小児のてんかん重積状態:症状と薬剤の作用を徹底解説
子供が突然、意識を失ってガクガクと震えだす「けいれん」は、親御さんにとって非常にショッキングな出来事です。多くの場合、数分で治まりますが、もし発作が長く続いてしまったらどうなるのでしょうか。
この記事では、この最新の指針に基づき、てんかん重積状態の初期症状から病態、そして治療薬が脳にどのように作用するのかを分かりやすく解説します。
1. てんかん重積状態とは?症状の進行と「時間の壁」
てんかん発作は通常、脳の神経細胞が一時的に過剰な電気活動を起こすことで生じます。多くは数分以内に自然に止まりますが、ある一定の時間を超えると「自然に止まりにくい状態」になります。これがてんかん重積状態(Status Epilepticus: SE)です。
初期症状と自覚症状
子供の場合、初期症状として以下のような姿が見られます。
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強直間代発作: 体を硬くし、その後ガクガクと手足を震わせる。
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焦点意識減損発作: ぼーっとして反応がなくなる、口をモグモグさせる、手が勝手に動くなど。
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自覚症状(前兆): 年長児の場合、「変なにおいがする」「吐き気がする」「言いようのない不安感」などを訴えることがありますが、乳幼児では言葉で説明できないため、周囲が気づくのは難しいのが現状です。
症状の進行:2つの重要なタイムポイント
ガイドラインでは、治療の緊急性を示すために2つの「時間(タイムポイント)」を定義しています。
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(5分):治療を開始すべき時間発作が5分以上続くと、自然に止まる可能性が低くなります。ここが「早期治療」のデッドラインです。
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(30分):脳に後遺症が残るリスクが高まる時間発作が30分続くと、脳の神経細胞に損傷が生じ、長期的な神経学的後遺症(麻痺や知的障害など)を残すリスクが高まります。
2. なぜ発作は止まらなくなるのか?脳の「ブレーキ」と「アクセル」
脳内には、活動を抑える「ブレーキ」と、活動を促す「アクセル」の役割を持つ物質が存在します。
神経伝達物質と受容体
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GABA(ギャバ):脳のブレーキ
神経細胞にある「GABA受容体」という鍵穴に、GABAという物質が結合すると、細胞内に塩素イオンが流れ込み、電気的な興奮が静まります。 -
グルタミン酸:脳のアクセル
「NMDA受容体」や「AMPA受容体」にグルタミン酸が結合すると、神経細胞が興奮します。
発作が遷延するメカニズム(内在化)
通常はブレーキが効いて発作は止まります。しかし、発作が30分以上続くと、脳内で恐ろしい変化が起きます。
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ブレーキの消失(内在化): 脳のブレーキであるGABA受容体が、細胞の表面から内側へ隠れてしまいます。その結果、治療薬が作用する場所がなくなります。
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アクセルの増殖: 逆にアクセルであるNMDA受容体などが表面に増え、さらに興奮しやすい状態になります。
だからこそ、ブレーキがまだ表面にある「発作開始5分〜10分以内」の早期治療が極めて重要なのです。
3. 初期治療で使用される第一選択薬:ベンゾジアゼピン系薬剤
病院に到着した際、あるいは救急車内で行われる最も重要な治療が、ブレーキを強化する「ベンゾジアゼピン系薬剤(BZD)」の投与です。
① ロラゼパム(ロラピタ)
2018年に静脈注射液が日本でも保険適用となった、現在最も推奨される薬剤の一つです。
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薬理作用:GABA受容体に結合し、ブレーキの効きを強力に高めます。
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特徴: 脳内への移行が早く、かつ脳内に長く留まります。
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効果: 効果発現まで約2分以内。効果持続時間は数時間〜半日以上(360分以上)と非常に長いのが最大の特徴です。
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有意性: 臨床データ(後述)では、従来のジアゼパムよりも副作用が少ない可能性が示唆されています。
② ジアゼパム(セルシン、ホリゾン)
古くから使用されている代表的な治療薬です。
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特徴: 注射後、1分以内に効果が現れる即効性を持ちますが、すぐに脳から血液中へ戻ってしまうため、効果持続時間は20分未満と短いです。
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課題: 脂溶性が高いため、点滴ルート内で白濁したり、血管痛を引き起こしたりすることがあります。
③ ミダゾラム(ミダフレッサ、ドルミカム)
水溶性で扱いやすく、持続的な点滴(持続静注)にも適した薬剤です。
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特徴: 効果発現まで約2分以内。持続時間は50分未満と、ジアゼパムよりは長いものの、ロラゼパムには及びません。
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病院前治療での革命: 2020年にミダゾラム口腔用液(ブコラム)が登場しました。これは、病院に到着する前に家族や教職員が「頬の粘膜」に滴下して投与できる薬です。
4. 臨床データが示す効果と薬剤の選び方
ロラゼパム vs ジアゼパム
小児の重積状態に対する効果を比較すると、以下のようになります。
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発作停止率:
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ロラゼパム(ロラピタ):72.5%
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ジアゼパム(セルシン):70.7%
統計的には同等ですが、注目すべきは副作用の差です(副作用の章で詳述)。
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病院外でのミダゾラム(ブコラム)の有用性
静脈ルートが確保できない場面において、ミダゾラム頬粘膜投与(ブコラム)は、ジアゼパム直腸投与(ダイアップ坐剤など)と比較して、発作を止める効果が約1.25倍(相対比)高いというデータがあります。
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ミダゾラム頬粘膜投与:停止率 73.1%
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ジアゼパム直腸投与:停止率 58.4%
また、薬剤の準備から投与完了までの時間は、ミダゾラム(ブコラム)の方が有意に短い(約1分程度の短縮)ことが分かっています。1分1秒を争う状況では、この差が脳を守る鍵となります。
5. 第二選択薬:第一選択薬が無効な場合
ベンゾジアゼピン系薬剤を2回投与しても発作が止まらない場合(約20〜50%の症例)、次の段階へ進みます。
① ホスフェニトイン(ホストイン)
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仕組み: 脳の神経細胞にある「ナトリウムチャネル」をブロックし、過剰な電気信号(アクセル)が伝わるのを抑えます。
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開発の経緯: 元々あったフェニトイン(アレビアチン)という薬は、非常に強いアルカリ性で、血管外に漏れると組織が壊死するリスクがありました。その弱点を克服し、安全に注射できるように開発されたのが「プロドラッグ(体内で変化して効く薬)」であるホスフェニトインです。
② フェノバルビタール(ノーベルバール)
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仕組み:GABA受容体の扉を開いている時間を長くし、強力に抑制をかけます。
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特徴: 非常に強力ですが、鎮静作用が強く、呼吸が止まりやすくなるため、医師の厳重な管理下で使用されます。
③ レベチラセタム(イーケプラ)
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仕組み: 神経終末にある「SV2A」というタンパク質に結合し、興奮性物質の放出を抑えます。
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現状: 海外では広く使われていますが、日本のガイドライン2023時点では、小児の重積状態に対しては「適応外使用」という扱いです。しかし、副作用が少ないため、選択肢の一つとして検討されます。
6. 難治性・超難治性へのアプローチ(昏睡療法)
上記の薬でも止まらない場合、人工呼吸器管理のもとで強力な麻酔薬による「昏睡療法」が行われます。
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チオペンタール(ラボナール)
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チアミラール(イソゾール、チトゾール)
これらは、脳全体の活動を強制的にシャットダウンさせる薬です。脳波計で「バーストサプレッション(平坦な脳波の中に時々波が出る状態)」という深い眠りを目指します。
また、どうしても止まらない「超難治性」の場合、ケタミン(ケタラール)が検討されることがあります。ケタミンは、前述した「発作が止まらなくなる原因」であるNMDA受容体を直接ブロックする特殊な作用を持っているため、理論的に非常に有効です。
7. 治療に伴う副作用と注意点
どのような優れた薬にも副作用は存在します。特にてんかん重積状態の治療では以下の点に注意が必要です。
① 呼吸抑制(最も重要な副作用)
すべてのベンゾジアゼピン系薬剤や麻酔薬には、呼吸を弱くする作用があります。
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臨床データ: ロラゼパム(ロラピタ)は、ジアゼパム(セルシン)に比べて呼吸抑制の頻度が少ない(リスク比 0.74)とされています。これが、最新のガイドラインでロラゼパムが優先的に推奨される大きな理由の一つです。
② 血圧低下
強力な抑制をかけるため、心臓や血管の働きも抑えられ、血圧が下がることがあります。特に難治性の治療で使用されるバルビツレート(チオペンタールなど)では、ほぼ必発です。
③ プロポフォール注入症候群(小児特有の禁忌)
成人の集中治療でよく使われるプロポフォールという麻酔薬は、子供のてんかん重積状態には使用してはいけません。子供が大量または長時間使用すると、心不全や腎不全などを引き起こし、死に至る危険があるため、日本のガイドラインでは厳密に「禁忌」とされています。

8. まとめ
小児のてんかん重積状態は、「5分で治療開始、30分で停止」が鉄則の緊急事態です。
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早期発見: 発作が5分続いたら、すぐに救急要請が必要です。
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ブレーキの強化: 第一選択薬はロラゼパム(ロラピタ)やミダゾラム(ミダフレッサ)です。これらは脳のブレーキであるGABA受容体に働きかけます。
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家庭での対応: ミダゾラム頬粘膜投与(ブコラム)の登場により、病院到着前の早期介入が可能になりました。
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科学的根拠: ロラゼパムはジアゼパムと比較して効果は同等以上で、呼吸を止めるリスクが低いことがデータで裏付けられています。
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病態の理解: 発作が長引くほど「ブレーキ」が隠れてしまうため、初期の数分間の対応が子供の将来の脳を守ることに直結します。
このガイドラインの改訂により、日本でも海外の標準治療に準じた薬剤(ロラゼパムやミダゾラム口腔用液)が使用可能となりました。医療機関と家族が連携し、この「時間の壁」に立ち向かうことが、子供たちの健やかな成長を守る第一歩となります。
