統合失調症の症状と治療法と薬のはたらきををわかりやすく解説!
統合失調症は、かつては不治の病のように思われていたこともありましたが、現在では薬の研究が進み、適切な治療を受けることで回復し、社会生活を送ることができる病気です。
しかし、その症状の複雑さや薬の種類の多さから、ご本人やご家族にとって「一体、頭の中で何が起きているのか?」「なぜこの薬が必要なのか?」が分かりにくいことも少なくありません。
この記事では、統合失調症という病気の正体から、脳内で起こっていること、そして最新のお薬がどのように作用して回復を助けるのかについて、お伝えいたします。
統合失調症とは?脳のネットワークの「配線トラブル」
まず、統合失調症とはどのような病気なのでしょうか。
一言で表現するならば、「脳内の神経ネットワークがうまく連携できず、情報や刺激を『統合』する機能が『失調(うまくいかなく)』してしまう状態」です。
私たちの脳は、目や耳から入ってくる膨大な情報を整理し、考えをまとめ、行動に移す司令塔です。しかし、この司令塔が混乱してしまうと、実際にはないものが見えたり、考えがまとまらなくなったりします。
「たこ足配線」のショートをイメージしよう
この病気の状態をイメージするのに、「電気のたこ足配線」の例えがよく使われます。
発症前(素因): 生まれつき、あるいは環境の影響で、脳内の神経配線が少し乱れやすい、あるいは配線がもろい状態にあります。
発症(急性期): ストレスなどの負担がテーブルタップにかかり続けた結果、許容量を超えてショートし、火花を散らして発火してしまった状態です。これが「幻覚」や「妄想」といった激しい症状です。
回復期(消火・休息): 消火活動(薬による治療)で火は消えますが、現場は焼け跡のようになっています。ここで無理をせず、しっかり休んで後片付けをし、配線を再建する必要があります。
このプロセスを理解することが、治療の第一歩です。
統合失調症の3つの主要な症状
統合失調症の症状は、時期によって現れ方が異なりますが、大きく3つに分けられます。
1. 陽性症状(急性期に多い)
本来「ないはずのもの」が現れる症状です。脳が情報の洪水を処理しきれず、ショートしている状態です。
幻覚・幻聴: 誰かの悪口が聞こえる、命令する声が聞こえるなど。
妄想: 誰かに狙われている(被害妄想)、自分は特別な人間だと思い込むなど。
激しい興奮: じっとしていられない、奇妙な行動をとるなど。
2. 陰性症状(休息期・回復期に多い)
本来「あるはずの機能」が失われてしまう症状です。激しいエネルギー消耗の後に起こる「ガス欠」のような状態です。
感情の平板化: 喜怒哀楽の表現が乏しくなる。
意欲の低下: お風呂に入る、着替えるといった日常動作すら億劫になる。
引きこもり: 人と関わるのが怖くなり、自室に閉じこもる。
3. 認知機能障害
記憶力や判断力が低下し、物事の段取りが悪くなります。特に「作業記憶(ワーキングメモリー)」と呼ばれる、一時的に情報を頭に留めておく機能が低下しやすいため、仕事や家事がスムーズにできなくなることがあります。
なぜ発症するの?脳内物質「ドパミン」の暴走
なぜ、このような混乱が脳内で起こるのでしょうか。
最も有力な説の一つが、「ドパミン仮説」です。
脳の神経細胞同士は、「シナプス」というつなぎ目で情報をやり取りしています。この情報の受け渡し役をしている化学物質の一つが「ドパミン」です。ドパミンは、ワクワクしたり、緊張したり、意欲を出したりする時に働きます。
統合失調症の方の脳内では、このドパミンのバランスが崩れていることがわかっています。
中脳辺縁系(情動の回路)での過剰分泌:
ここではドパミンが出すぎています。その結果、神経が過剰に興奮し、些細なことにもビクッとしたり、幻聴が聞こえたりする「陽性症状」が引き起こされます。中脳皮質系(理性の回路)での機能低下:
逆に、思考や意欲を司る部分ではドパミンの働きが弱まっています。これにより、やる気が出ない、感情が動かないといった「陰性症状」が現れます。
つまり、「場所によってドパミンが多すぎたり、少なすぎたりするアンバランス」が起きているのです。
また、最近の研究では、ドパミンだけでなく「グルタミン酸」という興奮性の神経伝達物質の機能低下が、ドパミンの異常を引き起こしているという「グルタミン酸仮説」も提唱されています。
統合失調症の治療薬(抗精神病薬)の働き
治療の主役となるのが「抗精神病薬」です。
これらは主に、脳内のドパミンの働きを調節することで症状を改善します。薬は開発された時期や特徴によって、「定型(従来型)」と「非定型(新規)」に分けられます。
1. 定型抗精神病薬(従来のお薬)
昔から使われているお薬(ハロペリドール、クロルプロマジンなど)です。
仕組み: ドパミンの受け皿(受容体)を強力にブロックします。
メリット: 幻覚や妄想などの「陽性症状」を抑える力が強いです。
デメリット: 脳全体でドパミンを遮断してしまうため、副作用が出やすい傾向があります。意欲に関わる部分までブロックしてしまうと、かえって陰性症状が悪化することがあります。また、体の震えなどの副作用も比較的多く見られます。
2. 非定型抗精神病薬
現在、治療の第一選択(最初に使われる薬)となっているのがこちらです。ドパミン以外の物質にも作用し、より細やかな調整が可能です。主に以下の3つのタイプがあります。
① セロトニン・ドパミン遮断薬
仕組み: ドパミンだけでなく、「セロトニン」という物質もブロックします。セロトニンをブロックすると、不足している部分のドパミン分泌が促されるという特徴があります。
効果: ドパミン過剰な部分ではブレーキをかけ(陽性症状改善)、不足している部分ではアクセルをふかす(陰性症状改善)という、二つの効果を同時に期待できます。
② 多元受容体作用抗精神病薬
仕組み: ドパミンやセロトニンだけでなく、アドレナリンやヒスタミンなど、非常に多くの種類の受容体に作用します。
効果: 陽性・陰性症状の両方に効くだけでなく、鎮静作用が強いため、興奮が激しい時や眠れない時にも効果的です(オランザピン、クエチアピンなど)。ただし、食欲が増して体重が増えたり、血糖値が上がったりする副作用には注意が必要です。
③ ドパミン・システム・スタビライザー(ドパミン部分作動薬)
仕組み: これまでの薬が「ドパミンを遮断する」だけだったのに対し、このタイプは「ドパミンの量を適切に調節する」という画期的な働きをします。
効果: ドパミンが多すぎる場所では働きを抑え、少なすぎる場所では働きを補います。いわば「脳内の調光スイッチ」のような役割を果たします(アリピプラゾールなど)。副作用も比較的少ないとされています。
治療の経過と注意点:再発を防ぐために
統合失調症の治療は、マラソンのような長期戦です。
急性期(数週間): 薬で激しい症状(火事)を鎮火します。
消耗期・休息期(数ヶ月): エネルギー切れの状態です。一日中寝ていたり、元気がなかったりしますが、これは脳が修復している証拠です。焦りは禁物です。
回復期・安定期(数年~): 少しずつ活動を再開します。
薬を勝手にやめてはいけない理由:「ドパミン過感受性」
症状が良くなると、「もう治ったから薬はいらない」と思いがちです。しかし、自己判断での断薬は非常に危険です。ここで重要なキーワードが「ドパミン過感受性」です。
薬によって長期間ドパミンの受け皿(受容体)がブロックされていると、脳は「情報が来ないぞ?もっと感度を上げなくては!」と反応し、受容体の数を増やしてしまいます。
この状態で急に薬をやめると、増えた受容体がわずかなドパミンにも過敏に反応してしまい、以前よりも激しい興奮や幻覚が再発してしまうのです。
実際に、慢性の経過をたどる患者さんの22〜42%が、この「ドパミン過感受性」の状態になっていると推定されています。
再発を繰り返すたびに脳のネットワークは傷つき、回復までの時間が長くなり、元の機能に戻りにくくなってしまいます。これを防ぐためには、症状がなくても医師の指示通りに薬を飲み続けることが不可欠です。
飲み忘れを防ぐために、1回の注射で2週間〜4週間効果が続く「持効性注射剤」という選択肢もあります。これにより血中の薬の濃度が一定に保たれ、副作用のリスク軽減や再発予防に役立ちます。
知っておきたい副作用
お薬には副作用がつきものです。事前に知っておくことで、早期に対処できます。
錐体外路(すいたいがいろ)症状:
ドパミンは体の動きの調整にも関わっています。薬でこれを抑えすぎると、筋肉がこわばったり、手が震えたりするパーキンソン病のような症状が出ることがあります。遅発性ジスキネジア:
長期間の服用により、逆に口をもぐもぐさせたり、舌を動かしたりする動きが勝手に出てしまう症状です。これは先ほどの「ドパミン過感受性」が関係しています。アカシジア:
「静座不能」とも呼ばれ、足がむずむずして、じっとしていられなくなる症状です。高プロラクチン血症:
ホルモンバランスが崩れ、生理が止まったり、母乳が出たりすることがあります。代謝異常:
体重増加、血糖値の上昇などが起こることがあります。定期的な血液検査が大切です。
重篤な副作用(まれですが注意が必要です)
悪性症候群: 高熱、大量の汗、筋肉の硬直、意識障害などが急激に現れます。命に関わることもあるため、すぐに医療機関を受診する必要があります。
水中毒(多飲症): 口が乾く副作用などから水を大量に飲み過ぎてしまい、血液中のナトリウム濃度が薄まってしまう状態です。意識障害やけいれんの原因になります。

まとめ
統合失調症は、脳の神経ネットワークの情報処理がうまくいかなくなる疾患ですが、決して怖い病気でも、治らない病気でもありません。
病態: 脳内のドパミンなどの神経伝達物質のバランスが崩れ、幻覚(陽性症状)や意欲低下(陰性症状)が現れます。
治療: 抗精神病薬には「定型」と「非定型」があり、現在は副作用が少なく陰性症状にも効果的な「非定型」が主流です。
再発防止: 再発を繰り返すと脳機能が低下します。自己判断で薬をやめると、脳が過敏に反応(ドパミン過感受性)して重い再発を招く恐れがあります。
長期的な視点: 多くの患者さんで、発症後5〜10年の間に病状が進行しますが、その後は安定期に入ります。焦らず、医師と相談しながら、ご自身に合った薬と量を見つけていくことが回復への近道です。

