セロクエル・レクサプロ・リスパダールで乳汁漏出症の副作用が生じる理由と対処法
心療内科や精神科で処方されるお薬を服用し始めてから、「妊娠していないのに乳腺から母乳のような液体が出てきた」「生理が止まってしまった」「胸が張って痛む」といった症状に驚かれる方がいらっしゃいます。これは、医学的には「乳汁漏出症(にゅうじゅうろうしゅつしょう)」や「高プロラクチン血症」と呼ばれる副作用の一つです。
今回は、特によく使用される「セロクエル(クエチアピン)」「レクサプロ(エスシタロプラム)」「リスパダール(リスペリドン)」の3つの薬剤に焦点を当て、なぜこれらの薬で乳汁漏出が起こるのか、そのメカニズムと対処法について、分かりやすく解説していきます。
1. はじめに:なぜ心の薬で「母乳」が出るのか?
心の不調を整えるためのお薬が、なぜ一見関係のなさそうな「乳腺」や「ホルモン」に影響を与えるのでしょうか。その鍵を握っているのは、脳内の神経伝達物質である「ドパミン」と、ホルモンの一種である「プロラクチン」の関係性です。
本来、母乳は出産後に赤ちゃんを育てるために分泌されるものですが、お薬の作用によって脳内のバランスが変化すると、体が出産後であると「勘違い」を起こしてしまい、乳汁が分泌されたり、排卵が止まって生理不順が起きたりすることがあります。
まずは、今回取り上げる3つのお薬がどのような目的で使われ、どのような働きをするのか、その基本から見ていきましょう。
2. 各医薬品の適応症と薬理作用の概要
乳汁漏出の原因を知るためには、それぞれの薬が脳のどこに、どのように作用しているのかを理解する必要があります。
リスパダール(一般名:リスペリドン)の基本
リスパダールは「非定型抗精神病薬」に分類されるお薬です。主に統合失調症の治療に用いられるほか、小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性(イライラやパニックなど)の改善にも使用されます。
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適応症: 統合失調症、小児期の自閉スペクトラム症に伴う易刺激性。
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薬理作用: 脳内のドパミン(D2受容体)とセロトニン(5-HT2受容体)の働きをブロックする「SDA(セロトニン・ドパミン・アンタゴニスト)」と呼ばれる作用を持ちます。特にドパミンの働きを強力に抑えることで、幻覚や妄想、イライラを鎮める効果があります。
セロクエル(一般名:クエチアピン)の基本
セロクエルもリスパダールと同じく「非定型抗精神病薬」の一種ですが、より幅広い受容体に緩やかに作用するのが特徴です。
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適応症: 統合失調症。
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薬理作用: ドパミン、セロトニン、ヒスタミン、アドレナリンなど、多くの受容体に作用する「MARTA(多受容体作用抗精神病薬)」と呼ばれるタイプです。ドパミンを抑える力はリスパダールに比べるとマイルドであり、その分、錐体外路症状(手の震えなど)や今回のテーマである乳汁漏出の頻度は比較的低いとされています。
レクサプロ(一般名:エスシタロプラム)の基本
レクサプロは、上記2つとは異なり「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)」という種類の抗うつ薬です。
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適応症: うつ病・うつ状態、社会不安障害(社交不安症)。
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薬理作用: 脳内の「セロトニン」の再取り込みを邪魔することで、脳内のセロトニン濃度を高めます。セロトニンが増えることで、落ち込んだ気分を上げたり、不安を和らげたりします。直接ドパミンをブロックする薬ではありませんが、後述するようにセロトニンの増加が間接的にホルモンバランスに影響を与えることがあります。
3. 乳汁漏出症が発生する詳細メカニズム
それでは本題である、なぜこれらのお薬で乳汁が出てしまうのか、その具体的な仕組みを詳しく解説します。この現象の主役は「プロラクチン」というホルモンです。
3-1. プロラクチンとドパミンの「ブレーキ」関係
プロラクチンは、脳の「下垂体前葉」という部分から分泌されるホルモンで、主に乳腺を発達させ、母乳を作る働きをします。
健康な状態の人間(妊娠・授乳中以外)の脳内では、プロラクチンが勝手に出すぎないように、脳内の「ドパミン」が常にブレーキ(抑制)をかけています。
脳の視床下部という場所から放出されたドパミンが、下垂体にある「ドパミンD2受容体」に結合することで、「今はプロラクチンを出さなくていいよ」という命令を伝え続けているのです。この通り道のことを「漏斗下垂体路(ろうとかすいたいろ)」と呼びます。
3-2. 抗精神病薬(リスパダール・セロクエル)による影響
リスパダールやセロクエルのような抗精神病薬は、幻覚や妄想を抑えるために、脳内のドパミンの受け皿(D2受容体)をブロックします。
ここで問題になるのが、お薬は「幻覚に関わる部分のドパミン」だけを選んでブロックすることができないという点です。お薬が血液に乗って脳全体に広がると、プロラクチンの分泌を抑えていた「漏斗下垂体路」のD2受容体までもブロックしてしまいます。
すると、どうなるでしょうか。
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ドパミンのブレーキが外れる: お薬がD2受容体を塞いでしまうため、ドパミンが「プロラクチンを抑えろ」という命令を伝えられなくなります。
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プロラクチンの大放出: ブレーキを失った下垂体は、プロラクチンを大量に作り始めます(これを高プロラクチン血症と呼びます)。
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乳腺への作用: 大量に出たプロラクチンが乳腺を刺激し、妊娠していないのに母乳が出たり(乳汁漏出)、胸が張ったりするのです。
特にリスパダールはドパミンD2受容体への結合力が非常に強いため、3つのお薬の中では最も乳汁漏出や生理不順を起こしやすい傾向にあります。
一方でセロクエルは、ドパミン受容体から離れるスピードが早いため、リスパダールほどはプロラクチン値を上げにくい(ブレーキを完全に壊しにくい)という特徴があります。
3-3. 抗うつ薬(レクサプロ)による影響
レクサプロのようなSSRIは、基本的にはドパミンではなく「セロトニン」に働くお薬です。しかし、インタビューフォームの副作用欄にも記載がある通り、稀に乳汁漏出が生じることがあります。その理由は主に2つ考えられています。
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セロトニンによる刺激: セロトニンには、間接的にプロラクチンの放出を促進する働きがあります。お薬でセロトニンが過剰に増えると、それが刺激となってプロラクチンが分泌されやすくなる場合があります。
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ドパミンへの間接的干渉: 脳内では各神経伝達物質が複雑に影響し合っています。セロトニンが増えすぎることで、相対的にドパミンの放出が抑えられてしまい、結果的にプロラクチンのブレーキが弱まってしまうケースがあると考えられています。
抗精神病薬に比べれば頻度は低いものの、体質や飲み合わせによってはレクサプロでも乳汁漏出が起こる可能性はゼロではありません。

4. プロラクチンが高くなることで起きる症状
乳汁漏出以外にも、プロラクチン値が上昇(高プロラクチン血症)すると、体にはさまざまなサインが現れます。これらは女性だけでなく、男性にも起こり得る症状です。
女性の場合
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乳汁漏出: 胸を絞ると白い液体が出る、あるいは下着が濡れるほど出る。
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月経異常(生理不順)・無月経: プロラクチンは「排卵を抑える」働きもあるため、生理が遅れたり、完全に止まったりします。
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不妊: 排卵が止まるため、妊娠しにくい状態になります。
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胸の張り・痛み: 生理前のような胸の張りが続くことがあります。
男性の場合
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女性化乳房: 本来発達しないはずの乳腺が発達し、男性の胸が女性のように膨らんでくる。
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性欲減退・勃起不全(ED): 男性ホルモンの働きを抑制してしまうため、性機能に関する悩みが出ることがあります。
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乳汁漏出: 男性であっても、非常に稀に乳汁が出ることがあります。
男女共通
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骨密度の低下: 性ホルモン(エストロゲンやテストステロン)が抑えられる状態が長く続くと、将来的に骨粗鬆症のリスクが高まることが懸念されます。
5. 乳汁漏出症・高プロラクチン血症への対処法
もし服用中のお薬でこれらの症状に気づいた場合、どのように対処すべきでしょうか。最も大切なのは、「自分の判断で勝手に薬を辞めないこと」です。
5-1. 主治医に相談する
乳汁が出たり生理が止まったりすると、不安のあまりすぐに薬を辞めたくなるかもしれませんが、精神疾患の治療において急な断薬は症状の悪化(再燃)や強い離脱症状を招く恐れがあります。
まずは主治医に「乳汁が出ている」「生理が止まった」と正直に伝えましょう。恥ずかしいことではありません。医師にとっては予測される副作用の一つですので、冷静に対応してくれます。
5-2. 血液検査で数値を測定する
医師はまず、血液中のプロラクチン濃度を測定します。
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数値がわずかに高い程度で、本人に困りごとがなければ、そのまま経過を見ることもあります。
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数値が著しく高い場合や、生理不順が長く続いている場合は、お薬の調整を検討します。
5-3. お薬の量を減らす(減量)
プロラクチンの上昇は多くの場合、「お薬の量」に比例します。症状をコントロールできる範囲で少しずつお薬の量を減らすことで、数値が改善し、乳汁漏出が止まることがあります。
5-4. 種類を変える(スイッチング)
これが最も一般的な解決策です。プロラクチンを上げやすい薬から、上げにくい薬へ変更します。
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リスパダールからセロクエルへ: セロクエルはドパミン受容体への作用がマイルドなため、リスパダールで副作用が出た場合の切り替え先としてよく選ばれます。
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他の上げにくい薬へ: エビリファイ(アリピプラゾール)などは、ドパミンの働きを「ちょうどよく調節する」作用があるため、プロラクチン値を上げにくい、あるいは下げる効果さえ期待できるお薬として知られています。
5-5. プロラクチンを下げる薬を併用する
どうしても現在のメインのお薬を変更できない事情がある場合、プロラクチンを下げるためのお薬(ドパミン作動薬など)を一時的に併用することもありますが、これは精神症状を悪化させるリスクもあるため、慎重に検討されます。
6. まとめ:正しく知って、安心して治療を続けるために
セロクエル、リスパダール、レクサプロといったお薬で乳汁が漏れ出す副作用は、脳内のドパミンとプロラクチンのバランスが変化することで起こる、医学的に説明のつく現象です。
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リスパダールはドパミンをしっかり抑えるため、最もこの副作用が出やすい。
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セロクエルは作用が一時的なため、比較的出にくい。
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レクサプロはセロトニン経由で稀に影響を与えることがある。
この副作用は、お薬を適切に調整すれば必ず改善するものです。決して「自分はどこかおかしくなってしまったのでは?」と一人で抱え込まないでください。
「心の安定」と「体の健康」は、どちらも治療において同じくらい大切です。もし体の異変に気づいたら、それを主治医と共有することで、あなたにとってより負担の少ない治療法を見つけることができます。
お薬の副作用と上手に付き合いながら、焦らず、あなたのペースで回復を目指していきましょう。

