豚の心臓移植を受けて2カ月で亡くなったベネットさんの治療経過
2022/11/6 追記
2022年1月に豚の心臓移植を受けて、その2カ月後に亡くなったベネットさんの治療経過に関する詳細が2022年6月22日のThe NEW ENGLAND JOUNAL of MEDICINEにて公開されました。
以下にその概要を記します。
被験者
ベネット氏57歳男性
移植前の病状
高血圧、非虚血性心筋症、僧帽弁修復歴あり、慢性血小板減少症(軽症)
左室駆出率10%の重症心不全のため入院→心室性不整脈発症→ECMO導入となる
ECMO:人工肺とポンプを用いた体外循環回路による治療(心臓と呼吸の補助をする治療機器)
本人はヒトからの心臓移植を希望していましたが、上記の病態が「ヒトからの心臓移植」の審査基準を満たさないと判断され、移植の要請が拒否されました。
そのため、本人の同意を得たうえで、異種移植(ブタからの心臓移植)が行われました。
心臓移植直前の病態
両心室性不全、低酸素血症(補助酸素投与)、副腎機能不全、消化管出血、菌血症(抗菌薬使用)、白血球減少、腎機能は保たれているという状態でした。
2022年1月7日に遺伝子組み換えブタ由来心臓移植を実施されました。
遺伝子組み換えブタ由来の心臓を移植する流れ
・10か所の遺伝子操作を行ったブタの細胞を作る
・この細胞からブタ胚を作る
・衛生管理環境下にて遺伝子組み換えブタを飼育する
・成長したブタから臓器を取り出し、ヒトに移植する
・移植された臓器に対する拒絶反応を抑える免疫抑制剤を投与する
移植時、ブタの体重は110kg、心臓の重さは328gであり、ベネットさんの体重は85kgであったことから、移植するブタの心臓がベネットさんにとって十分なサイズであると仮定され、移植が行われました。
移植された臓器に対する拒絶反応を抑えるための免疫抑制療法
手術前の白血球数2200~3200/μL、血小板数9万~11万/μLというバランスを考慮して、
・リツキシマブ、抗胸腺細胞グロブリン:B細胞、T細胞の抑制として
・補体C1エステラーゼ阻害剤:補体阻害として
・ヒトモノクロナール抗体:CD40コスミレーション阻害として
などの治療が行われました。
心臓移植後の経過
術後8時間後
尿量が減少し始め、左腎動脈の閉塞に対して、血管内ステントを留置したが、急性腎不全が持続したため透析が行われました。
2日目
胸部閉鎖後、気管チューブが抜管されました。その後、強心剤の投与は必要なく、ECMOが4日目に停止されました。
6日目
収縮期血圧130~170mmHg/拡張期血圧40~60mmHg(低用量のニカルジピン投与下)
移植された豚心臓は1分間に70~90回の拍動で動い続け、左室駆出率は少なくとも55%が確認されていました。
12日目
腹膜炎発症、経管栄養による下痢が発生したため、非経口栄養が投与されることとなる。
腸管が徐々に改善がみられ移植後40日目に経腸栄養が再開した。
入院時の体重は85kgであったが、術後の最低体重は62kgまで減少していた。
34日目
心筋の生検では拒絶反応は見られず、正常に機能していることが確認されました
43日後
ベネット氏は低血圧発症、気管挿管され、輸液とバソプレシン(抗利尿ホルモン)が投与された。(循環血流維持のため)気管支鏡の検査で浅い潰瘍が確認されました。
ウイルス感染または真菌感染が疑われ、低ガンマグロブリン血症が発症した。
抗菌薬の適正範囲拡大、免疫グロブリン80g投与が行われた。
心臓移植を行ったブタの脾臓サンプルとベネット氏の末梢血単核細胞の検査結果、pCMV陽性であることが判明しました。(ウイルスがいたのでは?)
抗ウイルス療法がガンシクロビル→シドホビルに変更されました。
気道病変から生検を行いましたが、ウイルスが検出されませんでした。
気管の潰瘍が軽減してきたため47日後に気管チューブが抜管され、室内でのリハビリが再開されました。
48日目
ベネット氏は一人で椅子に座り、109日ぶりにベッドから離れました。
49日目
夕方に軽度の腹部不快感、膨満感が生じました。その後、血圧低下が生じ、気管挿管が行われました。チアノーゼが見られ、心拍出量の低下が示唆されました。
この時点における肺動脈カテーテルの混合静脈酸素飽和度は33%、左室駆出率は60~70%でした。
左室壁厚1.7cm、右室壁厚1.4cmと肥大が確認、左室サイズの収縮が認められました。
上記の体調変化により、家族と相談してECMOが再度導入されました。
50日目
心内膜検査では拒絶反応は認められませんでした。
しかし、滲出赤血球と浮腫による局所毛細血管損傷は認められました。
ブタ心臓に対するIgG抗体およびIgM抗体の血清レベルがピークに達していることが判明し、血漿交換を3回、免疫グロブリン静注、補体阻害薬、リツキシマブなどの免疫抑制治療を実施しました。
56日目
心内膜検査にて40%の心筋細胞が壊死していることが確認されました。
筋細胞間の浮腫の中には、滲出した赤血球と間質細胞を伴う局所的な毛細血管損傷が確認されました。
左室駆出率は70%以上であり、右室機能は正常、左室サイズは縮小したままでした。
60日目
移植したブタ心臓には不可逆的な損傷があると判断し、患者家族の同意の元で生命維持装置(ECMO)を停止さてました。
死後の心臓の重量は移植時(328g)から600gにまで増加していました。
心筋細胞は壊死が散在していました。心筋細胞の壊死に関しては、典型的な異種移植の拒絶反応とは一致せず、損傷のメカニズムを知るための研究が進行中です。
以上が、ベネット氏の治療経過の概略です。
ブタの心臓を移植後、50日間は心臓が動いていたことが確認できます。その後はECMOが導入されたことが読み取れます。
心臓のサイズが倍にまで肥大しており、心筋細胞の壊死が進んでいたことが死後の予備検査で明らかとなりましたが、この要因が拒絶反応によるものでないだろうと筆者らは考えています。拒絶反応(免疫抑制)とは別の因子で移植したブタの心臓が壊死していくとすると、異種移植を成功させるためには、非常に大きな壁があるようにも思えます。