緑内障という病気とお薬についてのまとめ
緑内障は、日本における中途失明原因の第1位となっている病気ですが、早期に発見し、適切に治療を継続すれば、一生涯視力を保つことも十分に可能な病気です。しかし、自覚症状が少ないために治療を中断してしまう方が多いのも事実です。
この記事では、緑内障という病気の仕組みから、なぜ薬が必要なのか、どのような種類の薬があり、どうやって使えば効果的なのかを、わかりやすく解説します。
眼圧とは何か?:眼球の硬さを保つ仕組み
緑内障を理解する上で最も重要なキーワードが「眼圧(がんあつ)」です。
眼球は、柔らかいボールのような形をしています。このボールがペチャンコにならずに丸い形を保っていられるのは、内部に水が満たされていて、内側から外側へ向かって圧力がかかっているからです。この「眼球内部の圧力」のことを眼圧といいます。
眼圧の正常値と日本人の特徴
眼圧の統計学的な正常値は、10~21mmHgとされています。
ただし、これはあくまで統計上の数値です。日本人を含むアジア人の眼圧の分布は欧米人に比べてやや低く、20mmHg以下に多くの人が分布しています。そのため、「眼圧は正常範囲内だけれど緑内障」という「正常眼圧緑内障」が日本人には非常に多いのが特徴です。
眼の中を流れる水「房水」の役割
眼球の中には「房水(ぼうすい)」と呼ばれる透明な液体が流れています。血液の代わりに酸素や栄養を角膜(黒目)や水晶体(レンズ)に届ける重要な役割を担っています。
この房水は、眼の中で作られ(産生)、眼の中を流れ、そして眼の外へと排出(流出)されていきます。
蛇口(産生): 「毛様体(もうようたい)」という部分で房水が作られます。
排水口(流出): 主に2つのルートで眼の外へ出ていきます。
眼圧は、この「蛇口から出る水の量」と「排水口から出ていく水の量」のバランスで決まります。蛇口の締まりが悪かったり、排水口が詰まったりすると、眼の中に水が溜まりすぎてパンパンになり、眼圧が上がってしまうのです。
房水の排水ルートは2つある
房水が眼の外へ出ていく「排水路」には、メインルートとサブルートの2つがあります。
主経路(線維柱帯経路):
眼の黒目の縁にある「隅角(ぐうかく)」という場所に、「線維柱帯(せんいちゅうたい)」という網目状のフィルターがあります。房水はここを通り、「シュレム管」という管を経て静脈へ流れていきます。全体の排出量の80~90%を占める、非常に重要なメインルートです。副経路(ぶどう膜強膜流出路):
筋肉の隙間などを通ってじわじわと染み出すように流れていくルートです。

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緑内障とはどのような病気か
緑内障は、眼圧が高くなることなどが原因で、眼の奥にある「視神経(ししんけい)」が押しつぶされて傷つき、視野(見える範囲)が少しずつ欠けていく病気です。
なぜ視野が欠けるのか
網膜には約100万本もの視神経線維が集まっています。これらは、眼で見た情報を脳へ伝えるケーブルの役割をしています。
眼圧が高くなり、視神経の束が圧迫されると、神経線維がダメージを受けます。ダメージを受けた神経が担当していた場所が見えなくなるため、視野が欠けていきます。
一般的に、視野の欠けは「鼻側の上の方」から始まりやすいと言われていますが、初期段階では片方の眼に異常があっても、もう片方の眼がカバーしたり、脳が映像を補正したりするため、「見えていない」ことに気づくのは非常に困難です。
「なんとなく見えにくい」「霧がかかったようだ」と自覚した時には、すでに病気が中期以降まで進行していることが多いため、定期検診が非常に重要になります。
眼圧が変動する要因
眼圧は一定ではありません。以下のような要因で変動します。
時間帯: 一般的に夜間から早朝にかけて高くなる傾向があります。
姿勢: 座っている時より、寝転がっている(仰向け)時の方が高くなります。つまり、夜寝ている間は眼圧が上がりやすいのです。
季節: 冬は高く、夏は低くなる傾向があります。
その他: 肥満、運動、喫煙、ステロイド薬の使用なども影響します。
これらの変動幅が大きいことも、緑内障進行のリスク(危険因子)の一つと考えられています。
恐ろしい「急性緑内障発作」
緑内障には、ゆっくり進行する「慢性」タイプだけでなく、突然起こる「急性」タイプがあります。
「急性緑内障発作」は、房水の出口である隅角が急に塞がってしまうことで起こります。
症状: 激しい頭痛、眼の痛み、充血、吐き気、嘔吐、急激な視力低下。
特徴的な見え方: 電灯などを見た時に、周りに虹のような光の輪が見える「虹視(こうし)」や、霧がかかったように見える「霧視(むし)」が現れます。
これは眼科の救急疾患です。早急に治療をして眼圧を下げないと、わずか数日で失明する危険があります。女性、遠視の方、高齢の方などはリスクが高いとされています。
緑内障治療の基本戦略
緑内障の治療の目的は、「眼圧を下げて、視神経がこれ以上傷つかないように守り、視野障害の進行を食い止めること」です。一度失ってしまった視野や視神経を元に戻すことは、現代の医学ではできません。だからこそ「現状維持」が最大の目標となります。
目標眼圧の設定
治療では、一人ひとりの病状に合わせて「目標眼圧」を設定します。
一般的には、治療をしていない時の眼圧から20%の下降、あるいは30%の下降を目指すことが推奨されています。
治療開始後も定期的に視野検査を行い、もし進行が見られるようであれば、目標眼圧をさらに低く設定し直して治療を強化します。
治療継続の難しさ(アドヒアランスの問題)
緑内障治療で最も難しいのは、「毎日欠かさず目薬をさし続けること」です。
慢性疾患であり、初期には自覚症状がほとんどないため、「痛くも痒くもないのに、なぜ毎日薬を使わなければならないのか」と感じてしまう患者さんが少なくありません。
実際に、新たに緑内障と診断された日本人患者を対象とした調査によると、治療の継続率は驚くべき結果となっています。
治療開始3ヶ月後:73.2%まで低下
治療開始6ヶ月後:68.1%
治療開始12ヶ月後:60.9%
なんと、1年後には約4割の方が治療を中断してしまっているのです。しかし、治療をやめれば視野障害は確実に進行し、将来的な失明のリスクが高まります。生活の質(QOL)を維持するためには、根気強く治療を続けることが何より大切です。
緑内障治療薬の種類と仕組み
緑内障の点眼薬は、大きく分けて2つの戦略で眼圧を下げます。
房水の流出を促進する(排水口の流れを良くする)
房水の産生を抑制する(蛇口を締めて水の量を減らす)
それぞれの代表的な薬について解説します。
1. プロスタグランジン関連薬(第一選択薬)
現在、緑内障治療で最も多く使われているのがこのタイプです(成分名:ラタノプロスト、タフルプロストなど)。
仕組み: 房水の「副経路(ぶどう膜強膜流出路)」からの排出を強力に促します。
特徴: 1日1回の点眼で済み、眼圧を下げる効果が非常に高いのが特徴です。夜間の眼圧もしっかり下げてくれます。
副作用(見た目の変化に注意):
全身への副作用は少ないですが、眼の周りに特有の副作用が出ることがあります。これを「プロスタグランジン関連眼周囲症(PAP)」と呼びます。まぶたがくぼむ
まつ毛が長く、太く、濃くなる
眼の周りの皮膚が黒ずむ(色素沈着)
これらの変化は、点眼を中止すればある程度改善しますが、女性など外見を気にされる方は注意が必要です。お風呂に入る前や洗顔前に点眼し、すぐに洗い流すことで予防効果が期待できます。
※最近では、新しいタイプの「EP2受容体作動薬(オミデネパグイソプロピル)」も登場しています。これは色素沈着などの副作用が少ないとされていますが、白内障手術を受けた方などには使えない(禁忌)場合があるため、医師の確認が必要です。
2. ベータ遮断薬
プロスタグランジン関連薬の次に使われることが多い、歴史ある薬です(成分名:チモロール、カルテオロールなど)。
仕組み: 房水を産生する細胞に働きかけ、水の生成量を減らします(蛇口を締める作用)。
特徴: 効果はしっかりしていますが、夜間は効果が弱まる傾向があります。
注意点(全身への影響):
目薬ですが、鼻の粘膜から吸収されて全身に回ることがあります。心臓や肺に持病がある方(気管支喘息、心不全など)は、発作を誘発する恐れがあるため使用できない(禁忌)ことがあります。ご自身の持病については必ず医師に伝えてください。
3. 炭酸脱水酵素阻害薬
仕組み: 房水を作る酵素の働きを抑えて、水の生成を減らします。
特徴: ベータ遮断薬と異なり、夜間でも眼圧を下げる効果が期待できます。
副作用: 薬によっては点眼後に「苦味」を感じたり、一時的に目がかすんだりすることがあります。
4. ロック(ROCK)阻害薬
日本で開発された比較的新しい薬です(成分名:リパスジル)。
仕組み: メインの排水路である「線維柱帯」の形を変化させ、詰まりを解消して流れを良くします。
副作用: 点眼後に眼が充血しやすいのが特徴です。ただし、この充血は1〜2時間程度で自然に引くことがほとんどです。
5.α2作動薬
仕組み: 房水の「産生抑制」と「流出促進」の両方の作用を併せ持ちます。また、神経を保護する効果も期待されています。
副作用: 眠気やめまいが出ることがあります。特に幼児には使用できません。
配合剤の活用
1種類の薬で効果が不十分な場合、2種類、3種類と薬を増やしていきます。しかし、たくさんの目薬をさすのは大変ですし、さし忘れの原因にもなります。
そこで、2つの成分を1本にまとめた「配合剤」が多く使われています。点眼回数を減らすことができ、治療を続けやすくなります。
薬を使う上での重要な注意点
他の病気の薬との飲み合わせ
緑内障の方が特に注意しなければならないのが、風邪薬や胃腸薬、精神安定剤などに含まれる「抗コリン作用」を持つ成分です。
これらの成分は瞳孔(ひとみ)を広げる作用があり、隅角が狭いタイプ(閉塞隅角緑内障や狭隅角)の人が服用すると、房水の出口が塞がって「急性緑内障発作」を引き起こすリスクがあります。
一方で、隅角が広い「開放隅角緑内障」の方であれば、基本的には問題なく使用できることが多いです。
市販薬を買う際や、他の科を受診する際は、必ず「自分は緑内障であること」と「自分の緑内障のタイプ」を伝えるようにしましょう。
妊娠・授乳中の使用について
原則として、妊娠中や授乳中は緑内障の点眼薬は中止します。胎児や乳児への安全性が確立されていないためです。妊娠中は眼圧が下がることが多いですが、もしコントロールが悪化する場合は、レーザー治療などを検討することになります。
正しい点眼方法:効果を最大にし、副作用を減らす
せっかく良い薬を使っていても、正しく点眼できていなければ効果は半減してしまいます。また、間違った使い方は副作用の原因にもなります。
1. 一回一滴で十分です
「たくさん入れたほうが効く気がする」と、何滴もポタポタ落としていませんか?
実は、結膜のポケット(結膜嚢)に溜められる液体の量は約30マイクロリットル(μL)程度です。一方、点眼薬の1滴は約30~50μLあります。
つまり、1滴入れただけですでに溢れてしまう量なのです。 2滴以上入れても、すべて顔に流れ出るだけで意味がありません。溢れた薬液は皮膚のかぶれや色素沈着の原因になるので、1回1滴を守りましょう。
2. 点眼の手順(あっかんべ法)
まず、石鹸と流水で手をきれいに洗います。
頭を後ろに傾けます。
利き手で点眼容器を持ち、反対の手で下まぶたを軽く下に引きます(あっかんべーの状態)。
容器の先がまつ毛や眼に触れないように注意しながら、1滴落とします。
※容器の先が触れると、菌が逆流して薬が汚染される原因になります。ここが重要: 点眼後は静かに目を閉じ、目頭(涙の出口付近)を指で軽く押さえて、1〜5分ほど待ちます。
※パチパチと瞬きをすると、薬が涙と一緒に喉の方へ流れていってしまいます。目を閉じて目頭を押さえることで、薬が眼の中に長くとどまり効果が高まるだけでなく、全身への副作用を防ぐことができます。目の周りに溢れた薬液は、清潔なガーゼやティッシュで優しく拭き取ります。お風呂の前なら、そのまま顔を洗うのもおすすめです。
3. 複数の目薬を使う場合
2種類以上の目薬を使う場合は、続けてさしてはいけません。
先にさした薬が、後からさした薬によって洗い流されてしまうからです。
必ず5分以上、間隔を空けてください。
順番にもコツがあります。
一般的に、よく効かせたい薬を後にさします。
しみる薬は涙が出て薬が薄まるので、後にさした方が良い場合もあります。
「懸濁液(振って使う白い液)」や「ゲル化する薬」は、吸収されにくい、あるいは膜を作る性質があるため、一番最後に点眼します。
まとめ:生活の一部として習慣化を
緑内障の治療は長期戦です。
点眼を忘れないようにするためには、生活のルーティンに組み込むことが大切です。「歯磨きの前」「お風呂に入る前」など、ご自身が一番忘れにくいタイミングを見つけてください。
また、ご高齢の方などで手が震えてうまく点眼できない場合は、点眼を補助する器具(点眼補助具)も色々と市販されていますので、医師や薬剤師に相談してみてください。
緑内障による失明を防ぐ鍵は、あなた自身の「毎日の1滴」にあります。正しい知識を持って、根気強く治療を続けていきましょう。

