インスリン単位計算とカーボカウントをわかりやすく解説
糖尿病の治療において、血糖値をコントロールするために欠かせないのが「インスリン」です。特にインスリン注射を行っている方にとって、「今の血糖値や食事量に対して、インスリンを何単位打てばいいのか」という判断は、毎日の生活に直結する非常に重要なポイントです。
かつては「毎食一律で〇単位」という固定打ちが主流でしたが、現代の糖尿病治療では、食事に含まれる糖質の量やその時の血糖値に合わせてインスリン量を調整する「生理的なインスリン補充」が目指されています。
この記事では、インスリンの基本的な役割から、食事量に合わせて計算する「カーボカウント」、そして自分の体にインスリンがどれくらい効くかを知るための「インスリン効果値(1800ルール)」について詳しく解説します。
1. インスリンという薬の役割と仕組み
インスリンの単位計算について学ぶ前に、まずはインスリンという薬が体の中でどのような働きをしているのか、その概要を理解しておきましょう。
1-1. インスリンの適応症
インスリン製剤は、主に以下のような状態の方に使用されます。
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1型糖尿病: 膵臓のインスリンを出す細胞が壊れ、インスリンがほとんど分泌されない状態。生きていくためにインスリン注射が必須です。
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2型糖尿病: インスリンの出が悪くなったり、効きが悪くなったり(インスリン抵抗性)した状態。食事療法や運動療法、飲み薬で改善しない場合にインスリンが使用されます。
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その他: 妊娠糖尿病や、手術前後、重症の感染症にかかった際など、一時的に高度な血糖管理が必要な場合にも使用されます。
1-2. 薬理作用の概要
私たちの体は、食事から摂った炭水化物を「ブドウ糖」に分解し、血液を通して全身の細胞にエネルギーとして届けます。しかし、ブドウ糖は自分一人では細胞の中に入ることができません。
ここで「鍵」の役割を果たすのがインスリンです。インスリンが細胞の表面にあるドアをカチッと開けることで、血液中のブドウ糖が細胞内に取り込まれ、エネルギーとして利用されます。その結果、血液中の糖分が減り、血糖値が下がるのです。
糖尿病では、この「鍵(インスリン)」が足りなかったり、鍵穴が錆びていて上手く回らなかったりするため、糖が血液中に溢れてしまいます。インスリン製剤を注射することで、外から「鍵」を補い、正常な代謝を取り戻すのが治療の目的です。
2. インスリン分泌の「基礎」と「追加」を理解する
健康な人の膵臓からは、24時間絶え間なくインスリンが分泌されています。これを再現するために、糖尿病治療では大きく分けて2つのパターンのインスリン補充を行います。
2-1. 基礎分泌(持続型インスリン)
私たちは食事をしていない時や寝ている間も、肝臓から少しずつ糖が放出されてエネルギー源となっています。この一定の糖に対応するために、ごく少量のインスリンが常に分泌されているのが「基礎分泌」です。
治療では、持続型インスリン製剤(例:トレシーバ、ランタス、グラルギンなど)を使用して、24時間のベースラインを整えます。これは、1日1回(あるいは2回)の注射で、平らな効き目が長時間続くのが特徴です。
2-2. 追加分泌(超速効型インスリン)
食事をすると、血糖値は急激に上がります。これに合わせて膵臓からドバッと大量にインスリンが出るのが「追加分泌」です。
治療では、超速効型インスリン製剤(例:アピドラ、ノボラピッド、ルムジェブなど)を毎食直前に注射します。これらは注射後すぐに効果が現れ、食後の血糖スパイクを抑える役割を担います。
今回解説する「単位計算」の主役は、この追加分泌(超速効型インスリン)です。
3. カーボカウント:食事に合わせてインスリンを決める
「カーボカウント」とは、食事に含まれる「カーボ(炭水化物・糖質)」の量を「カウント(計算)」し、それに見合ったインスリン量を決定する方法です。
3-1. 基礎カーボカウント
まずは「何に糖質が多く含まれているか」を知る段階です。
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糖質が多いもの: ご飯、パン、麺類、芋類、果物、お菓子、甘い飲み物。
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糖質が少ないもの: 肉、魚、卵、豆腐、野菜(根菜以外)、きのこ、海藻。
基礎カーボカウントでは、これらの食品を区別し、毎食の糖質量を一定に保つ練習をします。これにより、血糖値の変動が予測しやすくなります。
3-2. 応用カーボカウント
今回の本題である「インスリン単位の算出」を行うのが応用カーボカウントです。
ここでは、「糖質インスリン比(ICR:Insulin to Carbohydrate Ratio)」という数値を使います。
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糖質インスリン比(ICR)とは?
インスリン1単位で、何グラムの糖質を処理できるかを示す数値です。
例:ICRが「10」の人は、糖質10gに対してインスリンを1単位打ちます。
計算式:
打つべきインスリン量 = 食べる糖質量(g) ÷ ICR
例えば、ICRが10の人が、糖質70gのカレーライスを食べる場合、70 ÷ 10 = 7単位を打つことになります。このICRは、体格や運動量、時間帯(朝は効きにくいなど)によって人それぞれ異なります。
4. インスリン効果値:高い血糖値を下げるための計算
食事の糖質分だけでなく、「今、すでに高い血糖値を目標値まで下げるため」のインスリン量も考慮する必要があります。ここで登場するのが
「インスリン効果値(ISF:Insulin Sensitivity Factor)」
です。
4-1. インスリン1単位で血糖値はどれくらい下がる?
インスリン効果値とは、「インスリン1単位で血糖値が何mg/dL下がるか」を示す指標です。
一般的に、大人の1型糖尿病患者さんの場合、1単位で血糖値が30〜50mg/dL程度下がることが多いですが、これも個人差が非常に大きいです。インスリンが効きやすい人なら100近く下がることもありますし、肥満などで効きにくい人(インスリン抵抗性がある人)は20程度しか下がらないこともあります。
4-2. 超速効型インスリンの「1800ルール」
自分のインスリン効果値を推定するための便利な目安が「1800ルール」です。このルールは、特にアピドラ、ノボラピッド、ルムジェブといった超速効型インスリンを使用している場合に適用されます。
計算式:
インスリン効果値 = 1800 ÷ 1日のインスリン合計単位数(TDD)
TDD(Total Daily Dose)とは、基礎インスリンと追加インスリンをすべて合わせた、1日の合計単位数です。
【計算例】
1日の合計単位数(TDD)が30単位の人の場合:
1800 ÷ 30 = 60
つまり、この人は「インスリン1単位で、血糖値がおよそ60mg/dL下がる」と推定できます。
4-3. 超速効型インスリンの種類と特徴
1800ルールの対象となる主な薬を紹介します。
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ノボラピッド・アピドラ:
長年使われている標準的な超速効型インスリンです。注射後10〜20分で効き始め、1〜3時間でピークを迎え、3〜5時間ほど持続します。 -
ルムジェブ:
「超」超速効型とも呼ばれる新しいタイプです。ノボラピッドなどよりもさらに吸収が早く、食後すぐの血糖上昇をより強力に抑えます。効果の消失も早いため、次の食事への影響が少ないというメリットがあります。
いずれの薬も「1800ルール」を用いて効果値の目安を立てることができますが、ルムジェブのような非常に立ち上がりが早い薬は、低血糖のタイミングも早まる可能性があるため注意が必要です。

5. 実践!インスリン使用単位の総仕上げ計算
これまでの「カーボカウント(食事分)」と「インスリン効果値(補正分)」を組み合わせて、実際に注射する単位数を決めてみましょう。
【総合的な計算式】
合計単位 = ①食事のための単位 + ②高血糖を直すための単位
① 食事のための単位 = 食べる糖質量 ÷ ICR(糖質インスリン比)
② 高血糖を直すための単位 = (現在の血糖値 - 目標血糖値) ÷ インスリン効果値
【具体例でシミュレーション】
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現在の血糖値:220 mg/dL
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目標血糖値:100 mg/dL
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これから食べる糖質:60g
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あなたのICR(糖質インスリン比):10
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あなたのISF(インスリン効果値):40(TDDが45単位の人の目安)
計算:
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食事分:60g ÷ 10 = 6単位
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補正分:(220 - 100) ÷ 40 = 3単位
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合計:6 + 3 = 9単位
この場合、9単位を注射するのが適切であると導き出せます。
6. 単位計算を行う際の注意点
計算式は非常に便利ですが、人間の体は機械ではありません。以下の点に注意して、主治医と相談しながら調整していくことが大切です。
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低血糖への警戒: 計算上は正しくても、その後の運動や体調によって低血糖になることがあります。特に初めて計算を取り入れる際は、少し控えめの単位から始めるのが安全です。
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脂質とタンパク質の影響: カーボカウントは糖質に焦点を当てていますが、脂質の多い食事(焼肉、ピザなど)は、後から血糖値をじわじわと押し上げることがあります。
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アルコールの影響: お酒を飲むと、肝臓での糖の産生が抑えられ、後で低血糖になりやすくなることがあります。
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ルールの修正: 「1800ルール」はあくまで目安です。実際の結果を見て、1800を1500や1700に入れ替えて計算することもあります(1500ルールは速効型インスリンでよく使われます)。自分の「本当の数値」は、日々の血糖測定データの積み重ねから見えてきます。
7.「カロリーが高い=インスリンを増やす」は間違い
糖尿病治療でインスリンを使っていると、「今日はご馳走でカロリーが高いから・・・」と考えることがあるかもせいれませんが、インスリンの単位を決める計算に「カロリー」という項目は出てきません。
「単位の計算には直接関係ないけれど、長期的には深く関係する」という、インスリンとカロリーの少し不思議な関係を最後に解説します。
〇 今打つべき量は「カロリー」ではなく「糖質」で決まる
インスリンを打つ最大の目的は、食後に上がった血糖値を下げることです。ここで重要なのは、血糖値を急激に上げる犯人は「カロリー」ではなく「糖質」であるという点です。
例えば、以下の2つを比べてみましょう。
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おにぎり2個(約350kcal): カロリーは控えめですが、糖質が非常に多いため血糖値は急上昇します。
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大きなステーキ(約600kcal): カロリーは高いですが、糖質はほぼゼロ。血糖値の上がり方は緩やかです。
この場合、「今すぐ打つべきインスリン」が多く必要なのは、意外にもカロリーが低い方のおにぎりなのです。このように、毎食の単位数を決める基準は、エネルギー量(カロリー)ではなく、炭水化物の量(カーボ量)となります。
〇 なぜ「高カロリー」を無視してはいけないのか?
では、カロリーは全く気にしなくていいのかというと、そうではありません。高カロリーな食生活は、後から「インスリンの効き目」に悪影響を及ぼします。
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太ると「鍵穴」にダメージを及ぼす(インスリン抵抗性):
高カロリーな食事が続いて体重(内臓脂肪)が増えると、体の中でインスリンが効きにくくなる「インスリン抵抗性」という状態になります。これは、インスリンという「鍵」が「鍵穴」に入りにくくなるようなもの。同じ糖質を処理するのにも、より多くのインスリンが必要になってしまうのです。 -
脂質がインスリンを邪魔する:
高カロリーな食事に付き物の「脂質(油)」は、数時間経ってから血糖値をダラダラと上げ続けたり、一時的にインスリンの効きを悪くしたりする性質があります。
〇賢い使い分け:インスリンは「糖質」で、健康は「カロリー」で
インスリン治療をスムーズに進めるためには、頭の中を以下のように整理するのが理想的です。
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「単位数」を決めるときは「糖質(カーボ)」
食事で血糖値がどれくらい上がるかが計算され、インスリンの使用単位数が決定されています。 -
「体調・健康」を管理するときは「総カロリー」を見る
適切な体重を維持することで、インスリンが効きやすい体質をキープします。インスリンの効きが安定すれば、計算通りのコントロールがしやすくなります。
「糖質に合わせてインスリンを調整し、カロリーを管理してインスリンが効きやすい体を作る」。この二段階の考え方が、良好な血糖コントロールへの近道です。
まとめ:自分にぴったりの「物差し」を持とう
今回は、糖尿病の治療におけるインスリン単位の計算例をご紹介しました。
今回のポイントを振り返ります。
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インスリンには「基礎」と「追加」の2つの役割がある。
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カーボカウント(ICR)を把握して、食事の糖質量に合わせた単位が決定されている。
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1800ルール(ISF)により、高血糖を安全に下げるための単位が推定されます。
インスリンの単位調整は、いわば「自分の体との対話」です。最初は計算が難しく感じるかもしれませんが、少しずつ自分専用の「糖質インスリン比」や「インスリン効果値」が把握されます。
