調剤薬局勤務では閉塞隅角緑内障患者に会う確率が低い理由と、術後患者に対する抗コリン薬の投与について
調剤薬局の現場で働いていると、処方監査の際に必ずと言っていいほどチェックするのが「緑内障の有無」と「その種類」ですよね。特に抗コリン作用のある薬剤を調剤する際、私たちは神経を尖らせます。
しかし、実務の中でふと疑問に思ったことはありませんか?
「開放隅角緑内障の患者さんは毎日たくさん来局されるのに、なぜ閉塞隅角緑内障の患者さんには滅多に巡り合わないのだろう?」
今回は、緑内障の種類による違いから、なぜ薬局で閉塞隅角の患者さんが「稀」なのか、そして術後の抗コリン薬投与の考え方について、詳しく解説していきます。
1. 緑内障には「2つのタイプ」がある
緑内障と一言で言っても、実はその原因によって大きく2つのタイプに分かれます。まずは、その違いを「目の構造」から整理してみましょう。
私たちの目の中には「房水(ぼうすい)」という液体が流れており、これが目の形(眼圧)を一定に保つ役割をしています。この房水が流れ出る出口を「隅角(ぐうかく)」と呼び、そこにあるフィルターのような組織を「線維柱帯(せんいちゅうたい)」と言います。
開放隅角緑内障(かいほうぐうかく りょくないしょう)
「隅角(出口)」は広く開いているのですが、フィルターである線維柱帯が目詰まりを起こして、少しずつ眼圧が上がっていくタイプです。
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特徴: 進行が非常にゆっくりで、自覚症状がほとんどありません。
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例え: 排水口の蓋は開いているけれど、配管の中にゴミが詰まって流れが悪くなっている状態。
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患者比率: 日本人の緑内障の約90%以上がこのタイプ(正常眼圧緑内障を含む)と言われています。
閉塞隅角緑内障(へいそくぐうかく りょくないしょう)
「隅角(出口)」そのものが、虹彩(茶目の部分)によって物理的に塞がってしまうタイプです。
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特徴: 出口が完全に塞がると、行き場を失った房水が急激に溜まり、眼圧が爆発的に上昇する「急性緑内障発作」を起こす危険があります。
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例え: 排水口の上に蓋がピタッと閉まってしまい、水が全く流れなくなった状態。
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患者比率: 全体の数%程度と、開放隅角に比べると非常に少数派です。
このように、開放隅角は「フィルターの問題」、閉塞隅角は「スペースの問題」という決定的な違いがあります。
2. 閉塞隅角緑内障は「早期手術」が鉄則
開放隅角緑内障の場合、治療の第一選択は点眼薬による生涯にわたる眼圧管理です。しかし、閉塞隅角緑内障(またはその予備軍である狭隅角)の場合は、治療の考え方が根本的に異なります。
なぜなら、閉塞隅角は「構造上の欠陥」であるため、点眼薬だけで対処するよりも、手術でその構造を治してしまったほうが圧倒的に安全で確実だからです。特に急性発作を起こすと、一晩で失明に至る恐れもあるため、早めの処置が推奨されます。
現在、主に行われている手術(処置)には以下の2つがあります。
① 低侵襲な「レーザー虹彩切開術(LI)」
レーザーを使って、虹彩(茶目)の端に小さな「バイパス用の穴」を開ける処置です。
万が一、本来の出口(隅角)が塞がっても、この小さな穴から房水が逃げられるようになるため、急性発作を防ぐことができます。日帰りで行える非常に短時間の処置です。
② 根本解決となる「白内障手術」
実は、閉塞隅角の最大の原因は「加齢によって分厚くなった水晶体」であることが多いのです。
白内障手術では、この分厚い自前のレンズを取り出し、代わりに非常に薄い「眼内レンズ」を入れます。すると、目の中に劇的なスペースが生まれ、塞がっていた隅角がガバッと広がります。現在では、LIよりもこの白内障手術を優先して行うケースが非常に増えています。
3. なぜ薬局で「閉塞隅角」の患者に巡り合うのが稀なのか?
調剤薬局で勤務していると「閉塞隅角の患者さんって、あまり見かけないな」と感じるのは、単に患者数が少ないからだけではありません。そこには実務上の「3つの要因」が隠されています。
① 手術による「根本解決」が可能だから
開放隅角緑内障は、フィルター自体の機能不全なので、手術をしても一生点眼を続けなければならないことがほとんどです。そのため、長期間「緑内障患者」として薬局に通い続けます。
一方で、閉塞隅角は「スペースの狭さ」が原因です。白内障手術をして物理的なスペースを確保してしまえば、眼圧が劇的に安定し、「緑内障の点眼薬が不要になる」ケースが多々あります。
結果として、薬局の窓口には「白内障の手術をした高齢者」として現れるだけで、お薬手帳には緑内障の薬が載りません。そのため、薬剤師の印象に残りにくくなるのです。
② 「閉塞隅角緑内障」になる前に処置される
現在、眼科検診などの精度が上がり、実際に病気(視神経障害)が出る前の「狭隅角(きょうぐうかく:出口が狭い状態)」の段階で見つかることが増えています。
この段階で「将来、発作を起こすと危ないから先に手術しましょう」と予防的処置が行われます。この時点ではまだ緑内障ではないため、患者さん自身の認識も「目が狭かったから手術した」となり、「私は緑内障です」とは言わないのです。
③ 禁忌チェックで「問題なし」とされるから
薬剤師が最も警戒するのは、風邪薬や胃腸薬、抗うつ薬などに含まれる「抗コリン薬」の禁忌チェックですよね。
しかし、閉塞隅角の患者さんであっても、すでに手術(LIや白内障手術)を受けていれば、眼科医から「この患者さんはもう抗コリン薬を使っても大丈夫ですよ」というお墨付きが出ます。
薬局の薬歴上は「緑内障(手術済み、禁忌対象外)」という扱いになります。疑義照会の必要もなくスムーズに調剤が完了するため、リスクのある症例として記憶に刻まれにくいという側面もあるでしょう。
4. なぜ「禁忌」の薬剤が、手術後は「OK」になるのか?
ここで、一番重要なポイントを整理しましょう。なぜ「緑内障には禁忌」と言われる抗コリン薬が、手術後には使えるようになるのでしょうか。その理由は、抗コリン薬が目に与える影響と、手術の効果を知れば納得できます。
抗コリン薬が「危険」とされる理由
抗コリン薬には、副交感神経を抑える働きがあります。これによって起こる目の副作用が「散瞳(さんどう:瞳が広がること)」です。
瞳が広がると、虹彩(茶目)がギュッと外側にたぐり寄せられ、根元の方で分厚く溜まってしまいます。もともと隅角(出口)が狭い閉塞隅角の人の場合、この「たわんだ虹彩」が、わずかに空いていた出口を完全に塞いでしまいます。
これが「瞳孔ブロック」と呼ばれる現象で、これによって急激に眼圧が上がるため、閉塞隅角の人に抗コリン薬は厳禁なのです。
手術(LI)による劇的な変化
ここで、先ほど説明した「レーザー虹彩切開術(LI)」の効果に戻ります。
虹彩に小さな穴(バイパス)が開いていると、たとえ薬の影響で瞳が広がり、虹彩が隅っこに溜まったとしても、房水はその穴を通って裏側から表側へと流れることができます。
つまり、「物理的に水の通り道(予備の穴)が確保されている」ため、瞳が広がっても出口が完全にシャットダウンされることがなくなります。
白内障手術による劇的な変化
白内障手術をした場合は、さらに安全です。
分厚い水晶体がなくなることで、目の中のスペースそのものが圧倒的に広くなります。もはや「ちょっと虹彩がたわんだくらい」では隅角が塞がることなどあり得ないほどの空間ができるのです。
結論
物理的な「詰まり」の原因が解消されているため、抗コリン薬によって散瞳が起きても、眼圧が急上昇するリスクは極めて低くなります。
そのため、眼科医は「この方は手術によって構造が変わったので、抗コリン薬を使っても医学的に問題ありません」と判断するのです。

5. 薬剤師が現場で確認すべきこと
「手術をしたから大丈夫」と言われても、私たちは慎重にならざるを得ません。現場で閉塞隅角の既往がある患者さんに接する際は、以下のステップで確認を行いましょう。
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手術の内容を確認する:
「レーザーで穴を開ける処置または、白内障の手術は受けられましたか?」と具体的に尋ねます。 -
眼科医の指示を確認する:
「眼科の先生から、飲み薬の制限(緑内障で飲めない薬など)はないと言われていますか?」と確認します。 -
お薬手帳への記載:
詳細が不明な場合は、眼科医へ疑義照会をしたのち、その回答を「閉塞隅角緑内障(LI済、抗コリン薬可)」や「白内障手術済(隅角開放、禁忌なし)」など、後の薬剤師が見ても一目でわかるように情報を集約しておくといいかもしれません。
6. まとめ
調剤薬局で「閉塞隅角緑内障」の患者さんに会う機会が少ないのは、決してその病気が存在しないからではありません。
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開放隅角(フィルター詰まり)は薬で長く付き合う病気。
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閉塞隅角(スペース不足)は手術で早めに「完治」に近い状態を目指す病気。
という治療方針の違いがあるからです。
そして、一度手術を受けて物理的なスペースが確保された患者さんにとっては、もはや「抗コリン薬」は恐れるべき存在ではありません。
私たち薬剤師に求められるのは、「緑内障=抗コリン薬禁止」という画一的な知識ではなく、その患者さんが「どのタイプ」で「どんな処置を受けたのか」を的確に把握する力です。
「手術をしたからもう大丈夫ですよ」という一言が、薬の副作用を心配する患者さんにとって、どれほど大きな安心に繋がるか。そのための根拠ある知識を、ぜひ日々の業務に活かしていってください。
