南相馬市立総合病院の禁忌薬誤投与。妊婦にアジルバが危険な理由と賠償問題を詳報
福島県南相馬市の市立総合病院において、極めて深刻な医療事故が発生していたことが明らかになりました。2026年2月25日、南相馬市は、妊娠中の女性に対して投与が禁忌(禁止)されている降圧薬を誤って処方・投与したことにより、生まれた新生児に健康被害が生じたとして、患者側に対して約86万円の賠償金を支払ったことを公表しました。
このニュースは、単なる一病院のミスにとどまらず、医療機関のシステムチェックの在り方、院外薬局との連携、そして何より「妊婦に対する薬剤使用の安全性」について、私たちに大きな警鐘を鳴らしています。本記事では、この事故の詳細な経緯とともに、誤投与された薬剤「アジルサルタン(商品名:アジルバ)」の性質や、なぜ妊婦に使用してはいけないのか、そして医療安全のために何が必要だったのかを詳しく解説します。
1. 事件の経緯:20日間以上にわたる禁忌薬の服用
事故が発覚したのは2024年2月のことでした。報道および南相馬市の発表によると、事案のタイムラインは以下の通りです。
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2024年2月21日:南相馬市立総合病院を受診した妊婦に対し、同院の医師が高血圧症の治療薬として「アジルサルタン(商品名:アジルバ)」を処方しました。
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同日:女性は病院から発行された処方箋を院外の調剤薬局に持ち込み、薬剤の交付を受けました。
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服用継続:女性は医師の指示通り、翌日から薬剤の服用を開始し、約20日間(3月11日まで)にわたって継続して服用しました。
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ミス発覚:2024年3月11日、女性が経過観察のために同病院を再受診した際、病院側が「本来投与してはいけない妊婦にアジルサルタンを処方していたこと」に気づきました。
その後、女性が出産した子供には「一時的な腎機能障害」が確認されました。この影響で新生児の入院期間が通常よりも延長される事態となりましたが、幸いにもその後、子供の腎機能は正常に回復したと報告されています。
南相馬市は、この新生児の腎機能障害とアジルサルタンの誤投与との間には「相当な因果関係がある」と判断。慰謝料および追加の入院費用などとして、計86万8830円を支払うことで合意し、2026年2月25日に発表を行いました。
2. 誤投与された薬剤「アジルサルタン(アジルバ)」とは?
今回、誤って処方されたのは、アジルサルタン(商品名:アジルバ錠)という薬剤です。この薬は「アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)」という種類に分類され、現代の血圧治療において非常に頻繁に用いられる主要な降圧薬の一つです。
ここでは、アジルサルタン(商品名:アジルバ錠)の本来の適応や投与方法について詳しく解説します。
2-1. 適応となる疾患
アジルサルタン(商品名:アジルバ錠)が適応となる主な疾患は以下の通りです。
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高血圧症
血管を収縮させ、血圧を上昇させる物質である「アンジオテンシンII」の働きをブロックすることで、血管を広げ、血圧を下げる効果があります。非常に強力かつ持続的な降圧効果があることで知られており、多くの高血圧患者に使用されています。
2-2. 投与方法・投与回数・用量
疾患の状況や患者の年齢・状態によって異なりますが、一般的な成人への投与基準は以下のようになっています。
| 適応疾患 | 投与方法 | 1日の投与回数 | 1回の用量(目安) |
| 成人(高血圧症) | 経口投与(飲み薬) | 1回 | 20mg(最大40mg) |
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通常の場合:成人は1日1回、アジルサルタン(商品名:アジルバ錠)として20mgを服用します。
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調整:年齢や症状により適宜増減されますが、1日の最大投与量は40mgまでとされています。
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服用タイミング:一般的には「朝食後」などに1日1回決まった時間に服用することが推奨されます。
この薬剤自体は、一般的な高血圧患者にとっては非常に有用で安全性の高い薬ですが、特定の条件下では「絶対に使用してはいけない」という制限があります。その最大の制限が「妊娠」です。
3. なぜ「アジルサルタン(アジルバ)」は妊婦に禁忌なのか
アジルサルタン(商品名:アジルバ錠)の添付文書(薬の取扱説明書)には、「妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与しないこと」と明記されています。これは、数ある禁止事項の中でも最も重い「禁忌」に該当します。
なぜこれほどまでに厳しく制限されているのか、その医学的な理由を詳しく見ていきましょう。
3-1. RAAS(レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系)の遮断
アジルサルタン(商品名:アジルバ錠)は、体内の「レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)」という血圧調節メカニズムに作用します。このシステムは、胎児の成長、特に「腎臓の形成と発達」において極めて重要な役割を果たしています。
妊娠中期から末期にかけて、胎児の血圧維持や腎臓の血流確保には、アンジオテンシンIIが不可欠です。母親がアジルサルタンを服用すると、胎盤を通じて薬剤が胎児に移行し、胎児のアンジオテンシンIIの働きを止めてしまいます。
3-2. 胎児・新生児への具体的な悪影響
妊娠中にこの系統の薬(ARBまたはACE阻害薬)を服用した場合、以下のような深刻な副作用が報告されています。
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胎児の腎不全・腎機能障害:
胎児の腎臓への血流が低下し、尿が作られなくなります。これにより、胎児を包む「羊水」が極端に減少する「羊水過少症」を引き起こします。 -
胎児の形態異常(頭蓋形成不全など):
羊水が減少することで胎児が圧迫されたり、血流不足が起こったりすることで、頭蓋骨の形成が不十分になったり、手足の奇形が生じたりするリスクがあります。 -
新生児の低血圧・高カリウム血症:
生まれたばかりの赤ちゃんが深刻な低血圧に陥り、命の危険が生じることがあります。 -
肺の発育不全:
羊水は胎児の肺の発達にも関与しているため、羊水過少の結果、生まれた後に呼吸がうまくできない「肺低形成」を招く恐れがあります。
今回の南相馬市の事例で、新生児に「一時的な腎機能障害」が生じたのは、まさにこの薬剤の特性による典型的な副作用であると考えられます。幸いにも服用期間が限定的であったことや、発見後の処置が適切であったため正常化したと考えられますが、一歩間違えれば生涯残る障害や、命に関わる事態になっていた可能性も否定できません。
4. 事故の原因分析:なぜチェック機能が働かなかったのか
今回の事故において、最も問題視されているのは「病院のチェック体制」です。高度な医療を提供する総合病院でありながら、なぜ「妊婦に禁忌薬を出す」という基本的なミスが防げなかったのでしょうか。
4-1. 電子カルテのシステム不備
病院側の説明によれば、当時使用していた電子カルテシステムにおいて、「特定の患者(妊婦)に対して禁忌薬を処方しようとした際に、警告(アラート)が表示される設定」になっていませんでした。
現代の医療現場では、数千種類に及ぶ薬剤の組み合わせや禁忌事項を医師がすべて記憶しておくことは困難です。そのため、通常はシステム側で「患者の属性(妊娠中、アレルギー、併用薬)」と「処方薬」を照合し、危険な場合にポップアップで警告を出す仕組みが導入されています。この基本的な安全装置が機能していなかったことが、第一の大きな原因です。
4-2. 人的チェック(第三者確認)の欠如
システムに頼るだけでなく、医師以外のスタッフ(看護師、薬剤師など)によるダブルチェックも十分ではありませんでした。
通常、処方入力の段階、あるいはその後の監査の段階で「この患者様は妊娠中ですが、この降圧薬で間違いありませんか?」と誰かが気づくべきポイントが複数あったはずですが、それらすべてを通り抜けてしまったことになります。
4-3. 院外薬局での見落とし
今回の処方は、病院外にある民間薬局(院外薬局)で調剤されました。
薬局の薬剤師は、処方箋を受け取った際に「疑義照会(内容の確認)」を行う義務があります。患者が持参する「お薬手帳」などを通じて妊娠中であることを把握していれば、調剤する前に病院へ問い合わせ、ミスを未然に防ぐことができたはずです。
南相馬市の担当者は「当院以外の対応については言及できる立場にない」としていますが、薬局側でのチェック機能も働かなかったことは、地域医療全体の連携における課題を示唆しています。

5. 再発防止に向けた取り組みと今後の課題
事故を受け、南相馬市立総合病院では再発防止策として以下の対策を講じたとしています。
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電子カルテシステムの改修:
妊婦への禁忌薬が処方された際に、画面上に強力なアラートが表示されるようにシステムをアップデートしました。 -
マニュアルの再徹底:
処方時の確認プロセスを再構築し、医師・スタッフ間での情報共有を強化しました。
しかし、こうした対策が「形だけ」になってはいけません。医療のIT化が進む一方で、最終的に判断を下すのは人間です。システムに依存しすぎることなく、「なぜこの薬が必要なのか」「患者の状態に合っているか」という基本的な確認作業を徹底する文化が求められます。
また、患者側としても、自身の身を守るために以下の点に注意することが推奨されます。
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お薬手帳の活用:妊娠中であることや、現在服用中の薬をすべての医療機関・薬局に正しく伝えること。
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薬剤師への相談:薬を受け取る際、「妊娠中ですが、この薬は飲んでも大丈夫ですか?」と一言確認するだけでも、今回のような事故のリスクを劇的に下げることができます。
6. まとめ:医療安全の根幹を問い直す
福島県南相馬市立総合病院で発生した「アジルサルタン(商品名:アジルバ)」の誤投与事故は、医療の安全がいかに繊細なバランスの上で成り立っているかを如実に示しました。
今回のポイントを整理すると以下の通りです。
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事故内容:妊婦に禁忌の降圧薬「アジルサルタン(商品名:アジルバ)」を約20日間処方・投与。
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健康被害:生まれた新生児に一時的な腎機能障害が発生。入院期間が延長。
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賠償:市が因果関係を認め、約86万円を支払うことで合意。
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アジルサルタンの特性:高血圧に効果的だが、胎児の腎形成に悪影響を及ぼすため妊婦には絶対禁忌。
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原因:システムアラートの不備と、現場でのチェック体制の甘さ。
医療機関には、最新のシステム導入とともに、それを運用する個々の専門職が高い安全意識を持つことが求められます。また、私たちは患者として、自身の健康情報を医療者と共有し、疑問があれば遠慮なく質問することの重要性を再認識すべきでしょう。
「あってはならない」事故を二度と繰り返さないために、南相馬市立総合病院だけでなく、全国の医療機関が今回の事例を自らの問題として捉え、安全対策を強化していくことを切に願います。
新生児の腎機能が正常化したことは不幸中の幸いでしたが、この教訓がこれからの日本の医療安全をより強固なものにする糧となるべきです。

