「温湿布を貼っても暖かくないんですけど!」という訴えに対して(自分まとめ)
過去にMS温湿布、MS冷湿布の事例を記載しましたが、付随する医薬品としてロキソプロフェンNaテープ(温感)、(非温感)も使用することがあるので、追記します。
ロキソプロフェンNaテープ(温感)製剤としては「タイホウ」「三友」が医薬品として承認されています。
上記の2品目はいずれも温感成分として「ノニル酸ワニリルアミド」を含有しています。ノニル酸ワニリルアミドとは「合成カプサイシン」といって人工的に作られたトウガラシ成分です。(香料として記載されているうことがあります)
湿布薬にノニル酸ワニリルアミドを含むと「暖かく感じる」ことはありません。
非温感タイプに通常含まれている「l-メントール」が温湿布には含まれていないため、「ヒヤッとしない」=「冷たくない」という解釈です。
ノニル酸ワニリルアミドを含む貼り薬を使用すると「ポカポカ暖かくなる」ことはないのですが、久光製薬は「心地よい温感作用」と製品アピールしています。
ノニル酸ワニリルアミドは含有量によって血管を拡張する効果が報告されており、ウサギの耳にノニル酸ワニリルアミドを塗布したデータによると、0.001%程度では変化を示さず、0.003~0.03%程度の範囲では一時的な皮膚血流の増加が見られたと報告されています。0.03%含有を塗布した場合20~30分程度経過すると皮膚血流および皮膚表面温度の微増が報告されています。
ロキソプロフェンナトリウムテープの温感タイプには香料としてノニル酸ワニリルアミドが含まれているだけであり、具体的な濃度は記されておりませんので、薬効を記載することはできません。
くれぐれも「ロキソプロフェンNaテープ(温感タイプ)は暖かいですよ」とは言えないことをご留意ください。
しいて言うならば久光製薬の言葉を借りて「「心地よい温感作用」という程度でしょうか
「温湿布を貼っても暖かくならないんですけど!先生からは腰を冷やさないようにといわれたのに・・・別の薬を変えてください!」
という電話が患者様からありました。
腰痛で病院を受診したAさんが、診察時先生から
「腰を冷やさないようにしてください。温湿布をだしておきます」
と言われ薬局に処方箋をもってきました。
「MS温湿布 60枚」が処方されており、患者様へお薬をお渡ししました。
患者様は帰宅後、腰にMS温湿布を貼付しました。1時間たっても2時間たっても腰が暖かくなることはなく、むしろMS温湿布の貼付部位がヒヤッとすることに違和感を覚え薬局に電話をした経緯です。
患者様の訴えのポイント
・腰を冷やさないようにと言われたのにヒヤッとする
・2時間たっても暖かくならない
・別の貼り薬に変えてほしい
という3点です。
上記の経緯を踏まえ、今回はMS温湿布の効果・貼付部位の温感について患者様への適切な説明方法を検討しました。
MS温湿布とは
冷湿布との比較
サリチル酸メチルという痛み止め成分を含有する湿布としてMS冷湿布が先行して発売されました。MS冷湿布には主成分のサリチル酸メチルに加えてl-メントール・dl-カンフルという2成分が含入されており、冷感作用とスッとした匂いが特徴です。
冷湿布は基剤(湿布のブヨブヨとしたゼリー状の部分)に含まれる水分の蒸発およびl-メントールの冷感刺激により貼付部位およびその周辺の温度を低下させる効果が期待されます。
一方で、温湿布にはl-メントールの代わりに「カプサイシン」が含有されており、貼付部位の循環機能を改善する効果が期待されております。
つまりMS温湿布は「温感・鎮痛・消炎作用」を期待して患部に貼るイメージです。
貼った部分はどれくらい暖かいのか
皮膚表面温度の上昇に関して、12名の健康成人の背部にMS温湿布を2時間貼付した際の貼付部位およびその周辺の皮膚表面温度変化をサーモグラフィを用いて測定した実験があります。
結果は、MS温湿布を貼った直後は貼付部位の温度低下を認めたものの、貼付1時間後には温度の上昇を示し、貼付2時間後には1~1.5度の温度上昇を示しています。尚、MS温湿布を剥がすと、1時間程度で温度上昇作用はなくなります。
ということで、MS温湿布を貼ると、ちょっとだけ暖かいかも?程度の皮膚表面温度の上昇はあることが示されました。
ホッカイロ(カイロ)は50度前後まで加温されて「暖かいなぁ」と感じるのに対して、MS温湿布の貼付部位は1~1.5度の温度上昇作用しかありません。これでは「ポカポカ暖かいなぁ」と感じることはないですね。
さらに、MS温湿布は冷湿布同様に基剤に水分を含んでいますので、例えば暖かい部屋で2時間も貼付すれば、水分が揮発して熱が奪われ「ヒヤッとする」ケースも十分に想定されます。
どうでしょう。以上の臨床報告を見る限りお薬をお渡しする際に、MS温湿布を貼ると「貼った場所がポカポカしますよぉー」と患者様へ言うことができないことがわかります。
(カイロじゃないですからね)
しいて言うのであれば「冷湿布と比較すると、温湿布の方が貼付部位の冷感を感じるケースは少ないかもしれません」という程度でしょうか。
別の報告にはなるのですが、0.075%のカプサイシンを含有したクリーム(Zostrix HP 0.075%)が海外で発売されており、それを皮膚に使用した場合の報告例がありましたので概要を下記します。
20名の健康成人の前腕背部領域に
カプサイシン0.075%含有クリームを塗布した群、10分程度患部を温めてからカプサイシン0.075%含有クリームを塗布した群、プラセボクリームを塗布した群という3群に分けて、塗布後30分における皮膚温度を赤外線サーモグラフィーで評価したデータです。
試験前の皮膚温度を基準として、塗布後30分における皮膚の温度の結果は以下の通りです
プラセボクリーム群:-2.92%
カプサイシン0.075%含有クリーム塗布群:-0.63%
10分患部を温めた後にカプサイシン0.075%含有クリームを塗布した群:+2.5%
一般的に皮膚の表面温度は33度程度です。10分間患部を温めた後カプサイシンクリームを塗布した場合は2.5%の温度上昇が確認されましたので、具体的な数値でいいますと
33度→33.8度という感じで、およそ1度程度の上昇が確認されました。
カプサイシン含有クリームを使用した場合でも、やはり皮膚温度の上昇は1度程度が限界のようです。
ということで、カプサイシンによる温度上昇効果は1度程度であるため、体感としては「誤差範囲」であると私は解釈します。
少し余談なのですが、
MS冷湿布の成分含量は膏体100gあたり
サリチル酸メチル2g
dl-カンフル0.5g
l-メントール0.3g
と記載されており、鎮痛成分「サリチル酸メチル」の含量は2gであるのに対して
MS温湿布の成分含量は膏体100gあたり
サリチル酸メチル1g
dl-カンフル0.5g
トウガラシエキス0.165g
と記載されており、鎮痛成分「サリチル酸メチル」の含量は1gです。冷湿布と温シップとの間で、鎮痛剤成分の含有量に違いがあることについて理由は記されておりません。推測するのであれば、トウガラシエキスが血管を拡張し、血流を改善することで、鎮痛剤成分の吸収を促進するため、温シップでは鎮痛剤成分の含量が半分でもよいという解釈でしょうか・・
MS冷湿布とMS温湿布を貼り比べた際の、鎮痛効果は個人差がありますので、主成分の含有量が違うからと言って、一概に「〇〇の方が効果があります!」とは言い切れないことはご配慮ください。
ということで、以上を踏まえた上で、MS温湿布が処方された患者様に対する私なりの薬の説明は以下のように考えます。
MS温湿布が処方された患者様への説明
冬場は寒いので冷湿布(メントール含有)からMS温湿布へ切り替わる場合
メントール含有の湿布はヒヤッとしますよ。MS温湿布も貼った直後は「ヒヤッ」とします。(保管温度が皮膚よりも冷たいため)。その後1~2時間経過すると、皮膚の表面温度が1~2度程度上昇するという報告があります。
ただ、ホッカイロとは異なりますので、貼った部分が「暖かいなぁ」と感じるほどにはなりません。また、貼った部分に汗をかいたり、室温が高い場合は水分が揮発して冷感を感じるというケースも考えられます。
これまで湿布を使用しておらず、冬場に「MS温湿布」が処方された場合
痛み止めの湿布剤です。貼付部位のかぶれに注意してください。1日1~2回使用してください。終了です。
温湿布の「温」部分に話を膨らましたい場合は「温と書いてはいますが、カイロのように湿布自体が50~60度発熱することはありません。またカイロのように貼付部位がポカポカとなることもありません。しいて言えば1~2度程度、皮膚の表面の温度が上がることがある程度です。」
こんな感じですかね。
くれぐれも「寒いから温湿布を貼ろう。暖かくなるかなぁ」といったことを患者様が期待しないよう注意が必要な薬だと思いました。