年末年始の暴飲暴食が招く膵炎の病態生理と薬物療法
年末年始は忘年会や新年会、さらにはお正月の豪華な料理やお酒を楽しむ機会が増える時期です。しかし、この時期の過度な飲食が引き金となり、「膵炎(すいえん)」を発症するリスクが高まることをご存知でしょうか。膵炎は、重症化すると多臓器不全を引き起こし、死に至ることもある非常に恐ろしい疾患です。
この記事では、膵炎の発症メカニズム、原因、薬物療法や食事療法について、お伝え致します。
1. 膵炎の定義と分類:急性膵炎と慢性膵炎の違い
膵炎とは、膵臓で産生される強力な消化酵素が、何らかの原因によって膵臓内部で予期せず活性化され、膵臓そのものを自己消化してしまう疾患です。大きく分けて「急性膵炎」と「慢性膵炎」の2つの病態に分類されます。
急性膵炎の概要
急性膵炎は、膵臓の炎症が一過性のものであり、適切な治療を施すことで膵臓の組織や機能が元の状態に回復(完治)することが可能な病態です。急激で激しい上腹部痛を伴うのが特徴です。
慢性膵炎の概要
慢性膵炎は、一般的に6ヵ月以上にわたって炎症が持続または反復する状態を指します。持続的な炎症の結果、膵臓の細胞が破壊され、線維化(組織が硬くなること)が進みます。一度線維化した組織は元の正常な状態に戻ることはありません。これにより、膵臓の外分泌機能(消化酵素の分泌)および内分泌機能(インスリンやグルカゴンの分泌)が不可逆的に低下していきます。
2. 膵炎を引き起こす主な原因と発症頻度
膵炎の発症には、生活習慣が深く関わっています。特にアルコールと胆石が二大原因として知られています。
急性膵炎の原因別頻度
厚生労働省の調査等に基づくデータによると、急性膵炎の原因は以下の通りです。
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アルコール(37%): お酒の飲み過ぎが最大の原因です。
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胆石(24%): 胆のうにある結石が膵管の出口を塞ぐことで発症します。
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特発性(23%): 原因が特定できないものです。
その他、医原性(検査や手術後)、脂質異常症、薬剤性などが含まれます。
慢性膵炎の原因別頻度
慢性膵炎では、アルコールの関与がより顕著になります。
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アルコール(68%): 圧倒的に多く、特に男性に目立ちます。
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特発性(21%): 原因不明のもの。
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胆石(3%): 慢性期では頻度が下がります。
その他、自己免疫性膵炎や遺伝性、膵石症などが挙げられます。
3. 膵臓の構造と機能:外分泌と内分泌の役割
膵臓は胃の背側に位置する長さ15〜20センチメートルほどの細長い臓器です。その機能は大きく2つに分けられます。
外分泌機能(膵液の産生)
膵臓の大部分(約95%)は外分泌腺で構成されています。ここでは、炭水化物を分解する「アミラーゼ」、タンパク質を分解する「トリプシン」「キモトリプシン」「エラスターゼ」、脂肪を分解する「リパーゼ」「ホスホリパーゼ」などの消化酵素を含む膵液が作られます。膵液は膵管を通り、十二指腸へと運ばれます。
内分泌機能(ホルモンの調節)
膵臓内に点在する「ランゲルハンス島」と呼ばれる組織(全体の約5%)からは、血糖値を下げる唯一のホルモンである「インスリン」や、血糖値を上げる「グルカゴン」が分泌され、血中のブドウ糖濃度を一定に保つ役割を担っています。
4. 膵炎の発症メカニズム:自己消化のプロセス
通常、膵臓内で作られた消化酵素は「前駆体(活性を持たない状態)」として存在し、十二指腸に到達して初めて活性化されます。しかし、膵炎ではこのスイッチが膵臓内部で入ってしまいます。
アルコールによる障害
アルコールそのものや、代謝産物であるアセトアルデヒドは、膵臓の外分泌細胞に対して直接的な毒性を示します。また、多量の飲酒は膵液の分泌を異常に促進させる一方で、膵管の出口である「十二指腸乳頭部」に炎症や浮腫を引き起こし、膵液の流れを阻害します。これにより膵管内の圧力が上昇し、膵液が逆流・停滞することで酵素の活性化が誘発されます。
胆石による閉塞
胆のうから移動してきた胆石が、膵管と総胆管が合流する乳頭部に詰まると、膵液の出口が完全に塞がれます。行き場を失った膵液が膵臓内に逆流し、消化酵素が活性化されます。
酵素活性化のカスケード
自己消化の引き金となるのは、タンパク分解酵素である「トリプシノーゲン」が「トリプシン」へと変化することです。活性化したトリプシンは、さらに他の前駆体(エラスターゼやホスホリパーゼA2など)を次々と活性化させるという負の連鎖(カスケード)を引き起こします。
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エラスターゼ: 血管壁の弾性線維を破壊し、出血を誘発します。
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ホスホリパーゼA2: 細胞膜のリン脂質を分解し、広範な組織壊死を引き起こします。
このプロセスにより、腹痛、悪心、嘔吐といった症状が現れ、重症例では活性化された酵素や炎症性サイトカインが血流に乗って全身へ広がり、肺、腎臓、心臓などの重要臓器を次々と破壊する多臓器不全へと進行します。

5. 膵炎の症状と臨床経過
急性膵炎の初期症状
最も頻度が高いのは「上腹部の激しい痛み(90%以上)」です。痛みは持続的で、みぞおちから背中にかけて突き抜けるような痛み(背部痛)を伴うのが特徴です。患者は痛みを和らげるために、体を丸めてうずくまる「前屈位(海老の字のような姿勢)」をとることが多いです。
慢性膵炎の病期分類
慢性膵炎は、その進行度によって3つの時期に分けられます。
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代償期: 膵臓の機能は維持されているものの、炎症により急性膵炎のような腹痛発作を繰り返します。
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移行期: 腹痛発作が続きながら、徐々に膵臓の機能が失われ始めます。
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非代償期: 膵臓が線維化し、機能がほぼ消失した状態です。痛みはむしろ軽減しますが、消化吸収障害による脂肪便(白っぽく水に浮く便)や、インスリン分泌低下による糖尿病を発症します。
6. 薬剤師が知っておくべき薬物療法の詳細
膵炎の治療は、炎症の抑制、痛みの除去、そして膵臓の安静が基本となります。
蛋白分解酵素阻害薬の薬理作用
膵炎治療の要となるのが蛋白分解酵素阻害薬です。これらの薬剤は、トリプシンをはじめとする様々なセリンプロテアーゼの活性部位に結合し、その働きを阻害することで自己消化の進行を食い止めます。
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メシル酸ガベキサート(商品名:エフオーワイなど): 低分子の合成蛋白分解酵素阻害薬で、トリプシン、カリクレイン、プラスミンなどを阻害します。血中半減期が非常に短いため、持続点滴静注で投与されます。
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メシル酸ナファモスタット(商品名:フサンなど): ガベキサートよりも強力な阻害活性を持ち、播種性血管内凝固症候群の合併が疑われる重症例でも使用されます。
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メシル酸カモスタット(商品名:フォイパンなど): 経口投与可能な蛋白分解酵素阻害薬です。慢性膵炎の間欠期において、腹痛の軽減や再発防止を目的に使用されます。
疼痛管理(鎮痛薬と鎮痙薬)
膵炎の痛みは非常に激しいため、適切な除痛が必要です。
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非麻薬性鎮痛薬(塩酸ブプレノルフィン、商品名:レペタンなど): 中枢神経系のオピオイド受容体(主にミュー受容体)に部分作動薬(パーシャルアゴニスト)として作用し、強力な鎮痛効果を発揮します。
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鎮痙薬(フロプロピオン、商品名:コスパノンなど): カテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(COMT)阻害作用を介して、または直接的に平滑筋を弛緩させます。特にオッジ括約筋(十二指腸乳頭部)を弛緩させて膵液の排出を促し、膵管内圧を下げることで痛みを和らげます。
※注意:ブチルスコポラミン(ブスコパン)などの抗コリン薬は、膵液分泌を抑制する一方で、オッジ括約筋を収縮させて膵管内圧を上昇させる可能性があるため、使用には注意が必要です。
消化酵素補充療法と制酸薬
慢性膵炎の非代償期では、膵臓からの消化酵素分泌が枯渇するため、外部から補充する必要があります。
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パンクレアチン(商品名:ベリチームなど): 高単位の消化酵素剤です。
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ヒスタミンH2受容体拮抗薬(H2ブロッカー): 消化酵素剤(リパーゼなど)は酸に弱いため、胃酸によって失活してしまいます。そのため、ヒスタミンH2受容体拮抗薬を併用して胃内および十二指腸内の水素イオン指数(pH)を上昇させ、消化酵素剤が効率よく働く環境を整えます。

7. 再発を防ぐための生活・食事指導
薬物療法以上に重要なのが、生活習慣の改善です。特に年末年始に再発させないための指導ポイントをまとめます。
厳格な禁酒
アルコール性膵炎の場合、再発率は非常に高いです。急性膵炎後は少なくとも2〜3年、慢性膵炎の場合は「一生涯」の禁酒が必要です。アルコールは膵臓の細胞を直接破壊する毒であることを強調して伝えます。
脂質制限の徹底
脂肪分の多い食事は、膵液の分泌を強力に刺激します。
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回復期・安定期: 脂質の摂取量を1日30g以下に抑えるのが一般的です。
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食材の選択: 鶏のささみ、白身魚、大豆製品など低脂肪・高タンパクな食材を勧めます。
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調理法: 「焼く」「揚げる」よりも「煮る」「蒸す」を推奨し、油の使用を最小限にします。
食事の摂り方
一度に大量の食事を摂ると膵臓に大きな負担がかかります。「腹六分目から八分目」を意識し、1日の総エネルギー量を維持しつつ、食事回数を4〜5回に分ける「分食」も有効な手段です。
脂溶性ビタミンの補給
長期間の脂質制限や消化吸収障害が続くと、ビタミンA、D、E、Kなどの脂溶性ビタミンが不足しやすくなります。必要に応じて医師の指示のもとでビタミン剤の併用を検討します。
8. まとめ
年末年始の楽しいひとときが、一転して命に関わる膵炎の苦しみに変わってしまうことは珍しくありません。膵炎の本態は「膵臓による膵臓の自己消化」であり、その背景にはアルコールや高脂質食による過剰な膵液分泌と、酵素の異常活性化が存在します。
急性膵炎は早期発見と徹底した絶食・薬物療法で完治を目指せますが、慢性膵炎へと移行すれば一生涯の付き合いとなります。禁酒や食事制限が単なる「我慢」ではなく「自分自身の臓器を守るための唯一の手段」であることを患者に寄り添ってお伝えしていくことが大切です。

