軟膏が皮膚から吸収されるまでの時間について
皮膚科門前の調剤薬局に勤務しているとき、乳幼児の母親から以下のような質問をうけました。
「子供の肛門周囲に湿疹があるので受診しました。カビが原因といわれて薬がでました(ラミシールクリームが処方されました)。1日1回塗布と書いてあるのですが、赤ちゃんが尿や便をするたびにおしりふきで患部を含む周囲を清潔にふき取ります。するとラミシールクリームも拭き取ってしまうんですよ。ラミシールクリーム塗布後は、どれくらい時間をあけたらおしりふきで患部を拭き取っても効果は継続されるのでしょうか?」
要約すると1度塗布した薬を何時間後に拭き取っても1日の効果は得られるかという質問です。ノバルティスに電話で確認しましたが、「何時間後とうデータはありません。寝る前に塗布すると一番よいと思います。」という回答しか得られませんでした。
軟膏成分(ステロイド、抗真菌、鎮痛、保湿など、またその基剤)により吸収時間は違うとは思いますが、一般的に軟膏やクリームを塗布した後、どれくらいの時間で皮膚から吸収されて効果を発揮するのか調べてみることにしました。
~軟膏が皮膚から吸収される経路~
皮膚表面に塗布された軟膏が吸収される経路には3種類の経路があります。
1:毛包、汗腺等の付属器官ルート
毛包や汗腺などの付属機関を介した皮膚からの吸収は速やかに行われます。特にローションタイプの吸収が優れています。しかし、皮膚表面に対する毛包や汗腺の割合は0.1%程度であることから、軟膏の吸収速度における仕事率は誤算の範囲と考えられます。
2:角質細胞間隙(細胞間)ルート
軟膏が吸収されるためには皮膚表面の角質層を通過する必要があります。角質細胞間隙(細胞間)ルートとは細胞と細胞の間(細胞間隙)をクネクネと迷路のように浸みわたっていくルートです。薬物の移動距離は長いですが、浸みわたるための透過抵抗が少ないため比較的吸収速度は速いと考えられます。
3:角質細胞ルート
軟膏が効能効果を発揮するメインルートです。細胞1つ1つの表面から、じわじわ薬物成分が吸収されて細胞内を薬物で満たしては、深部の細胞へ浸透を繰り返していきます。吸収速度は遅いです。薬効が期待できるルートです。
バリア機能を有する角質層を通過してしまえば、それより深部(生きた表皮および真皮)への浸透は速やかに行われますので、吸収速度だけを考えるのであれば角質層を通過する時間が鍵となっています。
~軟膏塗布後の経皮吸収速度だけに着目する~
経皮吸収ルートから浸透してきた薬剤や基剤はどれくらいの時間をかけて吸収されるのでしょうか。3時間置きに尿を採取し、基剤が尿中に排泄される時間を調べたデータを確認したところ、基剤の組成にもよりますが塗布後3時間で尿中に基剤が排泄されているということがわかりました。浸透ルートは不明ですが、最速ルートを経由すれば塗布後3時間のうちに吸収→浸透→血中へ移行→腎排泄という経路をたどっていることがわかりました。では実際の効能効果についての目安となる時間はあるのでしょうか
~軟膏塗布後の効能効果時間だけに着目する~
降圧剤などの内服薬が期待される効果を発揮するためには、定常状態に達する必要があります。この考え方は外用薬も同じで、ガイドラインには「定常状態(角質層内の薬物濃度が一定)となる条件下で薬物量を測定する」と記載されています。
つまり効能効果で考える場合は角質細胞ルート(細胞表面からじわじわ吸収されるルート)で浸透していった薬が定常状態に達した時から効果判定開始となることがわかりました。
maruhoのホームページに皮膚薬物動態学的試験の一例として腕に塗布した活性型ビタミンD3外用剤(軟膏とローション)の角質層内薬物濃度を測定したデータがあります。
そのデータを見ますと、軟膏は塗布後4時間以内に角質層内濃度が一定(定常状態)となっていることがわかります。ローションは塗布後6時間以降に角質層内濃度が一定となったようです。
このデータは腕で行われています。腕の角質層は、体の角質層バリアが高い部分の一つなので定常状態に達する時間は長いと考えられます。顔などの皮膚組織が薄い部位では定常状態に達する時間はもう少し短くなるかとは思います。
以下に、軟膏の吸収速度と定常状態までの時間を踏まえて、ラミシールクリームを乳幼児の肛門周囲に使用する母親へ伝えることを考察します。(私の勝手な考察です)
ラミシールクリームを患部に塗ると速やかに吸収されますが、効果を期待するためには患部に薬成分を均一に一定時間満たす必要があります。あくまで目安でしかありませんが4時間は患部に塗っている状態を保った方が効き目が確認できると思います。もし、塗布後1時間後に排便があればもう一度塗り直した方が治療がすすむと思います。
1日1回という添付文書の記載は拭き取ることを考慮していませんので、患部に外用薬の塗布状態を保つという主旨で考えるの出れば、上記回答も答えなのかなと考えました。
薬機法では角質まで浸透とされており、皮膚のバリアによって、角質より内部には一切浸透しないという話を聞きました。
化粧水や美容液なども
1:毛包、汗腺等の付属器官ルート
2:角質細胞間隙(細胞間)ルート
で角質より内部に浸透する可能性があるということでしょうか?
ご質問ありがとうございます。
皮膚の塗布または貼付した医薬品に関しては、例えば水虫の薬は角質内にいる水虫をやっつけるために塗布しますので角質での作用を期待した製品です。一方、ホクナリンテープという喘息の貼り薬や、フランドルテープという狭心症の貼り薬は貼付後に血液中まで薬の成分が到達して効果を発揮します。痛み止めの塗り薬・貼り薬も貼付(塗布)部位から角質を経由して血液中まで成分が浸透することが確認されています。
このことから、医薬品に関しては皮膚に塗布(貼付)した成分が角質を通過して血中へ入ることはあります。ご質問にありますように、角質より内部には一切浸透しない成分とは、基剤の粘性、基剤の親水性・親油性の比率・主成分の分子量のサイズなどの性質が通過を阻んでいるためだと思われます。
例えば、付属器官ルートを通過できる分子量はおよそ1000以下、角質細胞間隙ルート及び角質細胞ルートを通過できる分子量はおよそ500程度までと考えられていますので、主成分の分子量がそれ以上であれば浸透は難しいかと思います。
化粧水や美容液の主成分については各製品によるのかも知れませんが、「化粧品 成分」と検索して最初にヒットした保湿成分「グリセリン(ドイツ語読み)」はグリセロール(英語読み)という成分ですが、分子量は92程度と低く、医薬品の経皮吸収促進剤として利用されております。グリセロールは細胞の表面を構成する成分も担っていますので通過しやすい印象があります。
一方で、ヒアルロン酸のような保湿剤は高分子の連結化合物として保水性を高めた成分ですので、重合体としての分子量は数10万程度かと思われます。このように主成分が高分子化すると浸透は難しいかと思います。
化粧水・美容液については、私がおじさんであるためにあまり得意とは言い難いのですが、主成分の化合物としての性質と基剤の性質を総合的に勘案することが必要なのかも知れません。よろしくお願いいたします。