【徹底解説】骨粗しょう症治療薬のすべて~薬の選び方から食事療法まで
「ちょっと転んだだけで骨折してしまった」「最近、背が縮んだ気がする」。それはもしかすると、骨粗しょう症のサインかもしれません。
骨は、一度作られたらそのまま変わらないコンクリートのようなものではありません。
実は、私たちの体の中では毎日、「古い骨を壊す作業(骨吸収)」と「新しい骨を作る作業(骨形成)」が絶えず行われています。これを骨代謝(こつたいしゃ)と呼びます。
健康な状態ではこのバランスが保たれていますが、加齢やホルモンバランスの変化により「壊すスピード」が「作るスピード」を上回ってしまうと、骨がスカスカになり、骨粗しょう症となります。
治療薬は、このバランスを整えるために働きます。大きく分けて以下のタイプがあります。
骨吸収抑制薬:骨を壊すことにブレーキをかける薬
骨形成促進薬:骨を作るアクセルを踏む薬
栄養素の補充:骨の材料や働きを助ける薬(カルシウム、ビタミンDなど)
それぞれの薬について、詳しく見ていきましょう。
1. ビスホスホネート製剤(骨吸収抑制薬)
現在、骨粗しょう症治療の中心となっているのが「ビスホスホネート」と呼ばれるグループの薬です。
どのような作用があるのか?
私たちの骨には「破骨細胞(はこつさいぼう)」という、骨を溶かして壊す役割を持つ細胞がいます。ビスホスホネートは、この破骨細胞の働きを強力にブロックします。
専門的に説明すると、破骨細胞が活動するためには、細胞内の「メバロン酸経路」というエネルギー工場のようなシステムが動く必要があります。この薬は、工場の中にある「ファルネシルピロリン酸合成酵素」という酵素の働きを阻害します。
分かりやすく言うと、「骨を壊す細胞のエネルギー供給を断ち、活動を停止させ、自滅(アポトーシス)に追い込む」のです。
結果として、骨が壊されるのを防ぎ、骨密度を維持・増加させます。
飲み薬と注射薬の種類
この薬には、ライフスタイルに合わせて選べる様々なタイプがあります。
経口薬(飲み薬)
毎日飲むタイプ
週に1回飲むタイプ
月に1回飲むタイプ
静注製剤(注射薬)
月に1回病院で打つタイプ(アレンドロン酸、イバンドロン酸など)
1年に1回だけ打つタイプ(ゾレドロン酸)
特に1年に1回の注射は、飲み忘れの心配がないため、近年注目されています。
【重要】飲み薬の特殊なルールと副作用
ビスホスホネートの飲み薬には、非常に厳格なルールがあります。これは、薬が食道に残ると粘膜を荒らして潰瘍を作ってしまうリスクがあるためです。
服用の鉄則:
起床後すぐの空腹時に飲む。
コップ1杯(約180mL)の水で飲む(お茶やコーヒー、ミネラルウォーターの硬水はNG)。
飲んだ後、30分間は横にならず、水以外の飲食も避ける。
もし、飲み込むときに喉が痛い、胸焼けがするといった症状が出たら、すぐに医師に相談してください。
また、「顎骨壊死(がっこつえし)」といって、稀に顎の骨に障害が出ることがあります。口の中を清潔に保つことが予防になりますので、歯科治療を受ける際は必ず「骨粗しょう症の薬を飲んでいる」と伝えてください。
2. 女性ホルモン製剤とSERM(サーム)
閉経後の女性に骨粗しょう症が多いのは、骨を守る働きを持つ「エストロゲン(女性ホルモン)」が急激に減るためです。
女性ホルモン製剤の効果とリスク
減ってしまったエストロゲンを補う治療法です。骨の量を増やす効果は高いのですが、乳がんや子宮内膜がん、血栓症(血の塊ができる病気)のリスクがわずかに高まる可能性があります。そのため、定期的な検診が必須となります。
SERM(サーム):良いとこ取りの「スマートな薬」
そこで開発されたのが、ERM(選択的エストロゲン受容体モジュレーター)という薬です。
この薬は非常に賢い働きをします。
骨に対しては:エストロゲンのふりをして働き、骨を強くします。
乳房や子宮に対しては:エストロゲンの働きをブロックします。
つまり、「骨は強くするけれど、乳がんや子宮がんのリスクは上げない(むしろ下げる)」という、理想的な作用を持っています。比較的若い、閉経後初期の方によく選ばれます。
注意点:
副作用として、血液が固まりやすくなる「静脈血栓塞栓症」のリスクがあります。
足のむくみや痛み
突然の呼吸困難
こうした症状が出た場合は要注意です。また、長時間飛行機に乗る旅行や、手術などで長期間寝たきりになる前には、一時的に薬を止める必要があります。
3. デノスマブ(抗RANKL抗体薬)
これは、バイオテクノロジーを使った新しいタイプの注射薬(皮下注射)です。6ヶ月に1回の投与で済みます。
作用の仕組み:司令塔をブロックする
骨を壊す「破骨細胞」が元気になるには、骨を作る細胞から出る「RANKL(ランクル)」という物質と結合する必要があります。RANKLはいわば、破骨細胞への「骨を壊せ!」という命令書のようなものです。
デノスマブは、このRANKLを先回りして捕まえてしまう抗体です。命令が届かなくなった破骨細胞は成熟できず、骨を壊すことができなくなります。これにより、強力に骨量を増やし、骨強度を高めます。
注意点:
低カルシウム血症を起こしやすいため、必ずカルシウムやビタミンDを補うサプリメント(デノタスなど)を併用します。
4. ロモソズマブ(抗スクレロスチン抗体薬)
「骨折の危険性が非常に高い」と判断された患者さんに使われる、強力な注射薬です。月に1回、12ヶ月間限定で使用します。
作用の仕組み:ブレーキを外してアクセルを踏む
骨の細胞からは「スクレロスチン」という物質が出ており、これが骨を作るのを邪魔しています。
ロモソズマブは、このスクレロスチンの働きを止めます。すると、体内の「Wnt(ウィント)シグナル」というスイッチが入り、以下の2つの作用が同時に起こります。
骨形成を促進する(新しい骨を作る)
骨吸収を抑制する(骨が壊れるのを防ぐ)
「作る」と「守る」を同時に行うため、短期間で劇的に骨密度を高めることができます。
重要な注意点(心血管系事象):
海外のデータでは、心筋梗塞や脳卒中などの心血管系の病気がわずかに多く発生する傾向が見られました。そのため、過去1年以内に心筋梗塞や脳卒中を起こしたことがある方には使用を避けることになっています。胸の締め付けや、片側の手足の麻痺などを感じたら、直ちに救急対応が必要です。
5. 副甲状腺ホルモン製剤(テリパラチド・アバロパラチド)
通常、副甲状腺ホルモン(PTH)が体内で過剰に出続けると、骨からカルシウムが溶け出して骨は弱くなります。しかし不思議なことに、このホルモンを「間欠的(時間をあけて断続的)」に投与すると、逆に骨を作る細胞が活性化し、骨が強くなることが分かっています。
この性質を利用したのが、テリパラチドなどの製剤です。「骨形成促進薬」の代表格で、重症の骨粗しょう症に使われます。
投与方法:毎日、または週に2回、自分で注射をするタイプが主流です(在宅自己注射)。
期間制限:一生使い続けることはできず、テリパラチドは最大24ヶ月、アバロパラチドは18ヶ月までという制限があります。
投与が終わった後は、せっかく増えた骨が減らないように、ビスホスホネートやデノスマブなどの「骨吸収抑制薬」に切り替えて治療を継続することが重要です。
6. 活性型ビタミンD3製剤
「ビタミン剤でしょ?」と軽く見てはいけません。骨粗しょう症治療においてビタミンDは極めて重要な役割を果たします。
ビタミンDの重要な働き
カルシウムの吸収を助ける:腸からカルシウムを吸収し、骨へ運びます。
骨の代謝を整える:骨を作る細胞と壊す細胞の両方に働きかけ、バランスを整えます。
転倒予防:ここが重要です。ビタミンDには筋肉を強くし、バランス感覚を保つ働きがあります。
データによると、血中のビタミンD濃度が30ng/mL以上で充足しているとされ、これより低くなると骨折リスクが有意に上昇することが分かっています。
特に75歳以上の女性を対象とした調査では、ビタミンD濃度が低い人ほど転倒しやすいという結果が出ています。「転ばない体作り」のためにも、ビタミンD製剤(エルデカルシトールなど)は欠かせません。
7. カルシウム製剤・その他
骨の材料であるカルシウムが不足している場合は、カルシウム製剤で補います。
その他、骨の痛みをとる効果がある「カルシトニン製剤」や、骨の質を良くする「ビタミンK2製剤」などが補助的に使われることがあります。
特にビタミンK2製剤(メナテトレノン)を服用する場合、血液サラサラの薬であるワルファリンを飲んでいる方は禁忌(飲んではいけない)となりますので注意が必要です。
お薬の使い分けの考え方
医師はどのように薬を選んでいるのでしょうか? 最近のガイドラインでは、「年齢」と「骨折リスク」の2つの軸で考えます。
リスクが低い・若い方
SERM(サーム)や活性型ビタミンD3製剤から始めます。
リスクが高い・高齢の方
ビスホスホネートやデノスマブを選択します。
非常にリスクが高い(すでに複数の骨折があるなど)
テリパラチドやロモソズマブといった強力な注射薬を検討します。
重要なのは「継続」です。特に、強力な薬(テリパラチドやロモソズマブ)は使用期間が決まっていますが、期間終了後に治療を止めてしまうと、急激に骨密度が元に戻ってしまうことがあります。必ず、次の薬へバトンタッチ(逐次療法)を行う必要があります。
日常生活でできること:食事と運動のポイント
薬の効果を最大限に引き出すためには、日々の生活習慣が土台となります。
1. 食事療法:骨を強くする栄養素
「何を食べるか」だけでなく「何を避けるか」も重要です。
積極的に摂りたい栄養素
カルシウム(目標:1日700~800mg)
乳製品(牛乳、ヨーグルト、チーズ)
小魚(イワシの丸干し、しらす)
大豆製品、小松菜、チンゲン菜
ビタミンD(目標:1日10~20μg)
魚類(サケ、サンマ、イワシの丸干し)
干し椎茸、きくらげ
ビタミンK(目標:1日200~300μg)
納豆(圧倒的に多いです)
ブロッコリー、ほうれん草
※ワルファリン服用中の方は納豆を控えてください。
マグネシウム・ビタミンB群
あおさ、青のり、アーモンド、レバー、カツオなど。これらは骨の「質」を高めるコラーゲン作りに役立ちます。
過剰摂取を避けるべきもの
せっかくカルシウムを摂っても、以下のものを摂りすぎると体外へ排出されてしまいます。
リン:スナック菓子、インスタント食品、加工肉、コーラなどに多く含まれます。カルシウムの吸収を邪魔します。
食塩:摂りすぎると尿と一緒にカルシウムが出て行ってしまいます。
カフェイン:コーヒーの飲み過ぎはカルシウムの吸収を悪くします。
アルコール:カルシウムの吸収を妨げるだけでなく、酔って転倒するリスクも高まります。「ほどほど」にしましょう。
2. 日光浴のすすめ
ビタミンDは食事だけでなく、日光(紫外線)を浴びることで皮膚でも作られます。
ガラス越しの日光では効果が薄いため、1日15分~30分程度、屋外で過ごすことが推奨されます(夏場は木陰で十分です)。日焼け止めを塗りすぎると生成が妨げられるため、手のひらだけでも日光に当てると良いでしょう。
3. 運動の効果
骨は「負荷」がかかるほど強くなろうとする性質があります。また、筋肉をつけることは転倒予防に直結します。
太極拳エクササイズ:週4回程度行うと骨密度が維持されるというデータがあります。
片脚立ち(フラミンゴ療法):壁や机につかまりながら、片脚で1分間立ちます。これを左右行うだけで、骨に程よい負荷がかかり、転倒リスクが下がります。(転倒にはくれぐれもご注意ください)
ロコモ体操:インターネット等で紹介されている簡単な体操も有効です。
4. 禁煙は絶対条件
喫煙は「百害あって一利なし」ですが、骨にとっても最悪です。
タバコを吸うと、肝臓でのビタミンDの活性化が妨げられ、骨を作る力が弱まります。さらに、女性ホルモンの減少を早めてしまいます。データでは、喫煙者は非喫煙者に比べて骨粗しょう症の発症リスクが約2倍になることが分かっています。
骨を守るためにも、禁煙に取り組みましょう。

まとめ
骨粗しょう症の治療は、「薬を飲めば終わり」ではありません。
自分のリスクに合った薬を正しく選ぶ
薬の飲み方や注意点を守る
食事と運動で骨の土台を作る
この3つが揃って初めて、骨折の連鎖を食い止めることができます。
特にビスホスホネート製剤の飲み方や、新しい注射薬の休薬後の対応などは、自己判断せず医師や薬剤師の指導に従うことが大切です。
「人生100年時代」を自分の足で歩き続けるために。気になる症状がある方や、健診で骨密度が低いと言われた方は、早めに整形外科を受診し、ご自身に合った治療法を相談してみてください。

