てんかん発作を鼻スプレーで止める!スピジア点鼻液の効果と薬理作用

てんかん発作を鼻スプレーで止める!スピジア点鼻液の効果と薬理作用

1. はじめに:てんかん重積状態という緊急事態

てんかん発作は通常、数分以内に自然に収まります。しかし、発作が5分以上続いたり、意識が戻らないまま次の発作が繰り返されたりする状態を「てんかん重積状態」と呼びます。

この状態が長く続くと、脳の細胞がダメージを受け、後遺症が残ったり、最悪の場合は命に関わったりすることもあります。そのため、「いかに早く、確実に発作を止めるか」が治療の最大のテーマとなります。

これまで、病院外(自宅や外出先など)で発作を止める手段は非常に限られていました。そんな中、救急車が到着する前、あるいは病院に運ばれる前の「プレホスピタル(病院前救護)」において、ご家族や介護者がその場で使える薬として期待されているのが「スピジア点鼻液」です。

2. スピジア開発の経緯:なぜ「鼻スプレー」なのか?

既存のてんかん治療薬(ジアゼパム)には、主に「注射剤」や「内服薬」、「坐剤(おしりの薬)」がありました。しかし、これらには現場ならではの課題がありました。

  • 注射剤(静脈内投与): 最も効果が早いですが、医師や看護師しか扱えず、家庭で使うことは不可能です。

  • 内服薬: ブコラム口腔用液を投与するにはシリンジが必要であり、対象年齢が18歳未満と制限がある。吐き出す可能性があるという問題点がありました。
  • 坐剤(ダイアップなど): 家庭でも使えますが、外出先や公共の場で服を脱がせて使用するのは、心理的・倫理的なハードルが高いという問題がありました。また、吸収に時間がかかる場合もあります。

こうした背景から、「誰でも、どこでも、服を脱がせず、迅速に」投与できる形として開発されたのが、鼻腔内に噴霧する「スピジア点鼻液」です。アメリカですでに承認されていた「Valtoco(ヴァルトコ)」をベースに、日本国内でもその有効性と安全性が確認され、2025年に承認されました。

3. 脳のブレーキを強める!驚きの薬理作用を紐解く

スピジアの有効成分は「ジアゼパム」です。この成分がどのように脳に働きかけるのか、そのメカニズムを説明します。

脳内の「アクセル」と「ブレーキ」

私たちの脳内では、神経細胞が電気信号をやり取りしています。

  • アクセル: 神経を興奮させる物質(グルタミン酸など)

  • ブレーキ: 神経の興奮を抑える物質(GABA:ギャバ)

てんかん発作が起きている時は、この「アクセル」が全開になり、「ブレーキ」が効かなくなっている状態です。

GABA-A受容体という「鍵穴」

脳内のブレーキ役であるGABAが結合する場所を「GABA-A受容体」と呼びます。ここにGABAがパチッとはまると、細胞の中に「塩素イオン」というマイナスの電気を持った粒が流れ込みます。すると、神経細胞の電位が下がり、興奮がピタッと収まるのです。

スピジア(ジアゼパム)の役割:ブレーキの「助っ人」

ジアゼパムは、自らがブレーキになるわけではありません。GABAという鍵が鍵穴(受容体)に差し込まれた時、その「効き目を強力にサポートする」役割を果たします。

専門的には「ベンゾジアゼピン結合部位」に結合することで、GABAが受容体を開く頻度を高めます。つまり、「ブレーキの効きを2倍、3倍と強力にするオイル」のようなイメージです。これにより、暴走していた神経の興奮を鎮め、発作を停止させます。

スピジア点鼻液

4. 鼻から入って脳へ届く「バイパス」ルート

スピジア点鼻液の最大の特徴は、鼻の粘膜から吸収される点です。ここには驚きの工夫が隠されています。

驚異の吸収率(バイオアベイラビリティ)

通常、飲み薬は肝臓で分解されてしまうため、成分の多くが失われます。しかし、スピジアは鼻の粘膜から直接血液に入ります。海外のデータでは、静脈注射を100%とした場合、スピジアの吸収率は約97%という非常に高い数値を記録しています。これは、注射に匹敵するスピードと確実性で薬が体に届くことを意味します。

「Intravail®」技術の採用

ジアゼパムは本来、水に溶けにくい性質を持っています。スピジアは、独自の「Intravail®(イントラヴェイル)」という技術(吸収促進剤)を使用することで、鼻の粘膜を通りやすくし、短時間で高い血中濃度を実現しています。

第3のルート:脳へダイレクトに届く?

鼻の奥には、臭いを感じる「嗅神経」や「三叉神経」が通っています。これらは脳と直接つながっているため、一部の成分は血液を介さず、神経を伝ってダイレクトに脳へ届くルートがあるのではないかと考えられています。これが、鼻スプレー特有の「速効性」の秘密の一つかもしれません。

5. 臨床データが示す圧倒的な有効性

では、実際にどれくらいの効果があるのでしょうか?日本国内で行われた第III相臨床試験(小児患者を対象とした試験)の結果を見てみましょう。

10分以内に発作が止まる割合

主要な評価項目として、「スピジア点鼻液を鼻にシュッとしてから10分以内に発作が消え、その後30分間再発しなかった割合」が調査されました。

  • 有効率:62.5%(10/16例)

さらに、副次的なデータ(別の角度からの評価)では、より驚くべき数値が出ています。

  • 10分以内に発作が消失した割合:93.8%(15/16例)

  • 発作消失までの時間の中央値:わずか1.5分

つまり、多くの患者さんにおいて、投与からたった1分半ほどで激しいけいれんが収まり始めていることが分かります。これは、1分1秒を争う現場において、非常に心強い数値です。

6. 既存薬との比較:なぜスピジアが選ばれるのか

現在使われている他の薬と、スピジアの違いを整理してみましょう。

比較項目 スピジア(点鼻) ジアゼパム坐剤 ミダゾラム(口腔用)
投与経路 鼻腔内 肛門(おしり) 頬の粘膜(口の中)
準備のしやすさ 非常に簡単(スプレー) やや手間(脱衣が必要) 簡単(シリンジ)
社会的な配慮 どこでも使いやすい 外出先では困難 使いやすい
吸収の速さ 非常に速い(97%吸収) 個人差がある 速い

スピジアは、特に「外出先での使いやすさ」「注射に匹敵する吸収の良さ」において、既存の坐剤を有意に上回るメリットを持っています。

7. 安全性と注意点:知っておくべき副作用

どんなに良いお薬にも副作用はあります。スピジアで報告されている主な副作用は以下の通りです。

  • 傾眠(眠気):16.7%

  • 意識レベルの低下:5.6%

  • 鼻の不快感:5.6%

これらは、薬が脳の興奮を抑える作用を持っている以上、ある程度避けられない反応です。特に注意が必要なのは、投与後の「呼吸抑制」です。脳をリラックスさせすぎて、呼吸が浅くなってしまう可能性があるため、発作が止まった後も、救急隊が到着するまで患者さんの様子(息をしているか、顔色は良いか)をしっかり観察することが不可欠です。

8. 使い方と対象:誰がいつ使うのか?

スピジアは、2歳以上の子供から大人まで使用可能です。

投与のタイミング

医師からあらかじめ指導されたタイミング(例:発作が5分続いたら、あるいは1時間以内に3回繰り返したら、など)で使用します。

投与方法

  1. 容器を鼻の穴に差し込む。

  2. ピストンを押して噴霧する。

  3. 1回使い切りタイプなので、空打ちなどは不要。

非常にシンプルな設計になっており、パニックになりやすい緊急時でもミスが起きにくい工夫がなされています。

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9. まとめ:スピジアが変える「てんかん治療」の未来

スピジア点鼻液の登場は、てんかん患者さんとそのご家族の生活の質(QOL)を劇的に向上させる可能性を秘めています。

  • メカニズム: 脳の「GABA-A受容体」に働きかけ、最強のブレーキをかける。

  • 利便性: 服を脱がせず、鼻にシュッとするだけ。外出先でも安心。

  • 速効性: 吸収率97%。投与後わずか1.5分(中央値)で発作を止める力。

  • 意義: 病院に届くまでの時間を無駄にせず、脳のダメージを最小限に抑える。

これまで、「もし外で大きな発作が起きたらどうしよう」と不安で外出を控えていた方もいらっしゃるかもしれません。スピジアという「お守り」を携帯することで、よりアクティブで自由な生活への一歩を踏み出すことができるようになるでしょう。

 

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