命を守る脳梗塞の知識:原因・前兆・最新の治療法を解説
脳は、私たちが生きていくための司令塔であり、非常にデリケートな臓器です。
今回は、日本人の死因や介護が必要になる原因の上位を占める「脳梗塞」について、そのメカニズムから種類、症状、そして薬による治療法まで、専門用語をできるだけ使わずにわかりやすく解説していきます。ご自身やご家族の健康を守るために、ぜひ最後までお付き合いください。
脳は栄養をたくさん必要とする「食いしん坊な臓器」
まず、脳梗塞を理解するために、脳という臓器の特徴を知っておきましょう。
脳は、人間のすべての臓器の中で最もエネルギー代謝が活発な場所です。
驚くべきことに、脳の重さは体重のわずか2%程度しかありません。しかし、私たちが何もしなくても消費するエネルギー(基礎代謝量)のうち、なんと約18%も脳が独り占めしています。
さらに、エネルギーを作り出すためには「ブドウ糖」と「酸素」が不可欠ですが、脳はこの消費量も桁外れです。
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全身で消費されるブドウ糖の約25%
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全身で消費される酸素の約20%
これらを脳だけで消費しています。
ここで重要なのが、脳はブドウ糖を「貯金」できないということです。筋肉などはエネルギーを蓄えることができますが、脳はそれができません。
そのため、常に新鮮な血液から酸素とブドウ糖をもらい続けなければならないのです。もし血流が止まり、これらが不足すると、脳はすぐに機能停止し、神経細胞が死んでしまいます。一度死んでしまった(壊死した)脳細胞は、残念ながら二度と元には戻りません。これが脳梗塞の恐ろしさです。
脳梗塞とはどんな病気?
「脳卒中」という言葉を聞いたことがあると思います。これは、脳の血管にトラブルが起きて脳の働きが損なわれる病気の総称です。
脳卒中は大きく分けて2つのタイプがあります。
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虚血性(きょけつせい): 血管が詰まって血液が届かなくなるタイプ(脳梗塞など)
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出血性(しゅっけつせい): 血管が破れて出血するタイプ(くも膜下出血、脳出血)
今回詳しく見ていく「脳梗塞」は、前者の「血管が詰まる」病気です。
脳の血管が血の塊(血栓)などで詰まり、その先に血液が流れなくなることで、脳細胞が酸素不足・栄養不足になり壊死してしまいます。その結果、手足の麻痺や意識障害が起こり、最悪の場合は死に至ることもあります。

なぜ詰まるの?脳梗塞の3つのタイプ
脳梗塞は、どのようにして血管が詰まるかによって、大きく3つのタイプに分けられます。それぞれの特徴を見ていきましょう。
1. アテローム血栓性脳梗塞(血管の汚れが原因)
これは、脳の太い血管や首の血管が動脈硬化を起こすことが原因です。
血管の内側にコレステロールなどのゴミ(アテローム)が溜まり、血管が狭くなります。そこに血の塊ができたり、剥がれたりして詰まってしまいます。
徐々に血管が狭くなるため、体が「バイパス(迂回路)」となる血管を作って対応しようとします。そのため、症状の出方は比較的緩やかで、最初は軽くても後から進行することがあります。
最近の調査では、脳梗塞全体の33.9%をこのタイプが占めています。
2. 心原性脳塞栓症(心臓から血栓が飛んでくる)
これは心臓にできた血の塊が血流に乗って脳まで運ばれ、突然血管を詰まらせるタイプです。
主な原因は「心房細動」などの不整脈です。心臓が小刻みに震えて正しく動かないため、心臓の中で血液がよどんで固まりやすくなります。
心臓でできる血栓はサイズが大きいため、脳の太い血管をいきなり詰まらせてしまいます。バイパス血管を作る暇もなく突然詰まるため、症状は急激で重症化しやすく、死亡率も高いのが特徴です。
脳梗塞全体の27.0%を占めます。
3. ラクナ梗塞(細い血管の詰まり)
脳の深い部分にある、髪の毛のように細い血管(穿通枝動脈)が詰まるタイプです。
主な原因は高血圧です。高い血圧が続くことで血管が変性し、詰まってしまいます。
詰まる範囲が小さいため(直径15mm未満)、症状は比較的軽く、ゆっくり進行します。しかし、繰り返すと認知症やパーキンソン病のような症状の原因になります。
脳梗塞全体の31.9%を占めており、アテローム血栓性脳梗塞と並んで多いタイプです。
見逃してはいけない「隠れ脳梗塞」と「前兆」
脳梗塞には、本格的な発作が起きる前にサインがあることがあります。
症状がない「無症候性脳梗塞」
「隠れ脳梗塞」とも呼ばれます。実際には小さな脳梗塞が起きているのに、麻痺などの症状が出ない状態です。ほとんどは先ほどの「ラクナ梗塞」です。
症状がないため気づきにくいのですが、これを放置すると将来的に大きな脳梗塞を起こしたり、認知症のリスクが2倍以上高くなったりすると言われています。脳ドックなどの画像診断で見つかることが増えています。
一時的な発作「一過性脳虚血発作」
英語の頭文字をとって「TIA」と呼ばれる状態です。
一時的に血管が詰まり、ろれつが回らない、手足が動かないといった脳梗塞の症状が出ますが、**24時間以内(多くは数分から15分程度)**で血栓が溶けて血流が再開し、症状が完全に消えるものです。
「治ったから大丈夫」と放置するのは非常に危険です!
これは「脳梗塞の予行演習」のようなものです。治療せずに放置すると、90日以内に15~20%の人が本当の脳梗塞を発症し、そのうち約半数は48時間以内に発症すると言われています。
症状が消えたとしても、すぐに病院を受診する必要があります。
脳梗塞の症状は、脳のどの場所がダメージを受けたかによって異なります。
脳は場所によって役割分担がはっきりしているからです。
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運動エリアの障害: 片方の手足が動かない、力が入らない
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感覚エリアの障害: 手足がしびれる、感覚がない
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言語エリアの障害: 言葉が出てこない、相手の言葉が理解できない
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視覚エリアの障害: 視野の半分が見えない、物が二重に見える
【重要なポイント:症状は反対側に出る】
脳の神経は、首の付け根あたり(延髄)で左右が交差しています。そのため、右脳がダメージを受けると左半身に、左脳がダメージを受けると右半身に症状が現れます。
再発を防ぐための薬物療法
脳梗塞は一度起こすと再発しやすい病気です。再発予防のために、血液をサラサラにする薬を使います。
大きく分けて「抗血小板療法」と「抗凝固療法」の2種類があり、脳梗塞のタイプによって使い分けます。
1. 抗血小板療法(血液中の血小板に働く)
主に「アテローム血栓性脳梗塞」や「ラクナ梗塞」の予防に使われます。
血液中には、傷口を塞ぐために集まって固まる「血小板」という成分があります。動脈硬化があると、この血小板が必要以上に集まって血栓を作ってしまうため、血小板の働きを抑える薬を使います。
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アスピリンなど:
血小板が集まるのを防ぎます。 -
クロピドグレルなど:
血小板にあるスイッチ(受容体)をブロックし、血小板を興奮させるカルシウムなどが細胞内で増えないようにします。これにより、血小板が固まるのを強力に防ぎます。副作用が比較的少ないとされています。 -
シロスタゾール:
血管を広げる作用と、血小板が固まるのを防ぐ作用を併せ持ちます。出血の副作用が比較的少ないですが、血管が広がることで頭痛や動悸が起きることがあります。
2. 抗凝固療法(血液が固まる仕組みに働く)
主に「心原性脳塞栓症(心臓由来の脳梗塞)」の予防に使われます。
心臓の中で血液がよどんで固まる場合、血小板ではなく「凝固因子」という成分が深く関わっています。フィブリンという網のような糊(のり)が作られるのを防ぐ必要があります。
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ワルファリン:
古くから使われている薬です。肝臓で血液を固める成分が作られる時に必要な「ビタミンK」の働きを邪魔します。効果は確実ですが、納豆や青汁などビタミンKを多く含む食品を食べてはいけないという制限があります。また、定期的な血液検査で薬の量を細かく調整する必要があります。 -
直接作用型経口抗凝固薬(ダビガトランなど):
ワルファリンとは違い、血液を固める反応の最終段階(トロンビンやXa因子)を直接ピンポイントでブロックします。
食事の制限がほとんどなく、他の薬との飲み合わせの問題も少ないのが特徴です。定期的な細かい検査も不要な場合が多いですが、腎臓が悪い人は薬が効きすぎてしまうことがあるため注意が必要です。
後遺症と向き合う
脳梗塞の治療が終わっても、麻痺やしびれ、言葉の障害などの後遺症が残ることがあります。
また、精神的な症状や飲み込みの障害も大きな問題です。
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精神症状への薬:
脳梗塞の後、意欲が低下したり、逆に攻撃的になったり、うつ状態になったりすることがあります。これらに対しては、脳の血流や代謝を良くする薬や、脳内のバランスを整える抗うつ薬などが使われます。 -
誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)の予防:
飲み込む力が弱くなると、食べ物や唾液が誤って気管に入り、肺炎を起こしやすくなります。これを防ぐために、リハビリテーションや食事形態の工夫が行われます。一部の薬(ACE阻害薬やシロスタゾールなど)が、咳反射や飲み込みの反射を改善する効果が期待されています。

まとめ
脳梗塞は、脳の血管が詰まり、脳細胞が壊死してしまう恐ろしい病気です。
脳は大量のエネルギーを必要とするため、血流が途絶えるとすぐに深刻なダメージを受けます。
今回の記事のポイントをまとめます。
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脳梗塞には「動脈硬化が原因のもの(アテローム・ラクナ)」と「心臓が原因のもの(心原性)」がある。
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一時的な発作(一過性脳虚血発作)は、脳梗塞の90日以内の発症リスクを劇的に高める警告サイン。症状が消えてもすぐに病院へ。
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治療薬には「血小板を抑える薬」と「凝固を抑える薬」があり、タイプによって使い分ける。
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症状がない「隠れ脳梗塞」も認知症のリスクを高めるため、生活習慣の管理が重要。
脳梗塞を防ぐためには、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病を管理し、禁煙や適度な運動を心がけることが第一歩です。
少しでも「おかしいな」と思ったら、ためらわずに医療機関を受診してください。早期発見と早期治療が、あなたとあなたの大切な人の未来を守ります。
