日本初のヒト乳由来母乳強化剤「プリミーフォート」その特徴と臨床効果を徹底解説
小さく生まれた赤ちゃん(低出生体重児)にとって、お母さんの母乳は何物にも代えがたい「黄金の液体」です。しかし、成長を急ぐ赤ちゃんにとっては、通常の母乳だけでは栄養が不足してしまうことがあります。
そこで、2025年12月に新たに登場したのが、日本初のヒト乳由来の母乳強化剤「プリミーフォート®経腸用液(PreemieFort® Enteral Solution)」です。この記事では、この画期的な製品の仕組みや、従来の製品との違い、臨床データに基づいた効果について、医療の専門知識がない方にもわかりやすく解説します。
1. プリミーフォートとは?:赤ちゃんのための「特別な栄養素」
「プリミーフォート」は、極低出生体重児(出生体重が1,500g未満の赤ちゃん)や、先天性の病気などで体重が増えにくい赤ちゃんの成長をサポートするために開発された**「母乳強化剤」**です。
最大の特徴は、「ヒトの母乳」を原料にしている点です。
なぜ母乳だけでは足りないのか?
通常、お母さんの母乳には赤ちゃんに必要な免疫成分や栄養が豊富に含まれています。しかし、予定日よりずっと早く生まれた赤ちゃんは、お腹の中にいるとき以上に急速な成長を必要とします。そのため、標準的な母乳に含まれるタンパク質やカルシウム、リン、エネルギー量だけでは、理想的な発育を維持するのに十分ではないケースが多いのです。
これまでは、牛のミルク(牛乳)をベースにした強化剤が使われてきましたが、プリミーフォートは「ヒトからヒトへ」という新しい選択肢を日本で初めて提供することになりました。
2. 薬理作用と体の仕組み:どのように赤ちゃんを助けるのか?
「薬理作用」というと少し難しく聞こえますが、プリミーフォートの働きは、体内の特定の「受容体(スイッチ)」に直接作用する一般的なお薬とは少し異なります。どちらかといえば、**「体を作るための高度な原材料」**を供給する役割を担っています。
生体適合性の高い「栄養素」
ヒト由来であるプリミーフォートは、赤ちゃんの未熟な消化管にとって最も自然な形で受け入れられるように設計されています。
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タンパク質(筋肉や臓器の材料): 赤ちゃんの成長に最も重要な成分です。ヒト乳由来のタンパク質は、牛由来のものに比べてアミノ酸バランスが人間の赤ちゃんに最適化されており、吸収の効率が良いのが特徴です。
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ミネラル(骨の材料): カルシウムやリン、マグネシウムなどがバランスよく配合されています。これらは骨の「石灰化」を助け、未熟児に多い「未熟児くる病」などのリスクを低減します。
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エネルギー(脂肪): ヒトの母乳を濃縮しているため、少量の摂取でも高いエネルギーを得ることができます。
このように、赤ちゃんの体にある栄養吸収システムに対して、最も適合しやすい製剤を届けることで、健やかな発育を促すのがプリミーフォートの仕組みです。
3. 開発の経緯:なぜ「ヒト乳由来」が必要だったのか?
これまで日本の新生児医療(NICU)では、母乳に混ぜる強化剤として「牛由来(牛乳ベース)」の製品が長年使用されてきました。
既存の治療薬(牛由来)との差別化
牛由来の強化剤は非常に優れた製品ですが、一部の非常にデリケートな赤ちゃんにとっては、以下のような課題がありました。
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消化管への負担: 牛のタンパク質が赤ちゃんの未熟な腸に負担をかけ、消化不良を引き起こす可能性。
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炎症のリスク: 牛由来の成分が引き金となって、壊死性腸炎(腸に深刻なダメージを負う病気)のリスクが懸念されるケース。
プリミーフォートは、米国在住のドナーから提供されたヒト乳を原料とし、濃縮・低温殺菌処理を行うことで、これらのリスクを抑えつつ、最大限の栄養を届けることを目的として開発されました。
海外での実績
実は、ヒト乳由来の母乳強化剤は、アメリカやヨーロッパなど海外の高度な新生児医療の現場では、すでに10年以上の使用実績があります。海外のガイドラインでも、特にリスクの高い極低出生体重児に対しては、ヒト乳由来の製品の使用が推奨される場面が増えています。日本でもその必要性が高まったことで、今回の承認に至りました。
4. 臨床データで見る効果:体重増加の「有意性」と「安全性」
プリミーフォートの効果を確かめるために、日本国内で第III相試験という大規模な臨床試験が行われました。その結果、従来の治療(牛由来の標準栄養)と比較して、非常に興味深いデータが得られています。
体重増加のスピード
この試験では、出生体重1,500g未満の赤ちゃん147例を対象に、プリミーフォートを使用するグループ(77名)と、従来の牛由来強化剤を使用するグループ(70名)に分けて比較しました。
その結果、**「1日あたりの体重増加速度」**において、以下のことがわかりました。
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プリミーフォート群と標準栄養群の差の平均値は 1.48 g/kg/日 でした。
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統計学的な解析(信頼区間を用いた評価)により、プリミーフォートは従来の標準的な栄養管理に対して「非劣性(劣っていないこと)」が証明されました。
つまり、ヒト由来であっても、従来の強力な牛由来製品と同等、あるいはそれ以上の体重増加をしっかりとサポートできることが確認されたのです。
安全性と副作用(具体的な数値)
安全性についても詳細に調査されています。
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副作用の発現割合:
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プリミーフォート群:7.8%(6例)
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標準栄養群(牛由来):1.4%(1例)
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プリミーフォート群で報告された主な副作用は、胃食道逆流症(2.6%)、腹部膨満、下痢、消化不良、栄養補給不耐性、高カリウム血症(各1.3%)でした。数値だけを見るとプリミーフォート群の方が少し高く見えますが、これは新しい製剤であるため、より慎重に観察・報告された側面もあります。多くは消化器系の症状であり、赤ちゃんの状態を観察しながら適切に対応できる範囲のものとされています。

5. プリミーフォートの使い分け:3つのラインナップ
プリミーフォートには、赤ちゃんの状態や必要とする栄養量に合わせて3つのタイプが用意されています。
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プリミーフォート経腸用液6(15mL / 30mL):
基本となる強化剤です。50mL/kg/日から開始し、徐々に増やしていきます。 -
プリミーフォート経腸用液8(40mL):
より多くのタンパク質やミネラルが必要な場合に使用します。 -
プリミーフォート経腸用液CF(10mL):
「カロリーフォーティファイア(CF)」の略で、主にエネルギー(カロリー)を重点的に追加したい場合に使用します。
これらを母乳に混ぜることで、赤ちゃん一人ひとりに合わせた「カスタムメイドの母乳」を作ることが可能になります。
6. 使用上の注意と適正な管理
プリミーフォートは非常にデリケートな生物由来製品であるため、取り扱いには厳格なルールがあります。
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保存方法: マイナス20度未満での冷凍保存が必要です。
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解凍のルール: 冷蔵庫(4~8度)で4~8時間かけてゆっくり解凍し、解凍開始から48時間以内に使い切らなければなりません。一度解凍したものを再冷凍することはできません。
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衛生管理: 免疫力の弱い赤ちゃんが使うものなので、調製時は滅菌手袋や滅菌された器具を使用し、極めて清潔な環境で作られます。
また、「静脈内へは絶対に投与しないこと」(経腸、つまり口や鼻からのチューブ専用)という重要なルールも定められています。
7. その他の栄養素として「ビタミンと鉄」の補給
プリミーフォートはタンパク質やエネルギーの補給には非常に優れていますが、これだけで全ての栄養が完璧になるわけではありません。添付文書には、「ビタミン及び鉄が不足する可能性があるので、必要に応じて補給すること」と明記されています。
赤ちゃんの主治医は、血液検査の結果などを見ながら、プリミーフォートに加えてビタミン剤や鉄剤を個別に調整して投与します。これは、赤ちゃんの成長を多角的にサポートするために不可欠なプロセスです。
8. まとめ:これからの新生児医療に期待される役割
プリミーフォート®経腸用液の登場は、日本の新生児医療における大きな一歩です。
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日本初のヒト乳由来: 牛由来の成分に敏感な赤ちゃんにも使いやすい。
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確実な体重増加: 臨床試験で、従来の製品に劣らない成長サポート効果が証明されている。
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柔軟な調整が可能: 「6」「8」「CF」の組み合わせで、赤ちゃんの成長速度や体調に合わせた微調整ができる。
この製品によって、これまで「母乳をあげたいけれど、栄養が足りなくて体重が増えない……」と悩んでいたお母さんや、医療現場のスタッフにとって、より自然で、かつ強力なサポート手段が増えたことになります。
赤ちゃんの小さな体の中で、ヒト由来の優しい「最も自然な栄養」が、力強い成長へとつながっていく。プリミーフォートは、そんな新生児医療の新しい希望となる製剤です。
【記事のまとめ】
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対象: 極低出生体重児や、体重増加が不十分な新生児。
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特徴: 米国ドナーのヒト乳を原料とした、日本初のヒト乳由来母乳強化剤。
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効果: 1日約1.48g/kgの有意な体重増加サポートが臨床試験で確認。
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利点: 牛由来製品に比べ、ヒトの赤ちゃんに最適な栄養バランスと消化吸収性を持つ。
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注意: 消化器系の副作用(下痢・膨満感など)に注意し、医師の管理下で使用する。

