薬局の管理薬剤師が複数店舗を兼務?厚生労働省の通知と業界の課題を徹底解説
私たちの生活において、処方箋を持って薬を受け取りに行く「薬局」は非常に身近な存在です。しかし現在、その薬局の安全管理について管理薬剤師による兼任問題が浮上しています。大手ドラッグストアチェーンにおける「管理薬剤師の複数店舗兼務」という不祥事と、それを受けて厚生労働省が出した厳格な通知について、その背景と私たちが知っておくべき実態を詳しく解説します。
以下に厚生労働省が公開した「薬局における適正な業務の確保等についてR8/7/30」のPDFファイルを添付します。
1. そもそも「管理薬剤師」とはどのような役割なのか
薬局には必ず「管理薬剤師」という責任者が一人置かれることが法律で定められています。これは単なる役職名ではなく、薬局全体の安全性や法令遵守を監督する極めて重要な法的責任を伴うポジションです。
実地管理の原則
医薬品医療機器等法(以下、薬機法)第7条において、薬局の管理者はその薬局を「実地に管理」しなければならないと定められています。これは、管理薬剤師がその店舗に常駐し、薬の保管状態や調剤のプロセス、従業員の監督などを直接目で見て、責任を持って管理することを意味します。
兼務禁止のルール
薬機法では、管理薬剤師は「その薬局以外の場所で、業として薬局の管理その他薬事に関する実務に従事してはならない」と規定されています。つまり、原則として一人の管理薬剤師が複数の店舗を掛け持ちすることは認められていません。これは、管理者が不在の状態で薬局が運営されることで、調剤ミスが発生した際の責任の所在が不明確になったり、薬の適正な管理が疎かになったりすることを防ぐためです。
2. 大手ドラッグストア「コクミン」で発覚した不祥事の実態
2026年3月、イオングループのウェルシアホールディングス傘下であるドラッグストアチェーン「コクミン」において、この問題についての法令違反が発覚しました。
12店舗に及ぶ不正な兼務
社内調査の結果、大阪府、兵庫県、福岡県に所在する計12店舗において、管理薬剤師が本来配置されるべき店舗以外でも業務を行っていた、つまり「兼務」していたことが明らかになりました。これは薬機法が定める専任配置の原則を真っ向から破る行為です。
組織的な指示と隠蔽
この問題の深刻さは、現場の薬剤師が独断で行ったことではなく、西日本エリアを担当する「エリアマネージャー」2人が主導して指示を出していた点にあります。店舗に薬剤師が不足し、本来であれば閉局しなければならない状況であるにもかかわらず、通常営業を継続させるために、管理薬剤師に他店での兼務を強いていたのです。さらに、担当者らはこれが法令に抵触する可能性を認識していたことも確認されており、組織的な隠蔽体質が問われています。
調査の拡大と再発防止
コクミン側は当初、過去1年間を対象に調査を行っていましたが、事態を重く見て対象を過去3年間に拡大しました。不適切に算定された調剤報酬の返還も検討されており、企業としての信頼は大きく失墜しています。
3. 厚生労働省が発出した「異例の通知」の内容
この事案を受け、厚生労働省は2026年(令和8年)7月30日付で、各都道府県の衛生主管部局に対し「薬局における適正な業務の確保等について」という通知を出しました。これが冒頭のPDF資料の内容です。
通知が強調する「責任の所在」
通知の中では、管理薬剤師が他店で実務に従事した結果、従事先で適切な記録を怠り、「調剤の責任の所在が不明確になる」という事案が複数発覚したことが明記されています。これは患者さんの安全を守るための最終防衛ラインが崩れていることを意味します。
薬局開設者(企業)の義務
通知では、薬機法第9条の2および第9条の3に基づき、薬局開設者(経営者や企業)が守るべき事項を整理しています。
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管理者の意見を尊重すること: 管理薬剤師が「この体制では安全が保てない」と意見を述べた場合、開設者はそれを尊重し、必要な措置を講じる義務があります。
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社内体制の整備: 管理薬剤師の意見を聞き、適切な対応を取るための体制を作らなければなりません。
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エリアマネージャー等の責任: たとえ法人が開設者であっても、それを補佐する役員や「エリアマネージャー」などの不適切な行為によって違反が起きた場合、開設者自身の責任が厳しく問われることが強調されています。
知事等への速やかな報告
もし法令違反やその恐れがある行為を認識した場合には、速やかに都道府県知事等へ報告することも義務付けられています。これは、自浄作用が働かない場合に外部のチェックを強制的に入れるための仕組みです。
4. 日本薬剤師会による厳しい批判と「内なる課題」
この問題に対し、日本薬剤師会の岩月進会長は記者会見で「管理薬剤師の兼務はあり得ない。企業体質が問題だ」と厳しく批判しました。しかし、この問題は単なる一企業の不祥事にとどまらない複雑な背景を持っています。
「薬剤師不足」という根本原因
岩月会長は、不祥事の根流には「薬剤師が不足している」という問題があると指摘しています。薬剤師が確保できていないにもかかわらず、売上や利便性を優先して無理に営業を続けようとする企業の姿勢が、現場の薬剤師に過度な負担を強いて、法令違反を招いているという見方です。
日本薬剤師会内部での矛盾
一方で、2026年8月の報道では、日本薬剤師会(日薬)自体の役員についても疑念の目が向けられています。日薬の副会長職などを務める幹部が、自薬局の「管理薬剤師」を兼務しているケースがあるというのです。
日薬の役員は会議や行政との折衝のために週の多くを東京で過ごすことになります。その間、自薬局を離れている状態で「実地に管理」ができていると言えるのか、という指摘です。これに対し、岩月会長は「本人には改善を促している」と述べており、業界のリーダー層においても、管理薬剤師のあり方が問われる事態となっています。
5. 利用者が直面するリスク
薬局の管理体制が疎かになることは、私たち利用者にとってどのようなリスクを意味するのでしょうか。
調剤過誤への対応遅延
もし薬の飲み合わせや分量の間違い(調剤ミス)があった場合、誰が最終的な責任を持って対応し、再発防止策を講じるのか。管理薬剤師が不在であったり、複数店舗を兼務して状況を把握できていなかったりすると、原因究明が遅れ、適切な謝罪や補償も受けられない可能性があります。
医薬品の品質劣化
薬局には冷所保存が必要な薬や、湿度を嫌う薬など、厳格な管理が必要な医薬品が多数あります。管理者が不在がちな薬局では、これらの温度管理や在庫管理がルーズになる恐れがあり、効果が弱まった薬や、最悪の場合は変質した薬を服用することになりかねません。
薬剤師の倫理観の欠如
企業から「法令違反でもいいから営業を続けろ」という指示が常態化している職場では、薬剤師のプロフェッショナルとしての倫理観が摩耗してしまいます。患者さんの健康よりも企業の利益を優先するような空気の中で、質の高い医療サービスを期待することは困難です。

6. 今後の展望と薬局業界への期待
今回の厚生労働省の通知は、薬局経営者に対して「管理薬剤師を単なる名前貸しの責任者にするな」という強い警告です。
立ち入り検査の強化
今後、各自治体による薬局への立ち入り検査がより厳格化されることが予想されます。特に、大手チェーン店のように多くの店舗を抱える企業に対しては、管理薬剤師が本当にその店舗に勤務し、実地管理を行っているかどうかのチェックが厳しくなるでしょう。
企業のガバナンス改革
薬局を運営する企業は、エリアマネージャーや本部スタッフによる現場への不当な圧力を排除する仕組みを作る必要があります。管理薬剤師が「今日は薬剤師が足りないので閉めます」と正当な判断をした際に、それを評価し、サポートする文化が求められています。
透明性の確保
利用者である私たちも、薬局が単なる「薬を売る店」ではなく、法的な責任のもとに運営される「医療提供施設」であることを認識する必要があります。管理薬剤師の氏名が掲示されているか、相談しやすい体制が整っているかといった視点を持つことも、質の高い薬局を選ぶ上での一つの目安になるかもしれません。
7. まとめ
今回の管理薬剤師の複数店舗兼務問題は、深刻な薬剤師不足という社会的な背景と、利益を優先する企業のガバナンス欠如、そして専門職としての倫理観の揺らぎが複合的に合わさって起きたものです。
厚生労働省が通知で示した通り、管理薬剤師は薬局の安全を守る要であり、その権限と意見は経営者によって尊重されなければなりません。店舗販売業や卸売販売業においても同様の規定があることから、医薬品流通全体における法令遵守の意識向上が急務となっています。
私たちが安心して薬を受け取ることができる社会であるために、今回の不祥事を「他山の石」とし、業界全体が自浄作用を発揮して、信頼回復に努めることが強く求められています。薬剤師一人ひとりが、企業の論理に流されることなく、患者さんの安全を第一に考える「最後の砦」としての誇りを取り戻すことを期待して止みません。
