グルコン酸Kとアスパラカリウム:カリウム製剤のmEq計算の重要性と、製剤間で常用量が異なる理由を徹底解説
医療現場において、電解質管理は非常にデリケートな領域で、特にカリウム(K)製剤の投与設計は、心停止のリスクと隣り合わせであるため、薬剤師にとって最も慎重さが求められる業務の一つと言えるでしょう。
しかし、現場で処方箋を見ていると、ある疑問にぶつかることがあります。「なぜグルコン酸カリウムや塩化カリウムの常用量は30mEq前後なのに、アスパラカリウムは5〜16mEq程度と少ないのか?」という点です。
今回は、薬剤師として知っておくべき「カリウム製剤をmEqで計算する真の意味」と、製剤間による常用量の違い、そして有効性や海外事情について詳しく解説します。
1. なぜカリウム製剤は「mg」ではなく「mEq」で計算するのか?
薬剤師であれば、カリウムの処方監査において「mg」ではなく「mEq」という単位を常に意識しているはずです。これには、生体内における電解質の振る舞いと、化学的な「反応の等価性」が深く関わっています。
イオンの「個数」と「電気的バランス」が重要
カリウム製剤を投与する目的は、血中の「カリウムイオン(K⁺)」の濃度を調整することです。体内の生理現象(神経伝達や筋肉収縮など)は、物質の「重さ(mg)」に依存するのではなく、溶液中に存在する「イオンの数(mol)」や、そのイオンが持つ「電気的な強さ(当量:Eq)」によって決まります。
例えば、グルコン酸カリウムとアスパラギン酸カリウムでは、分子量が異なります。
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グルコン酸カリウム(C₆H₁₁KO₇): 分子量 約234
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アスパラギン酸カリウム(C₄H₆KNO₄・½H₂O): 分子量 約180(半水和物)
もし、両方を同じ「1,000mg」投与したとしても、含まれるカリウムイオンの数は分子量が小さいアスパラギン酸カリウムの方が多くなります。mg単位で投与量を管理してしまうと、実際に体に入るK⁺の量にバラつきが出てしまい、極めて危険です。
mEq(ミリ当数)が意味するもの
mEq(milli Equivalent)は、「原子価 × ミリモル数」で算出されます。カリウムは1価の陽イオンであるため、1mmol = 1mEqとなります。
薬剤師は、製剤の名称や塩(えん)の種類に惑わされることなく、「この製剤1錠の中に、K⁺が何個(何mEq)入っているか」を共通言語として計算する必要があります。これが、電解質補正における安全管理の第一歩です。
2. アスパラカリウムとグルコン酸K、常用量の「mEq数」が違う理由
ここが本稿の核心です。添付文書上の常用量を比較すると、明らかな差があります。
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グルコン酸K(グルコン酸カリウム錠等): 1日30〜40mEqを分割経口投与
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アスパラカリウム300㎎(L-アスパラギン酸カリウム): 1日5.4〜16.2mEq(900〜2,700mg)を分割経口投与
なぜ、アスパラカリウムの常用量の上限が低いのでしょうか?
承認時の歴史的背景と「目的」の違い
最大の理由は、それぞれの薬剤が承認された際の臨床試験のデータと、想定されている使用シーンの違いにあります。
グルコン酸Kや塩化カリウムは、主に「カリウム欠乏症の補正」を目的として開発されました。低カリウム血症を速やかに改善するために、海外の標準的な補正量に基づいた高い用量が設定されています。
一方で、アスパラカリウムは日本独自のアプローチが強い製剤です。開発当時の理論では、「アスパラギン酸は細胞内への移行性が良いため、少量のカリウムでも効率よく細胞内に取り込まれる」と考えられていました。この「細胞内移行の良さ」という仮説に基づき、比較的少量の投与設定で承認を受けたという経緯があります。
添付文書上の制約
しかし、現代の臨床医学において「アスパラギン酸カリウムの方が圧倒的に細胞内移行が良い」という明確なエビデンスは乏しいのが現状です。結果として、臨床現場ではアスパラカリウムも「1mEqは1mEq」として扱われますが、添付文書の記載ルールに従うと、アスパラカリウムは少ないmEq数で設定せざるを得ないという「縛り」が生じているのです。
したがって、重症の低カリウム血症を補正する場合には、アスパラカリウムの常用量範囲内では不足することが多く、より高用量の設定が可能なグルコン酸Kや塩化カリウムが選択される傾向にあります。
3. カリウム製剤の用量を「厳格に管理」すべき理由
カリウムは「過ぎたるは猶及ばざるが如し」を地で行く成分です。
高カリウム血症の致死性
カリウムの血清濃度は、通常3.5〜5.0mEq/Lという非常に狭い範囲で維持されています。これが7.0mEq/Lを超えてくると、致死的な不整脈(心室細動や心停止)を引き起こすリスクが急増します。
特に、以下の患者背景がある場合は厳格なモニタリングが不可欠です。
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腎機能低下患者(CKD): カリウムの排泄経路の90%は腎臓です。eGFRが低下している患者に常用量を投与すると、あっという間に高カリウム血症に陥ります。
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併用薬の影響: ACE阻害薬、ARB、カリウム保持性利尿薬(スピロノラクトン等)、NSAIDsなどは、血清カリウム値を上昇させます。
薬剤師の役割
処方監査の際、単に「前回と同じだから」と通すのではなく、直近の血液検査データを確認し、eGFRの変化や併用薬の追加がないかをチェックすることは薬剤師の責務です。「常用量だから安全」という考えは、カリウム製剤においては通用しません。
4. グルコン酸Kとアスパラカリウムの「有効性」に差はあるか?
「アスパラギン酸カリウムの方が効きが良い」という言説を耳にすることがありますが、本当でしょうか。
結論から言えば、「血清カリウム値を上げる」という目的において、製剤間で劇的な有効性の差があるという明確な比較試験の結果はほとんどありません。
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塩化カリウム(KCl): 代謝性アルカローシスを伴う低カリウム血症に最適です。塩素イオン(Cl⁻)も同時に補給できるため、クロール欠乏を伴う場合に最も効率的です。
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グルコン酸・アスパラギン酸: これらは有機酸塩であり、体内で代謝されると重炭酸イオンになります。そのため、代謝性アシドーシスを伴う低カリウム血症に向いているとされます。
有効性の差というよりも、「患者が抱えている病態(酸塩基平衡の状態)」によって使い分けるのが本来の姿です。ただし、吸収効率に関しては、どの製剤も経口投与であれば良好であり、最終的には「何mEqのK⁺が体内に入ったか」が最も重要となります。

5. 海外での使用状況との違い
日本と海外(特に欧米)では、カリウム製剤のラインナップに大きな違いがあります。
世界の標準は「塩化カリウム(KCl)」
海外では、低カリウム血症の治療には塩化カリウム(KCl)を用いるのが圧倒的なスタンダードです。特に徐放錠(Sustained-release tablets)が多用されます。
グルコン酸カリウムも使用されますが、液体や粉末剤としての流通が多く、錠剤としてはKClが主流です。
アスパラカリウムは「日本的」な製剤
興味深いことに、L-アスパラギン酸カリウムを主要なカリウム補給薬として使用している国は限定的です。欧米のガイドラインでは、補正が必要な場合は「40〜100mEq/day」といった高用量のKCl投与が推奨されることもあり、日本のアスパラカリウムの常用量(5〜16mEq)は、海外の基準から見ると「サプリメント程度の極めて微量な投与」と映ることもあります。
この背景には、日本人が欧米人に比べて体格が小さく、また食事からの塩分・カリウム摂取状況が異なるという点も影響していると考えられますが、基本的には「日本の承認制度の中で維持されてきた独自性」と言えるでしょう。
6. まとめ
カリウム製剤の処方箋を受け取った際、私たちは以下の思考プロセスを持つべきです。
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単位の確認: mg表記であっても、必ず頭の中で「mEq」に換算する。
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製剤の特性把握:
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アスパラカリウムは添付文書上の用量が少ないが、それは歴史的背景によるものであり、1mEqの価値は他剤と同じである。
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グルコン酸Kや塩化カリウムは、より積極的な補正が必要なシーンで使われやすい。
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患者情報の統合: 腎機能(eGFR)と、現在の血清カリウム値、併用薬を必ずセットで確認する。
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リスク管理: 常用量内であっても、高齢者や腎障害患者では高カリウム血症のリスクがあることを念頭に置く。
