おじさん薬剤師の日記

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抗うつ薬

うつ病のサインと抗うつ病薬についてのまとめ

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うつ病のサインと抗うつ病薬についてのまとめ

日本におけるうつ病の現状と増加傾向

まず、うつ病がどれくらい身近な病気であるか、数字を見てみましょう。

最新の調査によると、日本人におけるうつ病の有病率は6.4%であると推計されています。これは、およそ16人に1人がうつ病にかかっている計算になります。

アメリカの有病率は8.6%(およそ12人に1人)とされており、欧米に比べると日本の割合はやや少ないように見えますが、決して楽観視できる状況ではありません。日本国内のデータを見ると、うつ病を含む気分障害の患者数は年々増加の一途をたどっています。

驚くべきことに、1996年から2017年の約20年間で、患者数は3倍にも増加しています。

性別で見ると、男性に比べて女性の方が1.5倍多く発症していることがわかっており、特に40歳代以降の女性での発症が目立っています。これは、ホルモンバランスの変化や、家庭・仕事・介護など、女性が置かれやすい社会的環境のストレスが複合的に重なっている可能性が考えられます。

うつ病の原因:脳の中で何が起きているのか?

「うつ病は心が弱いからなる」というのは大きな誤解です。うつ病は、脳の神経系の働きに不調が生じる「脳の病気」です。

私たちの健康な気分や感情は、脳内で働く3つの重要な物質(モノアミンと呼ばれます)によってコントロールされています。

  1. ノルアドレナリン:覚醒、活力、集中力を高め、「やる気」を起こさせる物質。

  2. ドパミン:快楽や報酬を求め、「楽しさ」や行動の動機付けに関わる物質。

  3. セロトニン:精神を安定させ、平常心や癒しを与え、「安心感」をもたらす物質。

脳の神経細胞同士は、これらの物質を情報のボールのようにやり取りすることで、感情を伝達しています。これを「シナプス」というつなぎ目で受け渡ししているのですが、うつ病の状態では、これらの物質が不足してしまいます。

  • ノルアドレナリンが不足すると:無気力になり、意欲が低下します。

  • ドパミンが不足すると:何事にも無関心になり、楽しみを感じられなくなります。

  • セロトニンが不足すると:不安や緊張が強まり、イライラしやすくなります。

さらに最近の研究では、ストレスと炎症も大きく関わっていることがわかってきました。

強いストレスを受けると、体はそれに対抗するために「コルチゾール」というホルモン(副腎皮質ホルモン)を分泌します。通常であれば、ストレスが去ればこのホルモンは減るのですが、うつ病の方の場合、脳のブレーキ機能(ネガティブフィードバック機構)がうまく働かず、コルチゾールが出続けてしまいます。

高濃度のコルチゾールは、脳の記憶を司る「海馬(かいば)」という部分の神経細胞を傷つけてしまいます。さらに脳内で炎症が起き、セロトニンを作る能力が低下したり、セロトニンを無駄に回収してしまうポンプ(トランスポーター)が増えたりすることで、さらにセロトニンが枯渇してしまうのです。

うつ病を引き起こす7つの危険因子と女性のリスク

うつ病の発症には、単一の原因ではなく、様々な要因が重なり合って「引き金」となります。主な危険因子として、以下の7つが挙げられます。

  1. 喪失体験:親しい家族との死別や、病気による健康の喪失など。

  2. 人間関係のトラブル:職場や学校、家庭内での不和。

  3. 環境の変化:転職、昇進、引越しなどの役割や環境の変化(良い変化もストレスになります)。

  4. 衝撃的な出来事:虐待や犯罪被害などのトラウマ。

  5. 性格傾向:真面目、几帳面、完璧主義など、責任感が強い性格。

  6. 遺伝的な素因:血縁者にうつ病の方がいる場合など。

  7. 依存症:アルコールや薬物への依存。

これらが単独、あるいは重なり合って発症に至ります。

また、先ほど女性の方が1.5倍なりやすいとお伝えしましたが、これには女性ホルモンである「エストロゲン」が深く関係しています。エストロゲンには、脳内のセロトニンなどの働きを調整する作用があります。

そのため、エストロゲンの分泌量が急激に変動する以下の3つの時期は、特に注意が必要です。

  • 初潮を迎え分泌が増える「思春期」

  • ホルモンバランスが激変する「妊娠・出産期」

  • 分泌が急激に低下する「更年期」

女性の人生には、どうしてもホルモンの影響で心が不安定になりやすい時期があることを理解しておくことが大切です。

心だけじゃない? 多彩なうつ病の症状

うつ病の症状は、気分の落ち込みだけではありません。「体からのSOS」として現れることも非常に多いのです。

1. 精神症状(心のサイン)

  • 感情面:憂うつ、悲しい、自分を責める、虚しい。

  • 意欲・行動面:今まで楽しかった趣味に興味がわかない、お風呂に入るのも億劫、新聞やテレビを見る気力がない。

  • 思考面:極端なマイナス思考、「自分には価値がない」と思い込む、「消えてしまいたい」と考える。

2. 身体症状(体のサイン)

実は、うつ病の方の多くが、最初に内科を受診しています。それは、以下のような体の不調が強く出るからです。

  • 睡眠障害:寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚める、朝早く目が覚めてしまう。これは最も多い症状です。

  • 痛み:原因不明の頭痛、腰痛、肩こり。一般的な痛み止めやマッサージが効かないのが特徴です。

  • 全身症状:鉛のように体が重い、強いだるさ(倦怠感)、めまい、動悸、息苦しさ。

  • 食欲・体重:食欲がなくなり体重が減る(稀に過食になることもあります)。

特に、精神的な落ち込みよりも体の不調が目立つ場合を「仮面うつ病」と呼びます。体の症状という「仮面」をかぶっている状態です。「自分の弱音を吐いてはいけない」と考える責任感の強い人や、自分の感情に気づくのが苦手な人に多いとされています。

内科で「自律神経失調症」と言われたけれど治らない、検査をしても異常がない、という場合は、うつ病の可能性を疑ってみる必要があります。

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うつ病の薬物療法:薬の働きと副作用への対処

うつ病治療の基本は「休養」と「薬物療法」です。ここでは、現在主流となっている抗うつ薬について、その仕組みをわかりやすく解説します。

1. 脳内の物質を増やす薬(第一選択薬)

現在の治療で最初によく使われるのは、副作用が比較的少ない以下のタイプの薬です。

  • セロトニン再取り込み阻害薬(SSRIと呼ばれるタイプ)

    • 働き:神経細胞の間で分泌されたセロトニンが、元の細胞にすぐに回収(再取り込み)されてしまうのを防ぎます。これにより、セロトニンが神経細胞の間にとどまる時間が増え、安心感や安定感を高めます。

    • 代表的な副作用:飲み始めに、吐き気や食欲不振などの胃腸症状が出ることがあります。

  • セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRIと呼ばれるタイプ)

    • 働き:セロトニンだけでなく、やる気に関わるノルアドレナリンの回収も防ぎます。意欲低下が目立つ場合に効果的です。

    • 代表的な副作用:吐き気などのほか、尿が出にくくなる(排尿障害)ことがあります。

  • その他(NaSSAなど)

    • 働き:セロトニンやノルアドレナリンの分泌そのものを促進する作用と、気分改善に関わるセロトニンの効きめを高める新しいタイプの薬です。

    • 代表的な副作用:食欲が増して体重が増えることや、眠気が強く出ることがあります。

2. 昔からある強力な薬(第二選択薬以降)

新しい薬で効果が不十分な場合、古いタイプの薬(三環系・四環系抗うつ薬)が使われることがあります。

  • 特徴:抗うつ効果は非常に強力ですが、その分副作用も多く出やすい傾向があります。

  • 副作用:口が渇く、便秘、立ちくらみ、眠気、体重増加、心臓への負担など。

薬を飲む上で知っておいてほしいこと

抗うつ薬による治療には、いくつか重要な鉄則があります。

① 効果が出るまで時間がかかる

痛み止めのように、飲んで数十分で効くものではありません。効果を感じ始めるまで早くて2週間、十分に効いて症状が治まる(寛解)までには数カ月かかります。焦りは禁物です。

② 副作用が先に現れる

これが最も辛い点ですが、気分の改善という「効果」が現れるより先に、飲み始めて数日〜2週間の間に、吐き気や眠気などの「副作用」が現れることがほとんどです。「薬が合わない」と自己判断して止めてしまう方が多いのですが、多くの副作用は体が慣れると自然に消えていきます。

③ 治ったと思っても飲み続ける

症状が良くなっても、それは「治癒」ではなく、薬で支えている状態です。再発を防ぐため、初めてうつ病になった方でも回復後しばらくは薬を飲み続ける必要があります。自己判断での減薬・断薬は、激しいリバウンド症状や再発を招くため危険です。

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薬の副作用がつらい時はどうする?

患者さんが実際に経験して「辛かった」と感じる副作用のトップは「眠気」です。次いで、だるさ、胃の不快感、便秘、口の渇きなどが挙げられます。

これらには対処法があります。我慢せずに主治医に相談しましょう。

  • 口の渇き:飴を舐める、こまめに水分を摂る、保湿ジェルを使うなどで対応します。糖分の多いジュースの飲み過ぎには注意が必要です。

  • 便秘:下剤などを併用してコントロールします。

  • 眠気:生活に支障がある場合、薬を飲む時間を「朝」から「就寝前」に変更することで、日中の眠気を防げる場合があります。

  • 体重増加:食生活の見直しを行いますが、どうしても改善しない場合は、体重増加が起きにくい種類の薬への変更を検討します。

  • 吐き気:少量の服用から始めて体を慣らしたり、胃薬を一緒に飲んだり、食後に服用することで軽減できます。

抗うつ薬だけで良くならない場合

抗うつ薬だけでは効果が不十分な場合や、不安が強すぎる場合、他の種類の薬を組み合わせることがあります。

  • 気分安定薬:本来は双極性障害(躁うつ病)の薬ですが、気分の波を抑える働きがあり、抗うつ薬の効果を増強させるために使われることがあります(リチウムなど)。

  • 非定型抗精神病薬:少量を抗うつ薬に上乗せすることで、効果を高めることがわかっています(アリピプラゾールなど)。

  • 抗不安薬:不安やイライラ、焦燥感が強い時に使われます。即効性がありますが、長く使い続けると効き目が悪くなったり、やめられなくなったり(依存)するリスクがあるため、必要最小限の使用にとどめます。また、筋弛緩作用により足元がふらつくことがあるので、高齢者は転倒に注意が必要です。

睡眠の悩みに対するアプローチ

うつ病の患者さんの多くが不眠に悩んでいます。

睡眠薬を使うこともありますが、まずは「睡眠衛生指導(生活指導)」が大切です。

  • 「眠れなくても横になって体を休めればOK」と割り切る。

  • 「○時に寝なければ」と焦らず、眠くなってから布団に入る。

  • 日中に眠気で困らなければ、睡眠時間は短くても問題ない。

このように考え方を変えるだけで、プレッシャーが減り眠れるようになることもあります。

睡眠薬を使う場合は、症状(寝つきが悪い、途中で起きるなど)に合わせて薬を選びます。ただし、高齢者の場合、一部の睡眠薬で逆に興奮してしまったり(奇異反応)、ふらつきの原因になったりするため慎重に選ぶ必要があります。

最近では、メラトニン受容体に作用する薬(体内時計を整えるタイプ)など、依存性の少ない新しいタイプの睡眠薬も選択肢となっています。

まとめ

うつ病は、脳内の神経伝達物質であるモノアミンの不足や、ストレスホルモンによる脳へのダメージによって引き起こされる病気です。

「気合い」や「根性」で治るものではなく、適切な休息と、お薬による脳の調整が必要です。

  • 有病率は約16人に1人、女性は男性の1.5倍のリスクがあります。

  • 心の症状だけでなく、痛みや不眠などの体の症状から始まることも多いです。

  • 治療薬は効果が出るまで時間がかかり、先に副作用が出ることがあるため、主治医と相談しながら焦らず続けることが重要です。

もし、ご自身やご家族に「いつもの調子が出ない」「眠れない日が続く」「理由もなく体がだるい」といったサインが見られたら、一人で抱え込まず、早めに専門機関や心療内科・精神科を受診してください。早期発見と適切な治療が、回復への一番の近道です。

-抗うつ薬
-SNRI, SSRI, うつ病, セロトニン, ノルアドレナリン, メンタルコントロール, 抗うつ薬

執筆者:ojiyaku

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