兵庫県立はりま姫路総合医療センターの誤嚥事故から学ぶ:パンの危険性と適切な食事管理

兵庫県立はりま姫路総合医療センターの誤嚥事故から学ぶ:パンの危険性と適切な食事管理

兵庫県姫路市にある「兵庫県立はりま姫路総合医療センター(通称:はりま姫路総合医療センター)」において、非常に痛ましい医療事故が発生したことが公表されました。入院中の患者が朝食のパンを喉に詰まらせ、窒息による心肺停止状態に陥ったというものです。

このニュースは、単なる一つの病院の過失として片付けるべきではなく、介護や医療の現場、あるいは家庭で高齢者や障害を持つ方をケアするすべての人にとって、重要な教訓を含んでいます。


1. 事故の概要と経緯

今回の事故は、2023年7月に発生しました。事故の当事者となったのは、50代の女性患者です。

女性はもともと「高次脳機能障害」という重い症状を抱えており、別の病院に長期入院していました。しかし、左の鎖骨を骨折したため、手術や専門的な治療を目的として、はりま姫路総合医療センターへ転院してきました。

事故が起きたのは、転院した翌日の朝でした。提供された朝食の中に「パン」があり、女性はそれを口にした際に誤嚥(ごえん:食べ物などが誤って気管に入ること)を起こしました。女性は窒息し、その後、心肺停止の状態で発見されました。

病院スタッフによる懸命な救命処置が行われましたが、女性の意識は戻らず、事故から時間が経過した現在もなお、意識不明の状態で治療が続いているとのことです。

病院側は、事故後の記者会見や発表において、「女性の病状を考慮すると、パンを提供すべきではなかった」と、病院側の判断ミスを認め、謝罪しています。


2. なぜ「パン」が危険だったのか?

一般的に、パンは柔らかくて食べやすいイメージがあるかもしれません。しかし、嚥下機能(飲み込む力)が低下している人にとって、パンは「非常にリスクの高い食べ物」の一つとして知られています。

パン特有の危険な性質

パンが誤嚥や窒息を引き起こしやすい理由は、主に3つあります。

  1. 水分の吸収力が高い:

    パンは唾液の水分を急激に吸収します。口の中でパサパサになりやすく、うまくまとまり(食塊:しょっかい)を作ることができません。バラバラになったパンの破片が気管に入り込みやすくなります。

  2. 粘り気が出て張り付く:

    唾液と混ざったパンは、お餅のように粘り気を持つことがあります。これが喉の奥や上あごに張り付いてしまうと、飲み込むことが困難になり、空気の通り道を塞いでしまいます。

  3. 体積が膨らむ:

    水分を吸ったパンは、口の中で膨らみます。ひと口の量が多すぎると、飲み込もうとした瞬間に喉を完全に塞いでしまう危険があります。

特に今回のケースでは、患者が「高次脳機能障害」を患っていたことが大きなポイントとなります。

はりま姫路総合医療センター


3. 高次脳機能障害と「食べる力」の関係

「高次脳機能障害」とは、交通事故や脳卒中などで脳が損傷を受けた結果、記憶、注意、言語、感情のコントロールといった知的な機能に障害が出る状態を指します。

一見すると「飲み込む力(喉の筋肉)」とは関係なさそうに見えますが、実は密接に関係しています。食事をするという行為は、実は脳の高度な指令によって成り立っています。

  • 認識の障害: 食べ物を食べ物として認識できない、あるいは「一口にどれくらいの量を入れればいいか」の判断ができなくなります。

  • 注意力の欠如: 食事中に他のことに気を取られ、十分に噛まずに飲み込んでしまうことがあります。

  • ペース配分の乱れ: 口の中に食べ物が残っているのに、次から次へと詰め込んでしまう「詰め込み食べ」が起こりやすくなります。

つまり、喉の筋肉そのものに麻痺がなくても、脳の機能障害によって「安全に食べる手順」が守れなくなるのです。病院側が「パンを提供すべきではなかった」と述べているのは、こうした患者の特性(認知機能や行動の特性)を十分に評価できていなかったことを指しています。


4. 本来、どのような医療・看護が行われるべきだったのか

医療事故を防ぐためには、病院には厳格なプロトコル(手順)が存在します。今回のケースでは、本来どのような対応がなされるべきだったのか、標準的な手順を整理します。

① 転院時における「食機能評価」の徹底

患者が転院してきた際、前の病院からの情報提供書(紹介状)には、どのような食形態(ミキサー食、刻み食など)だったかが記されているはずです。しかし、環境が変わると状態も変化するため、新しい病院でも改めて「嚥下スクリーニング検査」を行うのが一般的です。

水やゼリーを飲み込んでもらい、呼吸の変化やむせがないかを確認するテスト(MWST:改訂水飲みテストなど)を行うべきでした。

② 多職種によるカンファレンスの実施

医師、看護師だけでなく、言語聴覚士(ST)や管理栄養士が連携して、その患者にとって安全な食事のレベルを決定します。高次脳機能障害がある場合は、特に慎重な判断が求められます。

③ 適切な「食形態」の選択

嚥下機能に不安がある場合、最初はパンを避け、まとまりやすく飲み込みやすい「お粥」や「ゼリー食」から開始するのがセオリーです。もしパンを提供する場合でも、水分に浸して柔らかくした「パン粥」にするなどの工夫が必要です。

④ 食事中の見守りと介助

新しい環境での最初の食事は、特にリスクが高い時期です。看護師やケアスタッフが側につき、一口の量やペースを適切にコントロールする「見守り」が必要不可欠でした。

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5. 情報共有の「壁」という課題

今回の事故の背景には、転院直後というタイミングも影響していると考えられます。

長期入院していた病院から急性期病院へ転院した際、情報の引き継ぎが不十分だったり、受け入れ側の確認が漏れてしまったりすることは、医療現場でしばしば起こりうるリスクです。

「前の病院で大丈夫だったから」という思い込みや、「骨折の治療がメインだから」という意識の偏りが、食事という日常的な行為への注意を疎かにしてしまった可能性があります。

しかし、病院は命を守る場所であり、骨折の治療以前に、生命維持に直結する「呼吸」と「食事」の安全確保は最優先事項です。転院翌日の朝という、情報の精査が終わっていない段階で、リスクのあるパンを提供してしまったことは、体制上の不備があったと言わざるを得ません。


6. 私たちが学べること:家庭や介護現場での注意点

この事故は、決して人ごとではありません。ご家族に高齢者や脳機能に障害を持つ方がいらっしゃる場合、以下の点に注意してください。

  • パンは「飲み物」と一緒に: パンを食べる際は、必ずお茶やスープなどの水分を先に摂り、喉を湿らせてからにしましょう。

  • 一口を小さく、よく噛む: 一度にたくさん頬張らないよう、小さくちぎって提供することが大切です。

  • 耳を落とす、トーストしすぎない: パンの耳は硬く、誤嚥の原因になりやすいです。また、焼きすぎると水分が飛んでパサつくため、しっとりした状態が望ましいです。

  • 異変に気づく: 食事中に「声がガラガラになる」「むせる」「目が赤くなる」などのサインがあれば、それは誤嚥の兆候かもしれません。


7. まとめ

兵庫県立はりま姫路総合医療センターで起きた今回の事故は、高次脳機能障害という患者の特性を見誤り、リスクの高い「パン」を提供したことによって引き起こされました。

医療は常に100%安全とは限りませんが、防げるはずの事故を防げなかったことの代償は極めて大きいものです。私たちはこのニュースを通じて、食事という行為の重要性と、それを支える適切な評価とケアの必要性を再認識しなければなりません。

 

 

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