です。人間にとっても、自分自身の情報を保存するための「マスターデータ」です。このDNAを設計図に持つウイルスを「DNAウイルス」と呼びます。代表的なものに、ヘルペスウイルスやB型肝炎ウイルスがあります。
RNAウイルスとは
RNA(リボ核酸)は、DNAの情報を一時的にコピーして使うための「使い捨てのメモ」のような物質です。構造が不安定で変化しやすい(変異しやすい)のが特徴です。このRNAを設計図に持つのが「RNAウイルス」で、インフルエンザウイルス、コロナウイルス、ノロウイルスなどがこれに当たります。
2. なぜDNAウイルスは体から消えないのか?(潜伏感染の仕組み)
DNAウイルスが「一生消えない」と言われる理由は、彼らが人間の細胞の「核」という、最も重要な場所に自分の設計図を組み込んでしまうからです。
ヘルペスウイルスの「居座り戦術」
例えば、口唇ヘルペスを引き起こす「単純ヘルペスウイルス」は、一度感染すると神経細胞の核の中に自分のDNAを送り込みます。そして、そこで「何もしない状態(潜伏状態)」に入ります。
人間の免疫システムは、「暴れているウイルス」を見つけて攻撃することは得意ですが、細胞の奥深くに静かに隠れている設計図を見つけ出すことはできません。そのため、体調が悪くなったり免疫力が落ちたりした隙を突いて、ウイルスは再び増殖を始め、症状を再発させます。
B型肝炎ウイルスの「長期滞在」
B型肝炎ウイルス(HBV)も同様です。肝臓の細胞の中に入り込み、「cccDNA(共有結合閉環状DNA)」と呼ばれる非常に安定した形になって細胞内に留まります。現在の医学では、この「隠れている設計図」を完全に消去することは非常に困難です。そのため、B型肝炎の治療は「ウイルスを全滅させる」ことよりも「ウイルスの増殖を極限まで抑え込み、肝臓を守る」ことが主眼となります。
3. なぜRNAウイルスは体から駆逐できるのか?
一方で、インフルエンザやコロナウイルスのようなRNAウイルスは、基本的には一度治れば体の中から完全にいなくなります。
核に入り込まない「短期決戦型」
RNAウイルスは通常、人間の細胞の「核」の中には入りません。細胞質という、核の外側のスペースで素早く自分のコピーを作り、次々と新しい細胞へ感染を広げます。
これはいわば「強盗」のようなものです。派手に暴れるため、免疫システムに見つかりやすく、抗体やT細胞といった免疫部隊によって一網打尽にされます。ウイルスが全てのコピーを作り終える前に免疫が勝利すれば、体の中にウイルスの設計図が残ることはありません。
免疫による「完全排除」
インフルエンザの場合、発症から1週間もすれば、体内のウイルスは免疫の働きで死滅します。後遺症が残ることはあっても、ウイルス自体が細胞の中に隠れて数年後に再発するということは、通常のRNAウイルスではありません。

4. 疾患別の治療薬:投与方法、回数、期間の徹底解説
ウイルスを追い出す、あるいは抑え込むために使われる薬は、疾患ごとに使い方が厳密に決まっています。ここでは代表的な疾患とその治療法について解説します。
① 口唇ヘルペス・性器ヘルペス(DNAウイルス)
これらの疾患は「抑え込む」治療が基本です。
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適応疾患: 単純ヘルペス
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代表的な薬: アシクロビル(ゾビラックス)、バラシクロビル(バルトレックス)
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投与方法: 飲み薬(錠剤・顆粒)または塗り薬
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投与回数と期間:
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初めての発症: バラシクロビル 500mgを1日2回、5日間服用します。
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目的: ウイルスの増殖を抑え、痛みを和らげ、治癒を早める。
② B型肝炎(DNAウイルス)
長期的なコントロールが必要な病気です。
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適応疾患: B型慢性肝炎
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代表的な薬: エンテカビル(バラクルード)、テノホビル(テノゼット、ベムリディ)
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投与方法: 飲み薬(錠剤)
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投与回数と期間: 1日1回、毎日服用します。
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服用期間: 原則として、数年から一生涯継続します。自己判断で中止するとウイルスが激しくリバウンドし、劇症肝炎という命に関わる状態になる恐れがあるため、非常に厳格な継続が求められます。
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目的: ウイルス量を測定不能なレベルまで下げ続け、肝硬変や肝がんへの進行を防ぐ。
③ 季節性インフルエンザ(RNAウイルス)
短期集中でウイルスを叩く治療です。
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適応疾患: インフルエンザA型・B型
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代表的な薬:
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タミフル: 飲み薬(カプセル)。1日2回、5日間服用します。
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ゾフルーザ: 飲み薬(錠剤)。1回のみの服用で完了します。
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リレンザ・イナビル: 吸入薬。イナビルは1回(2容器分)の吸入で完了します。
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目的: 体内でウイルスが増えるのを防ぎ、発熱期間を1〜2日短縮する。発症から48時間以内に使い始める必要があります。
④ 新型コロナウイルス(RNAウイルス)
重症化リスクがある場合に処方されます。
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適応疾患: COVID-19(軽症〜中等症)
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代表的な薬: パキロビッド、ラゲブリオ
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投与方法: 飲み薬(錠剤・カプセル)
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投与回数と期間:
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パキロビッド: 1日2回、5日間服用します。
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ラゲブリオ: 1日2回、5日間服用します。
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目的: ウイルスの複製を阻害し、肺炎の悪化や入院のリスクを減らす。
5. RNAウイルスなのに駆逐できない「HIV」の特殊性
ここまで「RNAウイルスは追い出せる」と説明してきましたが、たった一つ、非常に厄介な例外があります。それが「HIV(ヒト免疫不全ウイルス)」です。
逆転写という「禁じ手」
HIVは、分類上はRNAウイルスです。しかし、他のRNAウイルスとは決定的に違う能力を持っています。それが「逆転写(ぎゃくてんしゃ)」という仕組みです。
通常の生物は「DNA→RNA」という順番で情報を伝えますが、HIVは「RNAからDNAを作る」ことができます。細胞に侵入したHIVは、自分のRNAをDNAに変換し、なんと人間の細胞の核の中にあるDNAの中に、自分の情報を物理的に埋め込んでしまうのです。
駆逐が難しい理由
一度人間のDNAに組み込まれてしまうと、それは「細胞自身の情報」の一部として扱われます。ヘルペスウイルス以上に巧妙に隠れるため、現在の最新医療をもってしても、体内のすべての細胞からHIVの情報を消し去る(完治させる)ことはできません。
HIVの治療法
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代表的な薬: ビクタルビ、ジャヌビアなどの配合剤(多剤併用療法:ART)
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投与方法: 飲み薬
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投与回数: 1日1回、1錠を毎日服用します。
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現状: 薬を飲み続けることで、体内のウイルス量を「検出限界以下」まで下げることが可能です。これにより、エイズの発症を防ぎ、他人に感染させるリスクもほぼゼロにできます。しかし、服用を止めれば、DNAに隠れていたウイルスが再び活動を始めるため、一生飲み続ける必要があります。
6. まとめ:ウイルスとの向き合い方
私たちの体とウイルスの戦いは、相手の正体によって戦い方が異なります。
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DNAウイルス(ヘルペス、B型肝炎など)
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細胞の核(設計図の保管庫)に隠れるため、完全に消すことは難しい。
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治療の目標は、ウイルスを「眠らせる」ことや「増殖を抑える」こと。
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定期的な受診や、長期的な薬の服用(B型肝炎)や、発症時の短期服用(ヘルペス)が重要。
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RNAウイルス(インフルエンザ、コロナなど)
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細胞の核には入らず、細胞質で暴れる「短期決戦型」。
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免疫が勝利すれば、体から完全に追い出すことができる。
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治療の目標は、増殖を抑えて免疫の助けをすること。
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HIV(特別なRNAウイルス)
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RNAをDNAに書き換えて核に潜り込むため、例外的に追い出すのが困難。
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一生付き合う病気だが、現在は薬でコントロール可能な「慢性疾患」となっている。
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ウイルス感染症と聞くと「怖い」というイメージが先行しがちですが、それぞれの性質を知ることで、正しく恐れ、適切に対処することができます。
「DNAに潜伏するウイルス」であっても、薬によってウイルスの活動を眠らせておけば、健康な人と変わらない生活を送ることが可能です。「完全に消えないから絶望的」と考えるのではなく、「薬でコントロールして共生していく」という考え方が、現代医学における重要な視点です。
もし、ご自身や身近な方がこうしたウイルス疾患と診断された場合は、主治医の指示に従い、薬の服用回数や期間をしっかりと守ってください。それが、自分自身の体を守り、ウイルスの暴走を防ぐ唯一かつ最善の方法なのです。
